入れ替え戦、開始!
青い髪の少女に連れられ踏み込んだ穴の内部は、不思議な世界だった。
周囲の暗い空間はどこまでも遠くまで広がっているように見え、絶えず色とりどりの光が尾を引いてぐるぐると回っている。
まるで星に照らされた夜の海を渡っているようなそんな気分……そして、足元を支えるものは、何も無い。
いや、本当に何も無かった。
周囲と同じ世界が足元には拡がっていて、そのまま吸い込まれそうになりエンドは下を見るのを止める。
「ふんふんふん~♪ 気を付けて下さいねぇ、手を離すと落っこちちゃいますから、絶対離さないで~」
「マジか……落ちるとどうなんだよ?」
「さあ? 落ちて戻って来た人、見たこと無いからわかんないです、あは~」
「怖ぇことを笑いながら言うな……!」
口を大きく開け白い歯を覗かせた彼女にぞっとして、エンドはより強くその手を握りしめた。
覚束ない足元なのに……彼女には何かが見えているのか足取りは確かだった。
暢気に鼻歌を歌う少女に子供のように手を引かれている間、気を紛らわせる為にエンドは話しかける。
「なぁ、《
「そうですね~……う~ん。あまり私は頭が良くないのでわからないのですが、《
彼女は立ち止まり、前髪を上げた顔を額が触れそうな位に近づけ、瞳を大きく開ける。
「私の目の中に、小さく光る石のような物が見えますか?」
「ああ、見える」
「それを我々は《星》と呼んでいます。この普通の人々には無い器官が魔力を生み出し、操作する事を助けているといいますが……これは《
彼女の瞳の中には瞳孔の周りに、五つ程紫色の宝石のようなものがある。
そこで少女は髪を下ろすと、目が乾いたのか何度も瞬きした。
「人によって様々ですので、使えたり、使えなかったりする魔法があるようですね。私も火や水を出したりと言ったことはできません……構成元素に《
「ふうん……わり―けど、全っ然よくわからん」
「気にしないでいいと思いますよ、私も良く分かってませんから。幸い、古代人の作成した神器が多く残されていた為、それらを使えば様々な事が出来ますけれど。ん~……こっちかな?」
言わばこの中ももしかしたら、迷宮と同じような異界のようなものなのだろうか……エンドの頭ではあまり理解できずに首を傾げるばかりだ。
疑問形の言葉にそこはかとなく不安にさせられつつ、エンドに出来る事は無いので、大人しく後をついて歩く。
星明かりが照らす闇の中を淀みなく進む彼女は、途中で方向を右へ左へと変えてゆき……ある時、その星の一つが徐々に大きくなって来ているのに気付いた。
そのまま真っ直ぐ進み触れられる位置まで近づくと、それは丁度人一人が通れるくらいの大きさとなり、目の前で揺らぎだす。
「うん、これですね~」
「中に入ればいいのか?」
「ですです~♪ さあ、ここから出ましょう、足元に気を付けて下さ~い」
「足元……?」
穴の外側から小さく聞こえて来た雑音に、少女の次の言葉に対するエンドの反応は一瞬遅れる。
「多分、
それを最後に遠くから聞こえる雑多な響きがいきなり大きくなり、眩しさと共に体を浮遊感が包んだ――――。
……そして今、エンド達は眼下にあった訓練場Aに降り立っている。
「ハァ、ハァ……! お前馬っ鹿か!? ヤベーとこだっただろうが! 落ちるなら落ちるってちゃんと言っとけ! クッションがなかったら足が砕けるとこだっただろが!」
「ごめんなさ~い。でもいいじゃないですかぁ~きっと強い人だから大丈夫だぁって思ったんですぅ……」
ロスフェルドを下敷きにしたまま訓練場に降り立ったエンドは抱えていた少女を怒鳴りながら下ろすと、周りに揃っている仲間達を見てほっとする。
「どうやらドンピシャだったみてえだな……わりぃ皆、遅れたけど大丈夫だよな?」
「エンド君……!」
「バカエンド……と、誰!?」
そしてそれ以上に安堵した特薦クラスの面々が駆け寄り、彼の隣に立つ少女が誰なのか尋ねた。
だが、二人はまだ、お互いの事を知らない。
「誰って……お前、誰だっけ?」
「はぁ、そういうあなたも誰でしたっけ??」
エンドは眉を寄せて目を瞑り、少女は口元に指を添えて上を見上げ、双方がしばし固まった後、おもむろに自己紹介を始めた。
「あ~俺はエンド。エンド・シーウェン……って事になってる。さっき言った通り《
「私も同じく見習いの《
「おぅ! 送ってくれて助かったぜ、ハハハハハ!」
「いえいえ、どういたしましてぇ~」
「さあ、これで全員揃ったって事だよな? 相手チームも含めて。……あれ、一人少なくねェか? なんだったかなぁ~名前忘れちまったぜ。印象薄くて……」
後ろの
髪の毛はほつれ、服をどろどろに汚したロスフェルドが瞳をぎらつかせる。
「ごほっ、きっさっまァ……私を足蹴にしたばかりか、安い挑発を……こんな事をしてただで済むと……思うなッ!」
「あ~? 知らねー知らねー。テメェこそ回りくどい真似しやがって……まともに戦うのがそんなに怖かったかよ、お坊ちゃんは?」
耳に蓋をして聞こえないふりをしたエンドの挑発にロスフェルドが口を開いた時、「これ、そこまでにせんか」と学長が止めに入った。
「これ以上進行の邪魔をすれば二人とも失格にするぞい? せっかく整えた舞台をフイにするのはお主らにとっても本意ではなかろう? お主らも養成校の生徒であるならば、口では無くその実力でどちらが正しいのか決めよ」
「が、学長……こやつの参戦を認めるのですか!?」
「終了の宣言前に会場に現れた以上認めざるを得まいよ。なぁ小僧、盛り上げてくれるんじゃろ?」
「当ったりめぇよ!」
「ならばよし! 観客の方々もそちらの方が喜ぶじゃろう」
エンドは胸をドンと叩き、学長は満足そうにうなずく。
「し、しかし……」
「――ロスフェルドよ、儂も貴族達の立場を慮り規約の変更までは受け入れたが、これ以上何かするつもりであれば黙ってはおれんよ。どういうことかわかるじゃろ?」
「グ……わ、わかりました……」
学長の鋭い瞳は、以降何かあれば学校の責任者として厳しく対応すると伝えており、ロスフェルドは自分の不利を悟り口を噤む。
「では改めて選手は並び直すが良い。部外者の嬢ちゃんは観覧席へ退いてくれるかの?」
「はぁい。では、頑張って下さいね~エンド。私はあっちの方でゆっくり見てますから」
「ありがとなミミル! また後で!」
(あのローブは聖耀教会の……《
ロスフェルドの勝手な思い込みは誰にも正されず、そして学長により中断していた開催の合図がすぐに告げられる。
「観客の皆さま、お待たせしたのぅ! ではここに3582年度前期 《
『オオオオオオォォォ――――!!』
焦れていた観客たちの熱狂が歓声となって渦を巻く。
下がってゆく生徒達と同様に背を向けたエンド。
しかしその背中を冷たい一声が呼び止める。
「待て……」
「あんだ? ここに至ってまだ何かあんのか?」
ロスフェルドは左手の手袋を外し、宙に放り投げ腕を振るう。
するとエンドの目の前でそれは紙吹雪のように粉々に砕けた。
そしてエンドの鼻先突き付けられたのは氷でできたような、青く光る細い剣。
瞬き一つで見逃すような一瞬の早業。
「宣言する。貴様は私に触れられることも無く敗北する事になるとな。オルバートの家に楯突いた者の末路がどうなるか……心臓が凍てつく程の恐怖を味わうがいい」
「ふん……小細工だけじゃねえってか? 最初っからそっちで来いよ……臆病者が」
軽く火花を散らして二人は顔を背け、両陣営に下がってゆく。
そして……その緊張が嵐の前の静けさのように会場へじわりと拡がり出し、学長が片手を上げた。
――遂に、戦いが幕を開ける。
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