第2話 目覚めと鮮明な世界
「あなたは勇者様ですか?」
総士郎のまだぼやけてる視界の人影から声がかけられた。
開けた視界の焦点が合ってくる。
「あなたは勇者様ですか?」
人影からもう一度問いかけられる。
柔らかい女性の声。まだ完全に焦点が合ったわけではないが美女または美少女のような気がする。
「ここは?」
しかし、総士郎はその女性の問に答えられなかった。
女性、少し幼さがあるように見えるので美少女の方がふさわしいだろう、の姿が総士郎の両目にようやくはっきりと映し出される。
「ここは第3区画、外周通りの教会です」
やけに明るく、広い視界の中の女性は答えたが総士郎にはその意味がわからない。
「外周通り?教会?」
確認するように自分で呟くがやはりその意味は理解できなかった。
広く明るい視界の中央の美少女は金髪、その大きな瞳は碧眼、白い肌に桜色の唇、間違いない美少女だ。わずかに微笑んだような表情でこちらをまじまじと見ている。
「あなたは教会の聖堂、女神像の前に倒れていたのです」
総士郎の様子に美少女は説明を付け足した。
「倒れていた?」
「はい、今日の朝、聖堂の掃除をしようとしたら、あなたが全裸で女神像の前に倒れていました」
「全裸で?」
総士郎は自分の体を見ると服を着ているが、その服は総士郎には見覚えのない白のシャツに茶色のズボンだった。
「私がこの部屋へ運び、服を着せました」
目の前の美少女に全裸を見られたらしい。
何も思わないことはなかったがそれよりも優先すべきことがいくつもあった。
「勇者ってなんだ?もしかして異世界転生とか異世界転移の話か?」
総士郎のなれ親しんだ娯楽小説の1ジャンルにそういうものがあった。
「そう、それです。この世界に招かれた勇者様のことです」
「少し待ってくれ」
寝かされていた寝台から降り、部屋の端から端へと2往復する。歩きながら両の手の平を確認し握ったり閉じたりした。
「鏡はないか?」
美少女の方に視線を戻して問う。
「あはは、鏡はないですね。でも、こちらにいらしてください」
美少女は部屋の扉を開ける。その先も屋内、部屋になっているようだ。
その部屋の隅には大きな壺、いや口が広いので瓶、があった。
「どうぞ」
瓶の前で少女は総士郎を招く。
覗き込むと瓶の中に満たされた水に総士郎の姿が薄く映っていた。
「ああ、やっぱり」
総士郎は呟く。
「私は貴方の言う勇者のようだ」
水鏡に映った姿は15才から20才にとどかないくらいの黒髪の青年、一般的な日本人よりはわずかに彫りが深いが、全体的にはまぁまぁといった評価がいただける顔だった。
しかし、容姿の美醜よりも大事なのは年齢。現代日本では72才だったはずの総士郎が10代の青年になっていることだった。
総士郎は目の前の美少女よりも、広い視界に手のひらの細いシワまで鮮明に見える視力、軽い肩と腰と足にまず驚き、感動していていたのだ。
そして、ほとんど動かせなくなったはずの左手にも感覚があり動かせた。
70才のときに脳梗塞で倒れ、それ以降左半身の感覚はほぼ無くなり、動かすことは震えながらゆっくりとしかできなくなっていたはずの総士郎には体のすべてが違和感なく存在している事自体が違和感の塊だったのだ。
目の前の美少女はその後ろから陽の光が差し、まるで後光を纏った女神の様な光景、だったがその光景よりもこの「清々しい違和感」に総士郎は心囚われていたのだった。
「話をしたい」
72才から若返った。その事実の喜びと取り戻した身体能力とで走り出したい気分だった。
しかし、総士郎は先程まで後回しにしていた美少女と先に向き合わなければならない。
そうしなければすぐにでも死んでしまう可能性があった。最近の異世界転生は「ハズレ」ですまないような悲惨な話も溢れているのだ。
特に先程見た右腕の手首に小さく、「日本語」で「死ぬな、銃を作れ」と書いてあった転生者には命の危険がすぐそこに差し迫っている可能性は十分にあるのだった。
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