第3話

私の家からは海も近かった。

近かったと言っても、自転車で30分以上行かないと波の音はきこえないけど。

お母さんのお母さん、私のおばあちゃんの家からは波の音も聞こえるくらい海から近かった。

おじいちゃんは、いつも怒ってる顔してるし、黙ってタバコをずっと吸ってた。青と白のハイライトっていうタバコだったなと思い出す。おじいちゃんは、若い時海軍で船に乗っていたの。白いかっこいい服を着て、帽子を被った白黒の写真があったけど、津波で流されちゃった。私が知ってるおじいちゃんは、

電気屋さんを自分でしてた、暇な時は海に釣りに行って、魚を取ってきて、庭の井戸で魚を捌いてた。

夜は必ずお酒を飲むからそのお魚をつまみにしてた。

おばあちゃんは優しかった。でも、お行儀にはうるさくて、ご飯の時は静かに食べた。

お手玉でよく遊んでくれて、私の家に泊まりに来る時はいつも、珍しいケーキやお菓子を買ってきてくれる。

そして、1番嬉しかったのは夜寝る時に昔話をしてくれる事だった。

おばあちゃんは、いつも緑ぽい紺色のお着物を着ていて、どんな時でもきちっとしていた。

髪もきちっと結っていた。

おばあちゃんは、昔着物を縫う仕事をしていたと教えてもらった。

私は素敵な仕事だなといつも、思っていた。

おばあちゃんの家にいる時は、海には1日に2回くらい行ってた。

お母さんが言うには、午後は波が荒くて持っていかれるから、午前中まで泳ぐよといつも言われてた。

水着に着替えて浮き輪を腰に付けて、ピーチサンダルで海まで5分とかからない。海に向かう急な坂道が子供でもはぁはぁ疲れるのを今でも思い出す。

短い松林をくぐり抜け、松ぼっくりを蹴飛ばして、薄グレー色の砂浜はビーチサンダルでは暑くて暑くて、飛び跳ねながら、波打ち際の濡れた濃い灰色のぬかるんだ砂に急いだ。

波打ち際には、流木や小さな小枝。くるみや海藻。

お目当ての、穴あき貝殻はなかなか見つからなかった。

シートをお母さんが、敷いてビーチサンダルをそこに脱いだ。

弟は小さいから、お母さんと手を繋いで、私は波が来そうな所で波を待った。

小さい波が、さわさわさわと右から左から来たと思ったら、突然後ろからザブーンと波が来て、足から身体ごと持っていかれた。

顔を波から出そうとしたけど、ブクブクブクっと波に巻かれて、波が引いた時には、頭から砂だらけで、砂の上に座っていた。

何故か、波に巻かれた時目も開いてたから、目が痛くてなかなか周りが見えなかった。

でも、波に巻かれた時声がしたんだ。

たしかに、一緒にぐるぐる回って波と一緒に居なくなった何かが。

しばらく砂に弟とトンネルを作ったり、お団子を作ったりして遊んで、お昼におばあちゃんが作ってくれた海苔のついた塩おにぎりと黄色いたくあんを食べて。

ポットに入れてくれた麦茶を飲んでから、また熱い白の砂の上を濡れて砂がついた水着に浮き輪を腰に持って、ピョンピョン跳ねて松林を通って、坂道を下りおばあちゃんちに帰った。おばあちゃんの家の井戸で水着のまま一度砂を流すタライにおばあちゃんが水を汲んでてくれるから、その水はあったかいけど、足りないから、井戸の蛇口に緑色の短いホースを付けてあって、その水で砂を流すんだけど、井戸水ってとっても冷たいんだ。

きゃあきゃあいって身体を流したけど、昔お母さんが小さい時は、この井戸で冬でも頭を洗っていたんだって。お母さんの髪は太ももまで長くて、洗うのに時間もかかって大変だったって言ってたけど、どうしてそんなに髪を伸ばしていたのか私は不思議でしょうがなかった。

私はショートカットが好きだったから。

砂を流した後お風呂に入ってで身体を温めた。

おばあちゃんは、スイカを切って待っていてくれた。

スイカを食べながら、テレビを見ていると。ウーウーっと海の溺れた時になるサイレンが鳴った。もう、午後の2時過ぎだった。

夕方のニュースで溺れて亡くなったと言っていた。

遠浅が続いている午前中の海の波にくらべ、午後の海は浅いと思った、次の瞬間足がつかない深ーい所が、海の神様によって現れる。

私は、夕方おばあちゃんと砂浜を散歩によく行った。

その時は、白い砂はもう冷たく海も深い深緑色に変わっている。

泳いでいる時の、白と透明の海の色ではなく、その姿は、ドロドロのまるで生き物の様な感じがしてならなかった。

波に呑まれた時の声の主が、人をさらったのだと思って怖くなった。

私は「おばあちゃん。」っと言いながら手を繋いだ。

波がひいたちょっと濃い灰色の固い平らな砂の上を足跡をつけながら、おばあちゃんと貝殻を探しながら歩いた。

今は、津波で何も本当に何もなくなった。



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