第26話 冥界

日が変わって不死の魔王討伐のためにマッカサス王国へやって来たノイフェとヌテリア。そこにはすでに、ラールスゥやラッセンソンの姿があった。


「お待ちしておりました」

と言ってラッセンソンは皆を部屋に案内した。


その部屋は客用の寝室で、きれいに整えられたベッドが二つに部屋の隅には暖炉があった。

部屋もだいぶ広い。


「ずいぶんと豪華な寝室だ」

ラールスゥは部屋を見渡して言った。


「そりゃあ、2体の魔王封印に貢献した立役者ですからね、まさか納屋に寝かすわけにはいかないでしょう」

ラッセンソンはノイフェの功績にふさわしい部屋を用意した。


「ま、そう言う事よね」

ヌテリアは当然という顔をしていた。



「誰がここで寝るの? ラールスゥおじいさん?」

ノイフェだけはここが何のために用意された部屋なのか理解していなかった。


「寝るのはあなたよ、ノイフェ」

ヌテリアはノイフェにそう言った。



ノイフェは不思議そうな顔をして言った。

「僕、眠くないよ」


「冥府に魂が行ってる間、肉体の方が無防備になるのよ。こっちはまぁ私たちがいるから何かあるなんてことは無いけど、その間肉体は仮死状態になるから、眠ったようになるのよ」


「ふうん?」


「まぁその間、床に寝ていようが、ベッドに寝ていようが特に差は無いんだけれど…」とヌテリア


「まぁそう言わず、ベッドを使ってください。せっかく用意したことですしね」

とラッセンソン


「だそうよ、ノイフェ。ベッドを使ったら?」

とヌテリア


「わかったよ」

ノイフェはベッドを使うことを承諾した。


「それで他の用意はできているのかしら?」


「私はいつでも大丈夫だ」

とラールスゥは隣のベッドの上に胡坐あぐらをかいて座った。


「こちらも兵たちを城に集めています。そちらは準備ができているので後はわたしだけです。私もいつでも大丈夫です」

ラッセンソンは部屋の隅にある椅子に腰かけた。


「ならすぐ始めようかしら。ノイフェベッドに寝なさい」

とヌテリア


ノイフェはラールスゥがいない方のベッドに横になった。


「少年、冥府に行くには肉体から魂を離さなければならない。魂が傷つけば肉体も傷ついたり、死ぬことになる。そこはよいか?」

ラールスゥは冥界の前提を説明した。


「うん、わかってるよ」

ノイフェは当然という顔で答えた。


「冥府へと続く道、冥道を抜けると、冥府の門がある。そこには強力な門番がいるが、口から吹く火にだけ気を付けていればあとは見た目通りの戦い方しかしてこない。そちらはまぁ大丈夫だろう」

ラールスゥは淡々と説明をした。


「冥府に着いたら、この間魔王に傷つけられたところを見るのよ。体に残った闇の力が不死の魔王のところに導いてくれるようにしておくわ」

とヌテリア。


「うん」


「冥界には装備は持って行けぬ。普段装備品で耐性を持っているものも、冥府では効いてしまうかもしれない。油断しないようにな。敵の攻撃はとにかく当たらないのが一番じゃ」

とラールスゥは冥界の戦い方の基本を教えた。


「わかったよ」


「ただし、服装のイメージは持って行けるようにしておくわ」

というヌテリアの言葉にノイフェは首を傾げた。言っている意味がよくわからなかったからだ。


「君の活躍には期待しています」

ラッセンソンは手短に言った。


「ノイフェ、不死の魔王を倒したら終わりよ。その後はこちらから引っ張り上げるから帰りのことは気にしなくていいわ」

とヌテリア


「わかったよ」


「それではそろそろ、儀式に取り掛かろうかのう」

とラールスゥ


「ええ、いいわよ」

ヌテリアは答えた。



ラールスゥは目を閉じてなにやら呪文を唱え始めた。


ヌテリアは短く呪文を唱えるとノイフェとラールスゥに魔力を注ぎ込んだ。


するとノイフェの体から魂が剝がされた。まるで幽体離脱のように浮かび上がったノイフェは自らの体を見下ろした。体はすでに動かないが、魂の方の体は自由に動かせるようだ。


「開くぞ、冥道じゃ」

ラールスゥがそう言うと、空間にブラックホールめいた穴が開いた。


「ノイフェ、これを通るのよ」

ヌテリアがそう言ったのでノイフェは空間に裂けた穴を目指して飛び込んだ。


ノイフェの目の前が真っ暗になった。




やがて目が慣れてくるとノイフェの目には暗闇の中に細い道が見えた。周りは壁や天井の無い不思議な空間だった。


ノイフェはいつもの服を着ているが、見た目だけだ。装備品の耐性やステータスアップは期待できない。


ノイフェはその道を歩きはじめた。そして試しに修行して覚えた武器発現の魔法も使ってみた。


フォン


ノイフェは剣を手にした。


「うん、大丈夫みたいだ」


ノイフェは冥道の奥へを進んだ。


ノイフェは歩き続けた。しかし一向に景色が変わらないので歩いているのに、進んでいるという感覚はあまりなかった。


どれだけかわからないが長い時間歩き続けた。向こうに小さく何かが見えた。ノイフェは走ってそこへ向かった。それは大きな門だった。門の前には黒い色をして体長7メートルはあろうかという3つ首の狂暴そうな犬がいた。そうこれはケルベロスだ。


ノイフェは剣を発現させた。



ガルル グワウッ  グワウゥ


ケルベロスはそれ以上ノイフェが近づかないように威嚇した。ノイフェは武器を構えて交戦の意思を示した。


ケルベロスもそれは理解して攻撃を開始した。


ケルベロスはノイフェに飛びかかって来た。ノイフェは横に転がってよける。そして次々と来る牙や爪の攻撃を躱す。


ノイフェが反撃を試みようと剣を振ったが、むなしく空を切る。

ケルベロスは素早く飛びのいてノイフェとの距離を取っていた。


ガルル


ケルベロスは喉を鳴らしてまた威嚇をした。そしてケルベロスの咆哮だ。状態異常混乱を招くものだ。


ノイフェは精神も強い。そんなことで怯んだりはしない。今度はノイフェがケルベロスに襲い掛かった。


「やぁぁーー」


飛びかかるノイフェに対して、ケルベロスの左右の首は火を吹いて対抗するがノイフェの方が速い。


ザクー


ノイフェは左の頭の眉間に剣を突き刺した。


ギャワウ


ケルベロスは悲鳴を上げた。


そして次、ノイフェの剣は今度は真ん中の首を斬って落とした。


「やっ」


最後の首はもう一度火を吹こうとしたところをノイフェに斬られたため、火を吹きながら崩れ落ちた。


冥界の番犬ケルベロスは本来、かなりの強者なのだが、それは死んだ魂にとってのこと。生きているノイフェにとっては、強敵ではなかった。


ノイフェは剣を消失させると、冥府の門を押して開けて中へと入った。

ノイフェは冥府へとたどり着いた。冥府は冥道と同じように壁や天井が無いものの、遠くに街のようなものや、大きな城が見えた。


ノイフェは片腕を持ち上げてみた。先日魔王と戦った時の傷を受けた場所だ。すると傷があった場所から黒いモヤのようなものが出てうっすらと遠くへ伸びていくのがわかった。その先にきっと不死の魔王の魂があるに違いない。


ノイフェはその方角へと向かった。


街の方へ行くとたくさんのゴーストが漂っていた。ほとんどのゴーストは生きているノイフェの生命力に気圧けおされて、近寄っても来ない。たまに襲ってくるゴーストもいたが、ノイフェは難なく斬って倒した。


ノイフェは腕のモヤの伸びる先へと進んだ。だんだんとその腕から伸びる闇が濃くなっていった。


ノイフェは冥府の街を抜け、素早く城の方へと向かった。


死者の魂がそこら中にいるせいで、ノイフェのいつもの気配を感じる技能はほとんど役に立たなかった。


城の前にやってきた時、ノイフェに話しかける死者の魂があった。


「やあ、君はノイフェじゃないか? 君も死んだのか?」


ノイフェは驚いた。その魂はスディーだった。ノイフェは一瞬武器を出そうとしたが、スディーだとわかってそれをやめた。


「スディーなんでこんなところに?」


「なんでって死んだからだが…お前もそうだろう」

スディーの魂は当然だという風だった。そして、ここにいる以上は当然ノイフェも死んだものと思ったらしい。


「僕は死んでないよ」


「…?」


「?」


お互いに首を傾げた。


「死んでいないならなぜこんなところにいるんだ?」

今度はスディーが聞いた。


「冥府にいる不死の王の魂を倒すためだよ」


「ほう、それで? 死んでいないというのはどういうことだ?」


「ヌテリアとラールスゥが僕の魂だけここに送ったんだよ」


「ラールスゥ…なるほどそう言うことか」

スディーは話を理解したようだった。

「それで死の魔王と不死の魔王はどうなった?」


「僕たちが倒してヌテリアが封印したよ」


「封印か。それならわざわざこんなところに来る必要もないだろう」


「不死の魔王は封印を解こうとしているんだって。だから魂を破壊してとどめを刺さすんだってさ」


「話は分かったが、お前さんに本当にそれだけの力があるのか確かめてやろう。何しろ、なにしろ俺が死ぬほどだからな」

スディーは死んでなんだか明るくなったようだ。


スディーの魂の形がふわっと変化して槍を持った。


「お前はどんな武器を使うんだ?」

とスディーはノイフェにたずねた。


「どうしよう?」

ノイフェは迷った。武器の魔法で出した剣はスディーを傷付けてしまうのではないかと思ったからだ。


「何を迷っている?」


ノイフェは武器を発現させた。


「これだとスディーを傷つけちゃうでしょ?」


「確かにそうだが、いらぬ心配だぞ。だがそうだな、不死の魔王を倒す前に、そちらが傷つくのもよくない。魂でできているとはいえ武器は武器だからな。寸止めにしよう」

スディーは槍をくるくると回しながらそう言って、最後に槍の石突を冥界の地面に立てた。


「わかったよ」

ノイフェは承諾した。



「準備はいい?」とノイフェ


「いつでもいいぞ」

とスディーは余裕の表情で言った。


ノイフェはスディーにゆっくりと近づいた。


お互いにまだ一歩で相手に迫れる間合いの外だ。


じりっじりっとお互いに近づいてゆく。


緊張感が空気に張りつめる。


ノイフェは剣を正面に構えて、スディーの顔先に向けている。スディーも槍の穂先をしっかりとノイフェの顔に向けている。


ぐっ


地面を蹴って先に動いたのはスディーだ。スディーの槍がノイフェの顔をとらえる。しかしそれを紙一重で避けるノイフェ。スディーの連続突き。その速度に対応して連続で見切るノイフェ。

ノイフェの反撃槍の穂先を切り払おうとするが、スディーは槍をくるりと回して槍を斬らせない。そして槍の石突がノイフェを襲う。

最小限の動作でそれを避けて再び反撃に転じるノイフェ。


「やぁっ」


ノイフェの剣が連続で斬りかかる。右上から、左から。突きだ。

槍で受け止めいなす、躱す、横に回転しながら反撃の槍。スディーも負けてはいない。

「せいっ」


ガチン


ノイフェは剣で横から来る槍を受け止めた。そのまま前に間合いを詰めて剣の鍔でスディーの腹を殴りに行く。


スディーは前蹴りでそれを防ごうとする。ノイフェは前方に回転ジャンプをしながら回避してその回転のまま切りつける。スディーはこれを見切ってよけた。


二人は一旦距離を取った。

「ふーっ」





「やぁー」


「はぁあー」


二人の攻撃が勢いよくぶつかりあう。


ガチン


スディーはノイフェの顔を狙って槍を突く。ノイフェは身をかわしながら近づく。横から槍の反対側が叩きに来る。それもかわす。棒と槍が交互に連続で来る。受ける、躱す、躱す、受ける。見切って前に出る。そしてノイフェの剣がスディーを襲う。はじく、いなす、柄で受け止める。反撃だ。


目まぐるしく入れ替わる攻防の中に二人は奇妙な友情を感じていた。


「ははは、面白いな。これならばどうだっ」


スディーは激しい連撃からの渾身の突きを繰り出した。ノイフェは連撃に対処しつつ、最後の突きに剣の先を当てて押し込んだ。


「何っ?」


「やぁー-」


押し込まれたスディーに一瞬の隙ができる。ノイフェは素早く剣をスディーの首元に振り、寸止めをした。


「…う、まいったな。俺の負けだ」

スディーは負けを認めた。


ノイフェは剣を消失させた。


「不死の魔王はこの城にいる。気を付けていけよ」


スディーはそう言った。


「一緒に行こう」

ノイフェはスディーも戦力として有効だと思った。


「それはだめだ」

スディーは両手のひらを前に出して手を振って拒否した。


「どうして?」

ノイフェは首を傾げた。


「死者の魂は、冥府の王、つまり不死の王によって管理されている。死者は皆不死の王に逆らうことができないんだ。もし一緒に不死の王を倒しに行けば、俺はたちまち奴に操られて、お前は俺と不死の王を同時に相手をしなきゃならなくなる」


ノイフェにとって不死の王とスディーとを二人を同時に相手にすることは得策ではなかった。何よりスディーの魂を壊したくはない。ノイフェはスディーが断った理由を理解して納得した。


「わかったよ」


ノイフェはスディーを連れていいかないこにした。


「ところで少年、武器は剣しか使わないのか?」


「普段は剣だけだよ」


「そうか、槍など使ってみるといい」


「剣よりも槍の方が強い一撃が放てるし、リーチも長い、連撃も剣よりも速いからな。使いこなれば一段と強くなるだろう」

スディーは槍を横にクルクル回してから、その辺の空間をついて見せた。そして槍の先と石突を交互にブンブン振って見せた。


ノイフェも槍は使えるが、スディーのおすすめを聞いて確かにそうかと納得した。そのうち槍でも使ってみようかなと心に留めた。


「君は何で魔王を倒そうとするんだ?」

スディーはノイフェに聞いた。


「全部の魔王がいなくなれば魔法が無くなってすべての呪いが解けるんだよ」


「誰かの呪いを解きたいのか?」


「そうだよ。僕は助けるって約束した」

ノイフェは何かを思い出すように言った。


「そうか、それは大変な道だな。命が惜しければやめるという道もあるのだぞ」


「ないよ。僕は勇者だからね」


「そうか、ここから先はお前の道だ。行け」


「うん」


ノイフェは力強く頷いてスディーの元を離れた。




城の中を進んでいくノイフェはついにヤツを見つけた。不死の魔王の魂だ。


不死の魔王の前に立ったノイフェは剣を発現させた。魔王ストレスの影響も受けているようだ。


不死の魔王はノイフェに気づいて話かけた。


「こんなところに生きた人間がいるのか? おかしなやつだな。冥府に来たら死ぬのが道理だ。その魂を砕いて本当の死を招いてやろう」


ヴォエラ


不死の魔王はいきなり口から怪光線を放った。


ノイフェは剣で何とかいなそうとしたが、怪光線を受けた剣で受けた部分が消滅した。ノイフェの発現させた武器は、ハーミンの光の剣のようにはいかない。怪光線が顔にあたる直前さっとに避けた。


ノイフェは素早く新しい剣を発現させた。


不死の魔王は剣を抜いた。


ガチン


お互いの剣がぶつかりあう。


「やぁ」


「クカカカ」


ガチン ガチン


「クカカカ カカカカ」


「はっ」


ノイフェの剣が不死の魔王の首を狙う。不死の魔王はノイフェの剣を受け止め反撃に転じる。連続攻撃がノイフェを襲う。上から、右斜め、左、右、左、口から怪光線。


魔王ストレスのせいで徐々にノイフェはめまいがしてきた。


ノイフェは攻撃を受け流す。


ガチン ガチン


怪光線も身をひねってよける。


さらに続く魔王の強力な剣撃にノイフェの剣が折れる。ノイフェの剣をへし折ってそのまま降り下ろされる剣をノイフェは寸前で躱す。


不死の魔王は封印されて弱体化しているとはいえ、ここは冥府だ。不死の魔王から傷を受ければ闇の力でノイフェの肉体にどんな影響があるかわからない。


当然ポーションなんかもない。ノイフェは攻撃を受けないよう気を付けながら戦わなければならない。


ヒールはもっぱら、攻撃に使っていた。


「ヒール」


「ぐわ」


不死の魔王相手でもヒールは攻撃手段として有効なようだ。しかし大したダメージは与えられていないようだ。




「魔王レーザー」


フヴィン


不死の魔王の無い瞳からレーザーが発射される。ノイフェは横に飛びのいて回避した。すぐさま体勢を立て直して攻勢に移る。


「やぁ」 「はっ」


縦に、横に斜めに、不死の魔王の首や頭部を狙って斬りかかるが、みな剣で受け止められる。


「狙いは読めているぞ…小僧!」



「今だっ!」



「何!?」


ノイフェの剣が不死の魔王の剣を折った。そして返す剣で不死の魔王の左腕を斬る。


冥界では道具は持ち込めないが、魔法なら使える。肉体強化の魔法に武器硬化の魔法それに、生きているノイフェの魂の力が加わって。冥府の魔力だけでできている不死の魔王の剣に打ち勝ったのだ。頭部ばかりを狙っていたのはノイフェの策略だった。


そして


「やぁあああー」


ザクー


不死の魔王の頭部を一刀両断にした。


「グワァァァァァー」


断末魔を上げて崩れる不死の魔王。ついに不死の魔王を仕留めたのだ。



最後の断末魔は生きているノイフェにとってもすごく苦しいものだった。大量の呪いを一気に浴びせられているような気分だ。



「うぅぐぅぅうう、うわっ」


ノイフェはひどいめまいと吐き気に襲われた。ノイフェが生きている魂でなかったら、その魂は砕け散っていただろう。しかしノイフェは最後の魔王ストレスを耐えきった。


ノイフェは勝った。ノイフェは剣を消失させた。


「やった」


ゴゴゴゴゴオ


冥界全体が揺れた。冥界が崩れ始めたのだ。


「どうしよう」

ノイフェは聞いていない事態に戸惑った。




「よくやったわノイフェ」


突然空間全体からヌテリアの声が聞こえた。


「後はこっちでやるから楽にしていていいわよ」


ヌテリアがそう言うと、しばらくして冥界の揺れは収まった。


「これでいいわ」


「何をしたの?」

とノイフェは聞いた。


「冥界を私のモノにしたのよ」

なんだかよくわからない回答だった。


その辺の空気が歪んで集まるとそれはヌテリアの形になった。


「ノイフェ、もう終わったわよ。私についていらっしゃい」


「どこへ行くの?」

ノイフェは首を傾げた。


「帰るのよ」


「僕、一人で帰れるよ。来た道は覚えているんだ」

ノイフェは子供ではないと言いたげだった。


「冥界全体の構造を変えたから来た道を通っても戻れないわ。だから私についていらやしゃい」

ヌテリアは歩きだした。


「わかったよ」

ノイフェはこれに続いた。



「しかし、冥界を管理するのは思ったよりもずっと面倒だわ。思ったより広いし、死者の魂の数も多いんですもの」

ヌテリアは冥界の支配者になって早速ぼやいた。ヌテリアにしては珍しいことだ。


「ふーん?」

ノイフェにはあまり興味ない話題だった。


「よお、お前さん達。うまくやったようだな」

ノイフェは帰り道でスディーの魂に再開した。


「やぁ」


ノイフェは答えた。


「あら、あなたこんなところで何をしているのかしら」


「ヌテリアさんこんにちわ。槍の修行をしていたところですよ」

スディーは槍で、一突き二突きしてみせて答えた。


「死者の魂は成長しないのに、修行をしていたですって? 変わった人ね」

ヌテリアはスディーの答えを奇妙に思ったようだ。


「死者でも、魂でも、修行をしないと腕が鈍ってしまいますからね」

スディーは持論を言った。


死者の魂は成長も退化もしない。魂の劣化によって、モンスターのようになることはあるが、根本的に死者の魂が修練しても意味が無いのだ。それでも修行をしたがるスディーの魂は強い自我を持っていると言える。精神力の強さはつまり強い魂ということだ。


「そうだわ、ちょうどいいわ。あなた冥府の王になりなさいな」

ヌテリアは突然スディーに言った。


「は? 突然何を言っているのですか?」

スディーは困惑した。


「ノイフェは不死の魔王を倒したことは知っているわね?」


「ええ、死者の魂たちは全員感じ取ったでしょう。何者かの支配から解放されたことを。つまりは不死の王が死んだはずだと」


「まぁ、そう言うことよ。それで、今は私が冥界を支配しているんだけど、私がずっと冥界を見張っているわけにはいかないわ」


「ほう」

スディーは気になる言葉があったが一旦スルーした。


「それで、あなたに冥府の王になって死者の魂を管理してもらいたいわけ。見知った顔だしいいでしょう? もし承諾するなら、私の召喚獣としてたまには人間世界に出してあげるわ」

ヌテリアは見知った顔だからと言ったが実際にはスディーの実力をわかった上でのことだ。弱い魂には死者の王などには到底なれない。


「わかりました。やりましょう。それで何をすればいいのです?」

スディーは承諾した。


ノイフェは横でスディーを不思議そうに見ていた。


「そうね。死者の魂の中で邪悪な魂を消滅させたり、劣化してゴーストになったりなりそうな魂を消滅させたりかしら。冥府の王になれば、消滅させた魂から魔力を吸い取って強くなることもできるわよ」


「わかりました。案外簡単なものですね。死んでも強くなれるというのは役得というのもでしょうか」


「まぁそう思っていいわよ。それと、私の召喚獣になる以上はすべて私に従ってもらうわ」


「はい。もちろんです」

スディーは二つ返事で答えた。



生きている世界のヌテリアは本を取り出すとページがパラパラとめくれ始めた。不死の王を封印していたページ開くと、ひとりでにページが破れて宙に浮きあがった。そして燃えて消滅した。


新しいページを開いてヌテリアは冥府のスディーに言った。


「召喚獣として私に従いなさい。契約よ」


冥府のスディーは答えた。


「承知」


ヌテリアとスディーの間に契約が交わされた。魔法のひもがもやになってスディーを包んだ。そして光に包まれた。それが終わると、スディーの色は先ほどよりもはっきりとしたものになった。


「契約成立よ」


ヌテリアの本のページにスディーの姿が映し出され、ヌテリアはその本を閉じた。


冥府の問題はこれで終わった。


「じゃあな。ノイフェ。また会おう」


スディーは槍を持っていない手を大きく上げて、別れの挨拶をした。


「うん。またね」

ノイフェもそれに答えた。


「ヌテリアさんもお元気で」


「遠からずすぐに会えるわよ」

ヌテリアはいたずらっぽく笑った。


ノイフェはヌテリアに続いて冥界を出た。



現世に帰って来たのだ。


「戻ったな。ノイフェよ目を覚ますのだ」

ラールスゥはノイフェに声をかけた。


ノイフェは目を覚ました。


「お帰り、ノイフェ」

ヌテリアがノイフェに声をかけた。いつものヌテリアがノイフェのベッドの横に立っていた。


「計画は成功よ」


ノイフェはベッドから上半身を起こすと、ベッドから降りて立ち上がった。


「不死の魔王を討ち滅ぼしたのですね」

とラッセンソンは興奮気味に言った。


「そうよ」

ノイフェの代わりにヌテリアが答えた。


「そして私が冥界を支配したからには、もうこの世にアンデットは生まれないわよ。今いるアンデットも近いうちに全部掃除するわ」


ヌテリアの自身満々の態度に、ラッセンソンはおおと驚いた。


ノイフェがケルベロスや不死の魔王を倒したおかげで、ヌテリア以外、ノイフェを含めてマッカサス城にいた者は皆レベルが上がっていた。今回も大幅にレベルが上がった者も多いようだ。


「なんだか申し訳ないですね、私どもはほとんど何もしていないのに、こんなにもレベルを上げてもらったみたいで…」


「いいわ。代わりに盛大に戦勝祝賀会でもやってもらうわ」

とヌテリア。


「承知」

ラッセンソンは嬉しそうに答えた。ラッセンソンはその準備のために部屋を出て行った。


「少年、いや、勇者ノイフェよ。大役ご苦労だった」

隣のベッドに胡坐あぐらをかいていたラールスゥはベッドから降りるとノイフェをねぎらった。


「うん」

ノイフェは答えた。


ふらっ


ノイフェは立ち眩みがした。冥界に生きたまま行くという通常では考えれない離れ業をやって、しかも魔王ストレスを激しく受けながら戦ったのだ。ノイフェの肉体も精神も疲労して当然だ。


「少し疲れたみたい。少し休むよ」


ノイフェはベッドに腰かけてそのままベッドに寝転がった。


ヌテリアもラールスゥもノイフェを起こしたりせず、勇者が寝るのを見守った。



盛大な祝勝会はノイフェが目を覚ました時に行われるだろう。そしてそれはまた今度のお話だ。



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