第7話 メイスとバックラー

「ソウシロウさん!起きてください!朝ですよー」


ノックと声が聞こえる。


「んがっ?」


総士郎は鼻から変な音を出して起床する。


上半身を起こす。視界が眩しい。昨日の夜中に出入りに使った窓が開けっ放しになっていた。


「夢オチ回避」


独り言を呟きながら腕を天に伸ばして伸びをした。


寝起きはバッチリだ。肩、首、腰、足にわずかの痛みもないし寝起きの頭が急速に覚醒していくのを感じる。


「ソウシロウさーん、起きましたかー?」


「起きました。すぐに向かいます」


今にも部屋に踏み込んで来そうな声に答えるとベッドから降りる。


このままササリアに顔をみられる前に何か忘れている事はないだろうか?


昨日から着替えてない服、換えがないのでどうにもできない。


自分の顔のチェック、鏡がない。


寝癖を治す、ドライヤーはもちろんクシもない。


うむ。なんかいろいろまずい気がするがお手上げである。


諦めの境地で部屋の扉を開け、リビング兼キッチンに顔を出した。


「おはようございます」


「はい、おはようございます」


答えたササリアは大きな木製のタライを水瓶の水で洗っているようだった。


「顔、洗いますよね。少し待ってくださいね」


木製のタライの内側を手でゴシゴシ擦っている。


タワシさえ無いのか。まぁあるとしても目の荒い布とかだろうか。


そんなことを考えているとタライを洗い終わったササリアが総士郎を呼んだ。


「こっちに来てくださいね。はい、どうぞ」


ササリアの差し出した柄杓が傾けられ水が溢れる。そこに手を入れ洗った。


「次は顔を洗ってください」


水を汲み直した柄杓がもう一度差し出される。排水口の方に水が行くように顔を突き出しながら洗う。


「はい、これをどうぞ」


タオルではなくただの布、なので手ぬぐい?、が差し出される。


手と顔をふいた。


「テーブルの席についてくださいね」


そう言われて昨日座ったのと同じ席についた。


席には皿とスプーンが置かれていた。皿の中には昨日と同じスープが入っている。


パンはないようだが、昨日、総士郎が食べたパンが今日のササリアの朝食のパンだったと気が付いたので何も言わない。


「では、天に坐すおん女神様、今日も日の糧をお与え下さり感謝いたします、いただきます」


短い祈りの言葉のあとの「いただきます」は日本語に強引に訳したもので、だいたい同じ感じの言葉である。


「今日はこの後で海畑うみはたに行きます。少し遅いので収穫はあまりないかもしれませんがまずは体験ということで。その後、ソウシロウさんの服を買いに行って、公衆浴場に行きましょう」


ほう、浴場があるのか。ある漫画が流行って以降、昔のヨーロッパ圏の文化として認識されている、公衆浴場が。


「わかった。何か手伝う事はあるか?」


「そーですねー。今は大丈夫です。後でお願いしますね」


そう言われた総士郎は朝食を食べたあと、食器も洗わせてもらえず暇を持て余すのだった。








「さあ、行きましょうか!」


朝食を食べ終わった1時間くらいあとに離れの建物の出口でササリアが気合を入れた。


気合が入っているなぁ。


見つめる先のササリアの右手には長さ1メートル程の棒の先に大きな棘が四方に突き出したメイスを持っていた。そして、左手には直径1メートル強の大きめのバックラー。


それはもう、ものすごい勢いの気合の入りようである。


「マジかぁ」


今までのササリアのイメージが大崩壊していく光景に思わず呟いた。




総士郎は朝にササリアが洗っていた直径1メートル程の大きなタライを抱えながらササリアと並んで歩く。


「その格好、海に何かあるのか?」


「海じゃないですよ。海畑うみはたです。ソウシロウさんもいますし、久々にカニが食べたいので」


「凶悪な棘の生えたメイス」と「カニが食べたい」は現代日本の普通や常識では繋がらない。でも、ここは中世ファンタジーな異世界だ。繋げようと思えば、だいたいのものが繋がってしまう気がする。


「デカイカニが出るのか?」


「はい。まぁ運が良ければですけどね」


ササリアの声が楽しそうなのがちょっと怖い。


「それにこの格好だと引率手当も出るので」


「引率手当?」


「はい、中級戦士以上の腕前の戦士なら戦士ではない一般人をできる限り守る義務の代わりに少しだけお手当が出るんです」


とりあえずササリアは中級戦士以上の腕前だということがわかった。


昨日の小さな扉の前に差し掛かる。扉は開け放たれていたが人が行き来はしていないようだ。


ササリアは小さな扉を素通りしようとする。


「ここは通れないのか?」


スルーするか迷ったが、昨日のことなど素知らぬ顔して声をかけた。


「そこは非常用の出入り口ですし、今の荷物だとちょっとキビシいですね」


ササリアは特に気にした風でなく答え、小さな出入り口を素通りした。


「さ、着きましたよ」


城壁の小さな穴から更に500メートル程行った先に幅2メートル、高さ3メートル程の両開きの門があった。


その両の脇には門番だろう、金属製の胸当てに兜、それ以外は革の装備を身に着け、約2メートルの槍を持った兵士が立っていた。


ササリアはその門番に声をかける。


「リナさんは今日の当番に組み込まれてますか?」


「リナ中隊長の2番隊は早番ですので先程、詰め所に戻られました」


「ありがとうございます」


ササリアは門番の答えに丁寧に頭を下げると、そのまま門の外へと歩いて行く。大きなタライを持ってそれに続く総士郎を門番が睨んだ気がした。


まぁ、原因はわかる気がするので無視して進む。


門から右手、今度は城壁の外側から小さな穴の方に向かって少し進むと馬がいた。茶色い馬が3頭、城壁の外側の壁の近くにいる。


ササリアはそちらに向かって歩いていく。そして、その先には赤いドリルが二本鎮座していた。


それは黒いドレスと言うかゴスロリっぽい服を身にまとい、その上に不釣り合いな金属製の胸当てを身に着けて、どっから持ち込んだのかわからない白く塗られた椅子に腰掛けて持ち手のついたティーカップを傾ける背の低い少女だった。


「リナさん、おはようございます」


赤いドリル、ではなく赤い髪をこれでもかとカールをかけたツイテールを持つゴスロリ少女、それがササリアの目的の人物、リナさん?のようだ。


「ササリア、おはよう。今日は遅いわね」


「ええ、少し用事もありましたので」


リナはこちらを一瞥するが、本当に一瞥しただけでササリアに視線を戻す。


「今日はけっこういいわね。クジラが1頭にカニが3匹、あと、白の海竜が上がっているわね。魚と貝も多めってところね」


二人の会話はどうやら漁の水揚げの話らしい。竜も穫れるなら、だが。


「カニですか。いいですね。討伐隊に空きはありますか?」


「空いているわ。1番南のカニが最後の予定ね。これからでも十分間に合うはずよ」


「ありがとうございます」


リナと話を進めたササリアは嬉しそうにお礼を言う。


「では、失礼しますね」


ササリアはリナに向かって頭を下げるとその場を離れ、海の方へと歩いていく。もちろん総士郎もそれに付いて行く。


が、どこまで歩いても海が見えない。いや、見えているのだろうがその様は昨夜と大きく変わっていた。


「海が干上がってる」


昨日、魔法を試し打ちした近く。


そこから先は急斜面になっておりその1メートル下くらいに海面があったはずの場所だが海がない。


急斜面は長さ10メートル、高さは5メートル程を下る感じになっているがその底に至っても海面はなく。そこから続く地面はほぼ滑らかなまま視界の限り続いている。


「巨大な干潟?」


「そうです。ここを私達は海畑と呼んでいます」


ササリアは干上がった景色を自慢するように言った。




「滑る場所もあるので注意してくださいね」


ササリアに言われるまでもなく注意して急斜面を下っていく。


その先は石の地面だった。


先程は干潟と表現したが、よく想像されるような泥や砂の浅瀬が広がっているわけではない。海が干上がった後の地面は石がメインで砂、小さな砂利が所々に見られる感じだった。


それが視界の届く限り続いている。水平線は見えず地平線が見える。つまり、10キロメートル以上の距離を海岸線が移動したということだ。しかも一晩で。


「おかーさーん、貝とれたー」


目の前を小さな男の子が木製の手桶を抱えて走って行った。その手桶の中には大ぶりの帆立貝に似た貝と黒い二枚貝が入っていた。


他にも街の住人と時々すれ違うがみんな手桶やタライ、バケツをもちその中には様々な種類の貝、カニ、ウニ、赤や黒の魚が入っていた。そのどれもがけっこう大きい。拳以下のサイズはないように見える。


「海畑は早い潮の流れでいろいろな海産物が干潟に取り残されるんです。子供でも貝を拾ったりならできるのでテラクタの食料事情は良好なんです」


ササリアは説明してくれた。なるほど、それで「海」の「畑」と呼ばれるのか。


「では、向こうに向かいましょうか」


ササリアが向かう方向には黒い岩があった。距離は2キロメートルくらい先だろうか?そう考えると幅は3メートルくらい、高さ1メートルの、形は丸石っぽく見える岩だった。


「あれがカニ、、、か?」


「ですね。少し大型ですが、こちらには魔法もあるので」


ササリアは総士郎の魔法をあてにしているらしい。


「アレを魔法で狩るのか?」


「はい」


答えるとササリアは袖口から紙を1枚取り出す。どこかで見たことあるものにそっくりの少し茶色い紙だ。


「相手は水系統のカニですから、この「風の戦斧」がいいと思います」


渡された紙には昨日見たものと同じ形式で呪文が羅列されている。


「そよ風、突風、風の戦斧、竜巻、見えない拳、石礫、浮く絨毯、空飛ぶ絨毯、地震、小さな手当、疲労回復、痛み止め、死に至る、豊穣」


やはり危険な単語が散見される。それと「浮く絨毯」と「空飛ぶ絨毯」の違いはアレだろうかTRPGでよくある「垂直移動だけ」と「垂直水平移動可」とかだろうか?


「ついでにソウシロウさんは、風属性「だけ」に才能がある魔法使いという事にしますね。7区画で暮らしていたけど、お日様の光の下で生活に憧れて私を頼ってきた、という設定です」


「7区画で暮らしていた」がどういう意味かはわからなかったがそれに続く言葉からあまりいい意味ではないことはわかる。


しかし、異論はないので頷く。


この世界のそう言う常識に疎いのが今の総士郎の欠点で、ササリアを頼りにするのが一番なんだろう、と理解してきていた。

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