入れ替え戦当日①

 

【・リィレン視点】


 柔らかい日差しが、風になびく白い大弾幕をくっきりと照らしている。


『3582年度 特薦クラス対Aクラス 前期入れ替え戦リプレースメント


 一年に十月ある内の四つ目の花月。その最後の週の末日……解放された本部養成校の校内には多くの人間がを詰めかけていた。

 学校周辺や、冒険者協会の敷地の至る所には屋台が立ち並び、さながら小規模の祭りのような雰囲気で賑わいを見せている。


 そんな中を、私とシェラは連れ添いながら、人の流れに添うようにゆっくりと歩いていた。


「こんなの、いつ準備したのかしら……。まるで私達の戦いが見世物みたいじゃない……はぁ」

「恒例行事みたいなものになってるみたいですね……あはは」


 うんざりした様子の私の愚痴にシェラは乾いた笑いで応える。

 第二試合に出場する事になった私達は敷地内の訓練場に向けて歩いている途中なのだが、普段見ない人の多さにはつい辟易してしまう。


 周囲の露店の価格は比較的割高な気もしたが、それでも客が喜んで買っているあたり、それだけこういった娯楽的な催し物に住民も飢えているのかも知れない。

 財布の口を堅く縛っておかないと、雰囲気に乗せられあれこれといらぬものに手を出してしまいそうな浮ついた雰囲気。


「何か食べていきます?」

「……やめときましょ。並んでて時間に間に合わなかったら嫌だし」


 左程物欲しそうに見ていた訳では無いのだけど、シェラの気を使ったような言動に私は少しだけ顔が熱くなる。子供でもあるまいし……。


「良かったらどうぞ~!」

(……こんなものまで作って)


 ギルド職員の制服に身を包んだ女性から一枚のビラを受け取った私は頭が痛くなった。


 そこには試合予定時刻や出場者の簡単な来歴などがカラフルな文字で踊っている。慈善事業でやっている訳では無いのだから仕方ないのかも知れないが……こんなところで商売っ気が見られると、《冒険者協会》の財政状況は本当に大丈夫なのかと妙な勘繰りをしてしまう。いや、国家主導での運営が為されているので間違いなく大丈夫なはずなんだけど、ちょっとね……。


「はぁ……出場者であるのが少し残念です。関係なかったらゆっくり楽しんで回れたかもしれないのに」

「そっか、アンタこういうお祭り初めてなんだったっけ……?」


 隣を歩くシェラが残念そうにするのを聞いて私は遅まきに気づく。


 シェラはここに来るまで、恐らく市井にほとんど出る事が無かったのだろうからそれは自体は仕方ない。


 妙に感じたのは三大公家の人間が、こんなところに供も連れずにいる事だ。本来なら専門の警護要員が付き従っていてもおかしくは無いのに、その気配は感じられない。

 

「校内ならまだしも、大丈夫なの? 一人で出歩いて……アタシもいるけどさ」

「……実は、ちゃんといるんですよ? 秘密ですけど」

「……へぇ」


 彼女はこっそりと耳打ちし、私は驚いた。

 よっぽどのことなら見逃さない自信がある程度には自分の感覚を信用しているのに、これまでに彼女といて不審な人物の影を見たり、変な感覚に陥ったりということはなかった。

 誰かが見張っているのだとしたら相当な腕前だ。


 ――そんな人が付いてるなら、いいかな。


 私は少し緊張しつつシェラに一つ提案をする。


「あ、あのさ……良かったら試合が終わった後、二人でちょっと回る?」

「……いいんですかっ!?」


 彼女の銀色の瞳がキラキラと輝いたのを見て、私の心臓は少し跳ね、先程よりも顔が熱くなる。こんなにも喜んでもらえるとは想像していなかったから。


「ち、ちょっとだけよ!? あたしあんまりお金とか持って来て無いし!」

「それでもいいです! わぁーっ、楽しみ……」

「あくまで試合が上手く行ったらだからね……ちゃんと集中して臨みなさいよ!」

「はいっ!!」


 感激してギュッと手を握って来るシェラに焦りながらも、私自身も結構楽しみになって来てしまった。里では季節の変わり目を祝うような神事めいた祭り位しかまともに経験したことがないので、正直、色々と興味はあるんだ。


 ――でもいけない、こういうのはちゃんとやるべきことをやってからでないと……。


 緊張感をしっかり保とうと気合を入れ直して、なかなか離してくれない手をつないだまま辿り着いた待機スペースのテント内に入ると、先に来ていたクラスメイト達から声が掛けられた。


「おや~? お熱いですなぁお二人さん。そういう関係だったか」

「ち、違う! 違うからね!?」


 ……全く、都会の人はすぐこういうことをからかうんだから。


 入るなり私達にニヤついた視線を送ったのはルーシー。

 その生暖かい視線に私は声を喉に引っかけて、上ずらせてしまう。


 けれど、それをわかっていないシェラは繋いだ手を離してはくれない。


「そういうってなんですか?」

「それはね~、女と女であれそれこうこうという……」


 ――言わんでいいっ!!


 それに輪をかけ、小鳥のように小首を傾げるシェラの耳元でこしょこしょと詳細な説明をしようとしたエルを私は全力でシバき倒す!


「いだぁっ!」

「詳しく教えんなっ! シェラもそろそろ手を離してよ!」

「うー、何すんのさっ……舌噛んじゃったじゃんかっ! うーっ、うーっ」

「世間知らずに変な事吹き込もうとしたアンタが悪い……」


 私は荒い息を整えしゃがみ込んで口を押えるエルのひよこ頭を睨みつけ、ルーシーがその間に割って入った。


「おー怖い怖い。ま、そこまでにしといてあげてよ……私達が一番手なんだから。そして賞金をこの手に……あ~もう、今から何を買うかで楽しみだわ」

「あたしは、街中の周って食い倒れるまでご飯を食べ尽くすんだ……!」


 瞳をフィールの文字でキラッキラに輝かせて妄想を垂れ流す二人に嫌な予感がして私は顔を背ける……余計な算段だけ立てて、負けなきゃいいけど。


 そんな心配をしつつ、テント内を広く見渡して……ある事に気づいた私は嘆息する。


「もう皆揃って……は無いのか、やっぱり……」


 自分達も大概遅かったが、この場にいない者が一人いる。

 クラス最大のやかまし屋だ……こう言うのって、性格が出るから何となく予想はしていたけど。


「後はエンド君だけだね。ケイジ君が一番で、あたしらが二番だったよー……あ、そう言えば先生は?」

「そりゃ来るでしょ。大方教師は教師で忙しいんじゃない?」


 座っていたケイジはエルに指差されると、わずかに目を開いてこちらを一瞥したが、それだけ。

 相変わらずの愛想の無さだ……とはいえ、時間はきっちり守るだけマシだ。

 こちらの事情に付き合わせているのも事実なので、頭を下げ感謝を示す。


「悪いわね、一番責任の重い所に出て貰って。でも正直頼もしいわ……できればあの馬鹿の手綱を上手く握ってくれると嬉しいんだけど」


 するとケイジはうるさそうに手を振る。


「知らん、俺は勝手にやるだけだ。あの馬鹿が人の話を聞けるとは思えんしな。人の心配をする前に、お前らのどちらかは勝てるんだろうな? 大将戦が始まる前に結果が決まれば全員がいい笑いものだぞ」


 この取り付く島もない感じ……本当に彼、この先他の生徒と部隊を組んでやっていけるのかしら?

 仲間に向けるものとは思えない辛辣な言葉に、つい睨むような目で見てしまう。


「わかってるわよ……アタシ達だって」

「お前はまだいい、だが、そのチビは戦えるのか?」


 ケイジが顎で差したのはシェラのほうだ。

 確かにここ一週間の授業では、彼女は運動能力の低さを露呈するばかりだった。

 常人よりは上だが、《冒険者トラベラー》の平均水準と比べるとかなり低い。


 だけど私は迷いなく言い切る。


「……大丈夫。闘気有りでなら、あの子は負けない」


 これまでの一週間、私は密かに時間を作ってシェラと一緒に鍛錬していたんだから……それをかんがみた上で、自信を持ってうなずいた。

 

「……なら良い」


 それ以上はケイジは話を続けるつもりもないらしく、再び目を閉じて精神を集中し始める。


 ちょっと私はむっとした。

 だってプレッシャー掛けるだけかけてさぁ。ちょっと位は激励の言葉とかさあ……無いのかなぁ?


「あ、あのさ……」

「すみませ~ん、遅くなりましたぁ」


 私と彼の会話のせいで少し重たくなったテント内の雰囲気を振り払おうと、ルーシーが陽気な声色で全員に声を掛けようとした時、天幕の垂れ布が開いてハルルカ先生が顔を出した。

 

 丁度タイミングよく現れてくれた先生を歓迎しようとした私達はその場で絶句する。


 う~ん、見るからに疲れてる。

 何故か頭に三角巾をしばりつけ、淡いピンク色のエプロンをした状態で、手には何やら紙袋を下げている先生。


 でも、目が死んでるよ……。


「あははー、色々教師も運営で忙しくって……。はい、差し入れで~す皆ホットドッグあげます~……」

「わ~い、ありがと~……でもなにゆえホットドッグ?」

「今回はホットドッグ担当だからです……ああ疲れた」

「あぁ……何か学内で見かけた顔がちらほらいるような気がすると思ったら……先生方だったんだ。お疲れ様です」


 袋に入った大量温かいホットドッグをルーシーが受け取り、ハルルカ先生を労う。

 憐れな事に、話によると屋台群のほとんどは人件費削減の為、養成校の教員やギルド職員が担当しているらしく、彼女はひたすら今の今までホットドッグ生産機として稼働し続けていたようだった。


 私の中で、養成校の教員だけにはなりたくないという気持ちがさらに高まる……周りの皆の表情からも何となく同じことを思っているような気がするなぁ。

 そうとは知らず先生は私達を見回した。


「あれ、エンド君はまだ来てないですか? さっきホットドッグ買いに来て、ちゃんとこっちに来るように伝えたのに……」

「えぇ……? あの馬鹿は何やってんのよ……もうすぐ始まっちゃうのに。探しに行った方がいいかしら」


 天幕を出て行こうとする私を先生は引き止めて首を振る。


「大将戦までに間に合えば大丈夫ですから。それよりか、あなた達はあなた達で集中して、絶対に油断はしないように。入学して間もないあなた達と彼らにそこまでの力の差は無いんですから……他の事に気を回している余裕はないはずですよ? 作戦があるなら事前にしっかりもう一度確認を。先鋒の二人は会場の雰囲気と相手にのまれないように気を付けて」

「「はいっ!!」」

「――失礼しま~す……十分後に《入れ替え戦》開会式が開始されますので、出場者および関係者は、訓練場Aに集合して下さいね」


 そしてすぐに運営委員がテントを開け、全員の表情が引き締まった物に変わる。

 どうやらホットドッグを食べている場合では無いようだ。


「……では自信をもって全力を尽くして来なさい! あなた達はそれぞれが《神使》に認められた才能の持ち主です! それぞれの目標の為にまずはここで勝利を勝ち取り、前に進みましょう!」

「「「はいっ!」」」


 それを受け、先生は心得たように頷いて、気合を乗せた声で送り出してくれる。


 ――さあ、迷いは捨てて皆に恥じない戦いをしよう……絶対に、勝つんだ!

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