第12話 リュックサックと下着

「ソウシロウさん、朝ですよー」


ノックとササリアの声で起床する。


今日も寝起きは爽快、体に痛いところはなし。絶好調だ。


「起きました。すぐ行きます」


返事をしてベッドから降りた。


隣の台所兼リビングに行くと朝食が用意されていた。


「私はもう出ますので、手を洗って、顔を洗ってから朝食をとってくださいね。では、行ってきまーす」


そう言うとササリアは出かけて行った。


手を洗って、顔を洗う。


昨日、買い物に行ったときの雑談でササリアから聞いたのだが、法律に「毎日、手を洗うこと」と「できる限り清潔を保つこと」というのがあるらしい。


4人目の勇者が定めたもので、この世界の文明レベルは中世だが衛生面ではそれを超えている部分が多いのはこの法律のおかげのようだ。


4人目の勇者は総士郎の生きていた時代に近い時代の人間ような気がした。


「その割にはコレなんだよな」


朝食を終え、食器を洗い、出かけようと外に出たとこで呟いた。


離れの出入り口ドアには鍵が付いていなかった。


錠前が存在しないわけではないが、まず「壊れやすい」次に「針金などで簡単に開いてしまう」最後に「高い」と言うことだった。


鍵を掛けて出かけたら錠前だけ盗まれて家の中は無事だった。と、いう笑い話があるくらいだそうだ。


「まぁ窓もただの穴だからなぁ」


出入り口から出て横を見ると固定されていない木の蓋で塞いだだけの窓があった。これでは出入り口にどんな強固な錠前が付いていても無意味だ。


貴重品、昨日リナから受け取った銀貨、がズボンのポケットに入っていることを確認して出掛けることにした。




まずは街の中央を目指して歩くことにする。


3つの太陽はまだ低い位置にある。


そう、3つである。


まぶしい光で直視できないのもあり正確なところはわからないが、地球の太陽よりも小さいと思われる恒星が3つ集まり太陽の役割を果たしているらしい。


そして、教会のシンボルである丸をベースにその左右と下方に十字の星が付いたマークは丸のベースがこの世界の大きな月を、その左右と下方の十字の星は3つの太陽を表しているのだとササリアに教えてもらった。




太陽の位置を考えると、時計がないので正確なところはわからないが、朝の7時頃だろうか?


まだ、朝早いが街の中央まで10キロメートル程のはずなので歩けば2時間から3時間かかることとなる。早すぎるということはないだろう。




「家だけが密集している訳でもないのか」


1割ほどだろうか?空いている土地がある。現代日本の住宅街と比べるとけっこう多い印象だ。


空いている土地はそのまま空き地になっている場合もあるが、ほとんどは小さな畑になっている。


「そういえば農業技術はどうなっているのだろう?」


輪栽式農法や4圃式農法、あと、千把扱きや唐箕は異世界ものの農業技術チートの王道なのだが、、、。


先に召喚された5人の勇者のうちの誰かがもうすでに導入してたりするんだろうか?


なにかの葉野菜が植えられている畑を目の前にして考える。


ササリアに聞けばわかるだろうか?彼女は牧師である。教会の教えと関係の深い勇者の歴史などには詳しいが農業についてまで知識を有しているかはわからない。


「市とかに行けば、ある程度わかるか?」


他にも米、つまり稲作の有無やじゃがいも、豆類にトウモロコシなども確認しておきたい。それ以外にも確認したいことはある。市が立っていたら寄ってみることにしよう。




1時間30分ほど歩いた頃、大きな道路に差し掛かった。円状の城塞都市の中央を向いているはずの総士郎から見て左右にのびている。


馬車用の道が両側に2車線ずつと広い歩道の引かれた幅20メートル程の通りには馬車も人も多い。


「内周通り」そう刻まれた黒い看板があった。 


どうやらテラクタの街は壁のすぐ内側の外周通りとこの内周通りで◎状に大通りが引かれているようだ。


内周通りの内側の方がこれまで通ってきた外周側よりも背の高い3階建ての建物が多いようだ。


「ここから先が街の中心部か」




内周通りを横切り、街の中心近くまでやって来た。やはり外周部より店舗が多く、賑やかな印象だ。


「やっぱりガラスはないみたいだな」


総士郎は呟いた。


大きな建物は増えたがやはり窓ガラスは見られなかった。


うーん?ガラスと呟けるからには存在しない訳ではないと思うのだが?


そう思いながら歩いているとクロスさせた剣の看板を掲げている店舗が目にはいった。


もしかして、武器屋というやつだろうか?


店頭にテーブルが出してあり、その上に木箱が並べられている。中には革でできた篭手、グローブ、肘当て、脛当て、肩当て、帽子が入っていた。木箱には「銅貨10」と書かれていた。


アラビア数字は誰かがすでに持ち込んだらしい。こちらの言語で「銅貨」と書かれたあとに、地球と同じ「10」という数字が書かれている。


篭手、グローブ、肘当ての両腕分だけで銅貨60枚になるのか。けっこう高い気がするな。


店舗に入ってみる。まず、床に置かれた木箱に革の胴鎧が積んであった。こちらは銀貨1。


次に目に入ったのは木の盾、縁を金属で補強され裏側も金属の帯で補強されているものが銀貨3。


薄く守る面積も少なめの金属の胸当てが銀貨5。


厚めの金属の胸当て、昨日見た兵士が付けていたものに似ている、が銀貨10。


金属製のバックラー、ササリアのものよりは小ぶり、も銀貨10。


縦に細長い箱に入れられた数打ちの片手剣、グラディウスというのだろうか?、が銀貨10。


大きくない店舗だが店の奥に行くほど商品は高額になるようだ。


総士郎もさすがにこの先も「布の服」では格好がつかないかと入ってみたのだがどれもけっこうお高い。


特に鉄製品はお高いようだ。


店の商品の半分ほどしか見ていないが店員に声をかけられる前に外に出た。


店の一番奥、カウンターの後に掲げられていた大剣は金貨2と書かれているのがちらっと見えた。




次に布製品の雑貨屋に入る。


「コレ、いいな」


厚めの布、帆布に似た生地でできたリュックサックを見つけた。


外側には平たいボタンで止めるポケットも付いている。


ズボンにはポケットが付いているがあまり大きくはないので適当なカバンを探していたのだ。


しかし、銀貨2。かなりお高い。


昨日、今着ている古着上下に銀貨1枚、同じ古着上下をもう1セットでさらに銀貨1枚、雑貨にも銀貨1枚使ったので残っているのは銀貨7枚である。あまり余裕があるとは言えない。


どうするか?


と、悩んでいると奥の棚にトランクスを見つけた。


銅貨18、と書かれた木の札と共に並べられたそれは紐を結ぶ形式だがトランクスだった。


実は今、履いているのは雑貨と一緒に買ったふんどし状の下着である。


地球のヨーロッパで下着が一般的になったのは中世のかなり後の方のはずだが、この世界には女性のブラジャーも含めて下着が存在していた。


ゴムがないため紐を締めるタイプになるが男女共に下着を着けるのが一般常識らしい。


これも勇者が持ち込んだ文化なのだろうか?


トランクスは古着ではなく新品で売られていた。古着が一般的なこの世界でもやはり下着は抵抗があるようだ。


「これで銀貨3枚にして欲しいんだけど」


店の奥からこちらを見ていたおばちゃんに声をかけた。先程のリュックサックとトランクス4枚を見せる。


「銀貨3枚なら下着は3枚だね」


「じゃあ、それで」


おばちゃんに銀貨3枚を渡し、トランクス3枚をリュックサックに入れて背負った。


店から出る。


トランクス4枚は通るとは思っていない、最初からリュックサックとトランクス3枚で銀貨3辺りを狙って交渉を始めたのだ。


本来なら銀貨3枚と銅貨12枚なので1割ほどの値引きになった計算だ。


値切りを試してみたが上手くいった。


「昔を思い出すな」


総士郎が若い頃、つまり50年ほど前は日本でも値切りはわりと当たり前であった。


貧乏学生な総士郎はよく値切りの交渉をしていた。


今、考えると少しやりすぎだったかもしれない、と若干恥ずかしくなるが懐かしい思い出だ。


今は、店員には値引きする権限のないアルバイトにバーコードで素早く正しく計算してくれるレジになってしまいほぼ廃れた文化だ。


そんな文化がこの世界にはまだ生きているようだった。




武器屋、雑貨屋の後もあちこちの店を覗きながら歩いていると公園通りと看板出ている道に差し掛かる。幅10メートル程の両側1車線の道路だ。その先は街の中央部に当たるはずだ。


「公園か」


道路を渡った先の街の中央部分はかなり大きな公園になっていた。木が多く、地面は芝生になっている。


「城とかが建っているわけではないのか」


呟いて公園の中の遊歩道を歩いていく、親子連れやカップルが多いだろうか?芝生に座り込んで話し込んでいる小規模なグループが多く見られた。


遊歩道を歩いて公園の反対側に出る。1時間ほど掛かった。そこから先はやはり店舗が多い商業区画のようだ。


ゴーン、ゴーン


鐘の音が聞こえる。正午を示す鐘の音だ。


「どこかで昼を食べるか」




午前中に渡ったのと、公園を挟んで、反対側の公園通りを渡り商業区画に入る。


食事を取りたいのだが、この世界での経験の少ない総士郎には店の外観からでは、どのような価格帯のどのような食事を提供する店なのかがわからなかった。


適当な店はないかと見ながら歩いているとテラス席のある店を見つけた。黒板が店舗の入り口に設置されており「ハンバーガーとフライドポテトと水のセット、銅貨6枚」と書かれていた。


どうやらハンバーガーの文化を持ち込んだ勇者もいるらしい。


店舗に入るとカウンターがあり、その横にも黒板があった。ハンバーガーの種類が書かれている。クジラか海竜か魚肉のパティが選べるようだ。


「海竜のハンバーガーのセットで」


カウンターにいた若い店員に声をかける。まだ食べたことのない海竜が気になり選択する。


「ご一緒にお紅茶はいかがですか?」


「、、、じゃあ、それも」


「ありがとうございます。銅貨12枚になります」


ニコニコスマイルで対応された。紅茶が少し高いな。


しばらく待って、木のトレイを受け取る。木の皿が2つと木のコップが2つが乗せられている。


皿にはハンバーガーとフライドポテト、コップには水と紅茶が入っていた。


「揚げ物もあるのか」


この世界は揚げ油が用意できるほどの農業生産力があるようだ。


と、思いながらフライドポテトを口に含んで吹き出しそうになった。


「なんか生臭い?」


僅かだが生臭く感じる。


・・・動物性の油?


たぶん植物由来ではなく動物由来の油を使って揚げ物を揚げているのだ。そのせいで生臭く感じるのだと思う。


食べられないことはないがあまり美味しくはない。量があまりないのが逆に救いだ。


海竜のハンバーガーの方は厚めのパティと酢漬けのキャベツの千切りが挟まれていた。


香辛料があまり使われていないからだろうか?初めて食べた海竜は味が淡白で何かもの足りないような気がした。


お高い紅茶は香りはそこそこだが渋みが強め、砂糖がないので飲みにくい。


全体的にイマイチなお味だった。

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