第11話 銃の話と魔法の話
一度、教会の離れに帰り、カニのハサミとタライ、メイスとバックラーを置く。
その後、街に出て総士郎の服を買い、公衆浴場へと向かった。公衆浴場はサウナ式ではなく湯船式で温ぬるめのお湯の温泉だった。
テラクタには温泉まであるらしい。中世ファンタジーの世界で住むには最高の街のように思えた。
そして、総士郎が使う雑貨を買って教会の離れに帰った。
「ソウシロウさん、「小さな火」の魔法を使ってもらえますか?」
カマドの前のササリアが言う。
先程まで「カニカニ〜」と嬉しそうにデカイカニのハサミから身を取り出して大きな鍋に入れていっていた。
「わかった。小さな火だな」
少し茶色い紙を取り出して魔法を確認しながらカマドの前にしゃがんだ。カマドの中には黒い石?が入ってた。
一つ取り出してみる。表面がざらざらだが僅かに光沢がある黒い石だ。
「コレ、石炭か?」
ササリアの方を向いて聞く。
「はい、薪よりも火は安定してるんですけど着火が少し大変なので魔法でお願いします」
「わかった。ソール ミ、ラン、ロキ、ホウ」
総士郎は石炭に向けて魔法を使う。石炭の一つに火花のようなものが飛んでいった。するとその火花の当たった一つの石炭が赤くなった。
「ありがとうございます。あとは勝手に炎が広がるので大丈夫です」
いつの間にかササリアもしゃがんでカマドの中を覗き込んでいた。顔が微妙に近い。
「おう。他にも仕事があったら任せてくれ」
そう言いながら立ち上がる。
「今は大丈夫なので座って待っていてください。美味しいカニをごちそうしますので」
ササリアはカマドの中を火かき棒で整えながら返事する。
「わかった」
総士郎は意識しないように意識しつつテーブルの、いつも座っている席に座った。
「ふんふんふ〜ん」
ササリアは上機嫌なのか鼻歌を歌いながら玉ねぎっぽい野菜を切っていく。その背中を総士郎が眺めている形になる。
総士郎がマンガとかアニメでしか見たことない新婚さんっぽいシチュエーションだ。変に意識してしまいそうになる、が、先に聞きたいことがあった。
「この銀貨ってどれ位の価値があるんだ?」
リナから貰った銀貨を1枚取り出し、手でもて遊びながら尋ねる。まず、貨幣の話だ。一般常識なはずなので身に着けないとならない。
「銀貨1枚で銅貨42枚になりますね。銅貨1枚で昨日食べたパンが半分買えます。今日、集めた貝一つが銅貨3枚か4枚ですね」
「42枚って中途半端だな」
「たまに変わるみたいです。私が小さな頃は38枚だったはずです。それにお店によっては40枚分にしかしてくれないところもあります」
よくある中世ファンタジーもののように銀貨の価値が銅貨の丁度10倍だったり、貨幣にGとかゼニーとかの単位があったりはしないようだ。たまに変わるのも銀と銅の交換レートが変わるからだろう。
「金貨ってのもあるのか?」
「はい、あります。金貨は銀貨21枚か22枚分の価値ですね。銀貨を金貨に替えようとすると銀貨22枚が必要です。でも、お店で金貨を出しても銀貨21枚分しかお買い物できませんし、お釣りもそうなります」
両替料のようなものもあるようだ。
「銅貨数枚分の買い物で金貨を出すと買い物できなかったり、銀貨20枚分になったりすることもあるので、普通の人は金貨はあまり使わないですね」
なるほど。
「ああ、あと軽銀貨というのが銅貨の下にあります。銅貨1枚で軽銀貨5枚になります」
「軽銀貨?」
総士郎は聞き返した。
「はい、軽銀貨です」
「それ、実物持ってるか?」
「ありますよ。持って来ましょうか?」
「ああ、頼む」
総士郎の答えにササリアは自分の部屋へ行き、すぐに戻って来た。
「はい、軽銀貨もあまり使われないので1枚しかありませんでしたけど、これが軽銀貨です」
小さな硬貨を受け取る。
それは銀色の硬貨だった。総士郎はその硬貨をまじまじと見る。銀貨より光沢が少なく少し曇ったような表面をした硬貨。それに金属にしては軽い。日本の一円玉にそっくりの質感である。
アルミニウムだ。中世の文明レベルでは存在しないはずのアルミニウムがそこにはあった。
「軽銀ってどうやって作るか知ってるか?」
「軽銀ですか?ジャイアント・アントの一種のスチール・アントの一部からとれるはずですけど」
「そのスチール・アントってどこにいるんだ?」
「西の地下迷宮です。その少し深いところに生息しているはずですよ」
「今度、行ってみますか?西の地下迷宮。あまり行きたくはないですけどソウシロウさんが行きたいなら付き合いますよ」
「えっと、もし必要になったら頼む」
総士郎はそう答えた。
ササリアがこだわるだけあってカニのスープと身の塩焼きはとても美味しかった。
「やっぱりカニはハサミが1番美味しいです。リナさんなんかは「ミソが至高」って言うんですけどあんなの苦いだけですよねー」
ササリアはとても上機嫌でそんなことを言っていた。
カニ味噌か。ササリアには申し訳ないが、次、機会があれば買うか分けてもらうかしてもいいかもしれない。
ササリアが食器を洗い終わり総士郎の正面に座った。
それを待っていた総士郎は小さな布の包みを一つ差し出した。
「まず、これを渡しておく」
リナから貰った銀貨の入った小袋のうちの一つだ。
「受け取れません。それはソウシロウさんが稼いだ分のお金です。それにこれからを考えると必要になるはずですよ?」
即座にはっきりと言い切った。なんとなくそうなる気はしていた。
「最初の服や食事、部屋を用意してもらったりでけっこう世話になっている。それに暫くはここに世話になるつもりだ。その分の料金だと思ってくれ」
「教会の教えに「見返りを求めて施すなかれ」と言うものがあります。なので受け取ることはできません」
ササリアは固辞する。
「なら、教会への寄付として受け取ってくれ」
これなら通るだろうと用意しておいた手段をつかった。
「それは卑怯ですよー」
ササリアは少し困ったように言う。しかし、最終的には
「敬虔深いこの者に、
と両手を合わせて握り総士郎に祈りの言葉をかけて受け取った。
「で、次だな。少し相談にのって欲しい」
「はい、いいですよ。悩める者を導くのは教会の役目です」
ササリアは即答した。これも予想していたことだ。
「まずは、ごめんなさい、だな。実は自分を召喚したのが女神であるという確証が本当はないんだ」
総士郎は頭を下げた。
「なるほど、そうだったんですね。許しましょう。はい、次をどうぞ」
謝罪なのでけっこう緊張して切り出したのだが即座に流された。
えーーー?軽くない?なんか微妙に銀貨を渡すときの仕返しをされている気もする。
気を取り直して続ける事にする。
「右手のここに文字が書かれていたのは見たか?」
総士郎は右手の手首の辺りを指して言った。文字は公衆浴場で洗ったらまずいんじゃないかな?と確認したときにはすでに消えていた。
「あれは、やっぱり文字だったんですね。最初にソウシロウさんを部屋に運ぶときに見ましたよ」
「そこには書かれていたのは「死ぬな」と「銃を作れ」という2つだった。「銃」と言うのは前に住んでた世界の強力な武器だ」
「「死ぬな」ですか?進んで死にに行く人はいないと思いますけど」
「同じ事を思った。だから余計に警戒したんだ」
「なるほど」
ササリアは考え込むような仕草をする。
「やっぱり、ソウシロウさんは悪くないですね。で、「銃」っていうのはどんな武器なんです」
どんな武器?か、高速の鉛玉が先端から発射されて、、、みたいな説明を求めているのではない感じがする。
「テラクタの街に戦士と魔法使いがどのくらいの割合でいるかわかるか?」
「割合ですか?うーん?戦士が20人から30人に1人くらいでしょうか?魔法使いは少ないので100人に1人くらいですかね?」
総士郎が予想していたのとそんなに変わらないくらいの割合で戦士も魔法使いもいるらしかった。
「「銃」は大人も子供も老人も合わせて100人いたらほぼ全員が攻撃魔法と同じような攻撃ができるようになる武器だ。一般人のほとんどが老若男女関係なく戦いや戦争に参加できるようになる強力な武器だな」
たぶん聞きたいのはこういう話だろう。
「それは、、、なんと言うか、、、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではないな。私の元々いた世界では革命が起こったと言ってもいい。もちろんよくない方向に」
「なるほど、それを女神様が望んでいるとは考えられませんね」
ササリアは言い切った。
「と、なると何をすればいいのかわからないんだよな」
「ああ、なるほどそういう事ですね」
ササリアは少し考える。
「作ってみればいいんじゃないでしょうか?」
「銃を?」
「はい、女神様が「銃を作れ」とおっしゃっているとしたら、まず作ってみれば何かあるかもしれませんよ。例えば、新しいお告げを頂けるとか」
なるほど、女神に仕える人間らしい意見だ。
「でも、簡単に作れるものでもないんだよな」
「そうなんですか?」
「鍛冶の技術、回転の蓋、火の薬が必要だ」
「ネジ」と「火薬」はコチラの言葉に上手く変換できなかったので適当な言葉を選んで使った。
「なら、なおさらやってみるべきではないでしょうか?その困難の中に何かあるのかもしれませんし」
「たしかに一朝一夕でできるものでもないし1つだけ試作するなら影響も少ない、のか?」
日本に渡った種子島と呼ばれる火縄銃の増殖具合を考えるとまずい気もする。が、他に指針がないことも確かだ。
うーむ、、、どうするか。
「ありがとう、少し考えてみるよ」
とりあえずササリアの意見は聞くことができた。
あとで考えてみることにしよう。
「で、次なんだが、魔法の「威力」、「強さ」についてだな。ササリアが知っていることを教えて欲しい」
「えーと、隠してた訳じゃないですよ。説明する時間もなかったですし、私もいきなり強力すぎる魔法を使わせるのは少し迷いましたし、手持ちの魔法の資料があれしかなかったのもありますし」
「別に責めるつもりはないよ。ただ、知る必要があるだけだ」
ササリアが申し訳なさそうにしているので、できる限り柔らかい口調で言う。
「攻撃に使われる魔法は最後に付いている文言でその強さが変わるんです。イム、ホウ、ジク、ロナ、ミエ、リンの順に強くなります。イム級の魔法が使えれば見習いの魔法使い、ホウ級の魔法が使えれば初級の魔法使い、ジク級の魔法が使えれば中級の魔法使い、ロナ級の魔法が使えれば上級の魔法使いと認められます」
「ミエ級とリン級は?」
「ミエ級は、、、年に1人出るかどうかの魔法使い。魔法を修める同期の中で首席とかですかね?リン級は、、、十年に1人出るか出ないかくらいですね。たぶんテラクタに使える人は10人もいないと思います」
リン級を使ったのは早まったかもしれない。なんとかごまかせるだろうか。
「確かに凄い魔法使いですけど、それでソウシロウさんを勇者様かと怪しむ人はいないと思います。リナさんのような方はしつこく勧誘はしてくると思いますけど」
「リン級と勇者とを結び付ける人は少ない?」
「たぶんそうだと思います」
まぁやってしまったものは仕方がない。なんとかごまかす方向で努力しよう。
「じゃあ、何で貰った紙はミエ級が基本になってるんだ?少し高度すぎないか?」
「それはたぶん古い資料なのが原因ですね。本堂で魔法の資料を探していて、たまたま見つかったものですから。大昔、魔族と戦争していた頃はミエ級が基本だったらしいです。その頃は強い魔法使いがたくさんいたんだとか」
とりあえずの疑問は解消できたような気がする。
「明日、教会の本部に行くので魔法の資料を探してみようと思っています。渡したものには載っていない魔法もたくさん存在するはずですので」
「そうなのか?」
「はい、石の壁を作る魔法を見たことがあります」
石の壁か。大地の属性の魔法だろうか?
「そういえば、普通はどうやって魔法を学ぶんだ?」
素朴な疑問をぶつけた。
「普通、ですか?上級以上の魔法使いに師事して、呪文を教えてもらうのが一般的だと思います。魔法は呪文がわからないと使えません。でも、それらを記したものなどは本来は簡単に手に入りませんから」
「ササリアはどうやって魔法を学んだんだ?」
「私は教会の牧師になる修行の中で身につけましたね。そういう意味では私が修行中に師事した先輩牧師のルシェ様が女神様の教えと魔法の師と言えます」
信仰も魔法も中世式の、師匠に弟子入りして下積みしながら学ぶ、形式らしい。
「それと「ミエ」以外にも最初の「ミ」以降の呪文を変えることで効果に変化を加える事ができます。例えばですけど、右手ではなく左手から魔法を出したり、持続時間を変えたりすることができるはずです。魔法使いはそれらの文言や組合せを研究したり、弟子に伝えたりもしますね」
それは少し困ったな。魔法を高いレベルで使いこなすには師匠に教えを請う必要がありそうだ。
今のところ魔法を極めるために職業魔法使いになる気はないんだが、、、。
あくびが出た。
「もう夜もふけてきましたし寝ましょうか」
それを見てササリアが言う。
壁に付けた「くっつく灯り小」があるので夜更けまで話し込んでしまった。
「明日も海畑に行くのか?」
「いいえ、明日は6から9区画までが海畑での収穫に優先的に出られる日なので、私達は昼以降でないと出られません。昼以降に行ってもあまり収穫がありませんから海畑での収穫はお休みですね」
居住区ごとに海畑で優先的に収穫できる日が決まっているらしい。
「私は朝早くから教会本部に行きますので、明日は自由にしていてくださいね」
おおぅ、3日目にして放置プレイ。いや、ササリアも教会の牧師として働く身だ。総士郎に掛かりっきりという訳にもいかないのだろう。
気になっていることもある。不安はあるが一人で街に出てみよう。
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