第二章『悔恨』 第一話

『もしもし?』

「お、シゲ?久しぶり、今実家?」

『そうだけど…、こんな夜中に何?用がないなら電話切るよ。』

「待て待て待て!用があるからこんな時間に電話かけたんだろ。それに今日は大晦日だし、別に何かしてたわけじゃないんだろ。」

 そうだけど。不服そうな声が耳元で囁かれる。一樹はちゃらりと耳にぶら下がっているピアスを指でいじりながら、苦笑を漏らした。

「だったらいいじゃんか。」

『今、家に泊まってる子に片づけさせてるからなるべく早くお願い。』

「あ、そう。相変わらず冷たいなー、一樹は寂しい。」

『…切るよ?』

 成亮の不機嫌そうな口調に、どこか安堵している一樹がいる。そしてそのことに困惑を覚えている一樹もいる。本来の用件を伝えべく、悟られないよう陽気に言葉を吐きだした。

「明日さ、どうせ暇だろ?だったら俺の家の喫茶店に来てほしいんだけど」

『まだ暇って言ってない。…暇だけど。』

「暇じゃねえか。」

 減らず口がなおらない年下の幼馴染は『明日、喫茶店開いてるの?』と不安げに声を揺らした。

「ううん、明日は休業。でも二十歳を迎えたお前を祝いたいし、特別に場所貸してもらうことになった。」

『あ、そう。わかった。昼くらいに行くわ。』

「あ、その預かってる子?も連れてきていいから。どうせお前の家はお参りも何もしないだろ。」

『…うん、ありがと。和くんも連れていく。』

 じゃあね、という言葉と共にぷつりと電波が途絶えた。ほんの数分の会話なのに、一日労働したような疲労が身体に蓄積されている。はあと自分を鼓舞するためにわざとらしく溜息を吐き、腰かけていたベッドに倒れこんだ。その衝撃で手からスマートフォンが離れていくが、マットレスの上だ。

 成亮の低いテンションと声に、こんなにも衝撃を受けている自分がいるなんて想像もしていなかった。薄情だと自負していたし、有輝也が亡くなった時も悲哀よりももう遊べないのかという喪失感の方が勝ってしまった。

 だから大丈夫だと信じていた。幼馴染である成亮が、まるで有輝也のように立ち振る舞っていても、平気だと、受け入れることができると驕っていた。

 有輝也のように立ち振る舞ってまで生きようとしている彼に歓喜と絶望。心の中で真反対の感情が綯い交ぜになって、一樹の心の治安を乱している。

「はー、つら…。」

 白い天井に、一樹の言葉が吸い込まれて消えていく。壁際に見える好きな女性アイドルのポスターも、今は全く癒しにならなかった。

 蓑浦一樹は有輝也と成亮の三つ上の幼馴染である。何かと個性豊かな彼らをまとめていたリーダー的な存在であった。一樹が中学に入学してしまえば一緒に過ごすことは少なくなってしまったけれど、それでも彼らの他の友人よりも濃くあの二人と接していた自覚はある。

 だからこその悔恨が、今になって遅効性の毒のように一樹を苦しめている。

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