三章 彩流泰籠帝国
☆【1】彩楼
※ようやくヒロインが出てきます。
二章から、出てきてはいるけど。この時とは姿が違うので。
炎のような朝焼けが橙に輝いている。
何かが――誰かが、よたよたと進んでゆく。
幼い少女である。たっぷりと水が入った桶を棒の両側に吊して、細い肩に担いでいる。
後ろ襟に縫いつけられた黒い布に、頭部から鼻筋までを覆われている。だが、つるりとした顎と、きつく噛みしめられた唇の絶妙の配置を見ただけで、並外れた美貌の持ち主と思う者もいたことだろう。今ここを通りがかり、少女とすれ違ったならば。
実際には、石ころだらけの道は少女を除けば無人である。
「お義母様、ただいま戻りました」
「遅いよ」
「申し訳ありません」
「やれやれ。あんたを使いっ走りに使うなんて。ここの奴らは、ずいぶん贅沢なことをしているんだな」
「あなたは誰?」
少年は謎めいた微笑を浮かべている。
「あんたは、都へ行くんだ」
「……なぜ?」
少年は、少女の額に左手の人差し指と中指を当てた。
「この記憶はもう必要ない」
意味深な呟きの真意を理解する間もなく、少女の脳の中身はめちゃくちゃに蹂躙されてしまった。
「……!」
少年の指が離れた時。少女は、人間として最低限の知識と経験を除いて、文字通り全てを失っていたのである。
少女の顔色は紙のように白くなっていた。
「あんたの名前は?」
「……」
少年を警戒して答えずにいるのではない。分からないのである。
「おいで」
この日、一人の少女が家を出て流れ者となった。
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