第2話 ループ

次の日の朝、予定通りに、私と明子は微かに震える手を繋ぎ合い、不安な気持ちに精一杯耐えながら一緒に登校した。


校門を抜けると、そこはいつもと変わらない学校の風景だった。

教室のドアをゆっくりと開け、私達は少しホッとして、いつも通りに自分達の席に着いた。

クラスメートの反応も予想していた程度の反応で、先生も変わらぬ私達の様子を見て安心しているようだった。


「お前達、昨日は無断欠席だったな、川西、お前が吉崎くんをたぶらかしてるんじゃなかろうなぁ〜」

先生は豪快に冗談混じりに言って笑った。


クラスメートの数人もつられて笑っていた。


しかし、嫌でも、ポツンと一つの空席が目立った.......彼女の席だ......


「あれれ…黒木くんは"また"休みかい?無断欠席は困るな〜」

先生がぼやいた。


黒木玲子は欠席.....


当然のことだった........彼女はもうここには戻って来られないのだから………確実に.....


ただ、頭の中ではいくつもの不安がよぎった..........

いつ死体が見つかってもおかしくない....もしかしたら犬が見つけてしまうかも…もしかしたら、もしかしたら……

嫌でも悪い妄想が頭いっぱいに広がる。


「ちょっと黒木くんの家に電話してくるから、お前達あまり騒ぐなよ〜」

先生は騒ぐ生徒達に釘を刺すと、教室を後にした。


明子の斜め前の席の中村さんが振り返り、クスクスと笑いながら私達を見て言った。


「ちょっと明子〜なになに〜二人でズル休みして何してたの〜?」


周りの女子生徒数人からも笑い声が漏れた。


その時、廊下からバタバタと駆ける足音が聞こえてきて、同時に教室を出たばかりの先生の声が聞こえてきた。


「お〜何だ!来た来た!来ないかと思って先生、心配してたんだぞ〜」


先生の大きな声に混じって微かに聞こえてきた声は…


「すみません、寝坊してしまって、もう授業始まっちゃいましたか…?」


聞き覚えのある声…まさかそんな事が…


ガラガラガラ…と教室の扉が開き、先生の後ろについて歩いて入ってきたのは…

間違えようも無い彼女…


 ""黒木 玲子"" そう...彼女、その人だった。


キャーーーーと耳をつんざくような大きな悲鳴が教室中に鳴り響いた…

咄嗟に振り向くと、明子が両手で頭を抱えて目を見開き、席から立ち上がったままの状態でワナワナと震えていた。


振り返って彼女の方を見ると、私を屋上から突き落とそうとしたあの日と同じ濁った眼で、明子と私の方をジッと見つめていた。


その時、彼女が私を見ながら口を動かした。


「"た だ い ま"」


口の動きだけで、全くの無音だったが、何を言っているのか、私にはハッキリと分かった。


私は背筋が凍りつきそうな凄まじい恐怖に震えていたが、思わず叫んだ。

「なんで……ど…っどうして……?」


明子はというと、呆然としたまま、何か言おうとしているようだが、声にならない。


死んだはず…明子が殺したハズの彼女は、今、たった今…私と明子の目の前に現れた。


私にとっては身に覚えのある光景…彼女は死んで、そして再び生き返る…

なぜだかは分からない…でも、それが事実......だって、実際に私は一度経験しているのだから……


「嘘よ…嘘嘘嘘!!!っっ!!」


明子は、再び叫び声をあげると半狂乱のような状態になり、髪を振り乱し、突然、教室を飛び出していった。

教室は突然のことに静まり返り、先生とクラスメイト達は訳も分からず、ただ茫然とし、呆気にとられていた。

その中で彼女一人だけは、私の方を見て普段と変わらぬ笑みで微笑んでいた。


私が明子を追おうと席をスッと立ち、明子を追うため駆け出したが、私に向かい小声で彼女が囁くように言った。


「ウフフ…""おかえり""って言ってくれないの?」


私はそのまま無言で、そのまま彼女の横を通り過ぎようとしたが、その時、僅かに私の肩が彼女の肩に触れた。

確かな感触があった…彼女は幽霊なんかじゃない、やはり、本当に…本当に生きている…この世に間違いなく存在しているのだ。

嫌な感触だった.....確認したくもない実感が肌を伝って、私の脳に染み付いてしまったかのようだった。


私は、今は何も考えないことにして、明子を追って階段を一気に駆け降りた。

下駄箱の近くに座り込んで動けなくなっている明子を見つけ、私はそっと声をかけた。


「まさか…っこんな事になるなんて。」

明子は座り込んだまま、全身を震わせて固まっている。


私は、そんな明子の背中を優しく撫でた。


「………まさか本当に、彼女が生き返るなんて…わ…私…どうしたら…どうしたら」

明子は、うわ言のように"どうしたら”を繰り返していた。


あの時の私と同じだった......明子は罪悪感に押しつぶされそうになっている。

彼女が生き返った事実がどうしても信じられず.....あれは夢だったのでは?などという突拍子も無い考えが頭をグルグルと回っているのだろう


「まさか本当に二度も…」

私も思わずその場で呟いた......私も明子と同じだった.........


私達はお互いの震える手を握りしめ、お互いの身体を支え合いながら、ゆっくりとその場から歩き出した。

とにかく今は一刻も早くこの場、彼女のいる学校から遠ざかりたかった。


私達は話し合って、まず一番気になっていた場所.....彼女を埋めた場所へと向かった。

結論から言うと、彼女の遺体はなかった......

私達が埋めた痕跡はしっかりと残っていたにも関わらず....

やはり夢などでは無かった......だが、彼女の遺体は無い.....


しかし、”新たな事実”も見つけた


偶然だったが、私達は死体を埋めた場所の近くの土の中に埋もれていた大きなシャベルを見つけたのだ。

それは、私たちが使ったものとは明らかに違う大きなシャベル、女性が扱うには重すぎるものだった。


彼女が殺され、ここに埋められたことを知っていた人物........いったい誰?


""彼女には、きっと何か大きな秘密がある""

お互い確信は無かったが、私と明子は同じことを考えていた。


---------

「ねぇ、もう止められないわよ…私を何度も殺しておいて…」

今 私達がいる明子の家からさほど遠くない場所にある家の中.........その鉄の壁に四方を囲まれた地下室の中、湿った冷たい空気がひんやりとまとわりつく暗い陰気な場所で、黒い髪の女が苛立ったように口を開いた。


声をかけられた男は、イライラと落ち着きのない彼女を手で制止しながら宥めるように言った。


「君こそ、私の研究をなんだと思っているんだ。もっと身体を大事にしてくれないと.......それが君のためにもなるんだよ。もう、これ以上無理したら身体が持たないぞ....少しは我慢してくれ。これ以上、私も資金を集められないんだ....なぁ分かるだろう?玲子」


暗く窓の無い密室の部屋の中で、二人の声が鉄の壁に反響する....一人の声は、そう....あの”黒木 玲子”だった....。

部屋の四方には、ガラスでできた大きな筒のような物が何本も立てられている....その中には緑色の液体が満たされており、ブクブクと不気味な泡のようなものが幾つも筒の中を動きまわっている。


「もうあの子は始末してもいいでしょ?ねぇお願い....それが終わったら貴方の研究の続きを始めましょう。もうじき貴方の名前が世界に轟くわよ」


「あぁ、しょうがないな......分かったよ」


渋々男が返答すると、鉄の床にカツン、カツンと高いヒールの音を反響させながら女が部屋を出て行った。


男は慣れた手つきでタバコに火をつけると、少しして煙を吐き出しながら、大きなため息を漏らした。


「残念だ....やはり彼女は美しくも失敗作だな....このまま副作用が暴走し続ければ…彼女は間違いなく壊れる......このままでは資金も私の"研究"も続かない…そろそろ”新しい身体"を用意しないとだな.....」


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ふと私は眠りから目覚めた.....気が付くと、ここは明子の部屋だった.........なんだかひどく悪い夢を見ていた気がする


あの後、家に電話をかけて、母に明子の家に泊まると連絡した。

一ヶ月前に父を亡くし辛い時期だから母を一人にするのは気が引けたけれど、今この状況で明子と離れたくなかったからだ。

それは明子も同じ気持ちの様だった


疲れで重たく感じる身体をベッドから起こして、窓の外を見ると、外は綺麗な夕焼けだった。

うっかり夕方まで寝てしまったようだった。

その時、部屋の外からパタパタと明子らしき足音が聞こえてきた。


明子は部屋に入ってくると、ゆっくりと私の座っていたベッドの隣に腰掛けた。


泣き腫らしたらしい瞼を強く擦りながら、明子は私から視線を少し外しながら言った。


「泣き疲れたからスヤスヤ寝ちゃったみたい、私もさっきまでぐっすり…明日から…どうしよう……」


明日学校へ登校すれば、必ず彼女と顔を合わせる事になる....もし彼女がまた話しかけて来たら…


「行…きたくない……」

不安がそのまま声になったように私が明子に返す声は掠れた。


「私も…同じ.....でも、その次は…?ずっと…ずっとは休み続けられないよね………」

明子は不安そうに私の言葉に答えた。


私は直ぐに答えることができなかった........泣き腫らした瞼がズキズキと痛んだ。


ピーンポーン.......その時、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。


まさか........


私と明子は手を繋ぎながら、恐る恐るゆっくりと玄関へと近づき、一呼吸してから、思い切って玄関の扉を開けた。


私達の目の前に立っていたのは意外な人物だった......学生服を着た男性......そう、それは"ーー鮫島 正輝ーー"だった


明子が私の手を離れて彼の元へと駆け寄る。


「正輝…っ…どうしたの?」


鮫島先輩はバックからプリントを取り出して明子に手渡しながら言った。


「心配したよ....今日学校でお前の様子が"変"だったって聞いて…学校のプリント届けに来た、俺が来たら迷惑かな…?」


「うぅん、ありがと。嬉しいよ、最近いろいろあって疲れちゃっただけだよ、明日からはちゃんと学校行くね」

明子は顔を左右に振って、そう言うと、嬉しそうに微笑み、彼からプリントを受け取った。


明子の言葉に少しホッとしたのか、彼も少しはにかんだ笑顔を見せた。


私は横から、久しぶりに穏やかな気持ちで 二人の微笑ましい姿を見ていたが、それも束の間のことだった

私は、先ほどの彼の言葉に何か少し違和感を感じていたのだが、今フツフツと頭の中に小さな疑問が湧いてきたのだった


なぜクラスメイトでは無く、学年を離れた先輩が私のクラスのプリントを届けに来たのか.....

また、さっき”私達の様子が変だった”からと言っていたが、いったい誰から聞いたのか..........

噂で聞きつけた先輩が、私達のクラスに寄って、誰かから頼まれたと思えなくもないが......


嫌な予感がした.....


その時先輩が口を開いた。

「なぁ、そろそろ隠れてないで、君も出てきたらどうだ? 一番心配してたのは 君だろう?」


すると物陰から、誰かが急に立ち上がった........黒くて長い髪が風に吹かれてフワッと揺れた........

髪から甘い匂いが漂う......やがて先輩の後ろから顔を覗かせたのは、やはり彼女..........


"黒木玲子"だった


明子は真っ蒼な顔になり、手にしていたプリントの束が、手からスルッと抜け落ち、地面に散らばった。


「"正輝君"と私、とっても心配していたのよ、だって私と"明子"は"親友"だものね!だからプリント届けに来たの。でも明子のお家の場所忘れちゃって私ドジだから…正輝君に道教えて貰ったの........」


彼女の取り繕ったような、まるで悪魔のような微笑みに私達は無言で凍り付いた。

蝉が騒がしく鳴く、残暑が厳しい真夏の夕方でありながら、明子は身体をガタガタと震わせていた


「正輝くんって優しいわ、本当に……明子にはもったいないくらいね、ねーそう思わない?"真紀"。」


彼女は、いつの間にか先輩の腕に腕を絡ませ、冷ややかな目で私を見つめ、口元を歪ませながら言った。


先輩は迷惑そうに黒木玲子の絡んだ腕をサッと払うと、明子の足元のプリントを拾い始めた。

そしてプリントを拾い集めた後、明子に近付くと、明子の頭をポンと叩き、プリントを手渡しながら明るく声を掛けた。


「学校来いよ。何かあれば俺を頼れ、な?……じゃあ明日な」


その先輩の一連の行為を、彼女は苦々しげに凄い形相で見つめていたが、先輩が立ち去ろうとした際に、彼女は、また無理矢理に先輩の腕にすがりついた.......異様な光景だった.....


先輩が強引に振り払おうと腕を払っても、グッと力強く握った彼女の手は振り払えなかった。


「…黒木さん、悪いけど…離してもらえないかな」


迷惑そうな先輩の言葉に、さすがに彼女も腕の力を緩め、先輩からいったん離れたが、ギョロリと異様に目を見開いたかと思うと、今度は私達が思いもしなかったことを言い出した。


「正輝くんのこと離したくないの…好きだから…」


彼女は、いきなり先輩に告白....したのだった..........


普段の彼女が頬を赤く染めて告白したのであれば、学校一の美少女が学校一人気の先輩に告白している画になる素敵な構図だったのだろうが、髪を振り乱し、異様に血走った目を見開いている今の彼女の姿は、美少女どころか異常者そのものだった。


「ごめん....俺...彼女いるから」


先輩は冷静に対応したが、額からは玉のような汗が流れ落ちていた.....真夏の暑さのせいだけでは無さそうだった.....さすがに先輩も気づいているのだ....彼女の異様さに。


「ねぇ、ねぇ...ちゃんと私を見て、私の方が明子なんかよりずっと綺麗でしょ……?正輝くんの事を幸せにできるのは私だけ、だから!っ!!!.............」


彼女は再度、先輩の腕にしがみつくと、ブツブツと独り言を言いながら、私達の方を見ながら口元を歪ませ笑っていた。


彼女の常軌を逸した行動、異様な姿に私達は怯えるばかりで、身体の震えが止まらなかった。


先輩は再度、自分の腕にしがみつく、もはや人とは思えぬ異様なモノの手を強く振り払った.......


彼女は地面に倒れた.......ミンミンと鳴く蝉の声、夕暮れ時から、今 夜の闇が落ちようとしていた。


しばらくして、再び彼女が顔を上げると、驚いたことに、その顔はいつもの冷たい表情の彼女に戻っていた。


「……私、少しどうかしてたわ......きっとこの猛暑のせいよ。正輝くんごめんね、来週学校でお話しましょう、ね?」


彼女は、先程とはうって変わったか細い声で先輩に告げると、フラフラと体を揺らしながら暗い夜道の中に溶けるように消えて行った。

その後ろ姿を、私達は黙って見送ることしかできなかった。


私達はその後 明子の家で、先輩に今までの事を全て明かした。先輩は、死んだ人間が生き返るという突拍子も無い私達の話を真剣に聞いてくれた。

そして最後には、この異様な出来事の真相を一緒に調べようと言ってくれたのだった。心細かった私達に力強い味方が一人できた............

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