(幕間)ジェイザの憂鬱

 少し日中は汗ばむような季節。

 だが、青い髪を伸ばした青年は、相も変わらずロングコートの裾を翻していた。


 彼の名はジェイザ。

 《冒険者協会トラベラーズ・ギルド》の若手でも割と名を知られ、《蒼流の貴公子》との二つ名も持っている、新進気鋭の冒険者である(彼はこの二つ名をあまり歓迎してはいないが)。


 よく知った者が彼を見れば、少し頬がやつれている事に気づいただろう。

 それもそのはず、ここの所殆ど休みが取れていない。

 エンドは今のところ順調に学校生活を送れているようで、そちらは問題ない。


 原因はユーリから応援を頼まれた仕事の方だった。

 第九号円蓋ドームに軽微な損壊有の為、神器技術者と神使オラクルを護送するという任務。


 その為、彼は馬車に乗り、フィーレル国の比較的西側にある、コーンウッドと言う街に数日間滞在後、今コーラルへと帰還した所だった。


(まさか、現場に辿り着いてしばらく異常が無いからって全部僕に丸投げするとはね……)


 今ここにいないユーリへの愚痴を内心で吐露しながら、ジェイザは《冒険者協会トラベラーズ・ギルド》本部の門を潜り、守衛に挨拶する。


 すると、普段はここには居ない人物から声を掛けられた。


「あら、ジェイザさん、お疲れの様子で」

「おや、アルベールさん……どうされたんですか?」


 アルベール・ジウゼン。


 普段は舎内の内勤で務めている、ギルドの職員の一人……彼も確か若い頃は冒険者として活躍した、引退組の一人だ。


 そのせいか初老に差し掛かろうというにもかかわらず、背筋はしっかりしており、腹も出ていない。後ろに撫でつけた白い髪はいかにも役場勤めと言う雰囲気の男だった。


 彼は何やら分厚い紙束を持ち、ギルドを訪れる人に配っている。


「それは……?」

「ええ、これなんですよ。これのせいで朝からずっと立たされておりまして、ははは。ジェイザさんにも懐かしいのでは無いですかな?」


 手渡された紙面を見ると、大きく【3582年度 特薦クラス対Aクラス 前期入れ替え戦リプレースメント 開催!】とある。


 それを見てジェイザは口を曲げた。

 彼は入学時Bクラスで、Aクラスに昇格後、後期の入れ替え戦で特薦クラスに勝負を挑むも後一歩で及ばず敗北し、そのまま卒業したという苦い思い出がある。


 なので入れ替え戦と聞くと当時の記憶が蘇って何とも言えない気持ちになるのだが、この老人はそんな事を知らないだろうし、責めるのはお門違いと言うものだ。

 大人しく受け取り、それを眺める。


(しかし、異常に早い時期で開催したな。入学からまだ一カ月だろうに……いや、しかしあの学長の性格を考えると、些細な事でも火種にしかねないか? ……嫌な予感がするなぁ)


 歴代で最も長い在籍期間を誇る学長の姿を思い浮かべ、ジェイザは頭が痛くなった気がした。

 こめかみを抑える彼を気にかけてくれたアルベール氏の気遣いを制しながら、目をゆっくりと下にスライドさせてゆくと、やはりというか、何と言うか。

 

 ジェイザの顎が落ちる。


【特薦クラス 大将組:&ケイジ・ハザキ】


(アーッ!? やっぱりなのか!? 絶対にあいつが誰かぶっ飛ばしたとか、どこかをぶっ壊したとかそんなのが発端に決まってる……! 何で大人しくしてられないんだッ!)

「どうかされましたかな? 余り顔色が優れない様子ですが……」


 震える手が紙面を半分に引き裂いた所で、ジェイザははっと我に返る。


 こんな人目のある所で醜態を晒す訳にはいかない……自分のイメージが崩れてしまう。


「い、いえ……ちょっと知り合いが出ているもので、つい興奮してしまいまして……では失礼」 


 出来るだけ穏やかさを取り繕いながら、紙片を折りたたんで懐へしまい込むと、ジェイザはギリギリで笑顔に見える表情を作るのに成功し、建物の中へ。


(もうこれ以上厄介ごとに付き合いたくないんだ……。疲れたんだよ。早く任務終了の報告をして休もう)


 久々に訪れる本部受付のせいか、心なしかいつもと違うように見える気がする。

 彼は受付に真っ直ぐ足を向ける。


 視界の端に何か嫌な物が映った気がしたが、気にしない。そんなはずはないのだ。


(こんなところにいるはずは無い。絶対に無い。ありえないありえないありえない……速く報告して一刻も早く帰ろう)


 頭痛する頭を押さえながら、ジェイザは受付嬢に依頼の達成を報告する。

 それで終わりのはずだった。


 途中であの声さえ聞こえなければ……。


「ジェイザちゃ~ん♪」

「……だから何でいるッ!?」


 現実逃避の為急速に暗転するジェイザの目の中では、手を振りながら駆け寄るユーリの眩しい笑顔がどんな魔物よりも恐ろしく映っていた。



かーっ!」

「ごほァ……!? はっ、こ、ここは!?」


 夢であれば良かったのに……。


 意識を取り戻したジェイザは、先程の出来事がしっかり現実だったことを思い知って、涙が出そうになった。

 どうやらギルドのラウンジにあるソファに寝かされていた所、今の腹パンで起こされたらしい……吐きそうな気分だ。


「誰が運んだんですか?」

「私♪ 皆驚いてたよ、ジェイザちゃんのあんな姿見たこと無いって」


 目の前のユーリはストローの刺さったドリンクをすすりながらにっこりと微笑み、ジェイザは髪を振り乱して嘆く。


「ウァアアアアアア――!! 僕のイメージがぁ……培ってきた信頼がッ!」

「あの位で誰も何にも言わないよ……内心女の子見て卒倒するなんて、《蒼流の貴公子》一体どうしたんだ? 実はヤバイ奴なのか? とか思っていたとしてもっ」

「まだ直接言われた方がマシですよ! というか、人に仕事押し付けと言いて何であんた本部でのうのうとお茶してるんですか!?」

「いいじゃない、こんな幹部がいても。それに、仕事を押し付けてるのはジェイザちゃんだけじゃ無いんだぜ!?」

「余計悪いわっ! 何楽しそうに笑顔で酷いこと言ってんだ!? はぁ、はぁ……」


 我を忘れて怒鳴ったせいで、周囲の注目を余計集めてしまった。

 時すでに遅しなのだが、ジェイザは腰を落ち着けてとりあえず深呼吸を一つ。


「……すみません、つい取り乱しました」

「私は気にしないから大丈夫よん♪ そんで、どうだった?」


 本題は今回の依頼の顛末を聞く事だったのだろうが、ジェイザは納得できなかった。


 待っていればギルドの方から報告上がって来るだろうに。

 そのせっかちさを自分で仕事をこなす方向に生かせないのかとか色々と不満は浮かぶが、何はともあれ上司からの問いかけだ。答えないわけにもいくまい。


「……転送陣ゲートパイルが二本破損しており、補修には数か月かかると……。第九号円蓋ドームでの異界転送はしばらく行えなくなってしまいました」

「やっぱりか……あ~大変大変」


 違和感を植え付ける口ぶりに、ジェイザは厄介事の気配を感じ、渋い顔をする。


「やっぱりとはどういう……自然劣化による破損の類ではないのですか? 現地担当者はそう言った見解を述べていましたが」

「そう思いたいのはやまやまだけど、立て続けに幾つかの拠点でその現象が起こっているとしたら? 元々パイル部分は物理衝撃には滅法強く造られてる……それがあちらこちらで破壊されたとなると、人為的な物である可能性が凄く高い」

「ですが……警備していた者の証言では侵入者の姿はおろか、何の痕跡も見つかっていないと」

「うん、それもどこも同じ。でもあるでしょ……そういう事が出来る力が」


 ユーリは声を潜めて言う。


「まさか……」


 気づかない内に、口元がユーリの指で押さえられているのに気付き、ジェイザはぞっとした。


「ここまでにしとこっか……。とりあえず、報告書だけこちらに渡しておいてくれる? ちゃんと後で受付に返しておくからさ」

「……わかりました。こちらです」


 何やらのっぴきならない事態が進行しているのではないか。

 ジェイザは氷を背中に触れさせたような寒気が感じられて、素直に鞄の中から紙束を手渡す。


「ありがとー♪ う~ん見ただけで几帳面さがわかるいい書類だねぇ……君に任せて正解だった」

「そんな事では誤魔化されません……が、まぁ……なんというかあなたの事を少し誤解していたのかも知れません」

仕事はちゃんとやってたってー?」


 意地悪そうな目線でこちらを狼狽させた後、ユーリは相変わらず屈託なく笑った。


「私の価値観は少しばかり他とズレてるけど、それで見えるものもあるから。ジュース飲むのにスプーン使っても仕方ないでしょ? 私は私のやり方で《冒険者協会》を……皆を守っているつもりなんだけどな?」

「……すみません」


 手元のストローをくるくる回した少女にジェイザは頭を下げた。

 おどけた態度で誤解されることも多いが、彼女が幹部についてから、冒険者協会トラベラーズ・ギルドの運営に大きな問題は起こっていない。


 そして自身の責任を果たした上で、こんな風に彼女は周囲に笑顔を振りまく余裕がある……それが多くの人間に安心感を与えていることも事実。


 多くの冒険者が彼女のファンである理由が、何となくわかった気がした。


 彼女が《十二階段スカ―レル》という地位に座った事で助けられた人間がきっと星の数ほどいるのだろう……悪い部分ばかりが目立つように思えるが、それを相殺する以上の実績が彼女にはあるのだ。


「謝らなくてもいいんだよ……それぞれの考え方があるからこそ、組織ってのは成り立つもんだからね! 君は君の信念に基づいて動いてくれればいいの。ダン爺も君のそういう所を評価して弟子にしたんだと思うし……バランスが取れてりゃそれでいいんだから。私達が後ろにいると思って、安心して職務に邁進したまえ♪」


 ぽんぽんと優しく肩を叩くユーリを見て、重責を軽々と笑い飛ばす心の強さにあやかりたいと、ジェイザは苦笑した。


「そうかも知れません。いや、あなたの事をどうやら何も知らなかったようだ。てっきり、僕ら下っ端に任務を振るだけ振って自分は世界中を飛び回って遊び惚けているんだと……」

「うっ……」


 彼女が胸を抑えているのに気づかず、ジェイザは拳を握りながら感動した様子で粛々と続けた。


「いや、冒険者仲間から益体も無い噂をよく聞いていたんですよ。各地の有名な飲食店に行くとあなたのサインが必ずあるとか、賭博場とかでお金を貸してくれと頼まれたとか、ようやく任務帰還が終了して帰還しようと思った矢先に捕まって強制的に別の任務を振られたりとか。きっと、何か行き違いがあったんでしょう」


 ギクギクギクと、心臓に何か突き刺さった様に悶える彼女をジェイザは見ていない。


「それも何か深い考えがあっての事だったんでしょう……。流石は《十二階段》の中でも上位に位置する傑人! 是非、ダンディマル師匠からは学べない部分を今後とも色々と勉強させて頂きます……!」

「……そ、そうだね。うん、この私の後ろ姿を見てお仕事に励んでちょ~だい! また次のお仕事も頼んでいいかな? ほらこれ、君のさらなる成長を促す為に!」

「はい、喜んで! では早速、次の任務に移らせていただきます! では失礼」

「頑張れ若者~♪」


 裏で黒い笑みを浮かべたユーリは、きっちりと挨拶をして意気揚々と去る青年の姿を手を振って見送った後、一枚のビラを取り出して……。


(う~む、ここまでチョロすぎると逆に罪悪感が湧いて来るけど、まぁ喜んでって言ってるし、いいよね? 期待してるのは本当だし)


 頭の中で忙しく算段を立て始める。


(あれとあれはレナちゃんに回して、あの面倒そうなのは、あの子とあの子に。よし……これで見に行ける! うふふ、これは参観みたいなもので……クレアの代わりとしての責任を果たす為! 決して遊びに行くんでは無いんだから良いんだよ~ん!)


 先程の胸の痛みはどこへやら。

 やりたい放題する為の算段を楽しく立てつつ、いつもの笑顔でユーリはどこかへと消えていくのだった。

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