第9話 野望を打ち砕いて少女を助ける

「未成年者略取というやつか。なんだ、ただの犯罪者だったのか」


「は?」


俺の一言に、相手は何を言われたのか分からないとばかりにポカンとした。


いやいや。は?ではない。


「子供をさらって、しかも長期間監禁するなど、例えドラゴン種族であれ何であれ、許されるわけがなかろう。このつまらない犯罪者が!」


「な、なにをずれたこと! ドラゴン種族に誘拐も何もあるものか! それに、そもそもなぜ私が犯罪者呼ばわりされねばならん。私は誇り高きハイ・プリースト! 私を罪に問う法がどこにっ・・・!」


「常識的に考えて、ダメだと分からんのか? だから馬鹿なのだぞ、貴様は」


俺は目の前の対象からもはや興味をなくす。


「分からんのか? 法などというのは便宜的に決めたルールにすぎないのだ。大切なのは、当たり前のことを当たり前に感じる自然の心だ」


「なっ⁉」


自明の正義の前に、法だ何だと言うのは馬鹿のすることなのだ。そして、残念ながら馬鹿はそれを理解できないのだから始末に負えない。やれやれ。


なお、この馬鹿は馬鹿の上に、卑怯者であった。


「くそ・・・言いたいことはそれだけぁ! 近寄るな! これを見ろ!」


そう言うと、男がいる玉座の真上のブロックがガゴン!と音を立てて動き、せり出して来た。巨大なクリスタルの塊だ。


そして、その中には、銀色の髪を長く伸ばし、瞳を閉じて眠る少女の姿があった。頭には小さいが角のようなものが生えている。俺よりも見た目は一回り小さい。その顔や体はやせこけ、とても見れた姿ではない。思念波を飛ばしたのはあの娘ということだろう。今は気を失っているのか思念波は飛ばしてこない。


「近づけば、こいつがタダで済むと思うな!」


「はぁ・・・。犯罪者よ、お前は神になるとか、ただでさえ下らんことを言ってなかったか? それが仮にも神になろうとする奴がすることか? もはや、ただの間抜けな悪役ではないか」


またもため息。


「犯罪者で、間抜けで、悪役とは。俺の時間を返せと言いたいぞ」


「ぐ、ぐぐぐ・・・。ふ、ふん! 余裕ぶっているようだが、ならば、試してみるか⁉」


血走った目でクリスタルに手をかざす。


「盗人に刃物か」


更に更に、もう一度嘆息して呆れてから、


「分かった、分かった。ただの間抜けな犯罪者よ、俺は手を出さん。証拠に、魔法・スキルの無効化を発動する。これで俺が何をしても、何の効果も出せない」


「余計なことを言うな、二度と私をつまらない犯罪者などと言うな! 『いや、間抜けが抜けているようだが・・・』 うるさいぞ! ふぅふぅ、ふふふふふふふふふふ。と、ともかく、私の勝ちのようですね。ふ、ふふふ、分かればいいのです。よ、余裕ぶりやがって・・・。ええ、ええ、いいですか、動かないでくださいよ。あなたは油断ならない敵のようだ。その口が二度と動かないよう一撃であなたの首と胴を分けて差し上げましょう」


男はにやりと口元を歪めた。しかし、


「そんなことより上を見たほうがいいんじゃないか?」


「くくく、そんな手にこの私がひっかかるとで『どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん!』


男が言い終わる前に、凄まじい衝撃が男を襲った。


「ぎ、ぎえええええええええええええええええええええええええええええええ⁉ い、いだい! いだいいいいいいいいいいいいいいいいいいい⁉ わ、わだじのあだまが! 腕がぁあぁぁぁああああ⁉⁉」


「だから言ったろうに・・・」


俺は本日、十何度目かのため息をつく。


何が起こったのかと言えば、頭上のクリスタルが重力に引かれて落下してきただけだ。


男は手足をひしゃげさせ、玉座に倒れ伏した。俺はゆっくりと男へと近づいて行く。


「な、なんで⁉ 私の魔力でえ⁉ 完全掌握し、空間に固定していたはずのクリスタルがぁ⁉⁉」


「言ったじゃないか。スキルと魔法を無効化すると。この空間全体の魔法とスキルを無効化しただけだ」


「は?」


俺の言葉に、男は動きを止める。痛がることすらも忘れて、俺を恐怖の眼差しで見あげる。


「そ、そんなことが出来る訳がないっ…⁉ 他人の魔法にそんな簡単に割り込むことなんて・・・できる訳がない!!」


「現実から目をそらす。それもまた自分と比較にならないほどの相手や現実と直面した時によくあることだ」


俺は先ほど思ったことを、今度は口に出した。


「わ、私を殺すのか。くそ、もう少しで神への進化をなしとげられたというのに」


そう口惜しそうに言う。だが、俺はまたしても、「はあ?」と言ってから、


「あ、いや、別に。というか、お前程度の男は最初から敵とはみなしていないんだ」


そう訂正する。


「な・・・に・・・」


「お前ごとき勘違い野郎を相手にしたなんて、恥ずかしいことこの上ないからな・・・」


正直ゾッとする。


「な・・・な・・・⁉」


パクパクと屈辱なのか怒りなのか、顔を赤黒く染める男だが、瀕死の重傷であるために何もできない。そもそも得意の魔法も俺の無力化によって封じられて手も足も出ないというのが現実なのだ。


「さて、と」


俺のがここに来た理由は、単に呼ばれたからだ。目の前のクリスタルの中で眠る眠り姫に。眠りドラゴンか?


「くくく、無駄ですよ。永久封印クリスタルに封じ込めたのですから。いかなる力を持ってしても、そのクリスタルを破壊することなどっ!」


「うるさいなぁ。ほれ」


ガシャーン。造作もなく砕け散った。


「はああああああああああああああああああ⁉」


「本当にお前、うるさいなあ。いいから黙ってろ」


「むぐー⁉ むぐー⁉」


俺は原始的だが男に猿轡をはめて、玉座から突き落として、そこいらに転がしておく。威厳も何も失った≪元、神を目指していた間抜けな犯罪者≫が泥だらけになって遠くで転がる。まあ、犯罪者にはお似合いの姿であろう。屈辱の炎を目にやどらせて血がでるほど歯ぎしりしているようであるが、地べたに這いつくばりながらそんなことをされても気持ち悪いだけである。


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