第39話 貴族に従わぬ者たち
39.貴族に従わぬ者たち
俺とコレットは貴族ハインリッヒに連れられ、街を案内されていた。
この男は注目を集めるのが好きらしく、周りを屈強な兵士たちに囲ませながら街中を闊歩していた。
平伏する住民たちを見て悦に入っている。それによって自分の権力や名声を確認しているのだろう。
「ふっ、どうですかな。我が街の素晴らしさは。美しさに目が覚めるような気持ちでしょう」
「確かに美しいが、それほど単純ではないだろう。貧しい者たちや病める者たちはどうしているんだ?」
「はぁ?」
ハインリッヒは馬鹿にしたように肩眉を上げる。
「そんなカスどもなどどんどん駆除してしまえばいいのですよ。なあに、領民など掃いて捨てるほどいるのです」
「それに領民は納得しているのか?」
「ええ、もちろんですよ」
にやりと笑うと、
「貴族である私の意向こそが法律なのですから。それに従えない者は領民ではありません」
当然のように言った。
と、その時、路地裏からフラフラと薄汚れた男が俺たちの前を横切ろうとした。結構な距離があり、決して道を塞ぐようなものではなかったが、目ざとく見つけた兵士たちが怒声を上げる。
「無礼者め!」
「ひっとらえて牢に放り込むぞ!!」
「ひ、ひぃ⁉ お、お助けを! 知らなかったのです! まさか貴族様がお忍びでいらっしゃるなどと・・・」
浮浪者の男は狼狽し、釈明する。
だが、ハインリッヒはゴミを見るような目をしたかと思うと、
「汚らわしい。誰が口をきいて良いと言った? それだけでも万死に値する。構わん、この場で切り捨てよ」
「ははっ!」
そう言って兵士たちがその浮浪者へ迫ろうとする。
しかし、
「ひ、ひいい⁉」
「あっ、待て! くそ、何と言う逃げ足の速い・・・」
先ほどまでフラフラとした足取りだった男が、なぜかいきなりすさまじい速度で退散したのである。とても追いつけるような速さではない。
これはにはハインリッヒが驚いた表情を浮かべるが、
「ふ、ふん。ゴキブリは逃げ足だけは早い。だから害虫は嫌なんだ」
そう不満そうに言うと先を進み始めた。
「やれやれ」
もちろん、男の速度が上がったのは、俺が機転を利かせてコッソリとスキル≪素早さ向上≫を使ったからである。
「ところで」
そう言って、ハインリッヒはこちらへと振り向いた。
その視線はコレットに向かっている。
「お嬢さんは大変お美しい方ですな。どうですか、このような勇者パーティーを追放になった男などよりも、この大貴族にして将来は公爵すらも夢でない、このハインリッヒ=グロスの元にいらっしゃっては? もちろん、何不自由はさせぬし、大貴族に囲われればこれほど名誉なことはない。あなたにとってメリットしかない話だと思いますが?」
貴族である自分の申し出が断られるはずはない、という感じで言った。
だが、
「冗談は顔だけにしておくがよい」
「・・・は?」
ハインリッヒは何を言われたか分からない様で、間抜けな声を上げることしか出来ない。
「そなたの稚拙な言葉、思考、行為。どれを比べて旦那様より優れているのか、わしには一向に分からぬ。為政者としても三流。お主に何一つ、わしは魅力を見出しておらぬ。せいぜい、その見当はずれな自尊心を一生涯かけて大事に守るがよかろう。それに、わしにはとても貴族などと言う不自由で面倒な罰のごとき仕事は出来ぬよ。そんな仕事はお前がやっておくがよい。それがお主に出来るワシへの奉仕といった所じゃな」
その言葉に、ハインリッヒの顔が引きつらせ、ぎりぎりと歯噛みしながら、
「こ、こんな男のどこがいいと言うのだ!」
しかし、コレットは嘆息すると、
「それが分からぬようでは、勇者パーティーの奴らと一緒じゃなあ」
鼻で嗤うように言い返した。
だが、ハインリッヒは少し黙り込むと突然笑いだし、
「ふ・・・ふはははははは! どうやら。どうやら私の権力の大きさがまだまだ伝わっていなかったようですね!」
そう言って、
「ちょうどいい。これからちょうど罪を犯した獣人の罰が公開で行われる予定だったのです。いかに私の力が大きいか見てもらいましょうか!」
俺たちを街の広場の方へと案内し始めたのである。
そこには人だかりができていて、鎖につながれた獣人の兄妹がいた。すでに相当痛めつけられた様子が見える。
周りを囲んでいる数十名の兵士たちの手には、石が握られていた。
「くっくっくっくっく!」
ハインリッヒが醜悪な表情で嗤った。
「あの獣人どもは私の政策に異議を唱えた冒険者の兄妹です。汚らわしい獣人が貴族を批判するなど許されない。ゆえに私の指示で全員がこれから石打ちの刑を執り行います。この街で私に逆えばどうなるか、思い知らせてやりましょう」
そう言うと、手を振り上げ、
「やれ! お前たち! 手加減は無用だ!」
その号令とともに、集まっていた兵士たちが石を兄妹に投げつける。
だが、
「な、なに⁉」
兵士たち、そしてハインリッヒから驚愕の声が漏れた。
投げられた石がまるで壁にぶつかったかのように、身体に当たった途端、高い音をたてて跳ね返されたからである。
それはもちろん、
「≪回数制限無敵付与≫、≪物理耐性獲得≫、≪防御力アップ≫、≪ダメージ軽減≫。やれやれ・・・」
俺がスキルを兄妹にかけたからである。
「くっ⁉ き、貴様、この貴族の私の邪魔をする気か! この勇者パーティーを追放になった無能者のくせに!」
ハインリッヒが叫ぶように言う。
俺はその言葉に嘆息しながら、
「では、その無能者に邪魔される程度の力では大したことがないな。お前子飼いの部下とやらも」
「なっ・・・。ふ、ふん! たまたま防げただけだろう! それに部下たちも油断していたに違いない! でなければ、貴様のような無能者に、我が部下たちの何十の投石が防げるはずがないんだ!」
そこまで言うと、ハインリッヒは、少し落ち着いたのか、再び馬鹿にしたような表情になる。
「貴族に逆らってまで、汚らわしい獣人を助けるとは。本当に愚か者だな、貴様は。どうなるか覚悟しておくがいい」
だが、俺はその言葉に吹き出す。
「俺の目の前にこそ、汚らわしい獣がいるようだが?」
その言葉に、ハインリッヒは真っ赤になる!
「無礼な! 絶対に死刑にしてやる! だが、まずはお前の鼻を明かしてやろう! お前が助けた兄妹が無様に死ぬ様子を見せてやる! そら、これでどうだ!」
兵士たちの一部が俺たちを襲おうと向かってくる。そして、残りの兵士たちは獣人たちへ再び投石を行う。
「自分と獣人たち、どちらも守ることは不可能でしょう! はーっはっはっは!」
哄笑が響く。
だが、
「いや、俺の助けはもう必要ない」
バキーン!
獣人たちへ投石された石が、全てその手前で撃ち落とされた。恐らく結界術だろう。
「な、なにぃ!?」
ハインリッヒの驚愕の声が響く。
だが、その言葉を打ち消すほどの美しい声音が響いた。
「これは一体どういうことですか、ハインリッヒ卿」
ざっ、と獣人たちの兄妹の前に一人の少女が立ちふさがった。
その少女は美しい長い金髪と碧眼を持っていた。神々しいまでの美貌とまさに神の祝福がもたらす福音により常人には持ちえないオーラを普段からまとっている。ほとんどの回復魔法がなかば伝説と化したこの時代の中で、蘇生魔術すら使いこなす彼女はまさに伝説級の聖女と言われていた。
それゆえに、世界中にその名をとどろかす偉人的存在。
「だ、大聖女・・・アリシア=ルンデブルク様・・・だとう!?」
そこには数週間前にわかれたはずの、勇者パーティーの要たる、大聖女アリシアが立っていたのである。
「これは一体どういうことなのかと聞いているのですよ、ハインリッヒ卿」
アリシアは淡々と言う。
それはまさに異端審問といった様子だ。
その様子に周りの兵士たちはもちろん、住人達も多数集まって来る。衆人環視の場で審問が行われているような状況になった。
「我が国教『ブリギッテ教』はあまねく種族の差別を禁じています。あなたはそれに反している。更に・・・」
アリシアは続ける。
「亜人排斥の政策をとっていると本部より連絡がありました。これは我が教義に反している、と。何か異論がありますか? ハインリッヒ卿よ」
「ぐ、ぐぐぐ。こ、こんな場所で審問を行うべきではないでしょう。ば、場所を移しませんか? 大聖女様」
ハインリッヒが焦った様子で言う。彼のような自尊心の大きな人間に、このような住民たちが見ている前で大聖女に審問を受けるなどというのは、屈辱以外の何ものでもないのだ。
「そ、それに! 汚らわしい獣たちを幾ら殺そうがかまわないでしょう! ここは私の領地だ! 領民をどうしようが、貴族の権限であり、教会と言えども口出しはやめてもらおう!」
何とか調子を取り戻そうと、貴族としての権力を振りかざして抗弁しようと試みた。
だが、
「ほう。それは我がブリギッテ教会への正式な回答として受け取ってよいのですね?」
「え?」
ハインリッヒが何を言われているのか分からないと言った風に声を上げた。今まで貴族という傘に隠れていたから、こうやって更に強大な権力の前で振る舞うことに慣れていないのだろう。哀れなものだ。
「堂々と、我が教会の教義に異議を唱えたと、私が教会に報告すればどうなるか。分かっているのですか? あなたは最悪『破門』ですよ?」
「なあっ!? は、破門!? この私が⁉」
そう、大聖女の肩書は伊達ではない。
彼女はその実力により、教会内で幹部であり、教皇第3位の位置にある。
「お、おい、破門されるぞ、あのハインリッヒ様が・・・」
ざわざわと住人たちが騒ぎ出す。
異端審問を受け、破門されたなどとなれば、いかに貴族であろうと、その権勢は地に落ちる。
たかだか伯爵程度では到底教会の権威に逆らうことなど出来ないのだ。
「ぐ、ぐぎぎぎぎ」
ハインリッヒは悔しそうに奥歯をギリギリとかみしめるが、自分が今どんな立場にいるか痛感したようだ。
「わ、分かった。先ほどの発言は撤回する・・・。いいえ、致します」
そう悔しそうに言った。
「いいえ。それだけでは足りません。この獣人たち兄妹へ、ちゃんと謝罪しなさい」
「く、くぅうううう」
今度こそ血の涙を流しそうなほど、顔面を険しく歪めながら、
「す、すみませんでした」
そう言って謝罪する。
やれやれ、これで一応、一段落かな?
俺がそう思った時である。
「あと、そちらのアリアケさんにも謝罪なさい」
「・・・はい?」
俺は首を傾げる。
一方のハインリッヒも、
「は? な、なぜこんな勇者パーティーを追放になったような無能にまで・・・この私が・・・」
そう言って抵抗しようとする。
だが、アリシアはなぜかその時、もう一段声のトーンを落として、
「分からないのですか? アリアケさんが穏便な方法で、あなた方が獣人たちに投げた石を防いでいなければ、今頃あなたは破門になっていたのですよ? それに、アリアケさんならばあなたを直接どうにかすることもできたはず。それをしなかったアリアケさんに感謝しなさい」
そう言って、今までにないプレッシャーをハインリッヒにかけたのであった。
「こ、こやつにそんな力があるわけが・・・。く、くそ。とにかく、も、申しわけありませんでした」
そう言って頭を下げる。
「これで宜しいですか? アリアケさん?」
いつも通りのクールな表情で、彼女は俺に言った。
「あ、ああ・・・。まあいいさ。許してやろう、ハインリッヒ。貴族としてまだまだお前は未熟にすぎる。しっかりと学び、今日のような馬鹿な真似を繰り返さないようにしろよ」
「ぐ、ぐぎぎぎ・・・。あ、ありがとうございます・・・」
ハインリッヒはそう言うと、悔しそうな表情で足早にこの場を去って行ったのである。
やれやれ、やっと一段落か。
俺は嘆息する。
と、その時である。
「ところで、アリアケさん・・・」
アリシアが俺を呼んだ。
まあ、久しぶりの再会だ。どうしてここにいるのか分からないが、
俺は彼女へと振りむく。
すると、アリシアは微笑みながら、
「そこの、可愛いお嬢さんは、どなたですか?」
そう言ってコレットを指さしたのである。
久しぶりに見る聖女の笑顔だったが、それは普段のクールな表情より、なぜか一段と迫力があったのだった。
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