第13話 馬と猿

食事を済ませ、そのまま内周通りまで出る。


その先は壁に至るまでの土地に背の高い緑の草が生えていた。まだ若いがたぶん麦だ。


しかし、小さな畑ならともかく、これ程大きな畑を城壁の中に作るのは少しおかしい気がする。


籠城に備えての食料だろうか?


城塞都市では大きな農地は城塞の外に作るのが一般的なはずだ。


城塞で囲むのにも当然コストがかかる。


人の命、家、築いた財産を守るために城塞を整備するならコストに見合うが、単年分の農作物を守るために城塞を整備してもコストに見合わない。


これも帰ったらササリアに聞いてみよう。




そろそろ帰路につかなければいけない時間だろうか?


買い物をしたり、あちこち観察しながり歩いたため思ったより時間が過ぎてしまっている。


左右を見回す。


左手には麦畑が続いているが右手の方は少し行くと大きな建物があるようだ。


そちらに向って内周通りを半周して教会に帰ることにしよう。




内周通りを右手に進む。その先には柵で囲まれた広い芝生と厩舎があった。その一つ先に大きな建物がある。


広い芝生では2頭の馬が人を乗せ歩いていた。


柵に近づき観察する。


馬はあぶみを付けていた。鐙による知識チートはできないようだ。


そのまま観察を続けるが馬は軽く早足で駆ける程度で本気で走らせているわけではないようだった。


「モンキー乗りがあるのかはわからんな」


総士郎は呟く。


モンキー乗りとは現代日本の競馬などで見る、鐙に立って尻を後に付き出す姿勢での乗馬方だ。もちろん、鞍に座っての乗馬方よりも馬を速く走らせることができる。


「なにやってるのよ。あなた」


急に声をかけられてビックリする。


声をかけられた方を見ると赤いドリルが2本、もといリナが立っていた。


「ここは警備隊の厩舎よ。不審な事してたら馬泥棒と間違われてヒドイ目にあうわよ」


「ちょっと、気になることがあって、馬を見ていただけなんだが」


見ていただけなのに不審とはヒドイ言われようである。


「それでもよ。ここら辺には畑か警備隊の施設しかないんだから、見かけない顔は不審人物に間違われるわよ」


「わかった。気を付けるようにするよ」


そう言ってその場を離れようとした。




「で、気になることってなによ」




「あはははは、いいわねコレ!最高よ!」


リナが馬上ではしゃぐ。


尻を突き出すような姿勢で鐙に立ち、馬の動きに合わせて体を揺することで馬への負担を減らし走っている。モンキー乗りだ。


「ちょっと教えただけなのにスゲーなぁ」


その様子を総士郎は柵に囲まれた芝生の端っこで見ていた。


モンキー乗りはこの世界には存在していなかった。つい5分ほど前までの話だが。


リナの質問に


「モンキー乗りって知ってるか?」


と答えたら


「猿??なによそれ?」


となり


「少し難しいわね」


から


「コツが掴めてきたわ」


となり今に至る。その間、1時間もかかかっていない。


「凄いわね。本当に速くなったわ」


乗馬用の格好、黒のズボンに白のシャツ、胸に赤い大きめのリボンを付けたリナが馬に乗ったまま近づいてきた。


「そりゃ良かった」


「あなたも乗る?お礼に、一頭用意させるわよ」


「馬には乗ったことはないよ。モンキー乗りも知識として知っているだけだ」


目の前に迫った馬の顔に少しビビりながら答える。


「そうなの?なら基礎から教えてあげるわ。モンキー乗りを教えてもらったお礼よ」


「遠慮する。馬に乗る機会なんてこの先ないだろうしな」


馬に少し引き気味になったまま答えた。


「そうとは限らないわ、ヨッと」


総士郎はいきなり上方に持ち上げられた。リナが総士郎の襟首を持って乗っている馬の上に強引に引き上げたのだ。馬鹿力である。


「うわっ。ちょっ、まって!まって!いててて!」


「ほら足をこっちに回して座りなさい!」


引き上げられた後もリナに強引に体制を変えさせられ、馬の上に座らされる。


気がつけばリナの後に総士郎が座る形で相乗りしていた。


「お、おおおお」


「あなた、ビビりすぎよ。しっかりなさい」


「ンなこと言われても」


「ほら、ちゃんとこっちに手を回して!手綱をしっかり握って」


リナに手を後ろから回すように言われる。馬にビビっている総士郎は言われたままに従う。


「大丈夫よ。落ち着いてやればなんてことないわ」


「わ、わかった」


総士郎はリナを胸に抱える格好でようやく落ち着く。


リナの頭頂部が顎より下にあった。やはりリナの背は低い。


抱えている体も、総士郎を片手で馬の上に引き上げたとは思えない華奢な、女の子と言う感じだ。


「落ち着いた?ゆっくり行くわよ」


リナが手綱を揺らす。馬は通常歩行で歩きだす。


「を、ををを」


視線が高いし、けっこう揺れる。


思わず、リナに捕まる。と、言うか抱きしめる形になる。


「ちょっと!ビビり過ぎよ」


「揺れるし、揺れてるし」


馬はそのまま、ゆっくりと進んでゆく。


「落ち着ついて。ゆっくり進むだけだから」


声を掛けられて、総士郎も少し落ち着いてくる。


リナを抱きしめる形になっていた体からも少し力が抜けてきた。


「いい感じね。第一、私なんか抱きしめても楽しくないでしょ」


「そ、そんなことはないけども」


「ど、どういう意味よ?」


「馬鹿力だからガッチガチかと思ったらそうでもなかったし」


乗馬に意識を集中して余裕のない総士郎は正直に答えてしまう。


「ちょ!へ、変なこと考えてるんじゃないでしょうね」


リナが赤くなって総士郎から体を離そうとした。


「わー、まって、まって。変なことは考えてないから!落ちるって!」


リナに手を掴まれて引き剥がされそうになって総士郎は必死になる。


「ホントに?」


「ホ、ホントに。普通に華奢だと思っただけだから、、、体、離さないで」


総士郎の必死な様子にリナの動きが止まる。


「わ、わかったわ。しょうがないわね」


リナは赤くなったまま、前に向き直った。




その後、なんとか通常歩行でなら落ちついて馬に乗れるようになるまで乗馬に付き合わされた。


「ヒドイ目にあった」


やっと馬から下ろしてもらえた総士郎は言う。


「でも、最後は気持ちよかったでしょ?」


「そりゃ、悪くはなかったけど」


「乗れるようにはなると楽しいわよ。役にも立つし。ま、また、教えてあげてもいいわよ」


そう言うとリナは馬を降りて手綱を引き、厩舎の入り口へと向かう。


総士郎の方からは見えない顔は赤かった。


「そうかも知らんけど、、、暫くはいいです」


「、、、そう?もったいない」


そして、入り口にいた兵士に「お願いね」と言って手綱を渡した。


リナの乗馬に付き合わされたせいで時間がだいぶ経っていた。


辺りは夕焼けに包まれ始めている。今から歩いてだと教会にたどり着くまでに夜になってしまう。


「少し遅くなったわね。教会まで送るわ」


厩舎の隣の大きな建物は警備隊の詰め所らしい。その前に2頭立ての箱馬車が止まっていた。


促されてその馬車に乗り込んだ。


二人向かい合って座る。


・・・


「そ、それにしてもモンキー乗りなんて知識、どこで学んだのよ?」


切り出したリナの問に総士郎はドキリとする。


「えっと何かの本で読んだんだ。なんの本だったかは覚えてないな」


かなり苦しい気がするがそんなごまかし方しか思いつかなかった。


「ふ、ふーん、ならあの乗り方を警備隊内で広めても問題ないわね」


「ああ、構わない。隠しても得がある訳じゃないしな」


総士郎は早くこの話題を切り上げたくて、興味がないように言った。


「あなた、変わってるわね。まだ少ししか試してないからどの程度役に立つかはわからないけど、乗り方だけで馬が速くなるならすごいことだと思うわよ」


総士郎が突っ込んで欲しくないところにリナは突っ込んだ。


どう答えていいか悩む。


・・・


しばらく沈黙が流れた。


「まぁいいわ。でも、何かお礼はするわ。私は不義理なことはしないもの。なにかあるかしら?」


総士郎が悩んでいるとリナが向こうから話を打ち切ってくれた。


しかし、お礼はしてくれるらしい。


「うーん?お金、、、よりは昨日みたいな報酬のいい仕事かなぁ」


今日、一日街を歩いてわかったのだ。今の所持金では食べるだけなら暫くは問題ないが、いろいろと揃えようとすると全然足りないのだ。


中世とは工業化前の社会であり、ほぼ全ての商品がハンドメイドの一点物と言っていい。そのため、総士郎が思っていたよりも物の値段が高かった。


「そんなのでいいの?むしろ大歓迎よ。リン級の風の戦斧なんていくらでも使いようがあるもの」


「そうなのか?」


「そうよ。例えば、戦闘じゃなくても上がったクジラを真っ二つにしてくれるだけで、その後の解体や運搬がかなり楽になるわ。それはカニでも水竜でももちろん同じね」


「なるほど」


「そうね。リン級の風の戦斧、一回使ってもらう毎に銀貨5枚でどうかしら。攻撃隊への参加の場合は更に銀貨5枚を上乗せするわ」


「うーん、どっちも銀貨6枚なら。あと、できる限り午前中に仕事が終わるようにしてくれ」


「わかったわ。その条件でいきましょ」




馬車は時速10キロほどで進む。自動車に比べれば遅いとしか言えないが、徒歩と比べれば倍程の速さだ。


馬車は日が完全に落ちる前に教会へと辿り着いた。

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