第41話 獣人の感謝 & ハインリッヒ視点

41.獣人の感謝 & ハインリッヒ視点





俺はアリシアと思わぬ再会を果たした。アリシアはどういった理由か勇者パーティーを脱退し、俺のパーティーへの加入を求めて来た。俺としては異存はない。追放したのは勇者だし、今から思えばアリシアは特に俺を追いだそうとしていたわけではなかったように思う。


脱退した理由も後から聞けばいいことだ。


一点、心配していたコレットとの関係であったが・・・、


「初めまして、というべきじゃろうな。わしはコレット=デューブロイシスじゃ」


「こちらこそ宜しくお願いします。私はアリシア=ルンデブルクと申します」


二人は俺の心配などよそに、つつがなく挨拶をすると、


「聖女といちおう呼ばれております。一通りの上級回復魔法と、それから蘇生魔術が使えますが」


「すごいのじゃ! 上級回復魔法は人から失われて久しいのじゃろう? それに蘇生魔術などほとんど歴史上おらんのではないか! わしなど戦うだけで癒すことは出来ぬからなぁ!」


「ありがとうございます」


「勇者パーティーにも凄いメンバーがちゃんとおったのじゃなぁ。うむ、ちなみにわしはドラゴン種族の末姫じゃ。これからもよろしく頼むのじゃ、アリシア」


「宜しくお願いしますね、コレットちゃん」


二人ともとても落ち着いた調子でやりとりをすると、余裕させ感じさせる様子で握手をし、互いに微笑みあっていた。


(どうやら、まったく心配するようなことはなかったようだな。まぁ当たり前か)


二人ともある意味、大人なのだ。


心の余裕が態度に現れているのだなぁと、俺は感心したのである。


と、そんなやりとりをしていた時である。


「大賢者アリアケ様!」


10代半ば程度に見える獣人の子供2人が、俺の傍まで来てガバっと頭を下げたのである。それはハインリッヒにつかまり殺されかけていたところを助けた獣人の兄妹であった。


「アリアケ様は僕たちの命の恩人です。本当にありがとうございました! あ、申し遅れました。僕の名前はハス。こっちは妹のアンです」


アンと紹介された少女も深く頭を下げ、


「こ、このたびは助けて頂いて本当にありがとうございました。大賢者様! 大賢者様がいなければ、私たちはあの貴族に石で殺されてしまっていました!」


だが、俺は当然だが首を横に振る。


「助けたのはこっちの大聖女だ。俺は何もしていない、礼を言うなら聖女へ言うと良い」


しかし、二人は同じように首を振ると、


「もちろん、大聖女様にも感謝しています。ですが、一番最初の投石から僕たちを助けて下さったのは大賢者アリアケ様ですよね!」


「いや、まぁ、それはそうだが・・・。防いだだけで直接助けたわけでもないし、大したことでは・・・」


そう言って否定しようとする。


だが、なぜかアリシアが口を挟んで来た。


「いいえ、咄嗟にあれだけのスキルを駆使して、数十人からの投石を防がれたアリアケさんは凄いです。それに、スキルだけではなく、その心根こころねは誰にも真似まねできないものでしょう。あくまで、私は2回目を防いだだけですからね。さすがと言えます」


「その通りじゃ」


と、なぜかコレットまでも深く頷く。


「間違いなく旦那様は貴族からこやつらの命を救ってやったのじゃ。そんな偉業をポンポンとできる者がこの世界のどこにいようか。まったく自己評価の低いのが玉にきずじゃなぁ」


二人の言葉に、アンが改めて頭を下げ、


「私たちを救ってくださり、本当に、本当にありがとうございました。大賢者様。この御恩は一生忘れません」


そう言って涙ぐみながら感謝の言葉を口にするのであった。


ううむ、と俺は困ってしまう。


本当に俺のしたことなど大したことないのだがなあ。けれど、余り拒否しすぎるのも申し訳なくなってきた。


なので、


「まあ、その感謝は半分受け取ろう。もう半分はやはりこのアリシアのものだ」


と言ったのであった。


「「あっ・・・。もう、また・・・」」


アリシアとコレットがそろって嘆息すると、


「さすが大賢者様です。本当にご謙遜でいらっしゃるんですね」


獣人たちの兄妹もなぜか苦笑しつつ、尊敬の目で俺を見てそう言うのであった。


やれやれ、と俺も釣られて苦笑してしまう。


「ま、それはともかく、だ」


俺は話を変えるように、別の話題を切り出した。


「ハスとアン。お前たちはこれからどうするつもりなんだ?」


気になっていたことを問う。


「え、はい。また元の冒険者として暮らすつもりです。というか、それくらしか、腕っぷししかない僕たち獣人には出来ませんから。・・・ただ、僕たちのことをハインリッヒがまた捕まえようとしてくるかもしれないので、そこが不安なんです」


確かに。


いつまた捕まるかもしれないという状況では、おちおち外も歩けないだろう。


「ああ、それでしたらご安心ください」


だが、アリシアが人を安心させるような笑みを浮かべながら言った。


「先ほどの審問で獣人への差別政策への追及が終わったわけではありません。更に今後もそういった政策をとることがないように、教会の名において監視します」


「ほ、本当ですかっ!」


「もちろんです。というかですね・・・」


アリシアが頬をかきながら、


「前領主たるハインリッヒ卿の御父上が急死され、彼が領主の地位を継いでから、急に獣人差別政策を始めたのです。そのため、教会の対応が遅れてしまったのですよ」


「そうだったんですね。なら今後はもう・・・」


「はい、安心頂いて大丈夫ですよ」


そう言ってもう一度微笑む。


「良かったです! なぁ、アン」


「うん、お兄ちゃん! また冒険者を続けられるね!」


兄妹も微笑みあって喜んだ。


ふむ、どうやらアリシアたち教会が監視している以上、政策面であの愚かな貴族が、同じような愚策を取ることはできないだろう。


だが、俺はあの男が去り際に見せた、瞳の奥にともる漆黒とも言える闇を思い出していたのである。


だから俺は、


「ハス、アン。少し話があるんだが」


彼ら兄妹に相談を持ち掛けたのである。






~ ハインリッヒ視点~



「くそ、くそ、くそくそくそくそくそくそくっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁあああああああああああああああ!!!」


私は自室に戻って頭を掻きむしりながら絶叫する。


ガンガンと机に頭を打ち付けた。


花瓶をなぎ倒す。ガチャンという激しい音と共に砕け散る。


窓の外にいた猫か何かが物音に驚いて逃げ出す音がした。


それでも全く悔しさは晴れない。


「アリアケアリアケアリアケアリアケアリアケ=ミハマァァァアアアアアアアアアアア」


私は諸悪の根源の名前を連呼する。


何度ののしっても足りない、忌むべき名前を連呼する。


「あんなのは!」


私は天を仰ぐ。


「あんなのはただの偶然ではないか!」


部下たち数十人の投石を無力化してみせた。だが、そんなのは大したことでは絶対にない。私にだってできる程度のことなのだ。


「次に出会い、そして戦えば、貴族であり剣の達人である私が絶対に勝つ! 私の方が何十倍も何千倍も強い!」


それなのに!


私は思わず思いだしてしまう。


あの美しい大聖女のことを。


あの女は大貴族である私ではなく、あろうことかアリアケの味方をしたのだ!


「あああああああああああ、なぜだ、私の方が男として断然優れているというのに! 権力も力も富も名声も、何もかもが優れているはずなのに!」


そして、同時に、あのあり得ない審問の風景を思いだしてしまう。


「破門!? こ、この尊き血筋たるこのハインリッヒ=グロスをっ・・・! うあああああああああああああああああ!」


またしても悔しさの余り地団太を踏む。


私の悲嘆は何時間も続いた。




「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


何時間経過したことだろう。


既に夜は明けていた。


あり得ない出来事が連発したために、つい自制心を失ってしまった。


・・・獣人へ圧力をかけ、富を増やす政策はもう使えないだろう。教会が私を監視対象とした以上、おおっぴらな差別政策はとれない。


「だ、だが・・・。く、くくく」


私はにやりと唇をゆがめる。


「例え権力を振るえずとも、私には”コレ”があるのだ。く、くひひひひひひひひひひ!」


スラリと鞘から剣を抜いた。


その刀身からは薄っすらの魔力が漏れ出ている。その魔力は私にまるで語り掛けるようだ。弱者など蹂躙し従える以上の価値などない。絶大な力を持つ私は下々の者を好きにしていい権利があるのだ、と。


私は陶然とうぜんとしながら口を開く。


「誰かいるか!」


私の呼びかけに、そば仕えの兵士たちが入室してくる。


「はっ! 何でしょうか。ハインリッヒ様!」


「うむ。昨日陳情のあった冒険者キラーの討伐へ向かう。そこで、いつも通りギルドから、現在≪煉獄神殿≫へ潜っているリストを入手して来い。我々、貴族騎士団が守る対象をはっきりとさせるためにな!」


「はっ! 承知しました」


兵はすぐに出ていくと、ほんの10分程度でリストを持って戻って来た。


ぺらぺらとめくる。潜っている人数はそれほど多くない。


「都合がいい」


思わずニヤリとする。


上から順番に目を通して行った。


「ほう・・・」


と、そのリストに記載された冒険者名を見て、私は思わず目を細める。思わず激しく唇を歪めてしまった。


「どうやら、運は私を見放してはいなかったようだなぁ」


そのリストには、昨日私に謝罪をさせた、汚らわしい獣人たちの名前があったのである。



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