第25話 火の修行 火の心

ヌテリアは言った。

「さて、魔王たちの処遇を決めましょう」と。


そこにはノイフェ、ヌテリアの他には、一緒に魔王を倒したクラスアと、マッカサス王国の代表として、ラッセンソンがいた。


ノイフェは不思議そうに首を傾げた

クラスアも同じように首を傾げた


魔王の話ということで多忙なラッセンソンは仕事をよりもこちらを優先してやって来ていた。


「一体、何の話なんです?」

ラッセンソンは聞いた。


「魔王を殺す話よ」

ヌテリアは答えた。


「今度はどの魔王を倒すんです?」

ラッセンソンは新しい魔王討伐計画かと思った。


「死の魔王と不死の魔王についてよ」

ヌテリアはまだ終わっていないと言いたげだった。


「もう魔王を封印したなら、それは魔王を倒したと同義のはずですが?」

ラッセンソンはヌテリアがおかしなことを言っているという顔で話をした。


ノイフェとクラスアも話が呑み込めずにいる。



「封印は封印よ、封印が解ければまた生き返るわ」


「もっとも、私が管理している以上、封印が解けることなんてないんだけれどね」

ヌテリアは自信満々に言った。


「それじゃあいったい?」

ラッセンソンはヌテリアが何を言いたいのかわからなかった。


「そもそも不死性を持つ死の魔王と不死の魔王は殺すことなんてできないのですから、封印したというのは最善の手だったはずです」


「それが一般論ね。私なら不死の魔王を殺す方法を知っているわ」

ヌテリアは真面目に答えた。


「なんですって?」

ラッセンソンは驚いた。

「それでは封印が解けても魔王復活をそしできるじゃないですか」


「だから今日はその話よ」


「死の魔王の方は私が封印しながら魔力を貰ってあげてるの、召喚獣としても使えなくはないわ」


貰ってる?奪っているの間違いでは? ヌテリアは魔法使いであり、魔王使いになった。魔王の魔力を使いこなす危ない女だ。


「危険はないのですか?」

とラッセンソン。


「死の魔王についてはうまく従属契約をさせているから問題ないわよ」

死の魔王はヌテリアの魔力タンクになったのだった。


「問題は不死の魔王の方ね。こっちは契約を破ろうとあがいているわ」


「召喚獣として使うにしても大して期待できないわ。私が持っている召喚獣でできる程度にしかね」


クラスアは、ヌテリアは召喚なんてできたんだ。と思い、ノイフェは召喚獣とは何だろうと思った。


「魔王を捕まえて大して期待できないなんて、さすがです…」

ラッセンソンは他に言いようが見つからなかった。


ヌテリアは大したことじゃないわよと言いたげな顔をしていた。


「それで、どうするんです?」

ラッセンソンの言葉に、クラスアとノイフェも答えを知りたがって前のめりになった。


「不死の魔王はいらないから死んでもらうわ」

ヌテリアは残酷な決断を下した。


「不死の魔王や、死の魔王が不死性なのは、魂が体とは別の場所にあるからなのよ」


「はい」

ラッセンソンは相槌だけ打って話の続きを待った。


「奴らも、魂が壊れればあっけなく死ぬのよ」


他の魔王ならいざ知らず、不死の魔王と死の魔王は過去に何度か封印されたことがあるが、これらを殺したものはいまだいない。


それが倒せる、いや、殺せるだなんて衝撃の新事実が発覚した。


「不死の魔王の魂は一体どこに?」

ラッセンソンは慌ただしく聞いた。


「冥府よ」


「冥府って?」

ノイフェはわかないという顔をしていた。


「死者の魂が行く場所よ。地獄というべきかしら」

ヌテリアは真面目に答えた。


「あなたなら冥府からやつらの魂を引っぱりだせるのですか」

とラッセンソン。


「いいえ、冥府に乗り込んで倒すのよ」

ヌテリアはついに答えを出した。


「なんと」

ラッセンソンはやはり驚いた。

ノイフェとクラスアは、ふーんという顔をしていた。


「冥界は不死の魔王の領地。しかも、生きている人間には行くことができない。一体どうするのですか?」


「魔法で生きた人間の魂を冥府に送り込むのよ」

ヌテリアはさも当然という顔をしていた。


「その魔法を使えるのですか?」

とラッセンソン


ノイフェとクラスアはもう話についていけてない。


「私一人なら使えるわねぇ、でも、今回冥府に行くのは私じゃないわ」


皆がそろって顔を見合わせた。一体誰が行くんだろうと。


「ノイフェ、あなたが行くのよ」


「僕?」


「ちゃんと話を聞いていたのかしら? 冥界に行って魔王を倒すのよ」


「魔王を倒すの? わかったやるよ」

とノイフェは凛々しい顔で言った。


「私も行くわ」

とクラスアも後に続く。


「ダメよ」


「なんでよ」

クラスアは食って掛かった。

「冥界に送れるのは一人だけよ」


「それなら私でいいじゃない」

クラスアは前に詰め寄った。


「ノイフェは魔王との戦いで傷を負ったわ。傷は塞がったけど、まだ闇の力が残っているの。冥界ではその闇の力を頼りに魔王の魂を探すことになるわ。魔王から傷を受けたノイフェにしかできないことよ」


「魔王から傷を負った者ならマッカサスの戦士もいますが…」

ラッセンソンは途中まで言いかけてやめた。


「そっちは実力不足ね」


「やはりそういうことになるのですね」

ラッセンソンは、冥界でも戦いがあることを理解した。


「そういうことよ」

ヌテリアは答えた。


「それでいつ実行するのですか?」


「私の他にもう一人、冥府への道を維持するのに案内役が欲しい所かしらね。腕利きの魔術師なんかがいいわね。それはあてはあるのよ。ただ不定期にしかクエストを受けない人みたいだから今は探してもらっているわ。それが見つかり次第よ」


「そんな人物、一体誰なのですか?」

ラッセンソンは今日は質問ばかりだなと思いながらも質問を続けた。


「ラールスゥという人物よ」


「ラールスゥ?」

ラッセンソンは知らないようだ。クラスアも知らないという顔をした。


「ラールスゥ? あのおじいさんを探しているの?」

ノイフェはラールスゥがそんなことをできるなんて知らなかった。


「そうよ。まぁ近いうちに見つかるでしょう。魔王の封印はそう簡単に破れはしないわ、急ぐ必要もないし、しばらくは遊んでてもいいわね」

ヌテリアは余裕たっぷりだった。


「そういうものなのですか」

とラッセンソン。


「そういうものよ」

とヌテリア。


「本当は私達だけでやってもよかったんだけど、べつに秘密にする必要もないし、魔王の処遇については皆気になるでしょうから一応教えてあげただけよ」


「何か手伝えることは?」


「そうねぇ、特に無いと言いたいところだけど、せっかくだからバフでももらおうかしら、冥府で魔王を倒した場合も、こっちで経験値が入るかもしれないわよ。城の兵でも集めてみたら?」


「そうですね。やってみる価値はありそうです。魔王を倒すとなれば膨大な経験値が入りますからね。すべての魔王を滅亡させるにしても人間側が強くなるに越したことはありませんからね」

ラッセンソンは右手を親指と人差し指を自らのあごにあてて考え込むように話した。


「今日の話はこれで終わりよ」


「わかりました。ご報告ありがとうございます。準備ができた時は私達にも教えてください」


「そのつもりよ。人材派遣会社にも話しておいたわ。報酬を受け取るにはまだ早いからって。まぁ不死の王以外のはもらってもいいんだけど、仕事の途中でもらうってのはよくないわ。あなた達も報酬も遅れるけど、悪いわね」


「いえいえ、その程度、魔王を倒してもらった功績を考えれば些細なことです」


ヌテリアとノイフェに続いて、クラスアもその部屋を出た。



「ねえ、ノイフェ、そのラールスゥって人はすごい人なの?」

廊下を歩きながら、クラスアはノイフェに尋ねた。


ノイフェは首を傾げた。

「わからない」


横からヌテリアが口を挟んだ。


「本人はシャーマンを名乗っているけど、魔法使いとしては大したものよ」

ヌテリアはそれだけ話した。


「ふー--ん」

クラスアは魔法使いと聞いて興味を失った。てっきりすごい筋肉の戦士とかかとおもったのに。クラスアは魔法の腕を磨く気はまるでないらしい。それでこそ斧ガールだ。



数日後


「あーいました、いました。赤い服に赤い帽子のヌテリアさんですね。ミーユさんからの伝言です」

お使い型マスコットデバイスに入ったエルエが廊下の向こうからふわふわと飛んでやって来た。


「来たかしら?」

ヌテリアは話の内容がすでに分かっているという風だ。


「ラールスゥさんが見つかったそうです」

エルエはちょこんとお辞儀をしてから用件を伝えた。


「ノイフェ、彼と話しに行くわよ」

ヌテリアは話しながらすでに歩いていた。


「うん」

ノイフェはヌテリアに続いた。






ネオ人材派遣会社田中マックスにやって来たノイフェとヌテリアはラールスゥに挨拶をした。


「して私に用とは何事かな?」

ラールスゥはいつものようにゆっくりと話した。


「冥界への道を繋ぐ手伝いをしてもらいたいのよ」

ヌテリアは用件を説明した。


はじめて用件を聞いたラールスゥは目を見開いて驚きを示した。

「なんと、冥界へ行くつもりか?」


「そうよ」


「一体何をしに?」


「不死の王にトドメを刺しに行くためよ」

ヌテリアは両腕を組んで背筋を伸ばして言った。


「不死の王は冥府の王でもある、不死の王の魂も冥府にあると考えるのが妥当なところだが…敵地に乗り込んで、不死の魔王を倒すことなど本当にできると思うのか?」


「できるわよ…そうよね? ノイフェ」

ヌテリアはできて当然という顔をしてノイフェにたずねた。


「うん…やるよ」

ノイフェには不安はなかった。


「その少年か…確かに可能性はあるだろう。だがわざわざ冥府に行く必要があるのか? 封印には成功したのだろう?」


「成功したわ。不死の魔王を倒して冥界を支配するのよ」


「一体何のために?」

ラールスゥは狂人を見る目でヌテリアを見ていた。


「冥界の魔力を全部いただくわ。それに冥界を支配していた方が都合のいいことも多いのよ」

ヌテリアは楽しそうに言った。


ラールスゥはそんな理由でと、止めようとも思ったが、不死性のある魔王が死ぬならそれに越したことはないと思いなおして口には出さなかった。


「しかし、冥府に行くには生きたままでは行くことができぬ」


ノイフェはそうなの? という顔でヌテリアを見た。


「仮死状態で十分でしょう? あなたがいるならね」

ヌテリアはすべてお見通しという顔だ。


「そこまで分かっていて私を探したというわけか?」

ラールスゥはいつものように表情は硬い。


「そうよ」

とヌテリア


「どういうことなの?」

とノイフェは困惑顔だ。


「この人は昔、冥府に行って帰ってきているのよ。仮死状態になってね。それ以降、何度か仮死状態の人間を冥府に送ったり、冥府の人間と交流を持ったりしているのよ。今ではラールスゥの名前を知っている人は少ないけど、昔は有名な魔法使いだったのよ」


「昔のことだ。魔法使いの仕事を知っている者がいてもおかしくはないが、シャーマンのとしての仕事を知っている者がいるとはな」


「ふーん?」

ノイフェはあまり話がわかないようだ。


「まぁ話は分かった。彼を冥府に送ればいいのだろう?」

ラールスゥはいつものように、ゆっくりと話した。


「そういうことよ」


「話は緊急というわけではないのだろう?」


「緊急ではないわね」


「少年を冥府に送り込む前に一つ修行をしてみないか?」


「いいよ。どんなことをするの?」

ノイフェは迷う事なく承諾した。


「冥府には装備を持って行くことはできないが、魔法ならば使える。魔法で武器を生み出すことができれば、冥府でも武器が使える。まずはこれを習得するところからじゃ」


「うん」

ノイフェは素直にうなずいた。


「それから、少年、回復魔法は使えるか?」


「使えないよ」


「ならそれも習得しておいた方がいいじゃろう」


「うん。他には何かするの」


「ああ、することがある。幻体を斬る修行をするのだ。それができるようになれば、冥府ではどんな敵にもダメージを与えらえれるようになる」


「水勢の太刀じゃだめなの?」


「水勢の太刀では幻体は切れない。それに連続しては使いにくいわざじゃ。そうさの、炎の太刀とでも名付けようかの。それは持続的に斬れない者を斬るわざとなろう」


「うん…どうやるの?」


「まったく気の早いことじゃ、このまま修行を始める気らしい。炎の太刀は魔法で武器を生み出すことからじゃ、少年武器硬化の魔法は使えるな?」


「使えるよ」


「ならば武器を持たずに武器硬化の魔法を使い空気を固めるイメージを持つのだ。ひとまずはそれをしながら移動しよう」


「どこへ行く気?」

ヌテリアは聞いた。


「そうさの、静かで集中できる場所だ。洞窟なんかがいい」

ラールスゥは片手の人差し指を立てて言った。


「それならいい場所を知っているわ」




「その前に」


ネオ人材派遣会社田中マックスのミーユの紹介で一度は冒険教会に行ったものの、ノイフェはお金を持っていなかったし、他の二人も、冒険者が他人にお金をもらうのはよくないと言ってお金を貸したりはしなかった。


結局ノイフェはここでは回復魔法の習得用スクロールを読むことはなかった。


その後ヌテリアに連れられて2人は移動した。



ヌテリアに連れて来られた場所は、これぞ洞窟という感じの洞窟だった。


「ここならばよい」

ラールスゥも満足気だった。


洞窟の中へと入ってちょっとした広間にたどりついた。


「では、ノイフェ少年これより修行を開始する」


ラールスゥはノイフェに向かい合うと、座禅を組んで座った。その前には焚火を付けた。

「炎の太刀も習得することにはなるが、まずは回復魔法からにするか」


「わかったよ」


「体内の魔力を掌に集めて怪我を直すイメージを持つのだ」

ラールスゥはやり方をノイフェに説明した


「うん」


「そこにしおれた草がある。それを元気にしてみよ」


ノイフェはすでに魔法を使える。魔力の流れに意識を集中し、草を癒そうとする。


ポワン 


草が光った。しかしまだしおれたままだ。


「そう、要領は得ている。後はできるまで繰り返すのじゃ」


「うん」


回数を重ねるごとに、草を回復する光が強くなった。そしてついにしおれていた草を元気にすることができた。


「これで回復魔法は使えるはずだ。試してみるか…」


ラールスゥは魔法のナイフを発現させ自らの腕をうっすらと斬って見せた。


「さあ、ヒールをやってみてくれ」


「うん。 ヒール」


ノイフェの手から放たれた魔法の光はラールスゥの傷を治した。


「問題は無いようだな。レベルも高いだけあって、回復量もある程度の怪我までなら心配ないだろう。暇なときは先ほどのように草でも癒して練習するといい。回復量が上がるのでな」ラールスゥは持っていたナイフを消失させた。


「わかったよ」


「ヒールについてはこれでいいだろう次に移るぞ。次は武器の魔法だ。そして、炎の心を習得するのだ」


「炎の心? それは何?」


「冥界では、肉体がない分、精神力だけで体の形を保つことになる。心が弱ければすぐに闇に取り込まれて死んでしまう。ゆえに、常に自分はここにあるという心を持つのだ。元気で活動的で意欲的な燃えるような心を持つのだ。それが情熱、炎の心だ」


「わかった。やってみる」

ノイフェは手ぶらで剣を構えるそぶりをしながら、炎の心の修行と魔法武器の練習を同時にし始めた。


「うー-ん、うおー--ん」

ノイフェのうなり声が洞窟に響く。なかなか苦戦しているようだ。


「時間がかかりそうね」

と暗闇の中に照らし出されたヌテリアが言う。


「それはそうじゃ」

ラールスゥは首をヌテリアの方に向けて答えた。


「また後でくるわ。ノイフェ、しっかり修行をしているのよ」

ヌテリアはそう言うと、洞窟の出口に向かって歩きだした。


「わかったよ」

ノイフェは去っていくヌテリアの後ろ姿にその言葉を返した。



再びノイフェは、魔法武器の練習と炎の心の練習に取り掛かった。


「想像力を働かせるのじゃ。出来上がった剣の形をしっかりとイメージするのだ」


「うん」


「ふー----」


3時間ほど経過したころ徐々にノイフェに変化が訪れ始めた。


ノイフェの手の先には、徐々に空気が集まって形ができありそうだ。


ノイフェは気力を込めて剣をイメージした。みるみる剣の形が作られていく。


とうとうノイフェの手の先に剣が生まれた。


「できたよ」


「上出来じゃ」

ラールスゥはノイフェを褒めた。

「それではその武器を今度は消してみよ」


「消す? どうやるの」


「剣が解けて空気になるイメージで持ってみるといい。消えろと思えば消える。剣を出したり消したり自由にできるようになるまでそれの繰り返しじゃ」


「炎の心のイメージも忘れずにな、それがやがて炎の太刀につながるのだ」

ラールスゥは新たな修行をノイフェに指示した。


「わかったよ」

ノイフェはその後魔法武器を出したり消したりする訓練をした。これは1時間ほどでできるようになった。


「武器の発現と消去はそれくらいでいいじゃやろう」

ラールスゥはノイフェの修行を一旦止めた。


「せっかくだからもう一段難しい技をやってみるか」

ラールスゥはノイフェに質問した。


「やるよ」

ノイフェはやる気満々に答えた。


「それではこの焚火の炎で武器を作るイメージでやってみるのじゃ」

ラールスゥは炎を握るようにすると燃えている炎のまま剣の形を作って見せた。

「これができれば属性剣を発現させることもできるようになるじゃろう」



「熱くは無いの?」

ノイフェは珍しいものを見るような顔をしていた。


「魔法で形をとどめることができれば、熱さは感じない」

ラールスゥはその炎の剣を消した。


ノイフェは焚火に手をかざした。


「熱っ」

慌てて手を引っ込めた。


「ずっと焚火の炎に手をかざしていれば火傷やけどくらいはするだろう。炎の中に手を通す瞬間に剣を握るイメージでやってみるといい。火傷はしないはずだ」


ノイフェは言われた通りに、炎の中に手を通過させる瞬間だけ魔法武器の発現をやってみた。


先ほどラールスゥが見せたような炎の剣ではなく、鉄の剣がその手にはあった。


「ほっほ、それはなかなかに難しいぞ。何度も繰り返し練習することじゃな」


「わかったよ」

ノイフェは練習を繰り返した。


鉄の剣、鉄の剣、鉄の剣、炎の剣はまるでできない。これまたノイフェが炎の剣を発現させるまでに数時間がかかった。


魔法のセンスがあるノイフェでも、習得用のスクロールを読んだ場合に比べて新しい魔法の習得にはやはり時間がかかる。しかしそんなスクロールは手に入らないのだからしょうがない。


「できたよ」


「よくやったな」


ノイフェの手には炎でできた剣が握られている。ノイフェはその剣を動かしながら不思議そうに眺めて、2、3度剣を振ってみた。これまた不思議なことに、剣を振っても風で消えるようなことはない。



「それではいよいよ、炎の修行の本番に入る」


「まだあるの?」

ノイフェはちょっと疲れたという顔をした。


「ここからがいよいよ本番じゃぞ。武器の発現ができるようになり、炎の剣もできるようになったな。後は炎を斬ることができれば技の方は完成じゃ」


ノイフェは炎に向かって剣を振った。風圧で炎は消えた。


「消えたよ」

これでいいのと言わんばかりであった。


「違うな、風で消すのではない。炎そのものを斬るのだ。炎をただ通り過ぎるだけでもない。風で消すわけでもない。炎そのものを斬る技を身に着けるのだ」


「そしてそれができるまで、心に陰りを持ってはいかん。必ずできると信じて行うのだ。それが炎の心の修行だ」


「やり方は、焚火の炎をじっと見つめ、斬れると思ったら剣を振るのだ」


ノイフェは焚火の炎をじっと見つめた。剣を振る。


ブワン


風圧で火が消えた。ラールスゥは魔法でまた火をつけた。



ノイフェは再び炎をじっと見つめた。


剣を振る。


ブワン


風圧でまた火が消えた。ラールスゥは魔法でまた火をつけた。



「急ぎすぎじゃな…炎をじっと見つめて、揺らぎの隙を見るのだ」

ラールスゥは人差し指を立てて言った。


「わかったよ」


スーハー


ノイフェは深呼吸をして気持ちを整えた。


じっと、炎を見つめた。ゆらゆらと炎が揺らぐ。そのまま長い長い時間ノイフェは炎を見つめ続けた。


ノイフェは創造とはなんだろう考えた。魔力はどこからくるのだろう? ヌテリアは誰もが持っている生命力って言ってた。ではその生命力で他人の生命力にぶつけたら攻撃になるのかな? 炎は何でできているんだろう? 炎に生命力を魔法ではない形でぶつけることができれば、炎も斬れるかもしれない。やってみよう。


すーはーすー


「はっ」


フィン スッ


揺らぐ炎はノイフェの剣によって切り裂かれた。


「よくやった。炎の太刀の習得は成ったな」

ラールスゥのその言葉は修行の成功を意味していた。


「うん」


「炎を斬ることができるようになったな。次はいつでもそれができるように。もっと短時間でできるようにするのだ」


「ノイフェは焚火の炎を2、3度斬って見せた」


「よかろう。修行は成功だが、最後の仕上げだ。適当なモンスターでも倒してみようぞ」


「うん」


ノイフェとラールスゥは場所を移動しようとした時、ヌテリアがやって来た。


「終わったようね」


「ひとまずはな。これから、最後の仕上げがある」


「モンスターと戦うんだよ」


3人は場所を移動した。




「数さえいれば雑魚敵でよかったのだがな」

ラールスゥはそうつぶいた。

ヌテリアは二人を連れて、天上界のトワフェンの沼にやってきていた。


天上界の魔王が2体封印されて、おそらくだが天上界にはモンスターが発生しなくなっている。天上界に残ったモンスターは普段お金にならないモンスターでも今は討伐対象として、どんなモンスターでもお金になる。高レベルなモンスターを倒せば当然それだけ多く稼げるわけだ。ヌテリアはそれを知ってトワフェンのところにノイフェたちを連れてきたのだ。


「あら、トワフェンなんてノイフェにはちょうどいい雑魚敵よ」


「モンスターには違いないが、もっと幻体に近いものはなかったのか?」

とラールスゥ。


「そんなの、冥府に行けば、いやというほど戦うことになるわよ。相手が何であれ、こちらが使う技には変わりがないわよ」

ヌテリアはトワフェンを選んだ理由を説明した。お金のことは言わなかった。


「これでいいよ」とノイフェ。

「モンスターを倒せばいいんでしょ?」

ノイフェは持っていた光の剣を鞘ごとラールスゥに渡した。


「それはそうだが」

ラールスゥはまだ何かを言いたげだった。


「行ってくるよ」


20体はいるトワフェンの群れにノイフェは突っ込んでいった。


その右手に無詠唱でノイフェは剣を発現させた。そして炎の心を持って炎の太刀の練習をするのだ。生物でも、無生物でも関係ない。生命力の隙をついて攻撃すれば、はるかに強い攻撃力で斬れるのだ。それが炎の太刀だ。



「いやぁああー」


ノイフェはトワフェン目掛けて跳躍し背中から一刀両断にした。


ザクー


トワフェンの群れの中を跳び回りながら次々とトワフェンを切り刻んでいく。


2匹、3匹、4匹


トワフェンの牙や尻尾が次々と襲い掛かる。


回避、回避カウンター


ザクー


また1匹


トワフェンの突進


横に回転して躱しながら真横に一刀両断。


6匹目


トワフェンを踏み台にして、沼地に足をつけないように飛び跳ねながら斬って回る。



「7、8、9、10」


着地を狙って左右のトワフェンが同時に襲いかかって来た。


ノイフェは低く身を屈めてトワフェンの攻撃をかわしながらグルっと回って両側のトワフェンの前足を斬る。前のめりになったトワフェンの首を斬る、斬る。


「12」


一旦距離を取ったノイフェは突進してくる3匹のトワフェンに正面から向かって行く。


トワフェンの突進があたる直前に飛び、横向きのプロペラのように剣と体を回転させて、3匹のトワフェンの首や胴体を一気に斬る。


「15」


その後は怯んだトワフェンの前に跳躍し、1匹ずつ斬っていった。



「16、17、18」


逃げ出そうとするトワフェン相手に、ノイフェは手を離れても魔法武器が維持されるのか試に武器を投げてみた。


ザクー


見事に刺さってトワフェンは動かなくなった。魔法武器は体から離れても使えるようだ。


「残り1」


最後のトワフェンを景気よく斬るとノイフェの戦いは終わった。ノイフェは魔法武器を消失させた。



「うむ。よくやったぞ。これで炎の修行は完了じゃ」

ラールスゥはノイフェに近づいて鞘に入った光の剣を返した。そこにはわずかに笑みがあったように思えた。


「うん」

ノイフェは鞘を受け取って身に着けた。


「これで修業は終わりね。ノイフェ、明日冥府に殴り込むわよ。今日はしっかりと休みなさい。それと今日倒したモンスターの報告は私がやっておくわ。ラールスゥもそれでいいわね」

これは討伐報酬をヌテリアがもらうことを意味している。


「もとより私が倒したモンスターではない。好きにするがいい」


「そう言う話が分かるところはいいわね」


ヌテリアは、明日の集合時間と場所を決めると、討伐の報告へと向かった。



「ありがとうラールスゥ」

ノイフェはお礼を言った。


「お礼を言うのはまだ早い。その礼は冥府で魔王を倒してから受け取ろう」



残ったノイフェとラールスゥは軽い挨拶をしてその日は別れた。


明日ノイフェはいよいよ冥府へと旅立つ!

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