第9話 海竜と戦斧

「その子、けっこう蛮族よ」


後ろから声がかけられた。


声の主は赤いツインドリル、もといリナだった。


「リナさん、ひどいです」


ササリアは少し可愛く?抗議するが肩に担いだカニのハサミが台無しにしている。


「あなた、ミエ級の「風の戦斧」を使ったんですって?」


「ミエ級ってのが呪文の最後の文言「ミエ」のことなら、そうだ」


総士郎の答えにリナは少しの間、総士郎を見つめる。


「魔力酔いもなさそうね。私はリナ。リナ・ブレストよ。あなた、名前は?」


「ソウシロウ、ソウシロウ・セキだ」


「ソウシロウね。あなた、ウチ、テラクタの警備隊、に来ない?今なら優遇するわよ」


いきなりの申し出に戸惑う。


「だめですよ。リナさん。ソウシロウさんは教会で面倒みている大事な信徒候補さんなんですから、勝手に勧誘しないでください」


「教会に攻撃魔法の使い手がいても宝の持ち腐れでしょう。ウチに譲りなさいよ」


「だめでーす。ソウシロウさんは教会に救いを求めてやって来たんです。それを私が受けたので、救いの道筋が立つまでは、渡せないんですー」


リナは総士郎の魔法の腕をかってくれたようだが、今の総士郎の状況ではその勧誘を受ける訳にはいかない。


「少し事情があるんだ。腕をかってくれるのは嬉しいが、それはできない。すまない」


総士郎は言い合いを続けそうなリナにそう言った。


言われたリナは少し睨むように総士郎を見据えた。


しかし、その視線は総士郎の胸より下辺り、だいぶ低い位置から向けられるものだ。威圧感のようなものはない。


見下ろすかたちでリナの顔がよく見える。まつげも長くてかなりの美人さんだ。着ている服のせいもあるがお人形的な可愛いさがある。


「まぁいいわ、今回は諦めることにするわ。事情とやらが片付いたら考えてみなさい」


リナは肩をすくめて総士郎から視線を外した。


「それより二人共、余裕があるならアッチを手伝って欲しいのだけど」


リナは海畑の、今いる場所から、更に沖の方向を指さした。


そこには何か白い塊が落ちていた。距離は1キロメートル程離れているのだろうか?と、すると横幅8メートル、高さ2メートル程の丸餅のような何かが鎮座していることになる。


「白の海竜、、、ですか?」


それを見てササリアが尋ねる。


「大型の上に活きがよくてなかなか攻撃隊が近づけないわ。大きな魔法で一撃入れてくれると助かるのだけど」


「うーん、ソウシロウさんはまだ、魔法使いとしての経験が浅いので、今日はこれくらいにしようかと思ったんですけど」


「一発だけ、魔法を使ってくれるだけでいいわ。それだけでも出血で力尽きる可能性ができるもの」


「どうします?」


ササリアは総士郎を見ながら言う。


どうしますって言われてもどうします?な感じだ。総士郎には判断が付かない。


「魔法を使ってくれれば、成否にかかわらず銀貨5枚の手当をだすわ。もちろん、水揚げできなくてもよ。あと、そのハサミも市場を通さずに持って帰っていいわよ」


それを聞いてササリアが反応する。


「銀貨5枚、それにハサミもですかー。けっこう、奮発しますねー」


銀貨5枚の価値がよくわからないがササリアは惹かれているようにみえた。


「あと、私も参加してソウシロウを守るわ。それならいいでしょ」


「それなら、安全、、、ですかね」


ササリアは総士郎の方を見て言った。どうやら、この申し出を受けたいようだ。


「ササリアが大丈夫だと思うなら」


「なら行きましょ」


リナが答えた。


「私の意見、聞いてないじゃないですかー」


ササリアが抗議する。


「でも、参加してくれるでしょ」


リナは何でもないように言うと歩き出した。


「そうですけどー」


ササリアは不満げに言いながらもリナの後に続いた。




「始まりますね。見ていてください」


ササリアは3人が向かう先の白い塊、たぶんあれが白の海竜なのだろう、に人の集団が近づいて行くのを指さした。集団が白い塊まで30メートル程まで近づいたとき、その中の一人が手を挙げる。


すると集団は白い塊に向けて一斉に長い棒を投げた。投槍だ。何本かが白い塊に刺さったようで白い塊から棒が生えているような状態になった。


すると白い塊から触手のようなものが生えた。そして、その先から霧状のものを吹き出す。


「海竜のアシッド・ブレスね。受ければ皮膚や呼吸器に大きなダメージを受ける事になるわね。でも、攻撃隊はもう射程外に下がっているわ」


なるほど、集団は投槍を投げたあと後退し射程の外に退避したのか。


霧状のアシッド・ブレスの噴出が止まる。しかし、白い塊から生えた触手は立ち上がったままの状態を維持していた。


「でも、しばらくは警戒状態で近づけないわ。警戒状態が解除されて、しばらくしたらもう一度攻撃になるわね」


「それを繰り返して日没までに倒せれば、あの海竜はテラクタの街の食卓に並んで、倒せなければ潮が満ちてきて海竜の粘り勝ちになります」


リナの説明にササリアが続けた。


海竜というからには陸上ではほとんど、もしくはまったく移動できないのだろう。そこをヒット&アウェイで攻撃するようだ。


投槍を投げて、相手が攻撃してきたら逃げて、相手が落ち着いたらまた攻撃して、の相手が力尽きるまでの持久戦、、、マンモスを狩る原始人かな?総士郎はカップの即席ラーメンの少し昔のテレビCMを思い出していた。お腹が空いてきたような気がした。




「調子はあまりよくなさそうね」


白い塊まで100メートル程の所に立っている兵士にリナが声をかけた。


「やはり大きすぎるようです。フリーの戦士達の攻撃隊はそろそろ解散しそうです」


リナに声をかけられたその兵士は答えた。


「次は私達が行くわ。ミエ級の魔法があるから3人で大丈夫よ」


「わかりました」


背が低く若いリナにおっさんの兵士が少し緊張して話す様子が違和感の塊だ。




馬に乗った兵士が馬から降り、リナの前に立つ。


「リナ隊長、武器をお持ちしました」


兵士は重そうなソレをリナに渡す。


「マンボウ?」


総士郎が呟く。それは刃の部分の長さと幅が両方とも約1メートルの、幅の広すぎる剣だった。


「あら?よく知っているわね。私の愛剣、マンボウソードよ」


明らかにリナ自身よりも重量がありそうな、マンボウの形に似た剣を振る。


ビュッ


風を切る音が鳴った。


「リナさんだって、十分蛮族じゃないですかー」


ササリアが先程の仕返しとばかりに、リナに向かって言う。


「はいはい、そうね。わかったからあなたはそのハサミとついでにこのタライをあそこの兵士に預けてきなさいな」


リナは総士郎が持っていたタライを指して言った。


「わかりましたよー。ソウシロウさん、これを預かっといてくださいね」


ササリアは総士郎からタライを受け取ると持っていたメイスを代わりに渡す。


わかっていたがかなり重い。両手でならなんとか扱えると思うが片手ではかなり厳しい。


ササリアが兵士の方に歩いて行くのを確認するとリナが近づいてきた。少し近すぎる距離だ。


「「風の戦斧」の呪文の最後は「ミエ」よね?それを「リン」に変えてみなさい。いいことが起こるわ」


それだけ告げるとリナは離れていった。


「ミエ」級の攻撃魔法と呼ばれている魔法の「ミエ」を変えてみろって、、、。


たぶん、そういうことなのだろう。


うーん?これは従うべきだろうか?


選択肢的には、


「従う」リナの好感度・上がる、ササリアの好感度・下がる。


「従わない」リナの好感度・下がる、ササリアの好感度・変化ナシ。


ってところだろうか?


並べて見ると片方の好感度が上がる分「従う」ルートの方がトータルでお得に見えるな。


「ギャルゲーじゃねーっての。そんな単純にいくか」


思わずセルフツッコミしてしまった。


「「ギャ、ルゲ?」って何ですか?」


ササリアがいつの間にか戻って来ていた。


「あー、なんでもない、なんでもない」


総士郎は慌ててごまかした。




白い丸餅に見えたのはとぐろを巻いた巨大な蛇状の生物だった。


そいつの頭部の後ろ側から総士郎、ササリア、リナの3人は近づいていく。


できれば頭に魔法を打ち込んで欲しいとのことだ。上手くいけばアシッド・ブレスを吐くことができなくなるらしい。


カニの時と同じくゆっくりと近づく。


「今よ」


白の海竜との距離が30メートル程になったときリナが合図した。


呪文を唱える。


「ナートトナ ミ、ラン、ロキ、ルー、ルー、「リン」」


ザンッ


総士郎が呪文を唱えると三日月型の巨大な刃が右手の先から飛んだ。その大きさは3メートル超、「ミエ」級の魔法の3倍程の大きさだ。


巨大な刃は狙った通り白の海竜の頭の先から1メートル程のところに吸い込まれる。そして、見事にその頭と胴がサヨナラした。


キューーー!


頭を飛ばされたのに海竜は叫ぶ。


「今よ!ササリア!突っ込むわよ!」


リナはマンボウソードを構えて走り出した。


ササリアは一瞬戸惑っていたようだがリナに続いた。


「せいやー!」


リナが上段から斬りかかる。長さ、幅共に1メートルのマンボウソードの半分ほどが海竜の体にめり込んだ。


「ハッ!」


続いてササリアのメイスが海竜の胴を打つ。鈍い音と共にメイスがめり込む。


海竜は地表に上げられた元気なミミズのように激しくのたうちまわる。


「危ない」


総士郎が叫ぶ。


闇雲にのたうち回っているようなので偶然だろう。海竜の頭とは反対側、尻尾の部分がリナとササリアの方に向けて大きくスイングされた。


「どっせーい!」


「ハーッ!」


リナはマンボウソードの腹を盾のように使い、ササリアは左手のバックラーでそれを受ける。二人の体は巨体の一撃を受け止める一瞬ほのかに光った。そして、巨大な尻尾の一撃は二人に止められた。


「ソウシロウ!もう一発ぶちかましなさい!」


リナが叫ぶ。


巨大な海竜に取り付いているのはリナとササリアの二人だけ。狙える場所はいくらでもある。


「ナートトナ ミ、ラン、ロキ、ルー、ルー、リン」


ザンッ


総士郎がもう一度呪文を唱えると三日月型の3メートルの刃が海竜の丁度真ん中らへんに吸い込まれた。そして、その場所から海竜は真っ二つになる。


「ササリア!引くわよ!」


リナの合図に二人はこちらに駆けてくる。


海竜は尻尾の方の胴がまだ動いていたがその勢いは明らかに弱まっている。


体を真っ二つにされたのだ、暫くは動けるのかもしれないが、それもすぐに収まるはずだ。


「二発目、合図の後すぐに撃てるとはやるわね」


側まで駆け寄ってきたリナが言う。


「なんで「リン」級の魔法になってるんですかー!それに必要ないのに突撃しちゃうし!」


ササリアが抗議した。


あー、やっぱりササリアは怒っているらしい。


「私が、ソウシロウが早く一人前の魔法使いになれるようにアドバイスしたのよ。突撃したのもソウシロウに戦闘を見せて経験を積ませるためよ」


リナは何でもないように答える。


「それよりソウシロウ、体に異常はない?」


「異常?」


リナの問に体に微妙な違和感がある事に気づいた。なんか微妙に気持ち悪い?乗り物に乗って本を読むとたまになる乗り物酔い、の軽いヤツに似た感覚があった。


「なんか少し気持ち悪い?かも」


「少し?立っていられない、とかまではないのね?」


「そこまでではないな。少しだ」


「すごいわね。もう一発リン級が使えるくらいかしら?万全の状態なら大魔法も使えそうね」


リナはノックするように軽くソウシロウの腹を叩いた。


「私を無視しないでくださいよう!」


ササリアが抗議する。


「悪かったわ。あなたにもソウシロウにも銀貨5枚ずつ追加で報奨金をだすわ」


「おお、今月ちょっとピンチだったので助かりますー。ってそうじゃないです!ソウシロウさんも勝手に危ない事はしないでください!」


ササリアがセルフツッコミしてる!?今日一日でササリアの印象がだいぶ変わった気がする。


「すまなかった。ごめん」


素直に謝る。


「本当に気を付けてくださいよ、いろいろと危ないんですから」


ササリアは「いろいろと」を強調して言う。


「わかった。気をつける」


総士郎は初めての魔法での実戦に、自分も少し浮かれていたな、と反省するのだった。

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