入れ替え戦①

 緊急で開かれた職員会議の為、急遽自習となった昼食休憩明けの授業。


 特薦クラスの入り口を潜ろうとしたエンドは、二人の生徒に飛びつくようにして拘束される。

 おなじみとなって来たルーシーとコールの仲良しコンビが悲壮な表情で頭を抱えている。


「エンドぉお……! マジお前やらかし過ぎだって! 貴族相手に喧嘩売っちまったら流石に表で歩けなくなんぞ!」

「え、お前ら結構ノリノリで出て来たじゃん。『美少女が追われてるのを助けないのは男じゃねぇ』だっけ? エンドさん感動しちまったぜ。いや~流石こういう時に頼れるのは苦楽を共にした仲間だよな~」

「あ~あたしどうしよぉ……商会の方にクレームとか来たら。い、今から髪切って眼鏡でも掛けたらバレないかなぁ、バレるよねぇ……うわ~、お父さんお母さん経営が傾いたらごめんなさい」

「ま、なんとかなるって」


 悶え苦しむ二人に割と淡白な反応を返しながらエンドは席に戻る。まだシェラレラ達は教室に戻っていないようでエンドは、くぁと一つ欠伸して机にうずくまった。


「あ、オメー何一仕事終えたみたいな気持ちよさそうな顔で寝てやがる!」

「愚痴ぐらい言わせなさいよ! もし損害が出たら君に請求してやるから!! 覚悟しなさいよ!」


 事態の把握をしていない他の生徒が迷惑そうにする中、エンドは幸せな眠りにつき始める。


 ――そして一時間後……授業終了のチャイムと同時。


 ピリッ……!


 生存本能が警鐘を鳴らし、エンドは瞳を開いて後悔する。

 目の前には立っていた……ピンク色の髪を逆立たせた悪魔が。


「随分気持ちよさそうに寝てましたねぇ。騒ぎの主犯が……」


 凄絶な表情でエンドを見下ろす教師の表情は闇の者と化しており、もはや瞳にハイライトなど一片たりとも存在してはいない。

 教師はエンドの顔をがっしと掴む。


「あ、や……お、俺じゃねぇよメインは? 元々はあの二人が……」


 そんな言い訳はもはや聞こえていない。彼女は抑えきれない怒りをぶちまけるように咆哮しながら雷属性の闘気を解放した。


「やぁかまっしゃ~!!!! 教育的指導じゃ、この不良生徒が! お前みたいな問題児のせいで最近酒量が増えてお腹がぷにぷにしてきよるんじゃ~!! 責任取って脂肪と共に燃え尽きろぉ~!!」

「んぎゃ~っ!? じじ直は、ダメー!!」


 バジジジジジジジジジ……!


(((養成校の教師だけは絶対にならないでおこう……)))


 なお、勘のいい生徒達はハルルカが入って来た時点で察して既に逃避していた。

 周囲の机や椅子が衝撃波で吹き飛び、室内が電光で白く塗りつぶされるのを震える窓ガラス越しに眺めながら……彼らは固く誓う。


「なにこれ……どういう状況!?」

「あれ、エンド君は……?」


 そんな所に丁度戻って来たリィレンとハルルカに、生徒達はこぞって教室内を指し示す。

 その中心に見えたのは……全てが終わり、ちょっとすっきりした顔で教壇に戻って行くハルルカの姿。

 そして襤褸切れのようになって気絶したエンドの、何かのオブジェのように突き上げられた手が、がくりと落ちる所だった。



 終業後、ハルルカは壇上で今回の顛末について語り出す。

 特薦クラスの生徒とAクラスの生徒の間で諍いが起き、それが学長の計らいの元、ある舞台を利用し公平に決着が付けられる事になった事を。


「《入れ替え戦リプレースメント》が今週末に開催される事になりました。特薦とAクラス、対抗のね」

「い、入れ替え戦リプレースメントって……もしかして、負けたら私達、特薦クラスからAクラスへ落とされるって事なんですか?」

「その通りです……はいはい静かに。まず概要を説明していきますね」


 ルーシーが慌てた様子で手を挙げ、ざわついたクラス全体を鎮めようとハルルカが黒板を叩き、大まかな規則などを記入してゆく。


 《入れ替え戦リプレースメント》……実力を重視する養成校で下位クラスから上位クラスに上がる為の唯一の手段。通常A、Bのクラスの生徒はそれぞれ在学期間が二年、三年と定められているが、もしこの戦いに勝利しすることが出来れば、上位クラスに上がることができ、必要在学期間もそれに合わせ大幅に短縮されることになる。なお敗北した上位クラスには逆の現象が起こる。


 意思決定は養成校本部の教員の投票によって行われ、過半数以上の賛成で可決……そして授業に支障の無いその週の休日に開催される運びになる。


 大まかなルールとしては、以下の通り。


・出場枠六人を取り決め、それぞれがペアを組んで三チームを編成し、三回戦を行い勝敗を決める。

・チームの構成員それぞれが身に着けた《偽神器》によって発生する三枚のシールドを先に全て破壊した方が勝利となる。

・あらゆる攻撃手段の使用は可とされるが、明確に命を奪うことを目的とした攻撃は失格の対象となる。

・この入れ替え戦は年間で最大二回(前期、後期各一回)しか申請できない。


 要するに、ほぼほぼ何でもありの真剣ガチンコ勝負バトルというわけだ。


 訓練場を戦地として、保持した計三枚のシールドを割られた者は退場。場外は一枚消費。先に出場者が全てシールドを消費した側が敗北となる。

  三チームの内二チームを敗退させた時点でそのクラスの勝利が決定し、相手側のクラスと総入れ替えの権利が発生する、もしくは……。


「ねぇ先生! この勝負……私達が勝ってもメリットないんじゃないの? 明らかに不公平じゃん!」


 ルーシーの不満にクラスの全員が賛同した為、ハルルカも同意した。


「私もそう思い、反対の姿勢を示したのですが、何より学長が乗り気でね。……あの方は教員たちにも強い支持が有りますから押し切られました。ちなみに……当日は外部から人を呼び興行として人を集めますので、この試合で上位クラスが勝利した場合それで得た収益から用意されるそれなりの額の賞金を授与されることになっています」


「「「賞金!? いくらですか!?」」」


 途端に色めき立つ現金な生徒達。

 そのざわめきが静まるのを見計らって、ハルルカは黒板にその数字を記す。


「500万フィールですね。まぁこの価値は人によりけりといった所でしょうけど、決して低くは無いでしょう?」

「「「おぉ~……!!!!」」」

 

 フィーレル国での平民の平均年収が200万フィール程度だということを考えれば、二年程は何もせず食べていける程の金額。特薦クラスに選ばれる希少性と等価と考えられるかどうかは微妙な所ではあるが、決して安い金額でもない。


 熱気渦巻くクラスの様相に反して、ハルルカの態度は冷淡だ。


 敗北すれば、当然ハルルカの担当クラスもAクラスへと下降、大幅に給与が下がってしまう。

 そしてクラスが勝利しようがハルルカには特に利は無い、本当にデメリットしかない入れ替え戦。


 再度事の元凶になった生徒達を睨みながらも、こうなる前に生徒をケアできなかった責任も感じているのか、彼女は仕方なくため息を吐きながら進行した。

 

「ある程度納得出来た事とは思いますので……引き続きメンバーの選出に移ります。では……立候補する前に、今回の事態を引き起こした原因のエンド君には強制的に参加して貰います!!」


 進退が懸かっている為、ハルルカはある程度実力を把握できている生徒を優先的に出場させるつもりのようだ。

 その剣幕にエンドはぶるりと身を震わせると、ぶつぶつその場で呟く。


「おぉ……!? いや別に立候補するつもりだったからいいんだけどさ……」

「君は絶っ対に勝ち点1をもぎ取ってクラスの勝利に貢献する事! もし負けたら、先生のもの凄くきついお仕置きが待ってますからね……!」

「う、うぃっす……」


 ――さっきのあれよりって……どんな!?


 もはやどうなるか想像すらできない試練が待ち受けている事にエンドは慄きながら覚悟を決める。

 師匠に課された地獄の修業……ボルガンに宙づりにされながら空の魔物と戦ったり、氷原に放置されて数か月生き延びさせられたりとか……色々なものが頭をよぎり、思わず顔が青くなった。


「さて、他は……ケイジ君、出て貰えませんか?」

「俺? ……俺が何故、そこの馬鹿の尻ぬぐいをしなければならない?」


 冴え冴えとした青眼を細め、ケイジはまるで興味無さそうな態度で断ろうとする。

 対してハルルカは理路整然とした説明を始める。


「おや、これは君にも大いに関係のある話のはずですよ。今回の開催は例年にない早い時期で、君達は特薦クラスに選ばれた才能の持ち主とはいえ、他クラスとの能力の差はまだそんなに開きがありません。ここで下位クラスに落ちることがあれば、君の進退にも影響する事もあるかと思ったのですが、違います?」


 続けてハルルカは特薦クラスが例年開催される《入れ替え戦リプレースメント》で下位クラスにその座を追われる確率が、大体三割から四割であることを告げる。

 それを聞き、苦い顔をしてケイジは舌打ちした。


「……厄介だな。まあ……他の奴らに任せるよりはマシか」


  国の代表として来ている彼にも事情があるのか、ケイジはそれ以上異論を言わず頷いた。


「では決まりですね……後は」


 ハルルカが次の候補者を探そうと見渡すと、先程まで医務室にいた二人の少女の手が上げられる。

 まず声を上げたのはシェラレラの方で、意外そうに教師の目が軽く見張られる。


「あの……私も戦わせて欲しいんです! 今回の事が起きる原因になったのは、エンド君じゃなくて本当は私なので……!」

「シェラ……! アタシに話させて……。先生、お願いします」

「どうぞ。直接あなた達から話して貰えるなら、それにこしたことはありませんから」


 必死に言い募ろうとするシェラレラの言葉を中断させる様に今度はリィレンが立ち上がり、ハルルカはそれを了承した。

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