第3話 平和と過去の勇者

「はい、おまたせしました」


茶色のコップが目の前に置かれる。


コップは木から彫り出したもの、中身はたぶん水だ。と、言うか水瓶から柄杓ですくっているところを実際に見た。


そして、総士郎が座るように進められた椅子の、テーブルを挟んで反対側の椅子に座った。


水瓶が端に置かれた部屋、たぶん台所兼リビングと言ったところだ。


窓は、、、窓と言うか穴、壁に空いた四角い穴が美少女の後ろ、総士郎の正面と右手の壁にあり、右手の四角い穴の下にはその穴にすっぽり嵌りそうな木の板が立てかけられていた。


そこから差す光のみが部屋の灯りだが十分に視界が確保できるだけの光量がある。


さらに部屋の中を観察する。


まず、目の前のテーブル。1メートル✕2メートルの広さに高さも床から1メートルほど。表面は滑らかだがニスなどで表面をコーティングした感じではなく、きれいに磨いたままの木、そのままだと思われる。


次に座っている椅子。木製で四つ脚、背もたれもあるがオール木製でクッションなどない椅子だ。それが4脚、1脚ずつテーブルの四方に置かれていた。


「えーと、まずは。私はササリア・アルカアルカ。この離れの隣の教会で牧師をしています」


テーブルの対面に座った金髪、碧眼の西洋人風の顔立ちをした美少女、ササリアはそう名乗った。


服装は白の足元まであるローブに黒い肩掛け、胸には丸をベースにその左右と下方に十字の星の付いたアミュレットが掛けられていた。


こちらは綿でできた白のシャツに茶色のズボン、そして新たに渡された皮で編まれたサンダルを履いていた。


シャツにズボン、そのどちらもが伸縮性のない織った布でできている。そして、そのどちらもがわずかだが布の編み目が揃っていない。


いや、揃っていないのは使われている糸の太さからだろうか?糸の太さが微妙に均一ではないせいで布の表面も、ほんのわずかだが、デコボコしているように見える。


これは、、、まず間違いなく異世界転生だろう。それも王道の中世ファンタジーものだ。


総士郎、生前はいわゆるオタクだった、はそう考えた。


72才の総士郎は大学生の時に、第二次アニメブームにガッツリハマり、それ以降は漫画、アニメを中心に視聴を続けていた。


その後、第三次アニメブームも経て、ライトノベルにハマり、それは70を超え体の自由が効かなくなっても続いていたのだ。


むしろ、体の自由が効かなくなったからこそ、時間はオタクな書物の消費に費やされた部分もあった。




「私は総士郎・関。総士郎が名前で関が名字だ」


総志郎は「こちらの言葉」でそう名乗った。


そして、「こちらの言葉」はもちろん日本語ではないし、英語、フランス語、ドイツ語などの西欧圏の言語とも違う、少し聞いたことだけはある北京語や広東語、韓国語などともまったく違う言語だ。


それがまったく違和感なく喋れている。


これだけでもわかることがある。


総士郎を異世界転生させた者は、この世界の住人と総士郎とのコミュニケーションを必要なものと認めていると言うこと。


武器もなく、全裸で召還されたことからも「ワンクリックで勇者を次々に召喚し、配置されているモンスターを召喚した勇者の数ですり潰しながらひたすら塔を登っていく」ような最悪の事態の可能性は低いと考えられた。


少なくとも、ここで情報を手に入れるだけの時間はありそうだ。


総士郎は少しだけ安心する。


「ソウシロウ様は女神様が遣わした勇者さまなのですか?」


ササリアはこちらを見つめたまま問いかけた。「ソウシロウ」の発音は微妙に「ソーシルオ」に近い気がした。


全て正直に答えた方がいいのか少し考えるが、そもそも判断材料がない。


目の前の美少女、ササリア、はぱっと見では悪人に見えないが必ずそうだという確信がない。あるとすればこの少女の元に送られたのだから信頼できる可能性は高め、といった程度のものだ。


「そうだ」


「女神がこの世界に招いた」かは微妙な部分があったがとりあえず肯定することにした。


するとササリアは少し困った顔をして、顎に指を当てる。その可愛らしい仕草のまま何かを考えるような素振りを見せた。


「うーん?魔族が現れた。とかいう話はないんですけどねぇ」


ササリアは呟いた。


しまった。いきなり答えをミスったか?とも思ったがササリアの言葉は差し迫った危機は存在しないという意味にも取れる。


しかし、どう答えたらいい?下手な答えは「勇者が現れたから魔族が現れる」という方向に話が転がる可能性もある。「勇者がいなくなれば魔族は現れない」なんていう結論に至ったら最悪の最悪の最悪だ。


「実は私も詳しい説明は受けていないんだ」


結局、どこに地雷が埋まっているかわからないので一旦引き、相手から情報を先に引き出す方針、で話を進める事にする。


「女神に召喚された。それしかわからない」


悩んだ末に、やや強引だが、できるだけこちらのカードを伏せた状態で話を進めることを試みる。


「うーん?5人目の勇者様のような感じですかねぇ」


「5人目?勇者は5人もいるのか?」


目の前の「何も言わない」と「話を促す」の2つ選択肢のうち「話を促す」を選択する。


総士郎の問にササリアは説明を始めた。選択は正しかったようだ。


「1人目の勇者様は7993年前に女神様が召喚され、南の大地でほとんどが魔族の奴隷となっていた人族を導き、率いてこの北の大地に人族の国を打ち立てました。それが建国の年となり建国暦1年、7968年前の出来事です」


「2人目の勇者様は1人目の約1500年後、建国暦1504年に女神様により召喚され、当時激しくなっていた魔族と人族との戦争を南の大地を沈めて終わらせました」


「3人目の勇者様は建国暦3112年に女神様により召喚され、ロクトーの山脈に現れ、人に害をもたらしていた邪竜を退治しました」


「4人目の勇者様は建国暦4532年に女神様により召喚され、南の島スムに現れた、強力な魔法を使う魔族の王を倒し、魔族を完全に滅ぼしました」


「5人目の勇者様は建国暦の7580年、約450年前に女神様により召喚されて、当時、激化していたジシルとルールミアの領土争いを調停、いくつか教会の戒律を定められました」


「1人目の勇者様はモーベル様、2人目がシェン様、3人目がタケマル様、4人目がジョンス様、5人目がオルリア様、ですね」


ササリアは淀みなく説明する。先程、牧師をしていると言っていたし「女神により」を強調している節もある、このような話をするのは慣れている感じがする。


しかし、魔族も魔王も滅びたらしい。中世ファンタジーならお約束の敵だが既に滅びたのか。


「その中なら確かに5人目が近い感じがするな。戦争が起こっているのか?」


勇者の話の中に聞きたい事はいくつもある。が、まずは安全の確認からすることにする。


「いいえ、起こっていません。その予兆もないです。そもそも戦争をする相手もいないです」


「相手がいない?外敵、魔族はいなくとも国の中でも領土争いはあったのだろう?」


実際、5人目は領土争いを調停してる。


「はい、ですが、このテラクタ以外に、魔族はもちろん人族が住んでいる場所がありません」


「ここ以外に人が住んでいない?」


意味がわからない。


「はい、30年ほど前に王都シェンを放棄して以来、ここ以外に人が住んでいる場所はないと思います」


少女は真顔で答えた。


「本当に?」


「はい。街から逃亡した犯罪者が森に隠れ住んでいる。と、いうウワサの類は聞いたことはありますが、森に入れば魔物が出ますから人が隠れ住めるとは思えません」


魔物はいるらしい。そして、人より強い、と。


「魔物は危険じゃないのか?」


「森で遭遇すれば危険ですが、魔物はそれ程の数がいるわけではないです。それにテラクタの街の中にいれば絶対に安全です」


「じゃあ、森に逃げた犯罪者が野盗や山賊の大集団になるとか」


「難しい、と思います。森の浅い場所に入るだけならめったに遭遇しませんが、そこでも隠れて生活するとなるとかなり無理がありますね。森に犯罪者が逃げた、までは本当のことかもしれませんが生存が確認された訳ではないと思います」


ふーむ。とりあえず戦争ではないのか?


しかし、総士郎は先程からササリアがいう「女神」に「銃を作れ」と指示されている、と考えるのが自然だ。


銃とは強い武器だが1つだけあってもそれ程意味はない。弾の予備が無限にあったとしても1つの銃では必ず弾切れが起こる。つまり、弾切れを狙って数で押しつぶせる、ということだ。


銃なんてものは、それこそ織田信長のように数を揃えて戦力化してこそ本領を発揮する代物である。


「じゃあ、魔物が群れをなして襲って来るとか」


スタンピードやスウォームと呼ばれる最近の中世ファンタジーものではよく見かけるヤツだ。


「魔物が大きな群れをなす、という話は魔族が生きていた時代以降はないはずです。もちろん、ブラック・ウルフやジャイアント・アントなど群れをなす魔物もいますが、ブラック・ウルフで最大5頭ほど。ジャイアント・アントでも最大20匹ほどと言われていた、気がします」


「それは問題ないのか?」


「ない、と思います。ブラック・ウルフは強い魔物ですが倒せない魔物ではないです。そこそこ強い戦士なら3人いれば1頭のブラック・ウルフを安全に狩ることができます。ジャイアント・アントはもっと弱い魔物で駆け出しの戦士でもなければ1人で1匹を狩ることができるはずです」


話を聞いていても強いとか弱いの基準がそもそもわからない。ただ、2000ほどの兵士がいれば通常の100倍の数の群れでも勝てるだろうということはわかる。


「それにテラクタの城塞は、今の城塞が整備された4000年前から1度も突破された事はありません。3500年前にスムの魔王が2万の兵で侵攻して来た時も城塞は持ち堪え、その攻城戦での損耗が魔王軍が勇者様の率いる討伐軍との戦争で破れた原因の1つだと言われています」


なるほど、まだ見てはいないがここテラクタの街は城塞都市らしい。これも中世ファンタジーのお約束だ。


そして、その城塞は相当に堅固なものだという。


銃を必要とするのは魔物の大群と戦うため。と、いう線も一旦保留にする。


あと、気になる点はなんだろうか?


今のところササリアが情報を一方的に開示していくだけの流れになっている。この流れでできるだけ情報を引き出してしまいたい。


情報の整理や思慮にふけるのは後回しだ。


「ここ以外に人が住んでいない。王都シェンを放棄したという話は?」


銃とは直接関係なさそうだが引っかっていた部分だ。


「はい、30年前に大きな疫病が蔓延したのです。この街でも多くの死者が出たそうですが、その前から疫病に悩まされていた王都は遂に勇者様の子孫である王族を全て失い。王都を放棄したのです」


疫病。ペストとかマラリアとかだろうか?これも中世ならよくある話な気がする。


「放棄して残った民はどうなった?」


「ええと、残った民は1万程と言われていますね。その1万もこのテラクタにたどり着くまでの道で半分に数を減らし、なんとかたどり着いたと言われています」


「その逃れてきた民と元々の住人との対立は?それが戦争の火種になったりはしないのか?」


「ないと思います。いえ、最初はなくはなかったみたいですけど、テラクタは食料的には豊かな街なので受け入れる事はできたみたいです。それに大きな対立が今も続いているという話は聞いたことがないです」


これも違うような気がするな。


そもそも人間同士の争いに銃を持ち込め、とか鬼畜の所業だ。女神のすることではない。


うーむ、情報を得るための情報が足りてない気がする。


・・・


総士郎は考え込み、僅かな間、沈黙が流れた。


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