第6話 炎の矢と氷の矢

「けっこう明るいな」


窓という名の穴から身を乗り出して言う。


月が明るい。満月のようだ。


「よっと、若いっていいね」


そのまま窓から足を下ろし地面に着地して呟く。部屋のドアからの移動はドアの軋む音がでかいのでやめておいた。


改めて月を見る。デカイ。地球で見る月の3倍ほどの直径だろうか。大きく明るい月に目を細めた。


「異世界って感じがするな。でも、さすがに人の身長を超えるような大きさにはならないか」


アニメなどでたまに見る、ヒロインが立っている姿の背景として描かれている月がヒロインの背丈程もあるヤツのことだ。


あそこまでいくとロシュ限界を超えて月が崩壊を始めるレベルだ。カッコつけてポーズなどとっている場合ではない。


「あなたは死なないわ、か。そう有りたいものだ」


呟きながら辺りを見回した。どこかに魔法を試射できそうな場所はないだろうか?


そうである。魔法を試してみるつもりで部屋を抜け出してきたのだ。


判断材料が足りないので逃げ出すか留まるか迷っているのだ。つまるところササリアが信用できるのか、できないのか判断材料が足りない、ということだ。


そこで、コレ、魔法の書かれた紙である。


つまり、この中の魔法が本当に有効ならササリアを信用することにする、という方法だ。


しかも、いざと言うときのために魔法を準備しておける、一石二鳥な妙案である。


総士郎自身の「魔法は気を付けて使うようにする」の言葉をいきなり破ることになる気もするが、そこは最大限気を付けることで勘弁してもらおう。こっちにもあまり余裕はないのだ。


まず、教会の敷地内はダメだろう。手持ちの魔法の中でも攻撃系とみられるような魔法を試したい。


音が出ればすぐバレるし、魔法で付けた痕跡であとからバレるのも避けたい。


「こっち側から海に出られると言っていたな」


教会の離から見て教会本殿の裏側の方角、教会の敷地から壁の方を向いて左手の方角に大通りを進んで行く。


正確には「海畑」と言っていたが海ではあるはずだ。若返り、驚くほど通りが良くなった鼻に僅かだが潮の香りを感じるような気もする。


これかな?


教会から外壁沿いの大通りを100メートルほど行った先にそれはあった。人、一人がやっと通れるほどの壁の穴である。


横幅50センチに高さはギリギリ150センチあるかないかの穴、総士郎なら屈んで身を縮めてじゃないと通れそうにない、小さな通路がそこにあった。


しかし、そこには木製だが縁を金属で補強してある頑丈そうな扉が行く手を阻んでいた。


だが、鍵は金属のかんぬき1つだけだ。太さ1センチほど金属の棒が扉の縁の金属と壁を作る石材に直接開けられた穴に固定されている。


かんぬきに触れる。動いた、と思ったらあっさりと壁の方の穴から抜けてしまった。


そして、扉の丸い取っ手を引っ張るとギギギと音がして扉は開いた。


中を覗くと真っ暗な先に光が見える。出口だとすると城壁を貫通する通路の長さは10メートル強だろうか?それがそのまま城壁の厚さという事になる。


少し迷ったが進むことにする。身を屈めて通路を少しずつ進んでいくと波の音が通路に反響していることに気付く。


狭い通路の終わりで顔だけ出して辺りを確認する。10センチほどの雑草の生えた地面、その先に真っ黒な海が見えた。もう一度左右を確認して穴からはい出す。


腰を伸ばして伸びをする。72才の総士郎ならそれだけでお迎えが来そうな激痛に見舞われる行為だ。


そして、海に向かって歩き出した。50メートル程進むと目の前すべてが海になった。そこから先は急斜面になっておりその1メートル下くらいに海面がある。


なかなかいい場所だな。


海に向かって魔法を放てば事故の心配も低そうだし、月も相変わらず明るく辺りを照らしている。魔法の成果確認もなんとかいけそうである。


「では」


魔法の書かれた紙を再度確認する。「炎の矢」まずはこれを試す。


「右手を対象の方へ向け、炎を空想し呪文を唱える」


ここに来るまでに何度も確認した短い手順をもう一度確認する。


「ソルルイン。ミ、ラン、ロキ、ロキ、ルー、ミエ」


呪文を唱える。


シュパッ


発射式の花火の光のようなものが右手の平から打ち出され。海面に突っ込む。そして、30メートル程先の水中がフラッシュした。そして1秒程すると、


ボコッボコボコッ


フラッシュした辺りの海面が泡立ち湯気を吹いた。海が局所的に沸騰したのだ。沸騰の泡は5秒程で収まったが海面からはまだ湯気が立ち昇っていた。


効果が拡散しやすいはずの海の中で発動してこれ程の成果だ。たぶん人間の一人や二人なら簡単に沸騰させられるはずだ。


「飛んでったのがニンジンの形かどうかはよくわからなかったな」


魔法の成果に満足しながら頷く。


次は「氷の矢」だ。「炎の矢」が成功したので急いで帰るのが本当はいいのだがどうしても試しておきたい。


「右手を対象の方へ向け、氷を空想し呪文を唱える」


「炎の矢」とほとんど同じ手順、思い浮かべるのが炎か氷かの違いだけだ。


ただ、手を向ける方向は「炎の矢」を飛ばした方向から少し右側にずらした。


「イサルイン。ミ、ラン、ロキ、ロー、ルー、ミエ」


呪文を唱える。呪文も「炎の矢」とかなり似ている部分が多かった。


シュパッ


やはり、発射式の花火の光のようなものが右手の平から打ち出され。そして、右手を突き出した先の海面に突っ込み、30メートル程先の水中がフラッシュする。しかし、すぐには効果は表れなかった。10秒程して「もしかして失敗か?」と思った頃に海面に丸い白い球が浮かんできた。


それは、直径が1メートル程の丸い球状の氷だった。球の一部しか海面からは顔を出していないが暗い海の中で白い影のように球体が存在していた。


こちらも質量から換算すると人間の一人や二人を簡単にカチンコチンに凍らせることができるだろう。


「成功だな」


何も思い付かなかったのでそれだけ呟いて踵を返す。


早くベッドに戻ろう。


城壁の小さな出入口はここからも見える。


時々気にかけていたが、そこから何かが城壁内に入っていったりはしてないはずだ。


それよりも城壁内部の扉のかんぬきが抜けている事に誰かが気づいてかんぬきをかけ直し、閉め出されてしまう可能性があった。


総士郎は20年ぶりくらいに行う駆け足で城壁の出入口に向かうのだった。

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