第15話 インク壺と水飴
翌日は朝早くに朝食を食べ、海畑へ向かった。
「おはようございます」
総士郎はリナに挨拶する。
「おはよう。眠そうね」
「ササリアと話をしていたら寝るのが遅くなってな」
答えるとリナに睨まれる。
「変なことしてたんじゃないでしょうね?」
・・・
「変なことってどんなことだよ?」
「なっ?そ、それは変なことよ!」
リナは顔を真っ赤にする。
返されて照れるなら最初から聞かなきゃいいのに。
「おほん!今日はカニが2匹ね。倒した後に真ん中から真っ二つしてちょうだい」
「倒した後に?生きたまま真っ二つするのはダメなのか?」
「本当はそれでもいいんだけど、カニや水竜を狩ると出る討伐報奨金で生活している人達がいるわ。その人達にあなたが恨まれるわよ」
「あー、なるほど」
「そのうちなんとかするわ。あなたがずっと続けてくれればだけど」
リナはいろいろと考えてくれているらしい。
カニを2匹、真っ二つにして仕事を終える。まだ、午前10時頃だろうか。
リナから銀貨12枚を受け取る。時給で考えると破格の報酬なのだろう。
しかし、カニを硬い甲羅ごと真っ二つにするのが5人分くらいの仕事に相当して、それを2回と考えればそこそこ釣り合う気もする。
それに戦闘に参加すればそれ以上の働きになるはずだ。
まぁ、リナも認めた報酬だ。取り過ぎと言うことはないだろう。
そんなことを考えながら城壁の外周沿いに出ている市へと向かう。
前に来たときには貝を売ってケバブを買っただけで売られている商品の種類や値段のチェックはしていなかった。
買い物をするだけでなく気候、農法、文化、物価などを知るためにもよく観察する必要がありそうだ。
まず、小麦。籾殻のままのもの、脱穀済みのもの、ひいて小麦粉になっているものが売られている。また、それぞれに「白小麦」、「棍棒小麦」、「二つ小麦」の品種があるようだった。
小麦以外の穀物だとライ麦、大麦、ソバがある。
あとは小さめのジャガイモも売られていた。
ジャガイモは中世ヨーロッパにはないはずの、食料チート向きの野菜だが存在している。
そして、米とトウモロコシは見当たらない。
豆類は赤、濃い茶色、薄い茶色、白、白に斑点など様々な種類があるようだ。
大豆と小豆があるのはわかったが、それ以外のものは品種まではわからなかった。
野菜はキャベツ、きゅうり、トマト、アスパラガス、サヤエンドウ、玉ねぎ、ニンジン、すごく太い長ネギなどけっこう種類がある。
トマトも中世ヨーロッパには存在せず、大航海時代以降に入って来た野菜のはずだが存在した。
葉野菜はキャベツ以外にも、チンゲン菜に似た種類がいくつかとほうれん草に似た種類のものがいくつかあった。
あとは、ハーブの類が干したものと生のもの。それに乾燥させた唐辛子と生のにんにくも売られていた。コショウは置かれていない。
果物類はほぼ見当たらない。干したブドウが売られているだけのようだ。
その他にも芋類、キノコ類、干した海藻なども売られていた。
「けっこう種類が豊富だな」
食用の植物は中世ヨーロッパにはなかったものも一部だが存在するようだ。
甘味は少ないが、それ以外は思っていたよりも種類がある。
しかし、暖かい地域のものは少ない。
次に肉や魚類。
新鮮なものはついさっき海畑で取れたもの。
大小様々な魚、貝、カニ、エビ、ウニなど。
総士郎が真っ二つにしたカニはまだ解体中で卸されてはいないようだ。
少し日持ちがするものなら弱めの塩漬けや燻製、干物。
これは魚や貝の他にクジラ、海竜がある。
もっと日持ちがするものはカラカラになるまで干したもの。
主にクジラと海竜の干し肉のようなものが並んでいた。
あと、玉子と鶏肉が売られている。
玉子が1つ銅貨1。
鶏肉、と言うか逆さに吊るされた鶏が銀貨1で売られていた。
昨日のササリアとの話には出てこなかったが養鶏はそこそこの規模で行われているようだ。
そして、やはり牛と豚は高級品なようで市では見かけなかった。
調味料の類。
塩が一番安価で一掴み銅貨1。
砂糖の類はやはり見られない。
油は手のひらの長さ程の直径の丸い小さな壺に入れられて売られている。クジラが銅貨10、に対して大豆と書かれた壺は銀貨1、オリーブと書かれた壺も銀貨1と書かれていた。
昨日、食べたフライドポテトはこの内の安い方、クジラの油で揚げられていたようだ。
あとは酢。そして、マヨネーズとケチャップ、これらも壺に入れられて置かれていた。
異世界、と言えばマヨネーズ金策であるが、すでにマヨネーズは広く一般に存在していて、不可能なようであった。
もしかして、いずれかの勇者がすでに金策に使ってそこから広まったのかもしれない。それとも目つきの悪いマヨラー勇者とかがいたのだろうか?
醤油や味噌、
「を、蜂蜜がある」
同じ並びに木の札に「蜂蜜、銀貨4」と書かれている壺があった。しかし、壺は油のものより小さく人差し指の長さ程の直径の小さな丸い壺だった。
「めちゃくちゃ高いな」
思わず声が出てしまう程に甘味は高価なようだった。
次に、欲しかった紙とペン、インクを見つける。
紙は羊皮紙で、昨日、ササリアが使ったのと同じA5サイズのものが5枚で銀貨1。その倍のA4サイズのものは2枚で銀貨1だった。
元が動物の皮なので大きいサイズは作りにくく値段が高くなるようだ。
ペンは羽ペンで1本銅貨5。
インクは蜂蜜よりもさらに小さな壺に入って銀貨2だった。
購入することにして、店のおっさんと値段交渉を行う。
「これ(A5サイズの羊皮紙)10枚と羽ペン4本とインクで銀貨4枚にならない?」
「羽根ペンは2本だな」
「3本でお願い」
「ちっ、しゃーねーなー」
「おおっ、ありがとう」
羽ペンを3本オマケしてもらった形で紙とインクを購入する。
インクをリュックサックに入れようとしたところで
「インクは倒すと漏れるぞ」
と、店のおっさんが注意してくれた。
一応、蓋が付いてはいるが高い密閉性を持ってはいないらしい。
「ああ、そうか。ありがとう」
店のおっさんに答え、インクは手に持って運ぶことにする。
「こういう買い物もやっぱり楽しいな」
値切りの成果と店主とのコミュニケーションに満足して店から離れた。
小型の刃物。包丁、ナイフなどを置いている店を見つける。
羽根ペンを使うにはナイフが必要なはずだ。
小さなナイフを購入した。
他にも、なにかないかと市をまわる。
立てられた箸のような棒の先に透明な何かがくっついたものが並んでいる店があった。
「水飴か?」
水飴は大麦などの麦芽糖から作れ、比較的容易、安価に作れる。中世ヨーロッパでも製法さえわかれば技術的には作れるはずだ。
1本銅貨2。
棒の先に付いた水飴がパン一つと同じ値段なのは高いのかもしれないが、蜂蜜と比べれば格段に安く思えた。
「一本ください」
銅貨2枚を渡し、水飴を購入した。
柔らかい甘さというか、それほど甘くないというか、な水飴を舐めながら市の調査を続けた。
最後に日用品を見ていく。
食器類。
木から削り出したものと白っぽい素焼きのものがあるようだ。
焼き物は高い温度で焼くほど固く丈夫に作れる。売られている物は現代日本の物と比べると明らかに分厚い。しかし、1センチを超えるような厚さではない。5ミリ程だろうか?現代日本の安物の茶碗よりは少し分厚い感じだ。
窯で焼かれてはいるがそこまで高温ではないのだろう。たしか、温度が高い素焼きのものは灰色っぽくもなる筈である。
糸や布など。
綿が一般的なようだが、麻も見られる。絹は見られない。
綿は割と温帯よりの植物だが栽培が可能なようだ。
糸と一緒に布を織る道具も置いてあった。1.5メートル✕2メートル四方程の四角い木の枠である。
短い方の木の枠の2つの辺には溝がたくさん彫ってあり、その溝に沿って糸を縦に通す。そして横の糸を縦の糸の上と下を順番に通していく形式だ。
機織り機が登場する以前の布の製造法である。
「機織り機はけっこう複雑な構造だしな」
日本でも「鶴の恩返し」でイメージするような複雑な糸の制御機構を持った機織り機が存在するのは江戸時代でもかなり後期の筈だ。
落ち着いたら機織り機を作ってみてもいいかもしれない。布や服が安くなり新品の衣服が一般化すれば総士郎としても大歓迎だ。
市を一周りした後、壺と塩、それに買った壺に7割程の量の三枚におろされた魚を買った。
魚醤、ナンプラーを自作してみるつもりだ。
あくまでお試し、で失敗しても構わない。
ただ、試してみるにしても1年ほどの時間がかかる。試すなら早いうちがいいだろう。
本来なら
なので初回である今回は1番簡単に、おろされて皮も引かれた魚の身のみを使うことにした。
雑魚から作るもののと貝から作るもの(オイスターソース?)は後日、改めて用意することにする。
とりあえず、今日の市場調査はそのくらいにして教会の離れに帰宅することにした。
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