第10話 死にたがりのドラゴンから恋するドラゴンへ
「おい、大丈夫か? 起きられるか?」
「わ・・・わしは・・・ここは・・・、くっ、げほげほ」
苦しそうだ。それに、確かに何かの≪呪い≫に苛まれているように、俺の≪ステータス異常感知≫が告げていた。
「大丈夫か? 苦しそうだが」
「ふ、出来損ないゆえな。ドラゴンの姿にもなれぬ竜種じゃよ。そこを人間の魔法使いに付け込まれ、封印されたのじゃ。このような哀れな姿にまでなって」
銀色の髪は伸び放題でくすみ、顔がよく見えないが、髪の隙間から見える瞳は濁っていた。顔は薄汚れ傷つき、身体全体がやせ細ってがりがりであった。
「出来損ない。さっきも言っていたな。ああ、ちなみに、その魔法使いというのはあれか?」
俺は玉座の下でのたうち回る男を顎で示した。
ドラゴン娘は玉座より眼下を見下ろす。自分をさらった元凶の男を見つけて、初めてその目に力を宿した。憎しみの目を向けながら、
「おのれ‼ よくもわしを1000年もの長きにわたって閉じ込めたな・・・。しかも、わしの権能そのものまで奪い取りおって。出来損ないどころか、もはやわしはドラゴンとしての資格すら喪失した・・・。じゃから、親切な方、救ってもらって何じゃが、ぜひわしを殺しておくれ・・・」
最後は絶望したように言った。
「ちょっと待て、一体どういうことなんだ? もう少し事情を分かりやすく説明してくれ」
「そうじゃな。ドラゴンですらなくなっても、その誇りまで奪われたわけではない。お主に説明する義務がわしにはある。まず事の発端は、そこに転がる男じゃ。奴は神になるという野望から、ドラゴンの権能を奪うことを思いついた。じゃが、誰でも良い訳ではない。ドラゴンの中でも王の血統でなくてはならぬ。なぜなら、ドラゴンの王の血統はさかのぼれば神につながっているからじゃ。奴は狡猾にもドラゴンの中でも出来損ないのわしを見出してクリスタルに閉じ込めた」
「その出来損ないというのがよく分からないのだが?」
ドラゴン娘は自嘲するように笑う。
「≪長大な寿命≫、≪自己再生≫、≪破壊力≫、そして≪空の支配≫という4つの権能がドラゴンを成り立たせる。わしにはそのいずれもなかった。弱くて脆い、空も飛べぬ竜などどこにいるじゃろうか? そのうちドラゴンの姿でいることも難しくなり、人間の姿で魔力の消費をおさえておる始末じゃ」
「だから出来損ないなのか?」
「そうじゃ。竜王の末娘なのに出来損ないのわしをドラゴンの恥として、里を追い出されたのも無理からぬことよ」
どうやら彼女は故郷を追われた身らしい。しかも竜王の末娘と言った。それはかなりやんごとない立場の竜なのではなかろうか?
「話を戻すが、弱っていたわしはあの魔法使いに迂闊にも捕らえられた。そして、時間をかけ、少しづつ我が竜の権能を自分に移したのじゃよ。その権能はさっきも言った≪長大な寿命≫、≪自己再生≫、≪破壊力≫、そして≪空の支配≫という4つの権能。いずれも神を目指すうえでは欠けてはならぬ資質と言えよう」
「なるほど、実質的な神の権能を長い時間をかけることで奪い取ってきたというわけか」
「それらが奪い取られたわしは、もはやドラゴン種族とは言えぬ・・・ただの小娘じゃ・・・。こんな薄汚れて醜い、な」
「ふーむ、なるほど。話は分かった」
俺の言葉に娘は悲しそうに目を伏せる。まるで自分の死期を悟ったかのように。だが、
「では、すまないが、ちょっと試させてもらっていいか?」
「はえ? 試す? 一体何をじゃ?」
「その権能を取り戻すのと、あと、その権能が機能しない原因である≪呪い≫を解呪しようかと思うんだが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
娘は何を言われたのか分からないとばかりに首を傾げる。
「そなた今何と申した?」
「簡単な理屈だよ。奪われたら奪い返せばいいだけだろう?」
「ああ、いや、そっちもそうじゃが。いや、聞き間違いか? わしの≪権能を使えるようにする≫と聞こえたような気がしたのじゃが・・・・?」
「そう言ったが?」
俺の答えにドラゴン娘は目を見開く。
「そ、そんなことが出来るのか⁉」
えらい食いつきであるが、
「俺の≪ステータス異常探知≫と≪隠蔽解除≫のスキルの解析結果によれば・・・かなり珍しい≪呪い≫がかかっているのが≪発見≫されたよ。どうやら通常の≪鑑定≫スキルでは見破れないように巧妙に隠蔽されていた。だから今まで気づかなかったんだろう。・・・相当の悪意ある呪いだな。かかっていたのは≪悪竜の呪≫というやつで、普通の人間ならば1日もたたず死んでしまうほどの強力な呪いだ。その呪いの効果は『その存在意義の剥奪』」
娘は口をパクパクとさせた。
「そのような強力な呪いをわしは受けていたのか・・・おそらく、次の竜王を選ぶ際に末娘のわしが邪魔だったか・・・」
寂しそうな表情で言った。
「なるほど、竜にもいろいろあるのだな・・・」
俺は何となく彼女の頭を何となくなでてしまう。
「!? そ、そなたっ・・・」
「おっと、すまない嫌だったか?」
そりゃ、いきなり知らない男に頭をなでられるなんて嫌だったろう。俺は手を引っ込めようとするが。
「こ、こら。勝手にやめるでない。それに、嫌な訳が・・・な、なかろうが! ぎゃ、逆に・・・そ、そなたは嫌ではなかったか? こんなワシのような醜い女を・・・・」
「醜い? どこがだ?」
「どこがって・・・。この姿を見れば分かるじゃろう。顔も体も醜くただれておる。男が好き好む姿でないことはよく理解しておる」
だが、俺は首を傾げると、
「そうか? 俺はそんな風には思わないが・・・。むしろ、1000年も閉じ込められていたのに、健気な心を保ち続けた、美しい娘だなぁ、と思っているが」
「なあっ⁉」
と、俺の正直な感想に、ドラゴン娘は素っ頓狂な声を上げると同時に、顔を真っ赤にした。
「う、美しい・・・わしが・・・。そんなこと初めて言われたのじゃ・・・ど、ドキドキするのじゃ・・・」
何かぶつぶつ言っているが、
「とにかく、呪いを解呪するぞ。原因が≪悪竜の呪≫であることは分かっているし、強力な呪いではあるが、封じているのは元々ドラゴン種族固有のスキルだ。それを元に戻すということならば、自然に存在する復元力を利用すればいい。世の摂理において≪奪う≫というのは難しい。反対に元の形に≪復元≫するということはそれほど難しいことではないんだ」
「摂理・・・それほどまでにこの世界を見通しているというのか、お主は」
驚愕に目を見開くが、
「なに、大したことじゃない。単なる≪時間加速≫スキルの応用さ。≪回復魔法≫なんかとおんなじだ。元に戻る力を早めてやるだけだ」
「いや、全然違うと思うが。権能を復元って、回復魔法とは次元というかスケール的に・・・」
「では、始めるぞ。『解呪』スキル発動、次に『復元』のスキルを発動。それらを≪合成≫スキルで≪融合≫。≪時間加速≫スキルを高レベルで起動」
俺は無視して治療を開始する。
シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンンンンン!
「ぐ、ぐああ!?」
「すまないがすこし耐えてくれ。呪いの元が身体から出て来ようとしている、その痛みだ」
やがて竜の娘から黒い影が飛び出して来た。それは呪いの根源。行き場を失いもだえ苦しむかのように絶叫する。
一方の娘は徐々に生気が戻り始めた。くすんでいた銀の髪はプラチナのごとく輝き始め、ただれていた肌は本来のきめ細やかな肌へと戻る。瞳には光が戻り、しなやかなに成長した白くて長い手足がスラリと伸びる。
ありていに言えば、絶世の美少女がそこに誕生していた。
「こ、これは・・・本当にわしの姿なのか?」
「どうやら、呪いが解けて、本来の権能が戻ったようだな。呪いさえとければ、本来の竜の力である≪自己再生≫能力で元の姿に戻ることは当然のことだ」
俺はそう答える。
すると、娘はなぜかちらりとこちらを見ると、顔を赤くする。
「そ、それでどうじゃろうか。わしの姿は?」
上目遣いに俺の方を見ながら、スカートのすそを握りながら言う。なぜか体のラインを執拗に見せようとするが・・・。
「どうって何がだ? 最初から美しい娘だと思っているから、特に変わりはないようだが・・・」
俺は淡々と答える。
「⁉ うん・・・そうじゃったな・・・。旦那様はずっとそう言ってくれておったのじゃな!」
「えっと、なんで旦那様なんだ?」
「だって、それはじゃな・・・そ、それを言わそうだなんて、なんていけずなお人なのじゃ・・・もうっ」
娘がもじもじしながら何かを言おうとするが・・・。
「うんんぎゃああああああああああああああああああああああああああああ⁉⁉ 私の若さが!? 力が⁉ 空を支配する権能がぁ⁉ 抜けていく! この1000年、ずっとこんな穴倉にとどまって溜め続けたわしが才能の塊たちがぁ⁉」
玉座の下から聞こえる男の絶叫がそれを遮った。
どうやら行き場を失った呪いが、呪詛返しとして、男の方へ向かったらしい。さっきも言った通り、人間では一日として耐えられないほどの呪いだ。
やれやれ。
「お前のは才能なんて大それたものではなく、ただの盗人だろうが・・・はぁ。ま、だが、若さというか寿命すら元に戻ってしまうと言うのは、残念だったな。残念ながらこればかりは俺にもどうしようもない。盗んだものは利子をつけて返すことになるということだ」
「ひ、ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいい⁉ た、たすけ・・・たしゅけて⁉」
若々しかった姿は、たちまち枯れ果てた老人の姿になる。そして、もともとの寿命をとうに超えた状態だ。一瞬にして老人の姿から骸骨へ、やがてその骸骨すらも塵となって消える。
「俺は情け深いがゆえに、本当は助けてやりたかったのだがなあ。でも、残念ながら道理をまげるという自業自得ゆえに、助けてやれなくて残念だ。まあ、人は決められた寿命の中で生きて死ぬのがいい。これもお前のためだったのだろう。俺は結果的にはお前を救ってしまったのかもしれん」
俺が殺したわけではなく、世界をあるべき姿に戻したとき、自然とこの世界の摂理が男の存在を許さなかったのだろう。俺もしょせん、この世界の一部に過ぎないということだ。俺は殊勝にそう感じたのである。
さて、そんな俺が一人の男を救ったという顛末はともかく、
「力も・・・戻って来たようじゃ。しかも、何だか力が普通よりも溢れておるような気がするのじゃが?」
「ふむ、そうなのか? 失礼だが鑑定してみてもよいか?」
「!? 無論じゃよ。わ、わしの全部を見ていいのは、旦那様だけじゃからな」
鑑定一つに大げさな、と思いつつも、彼女のステータスを確認する。すると、
LV:99
HP:1029030
MP:284048
攻撃力:38940
防御力:830493
魔力:39499289
称号:乗り手を得た神竜
スキル:4つの権能
「規格外すぎるぞ⁉ なんだこのステータスは。ドラゴンと言うのは全員こんなのなのか?」
「い、いや。さすがにこれは高すぎるのじゃ。これは恐らく旦那様が我が運命の相手だったからじゃろう」
娘は感動したかのように、俺の方を頬を赤らめて見た。
「称号のところに、≪乗り手を得た神竜≫というのがあるじゃろう? ドラゴンは誇り高き生き物ゆえ、なかなか乗り手を許可せぬ。じゃが、心を完全に許して相手には竜騎士としての資格を与えるのじゃ。そして同時にドラゴンとしての格も一段階上昇する。我は単なる竜王の末娘。神々の竜の末裔にすぎなかったが、旦那様を我が唯一の乗り手にすることで、神龍となることが出来たのじゃ」
「そういうことなのか。だが、俺は別に特別な存在でもなんでもないぞ? それでもこれほどのパワーアップをするものなのか?」
だが少女ははぁ、と嘆息し、
「旦那様が特別じゃなくて、誰が特別なのじゃか大いに疑問じゃ。わしは先ほどから旦那様より神のオーラに近いものを感じておる。心当たりがあるのではないか?」
「なるほど。確かに俺は神に選ばれた男ではある。まあ、そんなことに興味はないがな」
「旦那様は無欲でストイックなのじゃなあ」
ともかく、俺はとんでもない存在を、この世界に生み出してしまったらしい。まあ、俺の格を考えれば、俺が動けばこれくらいの奇跡が起こることは当然なのかもしれないが。優れた判断や優れた行動が、様々な奇跡を起こし、人々を救うと言う典型的な形だということであろう。
それはともかくとして、コレットは改まった様子で俺に聞いていた。
「旦那様・・・本当にありがとう。あの遅くなってしまったが、旦那様の名前を聞かせてもらいのじゃが」
「おっと、そう言えば自己紹介がまだだったな」
俺は今更ながらに思いだす。
「俺はアリアケだ。つい先日勇者パーティーを追放されて、気ままな一人旅をしているところさ」
「そうか。アリアケ。深く礼を言うぞ・・・。わしはゲシュペントドラゴン種族の長が末娘コレット=デューブロイシスじゃ」
彼女はそう言うと、顔をさっと赤くしてから、
「これから末永くよろしく頼むぞ、わしの旦那様♡」
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