第5話 変貌した世界

「はいはい。そろそろ夜が明けるんだから、静かにしなさい。私たちはお休みの時間よ。この時代、下手に人間と関わると厄介なんだから。まったく、平安の頃より不自由だわ」

 そんな馬鹿話をしている三人に、さっさと隠形して寝るよと玄武が注意する。そんな彼女はしっかりワイン一瓶、飲み干していた。

「不自由なのは確かに。気の乱れが大きいから影響を受けるし」

「そうだな。しかも人間が突然変異して妖怪の能力を獲得した、俺たちとは似て非なるモノだってのが面倒だぜ」

 朱雀はこんなもんかなと、夕方困らないようにと調整したランタンを、フロアの隅に置く。

 これはいわば人間除けだ。灯りがあると、人間は警戒して近づいて来ない。さすがに寝起きからケンカは避けたいということから、こうやってランタンを置くことにしているのだ。

「そのカテゴリーだと、私はどうなるのよ?」

 サラだって元は人間だったのだがと訴えると、お前はまた全然違うだろと一笑された。

「そうだけどさ」

 隠形しながら、それもどうよと思うサラだ。平安時代に飛ばされ、その影響で妖怪になたサラは、明らかに今の妖怪化と呼ばれる現象とは異なる。

「ううん。謎ばかりだわ」

 せっかく現代に戻って来ても、そこに広がっているのは自分のいない世界。そして、すぐに天変地異で大きく変わってしまった世界だった。

 まさかこんな展開になるとは、現代までめげずに生きてきたサラも思わなかった。昭和、平成、令和と、生きていた時代が近づくにつれて、妖怪のままでも、かつての生活と似たようなことが出来ると思っていた。

 それなのに、一瞬にして世界は知らないものへと変わってしまった。

 富士山の噴火。そこから相次ぐ天災の数々。特に各地で起こった地震は、人々の生活を大きく変えた。

 そして、何より大きく変わったのが、富士山や各地の霊場に封じられていた霊力が、噴火と地震の影響で噴き出してしまったことだ。これにより、影響を受けやすい人間、かつて陰陽師や呪術師として活躍していた人、もしくはその素質がある人の多くが、妖怪と似たような特殊能力を獲得したのだ。

 もちろん、妖怪化しなかった人たちもいる。しかし、そういう人たちでも、呪力が大幅に上がってしまい、普通に生活していくには不便なほどになってしまった。

 おかげで、世界は妖怪能力を獲得した人間と、呪術師と、一般の人たちがそれぞれの生活を守るために対立するようになってしまった。

「妖怪化、か」

 夕方。寝起きの頭をぽりぽりと掻きながら、難しい問題だなと改めて思ってしまった。しかも、単純に猫又になった自分とは違い、彼らは見た目は人間のままなのだ。これもまた、対立を生む要素だろう。

「見た感じ、晴明様は呪術師として残ったようだったけど」

「そりゃあそうだろ。あいつの力を持ってすれば、流れ込んでくる霊力をコントロールして、妖怪化を抑え込むことも可能だ」

「あら、おはよう」

 次に起きてきたのは青龍だった。というより、青龍はいつもサラの行動に目を光らせている。何かあったら、次の転生までちゃんと面倒見るという晴明との約束を違うことになるからだというが、単純に心配性なのだ。

「ったく、お前って猫のくせに早起きだよな」

「どういう理屈よ」

「別に」

 もうちょっと寝ていたかったと、青龍は大あくびする。やっぱりイケメンな顔を台無しにする男だ。

「十分寝たでしょ。それに私は元が人間だから、そんなに長く寝ないわよ」

「ふうん。千年経っても、まだ人間の感覚が残ってるんだ」

「ま、まあね」

 時々、それが無性に苦しくなることがあるけど。

 サラはぎゅっと拳を握り締めてしまう。するとすかさず、青龍が頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。

「大丈夫よ」

「嘘つけ」

「ううっ」

 サラは鬱陶しいと青龍の手を跳ね除けようとしたが――

「っつ」

 大きな妖気を感じて、瞬時にその場から駆け出していた。もちろん青龍もすぐに反応し、同じように屋上へと向かう。

「どこ?」

 闇夜に強い猫の目を駆使して、サラは妖気の元を探る。すると、百メートルほど先で、どんっと大きく妖気が吹き上がるのが見えた。

「あれって」

「鬼の気配だな。俺たちにとって懐かしい気配だが、妖怪化した人間のものだろう」

 青龍がすぐにその正体を言い当てる。

「うわあ、派手にぶつかったみたいね」

 と、そこに白虎が横に顕現し、呪術師と戦っているんだわと断言する。

「呪術師。晴明様かしら」

「ううん。どうだろう。ともかく、探る必要がありそうね」

「ったく、寝起き早々仕事か」

 どうするかと話し合っていたら、朱雀も起きてやって来た。あとは玄武だけだが、彼女はまだ二時間は起きてこないだろう。

「呪術師が負けるようなことがあっては困る。乱れた霊気を戻せるのは、こんな中でも呪術を正しく駆使している連中だ。必要があれば助太刀するぞ」

「おう」

「はい」

 朱雀はすでにやる気満々、サラも出来る限り戦おうと腕まくりする。

「じゃあ、私はお先に」

「あっ」

 そして白虎はすぐさま飛び出し、ビルとビルの間をぴょんぴょんと軽快に跳んで行ってしまう。

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