第4話 コップと枯れ木

とりあえず銃が必要になりそうな案件はササリアから聞くかぎりなさそうだ。


悩みながら木製のコップに口をつけた。ただの水だが冷えていて美味しい。


水の味まで72才の体にはぼやけてしか感じることができていなかったようだ。


「冷たい?」


水の味に一瞬思考を持っていかれたがすぐに気が付く。部屋の端に置かれていた水瓶から柄杓ですくっただけの水のはずなのにその水は冷たかった。


「私は水・氷の属性の魔法と治癒の属性の魔法が少し使えますから」


ササリアは自分の側に置かれたコップに人差し指で触れながら言った。その表情はどことなく得意げだ。


「魔法?」


やはりあるのか、魔法。


「勇者様の召喚される世界には魔法がないと聞いたことがあります。でも、タケマル様は強力な炎の魔法の使い手でもあったはずです」


先程の聞いた勇者の中の1人、昔の日本人の幼名のような感じの名前の人物だ。


「私にも魔法が使える可能性があるのか?」


若い肉体の次は魔法。ここまで来るとさすがに興奮を禁じえない。


「試してみましょう」


ササリアはいいことを思いついた、というように両手を合わせる。


ササリアは総士郎が置いた空のコップを手に取り部屋の端の水瓶へ向かう。そして、柄杓で水を入れて戻って来る。


「水見をしてみましょう」


そう言いながらコップを総士郎の目の前に置き、座ったままの総士郎の後ろにまわる。


「コップに軽く手を当ててください」


水見?水見と言うとアレだろうか?自分に適した特殊な力を鑑定する、水が増えたり甘くなったりする、基本の基本のクセにいきなり質量保存の法則を無視した儀式。


でも、アレは魔法とはちょっと違う気がする。


そんな余計な事を考えていた総士郎の両肩にササリアは手を乗せた。


後ろに回られた上に肩に手を置かれて少し落ち着かない。


「えーと、コップの中の冷たい水を強く想像してくださいね」


冷たい水?先程飲んだ水のことだろうか?


「そして、私に続いて呪文を唱えてください、イサ」


後ろから呪文?が聞こえる。


「イ、イサ」


慌てて復唱する。


その瞬間コップからパシッと乾いた音が聞こえた。


水の表面が曇っている?いや、凍っている。コップの中の水が一瞬で凍ってしまっている。


「マジか」


恐る恐る右手でコップを持ち上げる。木のコップはひんやりと冷たくなっていた。軽く降ってみる。


コップに入れられた氷の表面は動かない。


ゆっくりと傾け、そのまま逆さまにしたが氷は木のコップにしっかりとはまったまま落ちて来なかった。


「すごいです。ソウシロウ様は水・氷の属性への適性がかなり高いみたいです」


「そうなのか!」


ササリアの声に総士郎は喜色を隠すことはできなかった。


何もなかったらどうしようと一瞬考えたが水・氷に関しては魔法の才があるらしい。


とりあえず無能での垂れ死ぬ可能性も低くなっただろうか?


「これで終わり?」


コップを頭のてっぺん程に掲げて逆さまの氷の表面を見ながらたずねる。


「えーと、コップを置いて先程のように軽く手をあててください」


「わかった」


内心ワクワクしながら中身の凍ったコップを目の前に置く。


「次はコップの中の水が暖かくなることを想像してくださいね。行きますよ。ソー」


「ソー」


コップの中の表面が一瞬揺らいだかと思ったら、先程まで凍っていた水が液体に戻っていた。


「成功か?」


暖かくなることを想像して氷が溶けたのだからこれも成功なはずだが一応確認する。


「はい、炎の属性にも高い適性があるみたいです」


「おおっ」


後ろを見るとササリアは頬に右手の人差し指をあてて少し考えているように見えた。


「少し待ってくださいね」


そう言うと総士郎の前に置かれたコップを後ろから手を伸ばして掴んだ。


ふにっ


とした感覚が後頭部に一瞬走った、が後ろを振り向いた時にはササリアは水瓶の方へと向かっていた。


今のは、、、


動揺する総士郎をよそにササリアはコップの中の水を水瓶の横、排水溝だろうか?に捨てる。


今度は総士郎の右横に立つ。コップを総士郎の前に置き、総士郎を見つめる。


コップには水が3割程残っていた。水を全部捨てた訳ではなかったようだ。


「次はコップから溢れるかもしれないので」


ササリアの表情はわずかに真剣なものになっているように見えた。


「オホンッ。わかった」


その表情に総士郎も慌てて緊張する。一瞬、いろいろと考えたが素直に続けることにした。


「水の表面に小さな泡が1つ浮かんでいるところを想像してくださいね。では、ナー」


泡、泡、と考えながら復唱した。


「ナー」


コポッコポッポポポポッ


僅かな音と共にコップの底から直径1センチほどの大きめの泡が立ち始める。それは、コップにストローを突っ込んで息を吹き込む様子からストローを消してしまったのような光景、ぐらいしか例えようのない光景だった。


真水だからだろう、泡はすぐに弾けるが、泡立つ勢いは強くコップの8割程まで泡で満たされた。


そして、音が聞こえ始めて10秒ほどでコップから聞こえていた音が止まる。すると泡の勢いはなくなり、すぐに弾けて消えていき、コップの縁に小さな泡が残るだけとなった。


「これも成功。いえ、大成功ですね。風の属性の魔法にも強い適性があるみたいです」


本当は手加減をしたかったのだが、上手くできなかった。そもそも加減の仕方がわからない。


だんだん真剣になっていくササリアの表情から、得られた評価は高いようだが、どうもやりすぎな感じがしてきた。


「えっと、次は」


ササリアは総士郎の前のコップを手に取ると円を描くように3回ほど振り、総士郎の前に戻す。


「中の水がゆっくりと回転してかき混ぜられているのがわかりますか?」


「わかる」


ササリアの言うように目の前のコップ中身はわずかに回転し、水面はそれに合わせるように僅かだが揺れていた。


しかし、その水の回転もすぐに収まる。


「では、先程の回転する水を思い浮かべてくださいね」


総士郎はわざと違う事を思い浮かべる。


「オー」


「オー」


水の表面が波打ち、回転し始める。その勢いはすぐに強まり水面の中央がコップの底に届くかというところまで勢いを増していった。


「大地の属性にも強い適性があります」


総士郎の努力は無駄に終わったようだ。


いや、思い浮かべるモノが悪かったのかもしれない。とっさに、コップを振っているササリアのふよふよ動く胸部を思い浮かべてたのだが、柔らかいものを変形、動かすという方向性が今の魔法に合致していたという可能性もあった。


いや、ないか。


それにしても他はともかく水を動かす魔法が大地の属性なのだろうか?違和感がある。が、とりあえずは保留にすることにする。


「次は光の属性ですね」


などと考えているとササリアから声がかかる。


「これは、そのまま水が光るところを想像してください」


そのまま、って水は光らないダロ、とツッコミを入れようか迷ったが、やめておく。


なんと言うか、、、諦め?のような雰囲気をササリアが発し始めているのを感じたからだ。


「いきますよ、デー」


「デー」


眩しい。総士郎が呪文を唱えた瞬間、部屋中が眩しい光につつまれる。コップの中から光が溢れ視界が白に染まっている。


「やっぱり」


ササリアの声は少し下から聞こえた。総士郎がコップの光を手で遮りながらササリアの方を見るとササリアはテーブルより低い位置にかがんで光から逃れていた。


ずるい、と思ったが総士郎は椅子に座った体制なのですぐにかがむことはできない。


総士郎が自分も椅子から降りてテーブルの下に逃れた方が良いだろうか?と、考え始めた頃、光は急速に弱まり消えてしまった。


たぶん、風、大地、光のように持続時間がある魔法のそれは10秒程度なのだろう。


光は消えたが総士郎は目がシパシパしていた。


「光の属性にも高い適性がありますね」


何事もないように立ちあがったササリアが言う。


・・・


ツッコんだ方がいいのか本気で悩む。


「最後は治癒ですね。これは水見では見れないので外に行きましょう」


ササリアが部屋の左手のドアの方に向かう。


「付いて来てください」


木製の取手が付いただけの戸を開けるとそのまま出ていく。戸の先は明るい。どうやら屋外のようだ。


戸の向こうに姿が見えなくなったササリアを追って戸から外に出た。


外、扉から出た先は土の地面だった。そして、目の前10メートル先には1階建てだが大きな建物、あれが教会の本堂だろう、がある。


その屋根の上の1番目立つところには、丸をベースにその左右と下方に十字の星の付いた、ササリアが身につけているものと同じ飾りが掲げられている。


そして、左手にはこの世界の家が建ち並んでいた。2階建てが多いが3階建ての建物も見える。壁はわずかに茶色い色をしたものがほとんどだ。質感的には漆喰だろう。


そんな家々が見渡せる限りに並んでいる。


そして、左手の見通せる距離の始まりから続いている灰色の壁は、総士郎の右手側、20メートル程先で高さ15メートルに近い巨大な壁になっていた。


地平線の向こう側に隠れた、壁の反対側を見通すことはギリギリできない。


大きいと言うか長い。


10キロ程先までその壁はまだ大きく広がっていっているように見える。


その先からようやく狭まる形の円形を構成しているようだ。


それがぐるっとこちら側まで取り囲んでいる。


つまり、20✕3.14、63キロメートル以上、もしかしたら100キロメートル以上の長さで連なっていると言うことだ。


「この壁の外には出られるのか?」


壁の上から巨人の頭がこんにちわする光景が頭をよぎりササリアに尋ねた。


「はい、ここからこっちに少し行った所の門から海畑うみはた側に出られますよ」


総士郎から見て右手、壁の方へ歩いていくササリアは教会の裏手の方を指して答えた。


「海畑」と言うよくわからない単語は出てきたがとりあえず、壁に囲まれ閉じ込められて暮らしている。と、いう事はないようだ。


しかし、高さ15メートル、日本だと5階建ての建物に近い高さだろうか?


それが見渡す限りに並び、街を囲んでいるのは威圧感があった。


「こちらに来てください」


ササリアが離れの裏手側、壁に近い方から呼んでいた。


壁に近づくと壁の根本は石畳の道路になっているのが見える。


幅20メートル、両側二車線程の道が壁に沿って続いている。そして、その内側の、土になっている所からが教会の敷地のようだ。


「ここを見てください」


指さされた場所には1メートル程の木の枝が地面に刺さっていた。いや、木の枝ではない。小さいが木だ。葉がほぼ全て落ちてしまっているので木の枝に見えたのだ。


「壁の近くで日当たり悪いんですよね。ここ」


ササリアは少しおどけたように言った。


小さな木は今も壁から伸びた影の中に入ってしまっている。


「それで病気にもなっちゃったみたいで、葉がほとんど落ちちゃったんです」


なるほど、治癒の魔法ではこの木を治せるか試すつもりらしい。


「こんな感じでいいか?」


総士郎は木の前でしゃがみ込み細い木の幹を両手で掴んだ。


「はい」


それを見てササリアは総士郎の後ろに回り、肩に手を置いた。


「では、いきますよ。アン」


「アン」


その瞬間、手に触れている細い幹が僅かに震えた気がした。


そして、しゃがんだ総士郎の目の前の枝々の芽が膨らみ一斉に葉が開いた。今にも枯れしそうな小さな木は総士郎の魔法でよみがえったのだった。


「大成功です」


後ろから少し嬉しそうなササリアの声が聞こえた。


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