第38話 オルデンの街の貴族

38.オルデンの街の貴族






エルフ族を滅亡の危機から救った俺たちは、名残惜しそうにするエルフたちと別れ、オルデンの街に到着していた。


「ファンクラブを作ります!」


などと、エルフの姫であるセラは言っていた。もちろん冗談だろう。


今はとりあえず、コレットと一緒にぐるりと街を見て回ろうとしているところだった。


パッと見たところ綺麗な街だ。ゴミ一つ落ちていないし、身なりも整った者しかいない。


「今までの場所と違って、ずいぶん綺麗な街じゃな。なんだかちょっと落ち着かんわい」


「同感だな。少し綺麗すぎる」


「綺麗すぎる・・・? 旦那様、綺麗ではいかんのか?」


「ダメな訳ではないさ。ただ、ならば汚いものはどこに行ったと思う?」


「汚いものの行方とな?」


???を頭の上に浮かべるコレット。


「ここを治めているのはグロス家という伯爵貴族だったはずだが・・・。おっと噂をすれば、か」


目抜き通りをしばらく行ったところに目立つ舞台が設置されていた。


その壇上には一人の金髪を長く伸ばした、いかにも貴族然とした恰好の青年が熱弁をふるっているところであった。


「選ばれし諸君! 日頃からこの街の発展に貢献してくれること、このハインリッヒ、誠に嬉しく思う。ここに礼を言おう」


輝く碧眼を集まった聴衆に向けながら、口元には微笑を張りついている。その姿は堂々としたものだ。だが、どこかその目は常に人をさげすんでいるかのような、人を見下ろすかのような目であった。


「きゃー! ハインリッヒ様‼ かっこいい‼」


「本当に美しく非の打ちどころのない御方ですわ!」


「まさに貴族の中の貴族って感じだわ」


女性たちの黄色い声援が飛んでいた。


若い女性たちに人気があるようだが・・・、


「ところでコレットはああいう男性はどう思うものなんだ?」


何となく聞いてみた。


「は? 何がじゃ?」


だが、コレットはポカンとした表情を浮かべる。


「いや、何がというか。あの男だ。なかなか貴公子然としているだろう? カッコいいとかは思わないのか?」


「あの小童か? 思わんが? いや、待つがよい。そうじゃな、うむ。わしの炎で焼いてやると、他の者より油がのっていてこんがりいきそうじゃなぁ、とは思ったぞ!」


「なんでも焼け具合で判断するのはやめんかい」


俺は苦笑する。コレットにとってはただの小僧こぞう扱いらしい。


「・・・そ、それにじゃな」


「ん?」


どこかモジモジとした様子でコレットがぼそぼそ言う。


「旦那様を見てたら、他の男など目に入れる必要などないのじゃよ・・・」


「ふむ・・・・・。えーっと、どういう意味だ?」


俺は首を傾げた。


「ええ・・・、今ので伝わらんとか、ないわー」


コレットが何かに驚愕しているようだが、よく分からない。


そんな間にも、貴族ハインリッヒの大仰な演説は最高潮を迎えていた。


コレットとおしゃべりしてしまったため、あまり聞いていなかったが、確か、


『貧乏な者たち・・・特に獣人などに多い非納税者の取り締まり強化』


『またそう言った者たちは力の強い者たちが多く、犯罪者になりやすく脅威となるため、中心的に取り締まる』


『スラム街を一掃する』


といったところか。そして、それによって得た財源で街の生活を一層潤わせる、といった内容である。


一見、治安をよくするなどと、もっともなことを言っているように聞こえはするが・・・。


「旦那様、今の内容って」


「ああ、どれも弱い者・・・特に獣人たちを排除する政策ばかりだな」


俺は嘆息する。


ここに集まっている住人たちは比較的富裕層なのだろう。だからこそ、ハインリッヒの言葉を歓迎する。


だが、犯罪をおかす理由や、貧乏になる理由は、なにも個人によるものばかりではない。ハインリッヒの政策では、そういった者たちの人権を一切認めずに排除しようというものだ。彼らがこの街でどういった扱いをされているのか、察しがついた様な気がした。





「では、いつものように陳情ちんじょうの時間としたい。各区の代表者は順番に、この私に陳情内容を述べるがよい。ふっ」


どうやら、この場で街の住人たちの意見を聞く流れらしい。


一人の男が手を挙げた。


「はい、セグスタ区の者です。最近盗難が増えており困っております。何とかご対応をお願いしたいと思います」


すると、その言葉に傍にいた兵士が、


「そんなことは区の中で解決すべきだろう! ハインリッヒ様に訴えるべき事柄ではないぞ! 無礼者が!」


と怒声を上げる。


しかし、


「やめよ! 領民の安寧こそが我が望みである! それが例え窃盗程度のことであっても、困りごとに大小などない!」


「はっ・・・はは! 失礼いたしました。ハインリッヒ様のご寛大な御心を拝察することもなく出過ぎたことを致しました!」


「よい。そなたの我をたっとぶ気持ちもよく理解しておる。今後も忠節に励むように」


「ははー」


部下を説き伏せた姿に、聴衆からは感動したかのように、自然と感嘆や拍手が漏れた。


「分かりやすい演技だなぁ」


一方の俺は呆れていた。今の演技も恐らく単に住人たちの称賛を浴びる、という以上の効果はない。自尊心を満たすためだけの行為なのだ。


そんな呆れる俺とは別に、壇上のハインリッヒは盗難対策を語り始めた。


「盗難が増加している原因は明らかだ。獣人たちがのさばっているために、あなたたちの生活が脅かされている。汚らわしく、金もない彼らを徹底的に排除し、美しく犯罪の無い、皆にとって住みよい街をつくる。今後より一層、獣人廃絶の施策を推進していきたいと思う!」


その言葉にも聴衆たちの声援が飛んだ。


「そうだ! 俺たちの暮らしが良くならないのは獣人どものせいだ‼」


「追い出せ! 奴らに俺たちの暮らしを壊させるな!」


「汚らわしい獣人たちめ!」


住人たちの反応に、ハインリッヒは微かに笑った。


一方、隣のコレットが首を傾げる。


「旦那様、獣人が原因と言っておるのじゃ? 本当なのかのう?」


「いや、全然違うさ」


俺は即答する。


「なぜなら、この町の獣人の人口比はそれほど多くない。その獣人たちの盗難など微々たるものだろう。あれは単に、獣人たちに偏見を持っているだけの差別主義者だな」


「なるほどのう。さすが旦那様なのじゃ。全てお見通しなのじゃなあ。やはり旦那様がまつりごとをすればよいのにと思うぞ」


「それはそうだろうが・・・」


俺は頷く。無論、俺がやれば解決することはたやすい。だが、


「彼らのような只の一般人たちが、自分たちで壁を乗り越え、成長して欲しいのさ。神が手伝えば人は進歩しないのは分かるだろう?」


「確かに。貴族どもが旦那様の期待に応えられるのかどうか、ということか」


「歯がゆいものだがな」


俺は思わず苦笑した。


持つ者であるがゆえに、持たざる者たちと一緒のレベルで悩んでやることができないのだ。


そんな風に、俺とコレットが言葉を交わしいるうちに、次の陳情へと進む。


「次の者!」


「はい。私はこの街のギルドマスターです。実はまた≪冒険者キラー≫が出現しました。もう今月になり10人の冒険者がやられています! なにとぞ、この賊の討伐をお願いします!」


「冒険者キラーか」


ハインリッヒは頷くと、


「これに関しては皆に謝らなければならないだろう。冒険者キラーが、この街が管轄するダンジョン≪煉獄神殿≫に出没するようになってから1年。私が直々に討伐へと赴いてはいるが、いまだその尻尾すらつかめていない。・・・だが、約束しよう。必ず賊は捕まえると! 冒険者の中の不届き者を必ずあぶり出し、首をねると!」


「さすがハインリッヒ様だ!」


「お願いします! ハインリッヒ様!」


「私たちの街をお救いください!!」


その威勢の良い言葉に、大衆は更に熱狂する。


だが、その中で唯一俺は首を傾げていた。


「今のやり取り、少し妙だな」


「ほへ? そうじゃったか?」


コレットもさすがに気づかなかったらしい。


「コレットもゲシュペント・ドラゴンの末姫なら学ぶのもいいかもしれんな。いいか、コレット。人間というのは多弁な者ほど、何かを隠しているんだ。特に彼のように差別や偏見で思考がこりかたまってしまった様な者にはな」


コレットは目を尊敬の色に輝かせながら、


「旦那様はすごいのじゃ。あ奴の言葉のどこが変じゃったのか教えておくれ!」


「宿に戻ったらな。それまでは考えてみることだ。宿題だな」


「むむむ! 頑張って解くのじゃ! じゃ、じゃが気になるのじゃ~!」


そんな風にコレットが頭を悩ませていた時だ。


それは偶然か。


俺の視線とハインリッヒの視線がぶつかったのである。


いや、演説者は案外、観客をよく見ているものだ。特にハインリッヒのように人の目を気にする、自尊心の塊のような男は。


ゆえに、この大勢の大衆たちの中で、唯一熱狂せず落ち着き払った俺たちは、目立ってしまっていたのかもしれない。


これは、ある意味俺の取って盲点であった。


冷静であるからこそ目立ってしまうのだから。


そう言う意味で、このハインリッヒという男にも、反面教師的とはいえ、値打ちがあったということだろう。


「おお、おお! 貴様は、えーっ・・・。確かアリアケ=ミハマだな! あの勇者パーティーを追放になったという!」


ハインリッヒは突然、周りに聞こえるように大声で言ったのだった。


「ああ、あの!」


「勇者パーティーをクビになった無能者か!」


「わははは!」


一般人たちの笑い声が響いた。


「おいおい皆やめないか。ふっ、彼なりに一生懸命やったのだろう」


嘲笑のように唇を歪めながら言う。どうやら、俺を嗤いものにすることで、自分を大きく見せたいということらしい。


そして、急に頷き、やはりその唇をゆがめるように笑うと、


「くくく、せっかく勇者パーティーの元メンバーがいらっしゃったのだ。少し時間があるゆえ、私がじきじきにこの素晴らしき街を案内して差し上げようではないか!」


そう言って髪の毛をかき上げたのである。


「おお、さすがハインリッヒ様だ! 追放された無能にさえ寛大だなんて!」


その声に、ハインリッヒは満足げに笑っていた。なるほど、またしても人気取りの一環というわけか。


俺はコレットにぼやいた。


「くだらないことに巻き込まれてしまったなぁ」


「わしは旦那様と二人っきりが良いぞ? 焼いてしまってもよいか?」


「貴族の丸焼きか・・・」


さげすんだ顔で見下ろしてくるハインリッヒを見る。彼がまる焼けになるかどうかが、俺の返事一つで決まるのだから、同情せずにはいられない。


なので、俺は少し考えてから、


「まあ、案内してくれるというのなら、してもらうとしよう。どうせ街を見て回るつもりだったんだ」


いかに下らない貴族であろうとも、丸焼けにするのは可哀そうだ。


それに、と俺は誰にも聞こえないほどの声でつぶやく。


「それにこの街の汚いものを、ハインリッヒ・・・お前が一体どこにやったのか、気になっていたからな」



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