第5話 ササリア(ヒロイン)と魔法の灯り

夕食を振る舞われたあと、自分に充てがわれた部屋、この世界に来て目覚めた部屋に一人で戻った。


夕食は魚の白身のたっぷり入ったスープに小ぶりのパンが1つ、現代日本で食べるフランスパンに似たパンだった。


パンが少し少なかったがスープはおかわりもよそってくれ、足りないと言うことはなかった。


最悪の事態、具のないほぼ塩だけのスープにカチカチのパンのようなナニカ、などということもなかった。


「いつもこんなものを食べているのか」


という問いに


「今日は、昨日の作り置きの日なのでごめんなさい」


と謝られ、ちょっとした誤解を解くのにあたふたしてしまった。


ともあれ、食糧は豊かだという話は本当らしい。


しかし、文明レベルは中世ヨーロッパに近いのも事実だ。


寝っ転がったベッドからは藁の匂いがした。シーツの下には細かくした藁が敷き詰められているのだ。


そして、視線の先の天井、木の板が並べられて貼られているがそれぞれの間には微妙な隙間が存在する。


「アルプスの見知らぬ天井、かな?」


・・・


なんとなく呟いてみたが虚しいだけだった。




気を取り直して思考に戻る。


魔法。


右手の壁の一点が強く光っていた。


ササリアに教えてもらった灯りの魔法だ。


あの後、ササリアは「家に戻っていてください」と告げて教会の方の建物に行ってしまった、一時間ほどして帰って来ると1枚の少し茶色い紙を渡してくれた。


「この光の魔法だけ使ってください。他の魔法は危険なので絶対に使わないでください」


紙にはいろいろと記されているようだがその中の「くっつく灯り小」と書かれている行を指差しそう言った。そして、そこに書かれている正体不明の文字も普通に読むことができた。


危険、か。


まぁ危険だろう。一瞬でコップの中身を凍らせるのだ。生き物の喉を掴んで発動させれば普通に絶命させられる。


たぶん、氷以外の魔法でも似たようなものだ。


渡された紙を見る。


総士郎が知っている一般的な紙より厚みがあるが固くはなく柔らかい。これも中世ファンタジーのお約束の1つ、羊皮紙というやつだろう。


「小さな火、炎の槍、炎の矢、焼き尽くす、少しの水、杯1杯の水、氷の矢、極寒の世界、くっつく灯り小、くっつく灯り大、目くらまし、持続する目くらまし、光の炎、焼き尽くす光」


うーん?普通に物騒な字面が多い。


そう考えながら紙から目を離し、頭の上、とりあえず視界に入らないところに紙を置いた。このまま見ていたら試したくなってしまう。


「そう言えば、普通にエネルギー保存則をぶっちぎってしまった」


熱にしろ物体の運動にしろ光にしろ、そこにはエネルギーが存在している。つまり、総士郎の使った魔法によってエネルギーが増えたり減ったりしたことになる。


それとも魔力とかマジックポイントとか呼ばれるような魔法的なエネルギーを消費しているのだろうか?


お試しの魔法を使った限りではそのような感覚はなかったが。


それに1番の問題は「治癒」の魔法だ。アレはエネルギー云々とかいう問題ですらない。


枯れかけの木を一瞬で蘇らせる力。あれは現代日本でも実現は絶対に不可能。ヘタをすれば100年後の技術でも不可能な、神の御業と言っても過言ではない力だ。しかも、それで「お試し」である。


なんだか鼻息が荒くなりそうな話である。


コンコンッ


そんなことを考えていると足を向けている方の壁にあるドアがノックされた。


「はいっ」


反射的に上半身を起こし返事する。


夜伽?一瞬頭をよぎる。


中世以前の世界では客をもてなすのに女性を提供する場合も多かった、と、ものの本で読んだことがある。それも、場合によっては自分の妻や娘を差し出すレベルで、である。


「あの、少しお話、よろしいでしょうか?」


「どうぞ」


寝台から完全に体を起こし、足を下ろして腰掛ける体制になり答えた。


ギギギ


僅かに軋んで開かれる戸の音がやけに大きく聞こえた。


「すいません。無作法ですけど部屋の外からお話させていただきますね」


白いワンピースのような上下一体の寝間着に着替えたササリアが戸の外に立っている。


最初に「距離をとる」宣言されてしまった。


ちょっとだけ期待してしまったようなことはないらしい。


まぁ、教会の人間だしな。貞操観念は高いのかもしれない。


「えーと、なに?」


沈黙を作りたくなくてこちらから切り出す。


「あの、えーと、灯りの魔法はやっぱり成功したんですね」


部屋の中からの光にササリアは少し眩しそうにした。


「明かりが漏れてた?」


ササリアの部屋は隣である。つまり天井のように僅かな隙間が隣の部屋との間に開いていることになる。その隙間からの灯りが眩しくて文句を言いに来たのだろうか?


「いえ、少し漏れていましたが、それは安普請なこの家が悪いので」


灯りが漏れていたのに灯りの魔法の成功を確認しに来たと言うことはないだろう。なにか言いにくいことのようだ。


・・・


少し待つ。


「元の世界に帰りたいと言うことはないのですか?」


ササリアは言いにくそうに問いかけて来た。


元の世界?


元の世界の総士郎は72才、半身麻痺、ついでに死にかけのジジイである。いや、この世界に「転生」したからには本当に死んでしまった可能性もそれなりに高い。


「それはないな」


迷いなく答えた。


「残して来た肉親とかは?」


「それもないな」


72才の死にかけのジジイはその年代には珍しく結婚していなかった。もちろん、子や孫もいない。


弟には子孫がいたはずだが、それ程親しくはなかった。と、言うかぶっちゃけ疎遠だった。


自分が元の世界では死んだのだとしたら、天涯孤独の中で溜め込んだ金、そこそこの遺産が渡っている可能性があるが、それもあまり気にはならない。


もしも、オタクとして集めていた漫画の初版本と古いアニメのセル画を雑に処分されたとしたらそれは心残りだが異世界転生とは比べるべくもない些事だ。


「そうですか」


総士郎の表情をわずかな間、うかがっていたササリアは安心したように呟く。


「5番目の勇者様、オルリア様は元の世界に帰ることを強く希望されたみたいです。そして、魔法の研究、元の世界には帰還する魔法の研究に没頭し「女神の意思に逆らう者」として火刑に処されてしまうんです」


それは凄まじい話だ。だが、女神が召喚したのに勝手に帰ろうとするのは教会としては待ったをかけたいのは理解できる。


明らかにやり過ぎだが。


「そして、死後の100年程の後に復権運動が行われるまで勇者様の序列からも外され、定めた教会の戒律も効力を停止されていたそうです」


なるほど、そういう流れになるのか。


「助言、、、なのかな?とにかく感謝する。魔法は気を付けて使うようにするよ」


「はい、ぜひそうして下さい」


教会。中世なら敵に回すと絶対に勝てない相手。


異世界転移の祖であるヤンキーも敗れた相手だ、心にとめておく必要がありそうだ。


「それと、ソウシロウ様、いえ、ソウシロウさんが勇者様だという事はしばらく伏せておきますね。では、おやすみなさい」


そう言うとササリアはドアを閉めた。不意打ちの言葉に頭が殴られたような気がした。


ぶっちゃけると総士郎は今夜のうちにここから逃げ出す気であった。そして、その1番の原因は「勇者であることをササリアに知られてしまったこと」である。


女神のお告げ?にあたる「死ぬな、銃を作れ」。この1番目のお告げ「死ぬな」。お告げに言われるまでもなく死にたくなどない。それでもお告げに書かれているという事はそれだけ警戒しろという事だろう。


となると、その障害となるのは総士郎が勇者である事である。もっと言えばそれを知られることだ。


昼間の話に「勇者様の子孫である王族を全て失い」というのがあった。それに5人の勇者の成した偉業。それは錦の御旗になり得るものだ。


つまり、王都移住してきた人々、元々ここに住んでいた人々、教会やまだ総士郎の知らない勢力、これらのどの勢力が総士郎を神輿にして権力闘争を始めてもおかしくない。


そして、そこに危険が潜んでいる可能性はかなり高い。


その上、そこに「銃を作れ」まで加わるとすれば、一旦、逃亡生活を送りながら活路を探す方がマシだとの判断になったのだ。


もちろん、それにはコレ、ササリアが渡してくれた魔法が羅列された紙、の存在も後押しした。魔法があるのならここから逃げてもなんとかなる可能性は高まる。


しかし、ササリアは「勇者である事」を伏せておいてくれるという。


何故だろうか?


昼間、話した限りではササリアは理知的で、年齢の割には大人びた少女という印象だった。


考えられるのは、ササリアも総士郎と同じように権力闘争を予想した、だろうか?


・・・


と、いうよりは「常にその類の事を警戒している」ことを見透かされたような気がする。


・・・


70超えたジジイを見透かす10代美少女、、、。主に気分の問題で納得いかない。


それとも、こちらを一旦安心させるための嘘とか?


それなら、紙をとりに行った時や今すぐにでも人を呼んで総士郎を取り押さえてしまえばいい。こちらに時間を与えてどちらか様の事情が良くなるとは思えない。


うーん?どうする?逃げ出すか?留まるか?


判断に困る。そもそもコレも判断材料が足りてないのだ。


「なら、判断材料を追加すればいいじゃない」


総士郎は薄い壁の向こう側には絶対に聞こえないように小さく呟いたのだった。

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