第3話 出会い

「そうか。俺たちって出会ってもう千年も経つのか」

 それに驚いた声を上げるのは朱雀だ。

「そうよ。無礼千万だったこの男が、今や頼りになるお兄ちゃん風になるなんてねえ」

 すかさずサラがからかうと

「だな。っていうか、晴明と出会った順で考えると、サラが一番お姉さんにならなきゃだぜ。なのにいつも妹ポジションってどうよ」

 青龍が余計なことを言って混ぜっ返してくれる。

「煩いわね。妖怪になった順で言えば私が一番年下でしょ。たまたま時代を飛ばされて落ちた場所が晴明の横だったの」

 サラはむすっとして、久々にその時のことを思い返す。



「ん」

 目覚めた時、沙羅はどこにいるのか解らなかった。ただ、温かな日差しが気持ちよく、大きな欠伸が出た。

「おっ、目が覚めたか」

「ニャ」

 えっ、と言ったはずだった。しかし、口から飛び出したのは猫の鳴き声だった。沙羅はビックリして飛び起き、自分が小さな黒猫になってしまっていることを知る。

(ええっ!? なにこれ。夢? 夢だよね?)

 混乱してぐるぐると回っていると、先ほど声を掛けて来た少年が、ひょいっと沙羅を掴んだ。

「にゃにゃっ」

 止めろと言おうとしても、猫の声しか出ない。やがて、持ち上げた少年と目が合った。

「にゃあ」

 ビックリした。その少年が烏帽子えぼし水干すいかんという平安時代の格好だったこともだが、それ以上に、整いすぎた綺麗な顔に。

 まるでお人形のようだった。生きている人間でこんなに綺麗な顔の人がいるのか。やっぱり夢じゃないか。そう思ってじっと見つめてしまう。

「視線を逸らさない、か。お前、やっぱり普通の猫じゃないな。気配が違うことは解っていたが、これは凄い。お師匠様の使い魔かとも思ったんだが、それとも違う」

 少年、当時十五才の安倍晴明が、沙羅を持ち上げてふうむと目を細めた。その目に、沙羅はビクッとして尻尾を丸める。何だかおっかない。

「ああ、怖がらせるつもりはなかったんだ。俺のものにしても、問題ないってことだよな。猫又」

「むにゃ?」

 猫又。どっかで聞いたことがあるなあ。沙羅は首を傾げる。

「お前、妖怪のくせに自分の種族が解らないのか」

 その反応が意外だとばかりに晴明が訊いてくる。それに沙羅は

「にゃ、にゃにゃ、にゃああん」

 と頑張って訴えてみた。

 ちなみに言いたかったのは「人間だったの」である。

「ほう。人が変じたものだというのか」

 そしてビックリなことに、晴明に通じた。それに沙羅はどれだけ救われたと思っただろう。そこから必死に、現状を訴えていた。にゃあとしか言えない不便さと、どう表現すれば相手に伝わるのかが解らずに苦戦したが、晴明は根気よく耳を傾けてくれた。

「ふうむ。半分くらいしか理解出来なかったが、お前は未来から来たってことか」

「にゃ」

 晴明の言葉に、その通りと頷いた。すると、晴明はとんでもない妖怪を拾ったものだと笑った。

 とんでもないと言いつつ、楽しんでいる。神経図太いなと、沙羅は呆れてしまった。

「じゃあ、サラ。今日からお前は俺の使い魔だ。そうすれば、人間に戻る方法や元の時代に戻る方法を一緒に探してやるぞ」

 しかも、すぐにそんなことを持ち掛けて来たのだ。沙羅は――この瞬間からはサラだ――呆れつつもその取り引きに応じた。

(そう簡単に話が通じる人なんていないだろうし、ここはこの美少年に賭けるしかないな)

 そう思ったからだ。

 これがまさか長い旅路のスタート地点になるだなんて、もちろん知るはずがない。それどころか、この取り引きをした段階では、この少年の正体を知らなかった。相手が陰陽師だから動じなかった、話が通じたと知るのは、半日後のことである。

「晴明、こんなところにいたのか」

「おや、お師匠様、お戻りでしたか」

 晴明が応じた相手に目を向けると、こちらは烏帽子に直衣のうし姿の青年だった。柔和な印象を受けるその青年は、賀茂保憲かものやすのりであることを後から知る。

「おや、面白いものを持っているね」

 保憲は晴明の手にある黒猫を見つけ、おやおやと楽しそうに笑った。

 こうしてサラは、陰陽師たちに保護されることになったのだった。




  魚がたっぷり入った混ぜご飯を食べさせて貰って、それから鏡を見せて貰って、サラはようやく自分が猫になり、平安時代に飛ばされたのだと理解した。

 ここは大学じゃない。自分はもう人間じゃない。

 それだけでも大きなショックだが、千年以上も昔の世界にいるという。もう、総てが現実離れしていて、どうリアクションを取っていいのか解らない。

「むにゃあ」

 耳と尻尾を垂れて困惑するサラに

「俺たちも初めての事例だ。すぐにどうにかしてあげることは出来ないよ。でも、真っ先に俺たちと出会えたのは、君にとって良かったことだと思う。なんせ陰陽師だからね」

 と、保憲が朗らかに言って頭を撫でてきた。

「にゃ」

 陰陽師ってなんだっけ。サラは困惑しつつ二人を見比べる。最初に出会った晴明はびっくりするほど綺麗な美少年。横にいる保憲も、違うタイプだがイケメン。ううん、アイドルか?

 平安時代のアイドルグループ、陰陽師。あり得そうで怖い。センターはどっちだろう。っていうか、他にメンバーはいるのか。

「君の時代では有名な職業ではないのかな。ううむ、陰陽師の未来が不安になるねえ」

 サラが馬鹿なことを考えているのが解ったのか、保憲はくすくすと閉じた扇で口元を押えながら笑う。

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