第60話 御前試合 その④ ~勇者の仇をうつべく立ち上がる仲間たち エルガー編~

60.御前試合 その④ ~勇者の仇をうつべく立ち上がる仲間たち エルガー編~





~エルガー視点~


「「なっ⁉」」


俺とプララは驚きの声を上げた。


勇者の切り札である煉獄打突武神剣オーロラ・バーストエンドが防がれた。


そして、その後ラッカライに襲いかっかったデリアまでもが反撃を食らってダウンしたからだ。


たちまち、俺は「情けない役立たずどもが!」と舌打ちをする。


今日は俺のために用意された、絶好の晴れ舞台であった。


ラッカライなどと言う回避防御型の戦士がいかに非力で頼りなく、一方で俺のようなたくましい男がどれほど優れているか。それを改めて大陸中に喧伝けんでんするための絶好の機会だと考えていたからだ。


今の俺はまだ『国の盾』と呼ばれるように、国レベルの英雄にとどまっている。しかし、俺の評価は本来もっと上位のもの。……まあ、てらいなく言えば『人類の守護盾イージス』……。ふふふ、これくらいの二つ名が妥当と言ったところだろう。一国の器に収まるような男ではないのだからなぁ。


……だが、あろうことか勇者の攻撃が、聖槍の使い手に防がれたなどと言う話になれば、実は最強の防御戦士はラッカライなのでは? などという悪夢のような噂が流れかねない!


そんなことになったら、俺は! 俺はぁああああああ⁉ あああああああああああああああああああ!


俺は思わず血が出ることも構わずギチギチと唇をかみしめた。


だが、


(……しかし、俺に限っては、焦るほどのことではない、か)


俺はゲロを吐く勇者やデリアを視界から外しつつ、冷静さを取り戻す。


噛んだ唇から流れる血をなめとりつつ、ニヤリとほくそ笑んだ。


余裕を取り戻せば、鉄くさい血の味すらも心地よい。


(勇者もデリアもしょせん俺のような冷静な戦略眼がない、少し頭の足りない者たちだ。だから、防御型の相手に攻撃で対抗しようとするという、そもそもの戦略ミス、根本的な間違いを犯してしまった! まぁ、攻撃型の戦士というのは、馬鹿だから攻撃しか出来ないのだが……。俺のように筋肉がない弊害だ。哀れな……)


俺は攻撃偏重型の戦士たる二人を哀れみつつ、


(だが、俺は違う。攻撃ではなく防御を重視したタンク。ラッカライとの戦いは『防御VS防御』の戦い。ならば、ラッカライのひ弱な防御に対して、人類の守護盾イージスたる俺の防御が負ける道理はない! ラッカライの虚飾防御の化けの皮をはがすことは余りにも容易だというわけだ!)


あまりの理路整然とした結論に興奮する。


同時に、侮蔑の表情でラッカライを見た。


少しばかり攻撃に対する回避や反撃手段を手に入れたようだが、しょせん付け焼刃。


そして、筋肉を伴わない三流のごまかし防御だ。


真のタンクの俺と防御を競えば、必然的に俺が圧勝することは論を待たぬだろう。


「く、くくく、くくくくくくくくくく」


駄目だ、ついつい笑いを抑えることが出来ない。勝利を確信してしまって、思わず笑いが表に出てしまった。


だが、それも無理もない。


な・ぜ・な・ら。


俺はますます笑みを深める。


(さっきは勇者の攻撃が防御されて、ラッカライの評価が上がると焦ったが……むしろ逆だ‼ 幸いにも、ラッカライという雑魚相手に、勇者と、加えて大陸一の拳闘士などと持ち上げられていたデリアの二人が倒されている! ゆ・え・に、あの雑魚ラッカライを倒すだけで、俺がこのパーティーで最優の戦士であるということが証明されるわけだ! あんな雑魚を倒すだけで!)


今まで俺はパーティーの中で地味系の戦士という扱いだった。


勇者のような聖剣使いでもないし、デリアのような拳闘士といった華やかなもない。プララのように多種多様な魔法を操ることも出来なかったからだ。


本当は俺が誰よりも一番優れていたのに! 世界で一番たくましい戦士なのに! だと言うのに防御タイプの戦士というだけで不当な評価しかされてこなかった!


だが、今回、勇者やデリアを倒したラッカライを俺が打倒することは、既に決まっている。


これはまさに天が不遇の俺に与えたボーナスタイムなのだ!


そう、ついに正当な評価を受ける時が来たというべきなのだ!


(おお……、ラッカライを倒した御前試合の翌日には、俺の武勇が大陸中に鳴り響き、勇者パーティーで最も優れたたくましい男。人類の至宝とまで言われるようになるだろう)


それもこれも、目の前の雑魚戦士のおかげで。


そこの小物を倒すだけで、人生最大の栄誉が間もなく、俺の手中に収まるのだ! これが興奮せずにいられるだろうか!


(ふ、ふふふふふ、残念だったなあ、ラッカライ)


俺はニヤリとラッカライを見て、一種の憐憫の情を抱く。


(お前の『天敵』はここにいたのだ! そう、この『聖タンク』エルガー様がお前の『敗北』そのものであり、そして勇者パーティーを導く御旗なのだ!)


ブルブルと興奮で体躯を震わせる。


ああ、もう我慢できん!


俺は勝利を確信して、ラッカライへと肉薄しようとする。勇者とデリアが情けなく背後で餌付く音すら、今からラッカライがもたらす勝利を引き立たせる交響曲シンフォニーのように思える!


「審判! デリアは体調が悪い! 俺と交代だ!」


審判のことは既に買収してあるから問題ではない。こうやって、いざという時のために環境を整えておくことも防御の基本なのだ!


俺はもはや、これから人々が永遠に俺に向け続けるであろう尊敬の目線を、既に受けているように感じながら、哄笑を上げつつラッカライの正面に立った。


さあ、俺の筋肉が勝利の唸り声をあげているぞ!


「はーっはっはっはっは! 軟弱な少年ラッカライよ! カウンターでも何でも打ち込んでくるがいい! 俺の鉄壁防御に腰を抜かすことになるだろうがなぁ! そりゃあああああああああああああああああ!」


そう唇を歪めて叫びながら、俺は剣を叩きつける。だが、その攻撃がかわされることは想定済みだ。そしてラッカライがカウンターを放ってくることも!


だが、それこそが俺の狙いだ!


カウンターを幾度放てども効かない現実に、ラッカライは半泣きで逃げ出すだろう!


くあーっはっはっは! 


愉快すぎる! それこそが防御型戦士の勝利の仕方! 筋肉の大勝利の仕方だ!


何度だって相手の攻撃を受けきる!


それこそが戦士タンクの誇りなのだ!


そして、次の瞬間。


「見切りましたよ!」


そんな声とともに、


蛟削みずちそぎ!」


俺の振るった大剣が、まるで蛇に絡めとられるように軌跡を変えられ、ラッカライの体スレスレを通って地面に突き刺さる。しかし、


(くわーっはっはっはっは! 思った通りだ!)


お前はそれで隙を突いたつもりだろう! だが、お前がカウンターを狙っていることは初めから見え見えだ!


俺はそのカウンターこそ、この無敵、鉄壁の体躯にて何度だって、何万回だって弾き返すつもりなのだから。それによってお前は俺の真の強さに恐れをなして降参すると言うわけだ!


さあ、来るがいい!


この『人類のイージス』がお前に『本当の強さ』というものを教えてやろう!


聖槍で選ばれたぐらいで図に乗っている若造の身体にじかに叩きこんでやる!


この防御の大先輩、英雄エルガー様がなぁ!


俺はそんな正しい先達としての意識に興奮し、思わず大きく唇を歪めたのだった。


そして、


「聖槍スキル! 蛟竜衝こうりゅうしょう!」


来た! だが、笑わずにはいられない!


デリアを倒した時と同じ技だ!


恐らく、さっきデリアを倒したことで味をしめたのだろう。


加えて、蛟竜衝こうりゅうしょうは顎を狙う技だった。


つまり、俺のようなたくましい男でも鍛えられない箇所だと思ったのだろう。


しかーし!


(愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚かぁ!!)


俺は無敵の盾! レジェンドな俺にそんな稚拙な弱点は存在せん! 鉄壁と言うのはそういうことだ! お前のような中途半端な防御とは違う! 顎だって鍛え済みだあああああ! 俺に隙は皆無だああああああ!


「哀れだな‼ ラッカライいぃいいいいい! 聖槍に選ばれたから調子にのったなあああ! 本当の防御を教えてやる! お前の負けだああああああああああ。うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


俺は絶叫しつつ、顎に力を入れる。


そして、思った通り、衝撃はやって来た。


カッキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン…………。


「う、うわぁ……」


観客の声なき悲鳴がコロシアムに響いた。


「あ?」


一方で、間抜けな甲高い声も響いた。


それが俺の上げた声だと気づくまで数秒かかった。


その後、


「ほんぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」


耐えきれずに絶叫を上げた。


そう、あろうことかラッカライは、


「ふ、ふわああああああああああああああああああああああああああ⁉ いたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼」


俺の局部を思いっきり聖槍で弾き上げたのだ!


「う、うっ、うっ、いだい、いだい、よぉ……。うううううううううううううううううううううううううううう……うっ、うっ、うっ……」


俺はうづくまって、思わず泣き出してしまった。


泣くのをやめようとするのだが、余りの痛さにどうしても涙が止まらない。


スタジアムを泥まみれになって転がるが、それでも痛みはひかない。


嗚咽も止まらなかった。


「うわっちゃー、あの男、泣いてるぜ。ぷっ……」


「やだ、あれだけ自分がたくましいだの、無敵だって言ってたのに……。めっちゃ弱いじゃん……」


「国の盾って言っても金的には勝てねえのな。ま、しょせん、その辺はフッツーの戦士とそう変わんねえってことかぁ」


「あの筋肉も見せかけの無駄筋肉だったってわけか。はははは!」


侮蔑や蔑みの声が、俺の嗚咽に混じって聞こえて来た。


(ぐそ"う"……。ぐそ"う"……)


俺は痛みとともに、悔しさの余り更に涙をボロボロと流す。


「だい"り"ぐい"ぢの"え"い"ゆ"う"の"お"れ"がな"ん"でこ"ん"な"め"に"い"い"い"い"い"……」


思わず怨嗟の絶叫を上げた。


「ちょ、ちょっとエルガー。あんた大丈夫なの⁉」


そんな俺に、プララが声を掛けてきてくれる。


だが、それは余りにタイミングが悪かった……。大声を出したのと、下腹部の痛みのせいで気持ち悪くなっていた俺は声を掛けてきてくれたプララに対して、


「お、おええええええええええええええええええええええええ……。うっ、うぷッ。うっ、うっ……おえええええええええええええ……」


「ぎゃあああああああああああああああ⁉ かかったあああああああああああ⁉ て、てめええええええ、ぶっ殺してやるよおおお! ファイヤボールゥウウウウウウウ!!」


「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


俺はプララの放つファイヤーボールに吹っ飛ばされる。


ごろごろとコロシアムを涙と唾液、泥にまみれて転がった。


「ひい!」


「うわぁ……気持ち悪い」


「しかも、あいつ最後、仲間にやられてんじゃん」


薄らいでいくのを意識の中で、先ほどよりも更に侮蔑や罵倒の言葉を聞く。


俺は絶望とともに意識を暗転させて行った……。


意識が落ちる間際、


「あわわわわ、男の人って本当にアレが弱点なんですね‥…悪い事しちゃいました……」


「まあ、あれは男にしか分からない痛みだからなぁ……。ラッカライが知らないのも無理はない」


「そ、そうなんですね~」


ラッカライとアリアケの、そんなよく分からない会話に疑問を持つが、すぐに俺の意識は闇に飲まれてしったのだった。





~なお、王族の一幕~


「おい、ワルダーク。何なのだ、この試合は……。わしはこんな無様な試合を見に来たわけではないぞ?」


「はあ、申しわけございません」


「申しわけございません、ではないだろう。こんな戦いでは民の心を慰撫し、奮い立たせることなど出来ぬぞ! 何のための御前試合だと思っておる!」


「分かっております」


「ふう……。では、すぐに手を打て。手段は問わぬ。政治とは結果が全てなのだから」


「承知しております。では、早々に」


王の言葉に、ワルダークは普段見せぬ笑みを顔に張り付かせたのだった。

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