ささたけ氏、言い訳をする【カクヨムコン2021短編部門】
ささたけ氏は昨年、とあるコンテストに参加していた。
カクヨムでも最大級のコンテストと呼び声の高い、カクヨムコン2021の短編小説エッセイ部門にである。
そして本日その結果が発表され、ものの見事に玉砕した。
とはいえ。
実はささたけ氏は、それほど落ち込んでいなかったりする。
というのも、自分でも解っていたのだ。
この作品の良し悪しはともかく、コミカライズには向かない作品であることを。だから結果そのものにはショックも落胆もない。これは強がりではない。断じて違う。邪推はよせ。
それはともかく。
強靭な精神力を持つささたけ氏はともかく、今回落選して心折れ情熱尽き果てた同志諸兄はたくさんいるだろう。そんな彼ら彼女らに対し、私がよい言葉を贈ろうと思う。
まずささたけ氏と同じ短編エッセイ部門に応募された方。
あなたたちの作品は、何かが劣っているから選考されなかったわけではない。
今回この部門においては、あくまでもコミカライズが大前提なのである。ということはつまり、カクヨム側に貴兄らの想像力を映像化して作画するだけの能力が無かっただけである。言い換えれば、貴兄らの想像力・作品力は大カドカワの想定を遥かに超えるものであったのだ。
ならば首を垂れる必要はない。胸を張って今後もともに、新たな作品を創作していこうではないか。
想像力にあふれる、その新作と出会えることをささたけ氏は期待している。
次に短編エッセイ部門以外で落選された方。
こちらに関しては私は関与していないので、無責任に言葉を発することはできない。
だからせめて、本職の方の言葉を借りようと思う。
以下に記すのは、過日、私が受講する小説講座にて『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』の著者である、ライトノベル作家の森田季節氏が発した言葉だ。
「書きたいものがあるんやったら、それを書けなくする必要はないんで。書いて幸せになるんやったら、書いたほうが絶対いい」
この言葉、本来は「どこまで流行に沿った作品作りをするべきか」という問いに対する返答であるが――私はこう解釈した。
世間の評判や選考の結果はどうあれ、自分が書きたいと思って書いたものなら、それを恥じる必要なんてない。自分が面白いと思ったものを同じように面白いと思ってくれる人は必ず存在する。だから、その人にあなたの作品が届くその日まで、書き続けていくべきだ――と。
まったく自分に都合のいい勝手な解釈ではあるが、それ以外にもためになるプロのお話を聞けるのは、山形小説家・ライター養成講座である。興味があればぜひご参加いただきたい。現在はオンライン講義がメインなので、地域を問わずに参加できる。なお参加料は一回二千円となっております。
露骨な宣伝はともかく。
今回の私の行為がどれだけ力になるかは判らないが――もしも誰かの救いとなれれば幸甚である。私はいつまでも、敗れた者の味方だ。安心して、次なる戦場へ足を踏み出して欲しいと願っている。
そして最後に。
受賞された方々へ。
おめでとうございます。心より祝福申し上げます。
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