第65話 御前試合 その⑨  ~賢者アリアケと勇者ビビアの友情~

65.御前試合 その⑨  ~賢者アリアケと勇者ビビアの友情~






「いやあああああああああああああああ、誰がだずげでええええええええええええええええ あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」


プララの絶叫が、コロシアムに響いた。


それと同時に、プララから出た何かをすする音が……まぁこれ以上は言わぬが花だろう。


ともかく、人の尊厳という概念が壊れるような、唾棄すべき情景が、目の前には広がっていた。


観客の悲鳴もひとしおである。


「あちゃー、もうしょうがないですね~。かいふくかいふく~♪」


アリシアは呆れた様子で回復魔法を使う。ボロボロだった勇者パーティーの傷がふさがって行った。


「う……お……たちは……な…………を……? う、ぐ、がっ……」


だが、完璧な治癒ではないようだ。試合の最中だから当然ではある。ぎりぎり意識はある程度、しかし動けないといったところか。


俺たちの声は聞こえるし目は見えているようだが、言葉を満足にしゃべることは出来なさそうだ。


ならば、大衆たちのこの声・・・も耳に届いているということか。


「おいおい、全部酷かったが……。特に最後のあれは何だったんだ? まさか、御前試合で仲間割れか?」


「それってさ、完全にモンスターよりタチ悪くないか? モンスターじみてたけど、モンスターだって仲間割れなんてしないぜ?」


「モンスター以下のあんなのが、王国指名の勇者とその仲間たちだなんて……」


ざわざわと嫌悪と侮蔑を口にする。


やがて、


「国王は一体どういうつもりなんだ?」


「大丈夫なのか、この国は?」


「魔王を倒すどころか、中から滅びちまうんじゃねえか? あんな無能を指名する無能な王国だなんて」


勇者がどうこうというレベルを超えて、国への疑念が膨らんでいく。


それほど、勇者たちの戦闘が酷く、醜悪であり、人々の心にトラウマを与えてしまったのだろう。


それなりに、信頼されていた王国の良識を、たった一日で破壊してしまった。


どんな有能な敵国のスパイでも、これほどの工作活動は出来まい。そうこの俺をもってしてもうなることしかさせない、恐ろしいほどの効果であった。


王国への批判は場合によっては不敬罪として厳罰に処されるほどの罪だが、今はそのことを忘れさせるほど、王国の権威を失墜させたわけである。


「ぐぎぎ! ぐぎぎぎぎぃっ……‼」


大衆の正直な感想に、勇者は悔しそうに青筋を立て、歯ぎしりをきしませる。


だが、意識を保つだけで精一杯な勇者は、彼らに反論することすら出来ない。


(だが、このままでは王国の権威は失墜する。勇者によって権威の象徴である御前試合が、醜悪なサーカスになってしまったのだから……。どうにか挽回せなばならんぞ?)


そう思って王族のいる観覧席を見ると、国王が渋面を作っているのが見えた。


少しばかりスキルで聴力を強化してみれば、


(まずい、このままでは民の支持を失うばかりか、今日の戦いを観覧するためにわざわざ呼び寄せた貴族たちに顔向けできぬっ……!)


(ええい、ワルダークは何をやっているのか⁉ どこに行きおった⁉)


(……いや、よく考えて見れば、あんな勇者パーティーなど、この国には不要だな……)


(真の英雄を民は求める。それに王は応えるものだ……)


何やら訳の分からないことを言ったかと思うと、観覧席から、


「此度の戦い、まことに見事であった! さすが真の勇者・・・・アリアケじゃ!」


そう大衆によく聞こえる声で言ったのである。


(はあ? 何を言ってるんだ?)


俺は純粋に首を傾げる。


勇者ビビアも同じだったようで、地面に這いつくばり、王の観覧席を首だけで見上げながら、顔面蒼白で口をパクパクとする。


ビビアが勇者なのだから当然だ。


それなのに俺が真の勇者だといきなり言われたのだから、驚くのも無理はあるまい。


だが、抗議しようにも、今のビビアは声が出せない。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"……」


と、御前試合の時のような怨嗟のうめき声をあげるのみだ。


だが、そんな勇者の様子には目もくれず、王はもう一度大声で、


「よくぞ偽勇者を打倒した! それでこそ我が国が認めた真の勇者パーティーである!」


そう宣言するように言ったのである。


当然、大衆たちは驚く。


今まで勇者だと思っていたのが、偽勇者であることが王より宣言され……。


さらに、勇者パーティーから追放された、俺ことアリアケ・ミハマが世界の真の英雄たる勇者だと、そうはっきりと宣言されたのだから。


「ええっ⁉ アリアケが本物の勇者だって⁉」


「ビビア様が勇者なんじゃないの?」


「あ、ああ……。確かにそうだったはずだぜっ……!」


ざわざわと、大衆はざわめく。勇者が入れ替わるなどという事態を、そうやすやすと受け入れられるはずもあるまい。


勇者とはビビアのことだ。


俺はそう思っていたのだが、


「……まあ、あの戦いなら納得だ!」


「すごい。やっぱり本当の英雄の戦いっていうのは、ああいうものなのねっ……!」


「かっこよかったぜ! 真の勇者アリアケ! よくぞ偽勇者を倒してくれた!」


パチパチパチパチ!


コロシアムに拍手がとどろき、俺たち真の勇者パーティーへと降り注いだ。


別にそんな称号は欲しくもないのだが、いつの間にか、こんな状況になってしまっていた。


しかし、その一方で、


「それに比べて勇者……じゃなかった。偽勇者ビビアの戦いはひどい」


「その仲間もだ!」


「畜生にも劣る戦いだった。あんな戦いを王族たちの前でやるなんて……」


「その上、めちゃくちゃ弱いかったじゃねーか! そんな奴らを応援していたなんて、俺は一生の恥だと思うよ!」


死ね!


畜生以下のゴミカス!


偽勇者どもめ!


などといった聞くに堪えない罵倒が飛び交う。


「うぎ‼ うぎい‼ うぎぎい‼」


華やかな舞台で華麗に活躍するはずだった勇者は、今や大衆に唾棄すべき存在と認識され、勇者の称号すらも剥奪された、ただの落伍者のようであった。


その上、勇者はあの戦いで頭髪の半分を失い、全裸でゲロまみれである。


大衆が見放すのも当然の、変質者同然の男にしか見えない。


だが俺は、


「やれやれ」


そう俺は苦笑しながらかぶりを振った。


そして、王族や大衆たちを諭すように語り掛けた。皆自然と静かになり俺の言葉を聞く。


「俺が優れているのは、当たり前のことだ。国が俺を頼ろうとすることも分かる。だが、聞いて欲しい」


俺はそう言いながら、地面に這いつくばる偽勇者に対して、憐憫の微笑みを向けてから、


「偽勇者が師匠である俺に勝てないのも当たり前のことだ! たとえ1000年研鑽を摘もうとも絶対に無理だろう。それほど彼の格は低い!」


まずは事実を述べた。


「だが!」


俺は続ける。


「真の勇者はこのビビアで間違いない!」


そう宣言したのである。


「なぁ⁉」


その言葉に、大衆たちはもちろん、偽勇者だと公言した王すらも、うめき声をあげた。


しかし、俺はかまわず続けた。


「今日の彼の動きは悪くなかった。命のぎりぎりまで戦う気概も見せてくれた。戦いとは正道だけではないことも確かだ。熾烈さを増す魔王軍との戦いにおいてもそうだ! 確かに御前試合としては失格、品性下劣な存在かもしれない。だが、この賢者アリアケのもと、ビビアを勇者として存在することを許して欲しい! 偽勇者かもしれないが、この俺にめんじて、勇者として認めてやって欲しいんだ! 偽勇者ビビアよ! まだ、お前は偽物だ‼ だが、真の勇者になれるよう、俺に認められるよう、これからも励め! 応援しているぞ‼」


俺はそう言って、御前試合の中心で、ビビアを鼓舞するのと同時に、王に向かって王国指名勇者の剥奪の撤回を迫ったのである。


勇者は俺の言葉に感激しているのか、歯ぎしりをしながら、血の混じった涙をボロボロと流し、地に伏したまま俺を見上げていた。


「あ"ぎあ"げえ"え"え"え"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」


低い声で感謝の声を上げている。


俺の言葉を、大衆たちもすぐには受け入れられなかったようではあるが……、


「偽勇者だけど、勇者なのか……」


「あんなゴミでも、本物の勇者アリアケ様がおっしゃるなら、まぁしょうがないのか……」


「そうだなアリアケさんの弟子なんだ。アリアケさんを信じて、認めてやろう。頑張れよ偽勇者! いつか師匠に追いつき、勇者だと認めてもらうんだぞ!」


そんな声が徐々に大きくなり、最後は偽勇者コールになる。


大衆の声に、王も俺の言葉を拒否することは出来なくなったようだ。


「仕方あるまい……。偽勇者を仮の勇者と認める! ただし、アリアケの公認があるうちだと肝に命じよ!」


わぁ! と大衆が沸いた。


何とか勇者ビビアは俺のおかげで王国指名勇者の地位を剥奪されずに済んだようだ。


俺が依願したおかげでもあるし、俺と言う大賢者が認めているからではあるが……。これも上に立つ者の役割だろう。


「頑張るんだぞ、ビビア」


一件落着、俺はそう言って笑ったのである。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!?」


ビビアも王や大衆の中心で、うめき声をもって、その言葉に同意する。


(ふう、どうやら、勇者の立場は守られたようだ。少し本気を出しただけで勇者の地位についてしまうところだった)


俺は冷や汗を拭うのだった。


勇者などという面倒な地位を手に入れるつもりはさらさらなかった。


幸いながらビビアは勇者ごとき地位に固執しているようだし、頼りないが、まぁ任せておいてやろう。


俺には頼まれても不要な地位だからなぁ。


おっと、そう言えば。


俺は思いだしたとばかりに手を打つ。


師匠として、これは伝えておいた方あ良いと思ったのだ。ビビアの今後の成長にもつながるだろう。


「一つアドバイスがある。お前、ラッカライを無能だと言って追放したらしいな。人を育てるレベルには、お前ではまだまだ達せていないらしい。相変わらず人を見る目がまだまだ未熟だ。腕を磨くのももちろんだが、それと平行して、他人の才能をしっかりと見極め、そして育てられるようになれ。人を育てられるようになってこそ、俺に少しでも追いつくことになる。それが俺からお前に与える、今後の宿題だ!」


俺の言葉を聞いていた大衆は、


「ええ⁉ 偽勇者は、あのメッチャ強かったラッカライを育てられなかったのか⁉」


「アリアケ様の方がお強い上に、人を育てる才能もあるんだなぁ」


「今ではラッカライのほうが、兄弟子だった偽勇者より強いみたいだしな」


「偽勇者ビビアには育てられず、真の英雄に育てられたら、あれほど成長する。やっぱり人によって全然違うんだな」


そう言葉を交わすのであった。


だが、まぁこの点について擁護するのもおかしな話だ。


むしろ、


「可哀そうだが事実だ。だが、落ち込むことはない。こういった悔しい経験をもとに、人は成長するものなのだからな」


そういうことだろう。


ビビアの成長を願い、俺はそう言って微笑んだのである。






~ 勇者ビビア視点 ~


カス!


ゴミくず!


偽勇者‼


(くそがああああああああああ! ゴミはてめえらだ! 俺は勇者様だぞ! てめえら一般人とは違う、選ばれた存在なんだよおおおお⁉)


俺は内心で絶叫し続ける。だが、口からはうめき声しか出ない。


「可哀そうだが事実だ。だが、落ち込むことはない。こういった悔しい経験をもとに、人は成長するものだ」


(アリアケええええええええええええええええええええええ⁉ てめえだけは! てめえだけは! てめえだけはあああああああああああああああああ⁉)


ゆ"る"さ"ね"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"!


俺が華々しく華麗に活躍するはずだった舞台を邪魔した上に、偽勇者の烙印を押した!


しかも、俺がそんな地位にいられるのが、アリアケの公認があるからだと⁉


ああああああああああああああああああああああ。


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼


あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!?


絶叫。怨嗟。怨嗟に次ぐ絶叫。


この世界などなくなればいいと言う、純粋な思いに心が覆われる。


心が闇に覆いつくされる。


当然だ。


勇者の俺を奉らない世界など、滅びるべきだ! 俺は何も間違っちゃいねえ!


……その時。


『勇者ビビアよ』


ワルダーク宰相の声がどこからか聞こえた。


「宰相!? ど、どこから……」


『そんなことは、どうでも良い。それよりも、お前には切り札が、あるだろう?』


きり……ふだ……?


『切り札の声を聞け……』


こ……え……?


俺は全裸だ。


だが、腰袋を一つだけ下げていた。ワルダークの切り札を放さないためだ。


その切り札のほうに耳を傾ける。


声が聞こえて来た。


『力が……欲しいか……?』


「ほ、欲しい……」


俺は即答する。


『何を、失おうとも?』


俺は、考え……、


「アリアケや今、周りにいる奴らや王族! 大衆共をぶち殺せるなら何でもいい!」


考えるまでもなく、即答した。


『そなたは、我の器に、ふさわしい……。心地よき、黒き……魂の、担い手……。我を……託そう……選ばれし者よ……』


袋の結び目がひとりでに開くと……、握りこぶしほどの緑色の石に、奇妙な目玉が付いた、意味不明の物体……、それがズルズルと、触手のようなものを生やして這い出して来た。


そして、


『シュルリ……ゴクリ……』


一瞬にして、俺の喉を嚥下していく異音とともに、


『ガクリ』


俺の体は唐突に糸が切れたかのように、地面に突っ伏した。


そして……、


「ビビア? ……その体はどうした・・・・・・・・?」


そんな声が俺の真下・・から聞こえて来たのであった。


心地よい、絶対の、万能感と共に。

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