入れ替え戦当日③
【・リィレン視点】
急遽、組み立てられた観覧用の簡易座席に取り囲まれた訓練場A。
そこにはもう既に数百人程度の観客が詰めかけているようだ。
この準備に関しては私達生徒も関わっていたので知っているけれど、実際人が集まっているのを、しかも丁度視線が集まる位置で眺めると……流石に圧倒されるものがある。
パパン……パンッ!
軽快な音を立てて打ち上げられた色とりどりの煙が空を覆いだす。
開催の合図。
長方形の形をした訓練場は中央で区切られ、左側にはAクラスの出場者六人、そして右側には特薦クラスの出場者……私達計五人が対峙している。
そう……五人。
そしてその中にエンドはいなかった。
「ええ~ではこれより、【第3582年度・前期・特薦クラス対Aクラス・
司会の学長が二チームの間に用意された壇上に上がり、開始の口上を述べ始める。
かなり高齢で、子供に混じっても気づかない程の小さい老人だったが、長い髭に包まれた口で語る言葉は意外にも大きくはっきりとしている。
だが、そんな声も私にはよく聞こえていなかった。
苛立たち紛れに足元の地面をザシザシ踏み鳴らす。
(な~にをやってんのよぉ……アイツはぁあああ……!? あの釣り目ブラシ頭めぇぇ……!)
A組の生徒達が一人人数の少ないこちらを見て余裕の表情をかますのを悔しそうに睨み返しながら、私は悔しさに拳を握り締める。
よもや、本当に試合開始に間に合わないとは思わなかったのだ。
彼を探しに出ようという話も出たが、それはハルルカ先生に止められた。
今、応援に来ていたランディー少年他クラスメイト達に敷地内を捜索してもらっているが、聞き込みの結果では逃走しながらどこかへ遠ざかる姿が見かけられたらしい。
(誰かに襲撃を受けたってこと? ……まさか)
嫌な予想を思い浮かべる私の耳に、癇に障る忍び笑いが届く。
「クク……どうやら、君達の大将は尻尾を巻いて逃げたらしいねぇ。全く、あんな威勢だけの器の小さい男を大将にしなければならない君達の人材不足には同情を禁じ得ないな」
「なんですってぇ?」
「ちょっとリィレン、ストップ!!」
「今はダメ、ダメです!」
観客の目の前でつい激発寸前になった私は、ルーシーとシェラに左右から止められる。
せめて何か言い返そうと思ったが、意外なことにシェラが勇敢にも彼に対抗した。
「エンド君は逃げたりしません……! まだ時間もありますし、必ず間に合わせてくれるはずです!」
「大した信頼ですね……嘆かわしい。本来その信頼は私達貴族の同胞たちへ向けられるもののはずなのですがね……まぁ良い。ああ……そういえばこんな話を小耳に挟みましで、親切心から教えて差し上げましょう。こういった荒っぽい行事にはもっぱらならず者共の余興となるらしくてね。裏で結構な金額が動いているらしいのですよ……誰が勝つのか、どちらが勝つのかなどでね」
ロスフェルドの陰湿な笑みに、先程の嫌な予感が現実になったことを悟り、私は苦い表情を浮かべる。
「あんた……裏で小細工をッ!?」
「いやいや、人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。私はそういったならず者が賭けを有利にしようと企むこともあるのかも知れないから、身辺には配慮すべきだと忠告しようと思っただけだ……もっとも、少し遅かったかも知れないがね。クク、フフフフ」
――この口ぶり……絶対何かしたに決まってる! どこまで汚い男なのよ!!
「先生ッ、アタシ、探して来る!」
平静でいられなくなった私を先生が引き留める。
「待ちなさい! 彼ならそんなならず者位自分でどうにかして見せるはずです! あなたまで出てもし開始までに戻らないと、下手すればそれだけで勝敗が決まってしまうんですよ!」
「フフ……これも忠告ですが、今回に限り規約が少々変更されているらしいですよ」
だが、それを嘲笑うようなロスフェルドの言葉にハルルカ先生までも顔色を変え、すぐさま運営の方に確認しに走って行った。
大きな声を出し詰め寄った彼女に運営委員の男は腰を引かせたが、異議の申し立てには頑として首を振っている。
「時間は貴重なものなのでね、協会の
「…………このクソ野郎、そうまでして」
「女性にあるまじき粗野な発言だな、これだから野蛮人は。何ごとかを私が手を下した証拠はあるのかね? 私は何もしていない……私はね。……フフ、ハハハハ!」
私は今更認識が甘かったこと痛感した……こいつらは、最初からまともに戦う気なんて無かったんだ……。
彼らの手は試合内だけではなく、盤外にまで及んでいる。
負けの二文字が頭をよぎって、何もできない自分が悔しくて目が潤んで来る。
だけど、そんな私の背中を叩くように、頼もしい相棒の言葉がはっきりと響いた。
「――負けませんよ、私達は!」
沈みかけた特薦クラスの雰囲気を凛としたシェラの声がすくい上げる。
「あなた達が何かをしたかどうかは私達には分かりません。けれど、まだ戦いは始まってすらいないんです! 何も決まってない内から、少々条件が悪くなったところで逃げる位なら、私達は最初からこんな所に立っていません! 真っ当に戦って勝つ自信が無いのなら、あなた達こそここから逃げ出すべきでは無いですか?」
「何だと……!?」
ロスフェルドの余裕が揺らぎ、シェラレラの力強い宣戦布告に会場がざわめく。
(やるじゃない……!)
私は感心すると同時に、彼女がそうやってちゃんと言うべきことを口に出せるようになったことを嬉しく思う。
そして同時に、私もこんな風に縮こまってないで自分を奮い立たせきゃいけないと強く思い、シェラの隣に並んで眼鏡貴族の眼前に指を突き付け、勇気を振り絞った。
「アンタ達が私達にしたのは、火に油を注いだだけってことよ! より真剣に、強い意志を持って私達はアンタ達を叩き潰すから! 一人人数減らした位で甘く見てんじゃないわよ!」
「クッ……ならば実際に力づくで分からせてやる! 学長、早く試合の開始を!」
開会式の進行を無視した私達の舌戦を会場が好意的に受け取って盛り上がり、話を止めて聞き入っていた学長は愉快そうな笑みを見せる。
「うむ、両軍とも戦う意思は十分のようじゃな! ならばもう何も言うまい……。ここに、第3582年度前期 《入れ替え戦》の開始を――」
(クク……士気を
勝ちを確信したかのようにロスフェルドの暗い笑みを漏らす……しかし。
妙な音が、耳に届いた。
とても微かな、風を何かが切り裂くような音。
私はその発生源を把握しようと空中を仰ぎ、目を見開く。
「あ、あれ……学長!」
「む……?」
「――――!! ――、――――、――――け!」
そして学長の肩を揺さぶり天空を指差した。
――来た!
私の目線で追ったシェラがはっとして後ずさり……。
違和感を感じたロスフェルドが頭上に落ちた影の正体を見ようと顔をそのまま上に向け、顎が外れる位口を拡げ、叫びだす。
そして……遂に。
「う、ぉおおおおおぉぉぉぉアアアアアアァァァァ!!!!!!」
「――――――ァァァァァァッ!!!!???? お前そこどけッて言ってんだろがぁ――!!」
あいつはこの上なく派手に、空から登場をぶちかました……。
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