入れ替え戦②

 真剣な表情で前に出たリィレンは、まず全員に向かい深く頭を下げる。


「まずは謝らせて下さい、皆さん。個人的な事情にクラスを巻き込んでしまい、本当にごめんなさい。この事態の原因は私にあるんです……」


 彼女が口にしたのは自分の生い立ちを交えた《冒険者トラベラー》になろうとしたきっかけだ。


 一族が赤狼族と言うフィーレル南端の地方に住む小部族である事。


 そして彼女がの目的が、《冒険者》として名を残し、赤狼族だけでなく亜人が人間となんら変わらない心を持つ、国を共に発展させたいと願う仲間だということを多くの人々に知って貰うことなのだと、はっきりとした声で全員に向け伝える。


「私達がこの国の国民と認められるまでには、亜人種を低い身分の者として扱う人達との数多くの戦いと、数百年以上にも渡る先祖様達の種族地位向上の為の努力があったと、私は伝え聞いて育ちました。けれど、それを侮辱したA組の貴族の生徒に私は……何も言い返せず……。未だそんな風に、私達を人間として扱ってくれない人々がこの国では高い地位を占めているのなら、私達の居場所はこの国には無いんじゃないかって絶望したんです」


 悲しそうに目を伏せる少女の言葉を、クラスメイト達は思い思いの表情で聞いているが、決して茶化したり進行を妨げたりするようなことはしない。


 親や仲間と離れ、たった一人で国の中枢に来て、心細いことも多くあっただろうが、彼女は努めて明るい態度を崩さなかった。

 それができたのはきっと、彼女の中に祖先のように逃げずに多くの人と向き合い、分かり合いたいという希望があったからで、その辺りの気持ちは共に過ごすうちにきちんとこの場にいるそれぞれに伝わっていたのだろう。


 沈んだ顔を見せた彼女だったが、ぐっと顔を上げ笑顔を見せる。


「でも、そうではありませんでした。シェラが……」


 リィレンはシェラレラの席に歩み寄り、彼女の肩に手を添えた。


「彼女が言ってくれたんです。大勢の貴族の子弟相手に怯まずに、私の事を友人で、かけがえのないこの国の民の一人だって。巻き込んでしまったクラスの皆さんには申し訳ないく思いますけど、それでも私は……それを聞いて本当に嬉しかった! そして彼、エンドも一度は背を向けたシェラを勇気づけて、支えてくれた。二人とも、本当にありがとう……!」

「い、いえ……」

「お、おぅ……」


 素直な彼女の感謝に不意打ちを受けて、二人は口ごもった。


(いつもそんな風に笑ってりゃ、皆周りに寄ってくんだろうにな……ま、性格だからな)

 

 彼女がキレやすいという印象を作った張本人エンドの無責任な感想も露知らず、リィレンはクラスメイト一人一人の顔を見て真摯に語りかける。


「私達の個人的な事情に巻き込んで、納得のいかない気持ちを抱いている方も多いとは思います。けれど、もしできるなら、私達に力を貸してください。勝つことで正しいと……証明できるわけではないけれど、必死に戦っている私達の姿を見て、何かを感じてくれる人もいると思うから……どうか、お願いします」


 そしてリィレンは再度、クラスメイト達に向かって深く頭を下げる。


「……ぼ、僕達も協力するよ! ねぇ、皆?」


 それを見て、ひとりの少年が拍手を始めた。

 ランディー・レイ・ルーシウスという目立たないぽっちゃりとした少年だ。

 確か下級貴族の謙遜しながら言っていたことをエンドは何となく思い出す。


「ぼ、僕も末席とはいえ貴族の出だけど、でも……皆が皆、君のような亜人に反感を抱いている訳じゃ無いんだ。人が人を虐げるようなことを奨励するような人間が上に立つなんて、間違ってると僕も思うし……皆もそうだと思う。戦うことは苦手だから、試合には出れないけど……お、同じクラスの一員としてっ、応援する! 他の人にも、声を掛けてみるよ!」

「ええ……ありがとう、ランディー! 皆さんも話を聞いてくれて、ありがとう」


 リィレンが力強く頷き再び頭を下げると、他の生徒からも大きな拍手が上がる。


 他の誰かに、自分のことを理解して貰い、応援して貰うこと。

 小さな人の輪の中だけのこととはいえ、簡単にできるようで出来ないこと。それをリィレンは成し遂げた。


(やったな……シェラ)

(……はい!)


 きっと彼女もまた、シェラレラの言葉で勇気を貰えたのだと……エンドは親指を上に上げて祝福し、隣の席の白い髪の少女は嬉しそうに頷く。


「リィレンさんとシェラレラさんが出場することに依存がある人は……いなさそうですね。では、後二枠残りますが……誰か自信のある方はいませんか?」


 クラスの結束が固まったことを良しとしつつ、ハルルカが残りの出場者を募るが、我こそはと言う物はいないようで、一転教室内を沈黙が包んだ。

 クラスの進退が掛かっているとなると、中々のプレッシャーになる。


「いないようですね……では仕方ありません。くじで決める事になりますが……」


 そこでハルルカは忘れていた事を思い出したように一つ規則を付け加える。


「そうそう、出場した選手の内、勝利したチームの生徒には個別に賞金として300万フィールが追加で与えられ――」

「出ます!」


 シュビッっと迅速に突き上げられた手の主は瞳の中にフィールの文字を躍らせたルーシー。

 次いで数人の手が上げられ、たちまちのうちに出場枠が争奪戦の様相となり始める。金の力は偉大だった。


「皆現金ですね~……先生が釣り糸を垂らしておいて何なのですが、ちゃんと勝つために最善は尽くしてくれないと困りますよ?」

「大丈夫です、先生。私とシェラ、エンドと彼で計二勝、バッチリ決めて見せますから!」

「はぁ? 俺がコイツと組むのかよっ……!?」

「それは俺の台詞だ……!」


 シェラレラと囁き合うリィレンの宣言に反応し、エンドとケイジがお互いを指差し拒絶し合う……拳をぶつけ合った今でも友情は生まれていないらしい。

 

「ごめんなさい、二人はあまり仲良くないですし、本当なら大将戦は私が戦うべきなのもわかっています……けれど、ロスフェルド君は凄く強いらしいんです。王都の闘気剣術大会に大人に混じって出場して、準優勝したって話を自慢げにしていましたから。実力的には彼が特薦であっても何らおかしくない……他の生徒の実力も未知数ですし……クラスの命運を賭けるのに私情は挟めないです」


 申し訳なさそうにシェラが説明するのは、あの嫌みな貴族の青年のこと。

 養成校には特薦、A、Bの三つのクラスがあるが、特薦以外のクラスの定員は三十名。つまり単純に倍以上の人数がいる中で選ばれるのだから、どんな猛者が隠れていてもおかしくない。


 ポキポキと拳を鳴らしながらエンドは楽しそうに笑った。 


「へっ、その方が面白ぇじゃねえか。よし、アイツが大将で出てくんなら望む所だ。最後に喧嘩を買ってやったのは俺だかんな!!」

「ふん、ならとっとと負けて無様な姿でも晒してろ。残った奴らは俺が一人で叩きのめして、しっかりと格の違いをわからせてやる」

「んだと……? もっかいぶっ飛ばされてェか?」

「ただのマグレだ。調子に乗るな……」

「ほらほら、そーいうのは後でやってよ」


 珍しくリィレンが仲裁に入り、教室の奥ではどうやらクジで出場者が決められたのか、喜びと悲しみの歓声が同時に広がった。


「いやったー!! 300万は私のだ~!」

「アタシのだ~! いぇ~い!!」

「ぐぉぉッ……何で二分の一がぜってえ当たんねぇんだよ、いつも俺は……」


 強運で見事出場権をゲットしハイタッチするのはルーシーと、模擬戦で初めに戦っていたエルという少女。その下で血の涙を流すコール少年のようすは、そのままルーシーとの商人としての器量の差を表しているようで物凄く痛々しい。


 何はともあれこれで戦いに出場するメンバーは決定だ。

 ルーシーとエル、シェラレラとリィレン、エンドとケイジ、の三組が、それぞれ先鋒、中堅、大将の順で試合に臨むことになった。


「では、皆さん、週末に開催される《入れ替え戦リプレースメント》に向け、各自戦闘力や連携の向上、試合に出ない人達も……彼らが気持ちよく戦えるように、サポートしてあげて下さいね! クラス一丸となって必ず勝利を掴み取りましょう!」

「「「おー!!!」」」


 ハルルカの掛け声に力強い掛け声で応え、取り合えずのまとまりを見せた特薦クラスの面々はそれぞれの思惑を胸に拳を突き上げるのだった。

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