第42話 ハインリッヒ伯爵の野望は潰えり

42.ハインリッヒ伯爵の野望は潰えり




~ ハインリッヒ視点~



「ぎゃああああああああああああああああああああ⁉」


汚らわしい獣人の男が血まみれになって倒れた。


「くははははははははは! ゴミめ! 雑魚め! ああ、やはり私は最強だ!」


私は喜悦に唇を歪める。


うっとりと、血にまみれた剣に視線を注ぐ。


剣は漆黒。血を吸うたびにぼんやりと闇夜のごとき光を放ち、更に切れ味を増していく。殺せば殺すほど強くなる。そうすればもっと殺したくなる。≪あの方≫に頂いたこの魔剣のおかげで、私はいつか最強の存在になるのだぁ!


「おおっと、いけない。いけない」


ふぅ、と一度深く呼吸をする。


(メインディッシュはこの後なのだ)


粗相が過ぎたと額の髪をはらう。


ついつい本当は殺す予定になかった獣人の冒険者を、あの屈辱を与えた獣人兄妹を殺せるかと思い、高ぶりにかまけて衝動的に殺してしまった。


足元の死体を見る。


そこには中年の獣人の男が目を見開いた状態でこと切れていた。


「くふふ」


絶命の際、絶叫を上げていた。しかし、周囲を見回しても、自分以外には誰の気配もなかった。


当然だ。


なぜなら、周囲は忠実な部下たちに命じて、誰も近寄らない様にしているのだから。


でなければこの私、『冒険者キラー』の仕事に支障が出てしまう。


そうだ、私が『冒険者キラー』だ。


私が演説で”冒険者キラーの討伐に向かう”と宣言したのは、万が一にも私が冒険者キラーだとバレない様にするためのカモフラージュだった。


まさか貴族の私が冒険者キラーだとは誰も思わないだろうが、念には念をだ。くくく、まさに天才の私にしか思いつけない方法だろう。


冒険者キラーをしているのは、この天才たる私が剣の腕を磨くためだ。


剣の腕を磨くには、やはり実際の殺し合いが一番だ。


捕虜や奴隷を切り殺すだけでは物足りない。


だが街中で殺しをするわけにはさすがにゆかない。


だからダンジョンで辻斬りをすることにしたのだ。


そうすれば、汚らわしい獣人や最下層の冒険者を掃除できる上に、私の剣の上達にも貢献できる。魔剣の切れ味も増す。まさに一石三鳥だ。


死んだ彼らも貴い私の役に立って死ぬことができるのだからきっと喜んでいることだろう。


私はその考えの完璧さに大いに満足する。


「さあ、本命だ」


私は思わず舌なめずりする。


部下たちの情報によれば、ここを左に曲がったつきあたりで、あの獣人の妹が休憩をしているらしい。


死角から先手を取れば気取られず殺すことが出来るだろう。


「今日はソロで潜っているのか?」


事前のリスト名には兄がいた。若干情報が食い違うが、些細なことだ。そんなことはいくらでもある。


(いた!)


私はその後ろ姿を確認する。


情報通り、こちらに背中を向けている。全く私の存在に気が付いていない。


チャンスだ!


私はこっそりと、しかし素早く死角を縫いながら近づいて行く。


そして、手を延ばせば触れられるほどの距離まで近づいた。


そうして、私は唇を歪めながら、素早く剣のを握ると、


「くひい! 死ねえ!」


これだから冒険者キラーはやめられない。しかも今回の相手はとうとき立場である私に謝罪をさせた汚らわしい獣人だ。それを始末できる喜びに喜悦が走る!


(こいつを始末したら、次は兄だ。そうだ、妹の死体を前に、あらん限りの拷問をしたうえで始末してやろう!)


そんな妄想を浮かべながら、思いっきり横なぎに振り抜こうとした、その瞬間である。


「僕の妹に何をするんだ! このクソ野郎がぁあああああああああああああ!」


「なぁっ⁉ ぐぎゃあああああああああああああ⁉」


私は理解できないほどの衝撃をいきなり顔面に受けた。


目の前に星が飛び散り、一瞬遅れてすさまじい激痛が顔じゅうに走った。


私は吹きとばされ、地面をゴロゴロと転がる。そして壁に激突してやっととまった。


「あ、あがあああああ・・・・」


歯と頬の骨が折れているのかまともに声を出すことが出来ない。体中から血が吹き出る。


私は何が起きているのかとパニックに陥りながらも、何とか顔を上げて視線を巡らせた。


何メートルも先に、いないはずの獣人の兄の姿を認める。


そのことで、そいつに私は顔面を拳で殴られ、吹き飛ばされたのだと知ったのだ。


「だ、だにが・・・どぼじて・・・」


どういうことなのか。


どうして、いないはずの兄がいて、しかも私はたった一撃でこれほどボロボロになっているのか。


理解が追い付かない。


しかし、


「アン、すごいね。本当にアリアケ様の言った通りになったよ。しかも、アリアケ様のスキルで腕力が信じられないくらい向上してる」


「はい。やはり大賢者アリアケ様のおっしゃったように、貴族ハインリッヒが冒険者キラーだったのですね。さすが大賢者様です!」


ア、アリアケぇ⁉


その名前に、私の意識は一気に覚醒する。


なぜその名前がここで出る!?


その忌まわしい名前がここで出てくる!


そして、最も聞きたくない声が私の耳朶に届いた。


「おいおい、やめないか。お前たち」


そう言いながら、物陰から数人の人間たちがぞろぞろと出てくる。その先頭には、


「たまたま、今回はうまくいっただけだ。大したことではないさ」


あの忌まわしいアリアケ=ミハマの姿があったのである。


その私を見下ろす表情はまるで敗者を憐れむ勝者のごとき憐憫に満ちていた。


また、またなのか! また貴様の仕業なのか!


「アビアベ=ビババァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


私の屈辱にまみれた絶叫がダンジョンにこだましたのである。





~アリアケ視点~



「アビアベ=ビババァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


目の前の男、冒険者キラーがどうやら俺の名前らしきものを絶叫していた。その目には憤怒とともに、どうして俺がここにいるのか不思議でならないといった困惑の色も浮かんでいる。


俺は回想する。今回の件は昨日、俺から獣人の兄妹たちに持ち掛けた相談から始まったのだ。




★★★


「ハス、アン。少し話があるんだが」


「あ、はい。何でしょうか、アリアケ様?」


俺の言葉に兄妹は首を傾げた。


「もしかすると、明日、君たちはやはり狙われるかもしれない」


「えっ? でも、大聖女様が教会の監視があるから大丈夫って」


「それは街中での話だ。あいつの正体はたぶん『冒険者キラー』だ。君たちをダンジョンで狙ってくる可能性が高い」


「「「「「ええ⁉」」」」


全員が驚いた。


「ま、待ってください、大賢者様! あ、あの貴族が冒険者キラーなんですか⁉」


アンの言葉に、俺は頷く。


「いくつか根拠がある。まず、奴は今日の演説で口を滑らせた。奴はこう言った。 ”これに関しては皆に謝らなければならないだろう。冒険者キラーが、この街が管轄するダンジョン≪煉獄神殿≫に出没するようになってから1年。私が直々に討伐へと赴いてはいるが、いまだその尻尾すらつかめていない。・・・だが、約束しよう。必ず賊は捕まえると! 冒険者の中の不届き者を必ずあぶり出し、首を刎ねると!” ってな」


「お~、なるほど、そういうことですか」


コレットは首を傾げていたが、アリシアは手を打った。


「確かに”冒険者の中の不届き者”と言っちゃってますね。盗賊ではなく、ましてや獣人ではなく、冒険者だと、はっきりと告げています。はてさて、果たしてどうして属性を特定できたのでしょうか? それは犯人を知っているからですね!」


「おおー、さすがアリシアなのじゃ!」


コレットが尊敬の目でアリシアを見ると、彼女は照れくさそうに微笑んだ。出会って間もないのだが、この二人は妙に仲がいい。


「あと、そもそも、アイツの差別意識からして、率先して冒険者キラー討伐に行くとは思えないんだ。人気取りだとしても、1年以上かかっているから逆効果だ。ではなぜ率先して行こうとしていたのか? それはアリバイ作りのためだろう。討伐隊が冒険者キラーを隠蔽するためのものとは誰も思わないからな。ま、動機までは分からんが。・・・でだ」


俺は兄妹に本題を切り出した。


「このまま放置していては、今後も沢山の死者が出るだろう。だが現場を押さえない限り罪に問うことは難しい。だからお前たちに一肌脱いでもらいたい。だが、お願いしたのは結局のところ囮役が必要ということでな。ハインリッヒはお前たちを襲撃して来る可能性が高いからおびき寄せて欲しいんだ。もちろん、俺が各種スキルでサポートするから危険はない。・・・しかし、もちろん嫌ならば断わってくれていい。強制できるものではないからな」


「いえ。分かりました。このハスが喜んでお引き受けいたします」


「えっ? いや、いいのか? そんなにすぐに決めて。怖いとか・・・」


「も、もちろん怖いですが・・・」


ハスはアンの方を見る。


それにアンが頷くのを見て、彼は決心するように頷いた。


「ハインリッヒには沢山の同胞が殺されたり、捕まったりしているんです。そして、こんな状況ですが、この街は僕たちの故郷なんです。ハインリッヒが冒険者キラーなら、それを倒すためのお手伝いをするのは当然です!」


「そうか」


「それに、何よりアリアケ様のお役に立てるなら本望ですから! 僕たち兄妹を貴族の手から救ってくれた御恩、この犬耳の誇りにかけて裏切りはしません!」


「そ、そうか」


それほど大したことをしてやった覚えはないのだが、何やらキラキラと尊敬の目を向けられては、それを否定するのも野暮というものか。


「では、作戦を開始する。作戦名は『冒険者キラー狩り』だ。さて、作戦遂行にあたって出来ればハインリッヒの動向を監視しておきたいところだが・・・」


「あ、それなら大丈夫です。実は最近たまたま使い魔を手に入れまして、ハインリッヒについて行かせています。窓の外から猫みたいに監視中のはずです。彼が動いたら知らせてくれるでしょう」


「そうなのか。どんな使い魔を手に入れたのか、また教えてくれ」


「え、あーうん、そうですねえ。大丈夫かな。これ以上ライバルが増えると困るんですよね、うーん、うーん」


よく分からないが、なぜかアリシアが悩みだした。


大聖女の立場上、様々なしがらみがあるのだろうな。


まあ、ともかく、こうして俺たちの『冒険者キラー狩り』作戦は幕を切ったのである。


そして、まんまと間抜けな冒険者キラーは罠にはまったというわけだ。


途中、兄妹以外の獣人を切り殺すというハプニングもあったが、それはアリシアがあっさり蘇生魔術で蘇生させ事なきを得ている。


また、周囲の部下たちは、アリシアの結界によって容易に入って来ることは出来ない状況だ。


「さあ、観念しろ、『冒険者キラー』・・・。いや、犯罪者ハインリッヒよ。現行犯だ、言い逃れは出来ん。その歪で醜悪な思想と犯罪を償うがいい」


俺は倒れ伏すボロボロのハインリッヒに向かってそう断罪したのである。


ハインリッヒは血の涙を流しそうなほど悔し気な表情を浮かべたのだった。


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