第4話 不思議な二人

「笑い事じゃないですよ。だったら、この猫を飛ばした術師はどうなるんですか? 他の名称で呼ばれているんですか?」

 それに対して晴明が、笑ってないで真面目に考えてくださいと苦言を呈す。

 ううむ、二人の関係も謎だ。

「ともかく、可憐な少女が猫又になってしまった。これだけでも大事だよ。晴明、この子の世話は君に一任するが、くれぐれも外に漏れないように頼むよ」

 保憲はサラの頭を撫でながら、外には出ないようにねと注意してくる。

「むにゃあ」

 こちらとしても、まだ混乱しているので外に出る気はない。というか、目に映るもの総てが不思議で困っている。

 服装や屋敷に関して、辛うじて高校の古文の知識があるだけ。実際に見て触れると、どれも現代とは違ってビックリしてしまう。特に、晴明たちが着ている狩衣の手触りが、意外といいことにビックリする。

(平安時代とはいえ、色々としっかりしたものがあるんだなあ)

 サラは晴明の着物の裾を、猫の手でちょいちょいと弄ってしまう。

「一見するとただの猫ですから、まあ、大丈夫でしょう。尻尾が二本あることは、何とか誤魔化せます。それに、俺としても、これ以上妙な噂が増えるのは御免被りたいですからね。まったく、殿上人てんじょうびとの噂好きには困ります」

 晴明はやれやれと溜め息を吐く。

 おやおや、美少年。何か悩みを抱えているようだ。とはいえ、いきなり人間から猫になった奴よりも困る悩みはないだろう。サラはじっと晴明を見る。

簀子縁すのこえんでぼんやりしていたら、いつの間にかいたんですよね、この猫」

 しかし、視線だけで思っていることは伝わらないようで、晴明はさらにぼやいている。

 ううむ、こっちだって目覚めたらいきなり平安時代だったのだ。

「むにゃあ」

 素粒子の実験機械、タイムマシンと呼ばれているものを観に行っただけ。そこで、ちょっとしたトラブルがあったのだ。機械が動かず、どうしたのかと思っていたら、突然の爆発。そして、目が覚めたらここだった。

「にゃあ」

 ようやく冷静に考えられるようになったが、考えれば考えるほど意味不明だし、暗澹たる気持ちになる。果たして元の時代に戻ることは出来るのだろうか。いや、それ以前に人間に戻れるのだろうか。

「おやおや。サラちゃんも困惑してしまったようだね。晴明、君はこれからしっかりしないと」

「無茶苦茶言わないでください。まったく、あの程度のことも出来ないのに陰陽師を名乗っているなんて、恥ずかしくないんでしょうか」

 晴明は愚痴を零している。サラは何が何だか解らないものの、この少年にちょっとだけ親近感を覚えた。だから、すりっとその腕に身体を撫で付け、ひょいっと膝の上に載った。

 うむ、猫ならではの行動。あっさり順応している自分に驚くが、膝の上は心地いい。

「おや、落ち込んでいるのかと思ったけど、意外と神経が図太いようだ」

 そんなサラの行動を、保憲はくすくすと笑って見守っている。それに晴明はちょっとと文句を言いつつ、サラの身体を撫でているのだから、猫が好きなようだ。

「君の能力は突出しているんだ。他の人に同じを求めてはいけないよ」

 保憲は愚痴に関しては聞いているよと、朗らかに笑いながら注意する。

「面倒臭い」

「それは同意する。しかし、我々は新参者だということを、ちゃんと理解しておかないとね。既存のやり方とは少し違う。それもまた、やっかみの理由だよ」

「ちっ」

 晴明、思い切り舌打ちをしている。

 会話の内容は全く理解出来ないものの、どうやら晴明少年は浮く存在であるらしい。そして、それは保憲も同じであるらしい。

「むにゃあ」

 この二人を頼っていて、本当に大丈夫なのだろうか。ちょっぴり不安になるサラだった。




「今では陰陽道の大家って呼ばれている、賀茂保憲様にしても、晴明様にしても、私が出会った当時は全然だったのよねえ」

 あの頃は何を言っているんだと解らなかったサラだが、さすがに今は理解している。彼らはあの時、陰陽寮の勢力図を塗り替えようとしていたのだ。それゆえ、色々なトラブルや嫉妬、陰湿なイジメがあったという。

「だな。賀茂ってのは、もともとそういう方面の家だったらしいけど、それまではさっぱりだったんだろ。まあ、大和とは対立する勢力だった影響だけどさ」

 朱雀がランタンの明かりを調整しながら、あいつら面白かったよなあと笑っている。朱雀が保憲やその息子の光栄と出会ったのは、サラの出会いから三十年も後だから、印象は大きく違うはずだ。なのに、面白い人だったというのは合致している。

「何度聞いてもさっぱり解らないけど、そうらしいわ」

 サラはその事情は理解していないと手を振ると

「おいおい、駄目だろ。お前、千年もの間、何も学習しなかったのか」

 青龍から駄目出しされてしまった。

「だって、難しいんだもん。アレでしょ。記紀神話。それは覚えたわよ。国生みの頃から続く因縁の対決だってのも解ってるわ。でも、登場人物の名前が複雑すぎて、覚えられないのよ」

「まあ、複雑だけどさ。せめて関係しているところくらい覚えろよ」

「じゃあ、青龍は間違えずに言えるの? 賀茂家の祖先の名前」

「うっ」

 サラの反撃に、青龍の目が泳いでいる。なんだかんだ言って、こいつも覚えていない仲間であることを、サラはちゃんと知っていた。

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