シェラの思い③
談笑する生徒達をかき分け、エンド達は寮食堂の扉を勢いよく開いて飛び込んだ。
そして靴を床とこすらせるようにして止まりながらエンドは息を大きく吸い、とんでもない大声で言い放った。
「ロス何とかとか言う貴族のバカ息子――! 出て来ぉぉぉぉぉいっ!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
そのボリュームにシェラレラや近くの生徒達が耳を抑え、食堂内がしんと静まり返る。
そして、少しして奥の一角から生徒達の一団がぞろぞろと進み出て来た。
いずれも黒い制服の胸に赤いラインが引かれたタイを身に付けたAクラスの、身なりの整った貴族の子弟達。
そして先頭に立つのは長い金髪に白金色の細い眼鏡を光らせた優美な青年、ロスフェルドその人だった。
浮かべた表情はこそ穏やかだが、その言葉は痛烈にエンドを見下している。
「あいにくと君のような品の無い人間は記憶に残さないようにしているのでね。どこかで会ったことがあったかな?」
「いいや? ただまあ、頭悪い事言ってんのは聞いたんで、目え覚まさせてやろうってちょっとした親切心だ。な、シェラレラ?」
「へっ!? ち、ちょっと!」
負けじと言い返すエンドは後ろに隠れていたシェラレラに丸投げし、その肩を押して前にやった。
いきなりの事でわけがわからなくなり、その場で固まってしまうシェラレラに、ロスフェルドは穏やかに笑いかける。
「おやおや、どうしたのですかシェラレラ様。そのような粗野な男の傍にいるとは。見た所同じクラスのようですが……ああ、成程。大方その男に付き纏われてお困りになっているのですか。全く、大方あなたが高貴な家柄として取り入ろうとすり寄って来たのでしょう? ご安心ください、すぐにこのロスフェルドが追い払って見せましょう。皆、卑しいこの男をつまみ出すぞ……」
たちまちに数人の男が周りを取り囲み、ロスフェルドはシェラレラに手を伸ばし、勧告した。
「さあ、シェラレラ様、こちらへ。
ざわ……ざわ……。
ざわめきが拡がり、周囲からの囁き声と共に彼女に針のような視線が突き刺さる。
(何なんだ一体……食事の邪魔して)
(あの子、何か偉い家の娘なんでしょ? こんな騒ぎ起こして一体どういうつもりなのかしら……? 誰か先生呼んで来てよ)
外野の声が嘲笑うように響き、シェラレラは足を震わせる。
この場にいるのはほとんどが無関係の、悪意も好意も感じていない生徒達。
にもかかわらず、衆目に晒されるという事は大きな重圧を彼女に押し付けた。
――言わなければ……あなた達と一緒にいたくないって、言わないといけないのに。
足が竦む。
息すらも上手くできなくなったのか、彼女はよろめき、後ずさりかけた。
だが、後ろにいたエンドがその背中を支え、ある一点を指差す。
「ほら……見ろよ。ここで逃げていいのか?」
指の先は赤い髪の少女がいて、シェラレラは胸を押さえた。
リィレンは今、彼女をずっと見つめている……。
今にも飛び出しそうな心配そうな顔つきで。
(あんな酷い別れ方をした私を、まだ気にかけてくれているんだ……)
シェラレラの目つきが変わる。
彼女はぎゅっとロスフェルドを見据え、その様子に違和感を感じたロスフェルドが顔をこわばらせるが……それでも出した手を退こうとはしなかった。
「さあ、早くこちらへ」
それどころか、シェラレラの手首を掴もうとした手を伸ばす。
だがそれはやんわりと弾かれた……他ならぬ彼女自身の手によって。
エンドはそれを見てもう大丈夫だと思った。
なぜなら彼女の瞳にはちゃんと、強い意思が宿っていたから。
「……ですっ」
「……は?」
シェラレラの聞こえなかった言葉に、ロスフェルドは問い返し、二度目で目を見開いた。
「あなた達の事が嫌いだって、そう言ったんですっ!!」
「なっ……!? な、何をおっしゃるのです!? まさか、後ろの者にそう言えと脅されたのですか? ならば私達でその卑しき者に天誅を下し、二度とこの学校に……いや、この街に出入りを出来ない様に思い知らせて」
「違います!! あなた達はどうして、そうやって自身の力を誇示して……人を下に見ないと満足できないのですか。この間だって……あの子があなた達に何かしたのですか? 違うでしょう?」
「な、何をおっしゃって……この間とは何の事です?」
「もう忘れてしまったんですね……あなたが、リィを……赤狼族の少女をけなした時の事です! 彼女と私達やあなた方に何の違いが有るのです! 姿の違い、流れている血の違いがそんなにも重要ですか? こんな……ッ!」
シェラレラは食卓に用意されていたフォークを一本掴み取ると、自分の手の平に突き立てた。
たちまち血の珠が膨れ上がり、筋となって流れ落ちる。
ぽたぽたと赤い血液を地面に滴らせる手の平を、彼女はロスフェルドの目の前に突き付ける。
「何か違いますか? 色が? 味が? 臭いが? あなたや私と、後ろの彼やリィや、ここの食堂にいる皆さんとで、一体何が違うのか、私にはわかりません……!」
「……シェラレラ様、お言葉ですが……あなたの言葉は国の成り立ち全てを否定するようなものです。王と我々貴族達、導くものがあってこその国家。その立場を否定し貶めれば、民は道に惑い、分裂し多くの争いが生まれる事になるのです。故に貴族は、多くの人の上に立ち、自らの優位を見せつけねばならないッ! 私達の血は、黄金よりも価値がある!」
まるで陶酔する様に胸を反らして手を添え、自らの姿を誇示するロスフェルド。
だがシェラレラは今回ばかりは引かなかった。
「違うでしょう! 受け継ぐべきなのは、命を懸けて国を、そしてそこに住まう民を守りたいと願った祖先のその強い志のはずで、血筋などではないはずです!! それを忘れ、身分の低いものや、姿形の異なるものを虐げる事で自らが尊いと錯覚してばかりのあなた達に、貴族である資格なんてない!」
顔を真っ赤にしながら、ところどころ声を震えさせながら彼女は精一杯に声を張った。
周りの貴族たちの視線をその身に一心に受けながら……足を震わせながらも必死に一人一人の目を見返すように自分の心の内をさらけ出す。
(へへ、やるじゃねえか……シェラ)
それをエンドは頼もしそうに見守り、彼女に味方する様に、一歩引いて周りを睨みつけた。
「例え姿形が変わっても貧しくても、必死にこの国の一員として認められたいと頑張っている人々を導こうともせず安易に切り捨てて、自分達だけが甘い汁を啜ろうとするなら……それは国と言う
その舌鋒のきつさに、ロスフェルドの白い顔が羞恥に染まってゆく。
「……ぐぅ、黙っておれば! それを言うならあなたのほうこそ、公爵家という家柄を利用しなければ何もできないただの小娘ではないか!」
「そうです……私は何も出来ない! でも例えどんなに力が無くったって……あの時言わないといけなかった事を今言いたい! 公爵家の一員ではなく一人の人間として、私は私の大事な友達を笑いものにしたあなた達を絶対に許さない――!!」
手のひらから流れた血など、何でもないというように言い放った彼女の周りから、まばらに幾つかの拍手が上がった。彼女の背中を押そうとするかのように。
(そうだぞ……貴族だからって偉そうな顔すんじゃねぇ!)
(戦が無い今、この国を支えているのは私達国民の方じゃない! 何かあった時にそんなんで、ちゃんと国を守れるの!?)
周りの視線の雰囲気が明らかに変わる。
そして、この少女もまた心を動かされたように席を立つ。
「シェラ!」
「……リィ」
尻尾をなびかせ走る勢いそのまま、がばっと抱き着いて来たリィレンをシェラレラは抱き留め、手を彷徨わせた。
「服が……汚れてしまいますよ」
「どうだっていいわよ、バカァッ!!」
「……ごめんなさい、リィ。私ずっとあなたに謝りたくて……」
「それもわかってる……! アタシだって……」
シェラレラの耳元で怒鳴ったリィレンは彼女の傷ついた掌をハンカチで覆う。
それと同時に安心して力が抜けたシェラレラの背中をエンドが支える。
「シェラ、よくやったな、お疲れさん。後始末はやっておいてやるから狼女、シェラをどっかで休ませてやりな」
「……ふん。言われなくても……。何でアンタがここにいんのよ」
「シェラには借りがあったからな。ま、友達だし、もうそれは関係ねえか」
「……今だけは感謝しとくわ」
「何をごちゃごちゃと……我々を散々侮辱しておいて。お前達、奴らを逃がすな!!」
「どけよ……」
憤るロスフェルドが取り巻きに命じるが、エンドは強引にそれをを押しやり、リィレンとエンド戸口に送ろうとした。
だが、ロスフェルドに立ちはだかるが数人がシェラレラとリィレンを追いかけようとすり抜けて来る。
だが戸口にはそれを阻む頼もしい救援の姿があった。
「――おっと……そうはいかねぇよなぁ。美少女が追われてるのを見て、助けない奴は男じゃねぇ」
「あたしは男じゃないんですけど……まぁいいや。エンド君、今度貸し借りきっちり相殺して貰うからね!」
「お前ら……!」
コールとルーシー……彼らもまた、同じクラスの仲間として二人を気に掛けてくれていたのだ。
エンドの顔に大きく笑みが浮かぶ。
「そこをどけっ!!」
金髪の青年がいきり立ち猛然と伸ばした手をエンドはつかみ取り、楽しそうに半眼をぎらつかせる。
どちらかと言うと口達者ではない彼の出番はここからだ。
「どくわけねえだろ。さあ、どうする大将……この場で喧嘩をおっぱじめても俺は一向に構わねえぜ」
「貴様……!!」
目の前のエンドにこちらから手を出せば、彼にとっては思わしくない状況になるだろう。
食堂にいる大半の生徒が騒ぎの成り行きを興味津々で見守る中、正当性の無い暴力を振るえば、大きく彼の評価を損なう理由になる。
歯噛みするロスフェルドだったが、双方の睨み合いは思いもよらぬ方向からの声により中断させられた。
「ふぉっふぉっふぉ……その勝負、儂が預かろうかの……」
「ん……何だあのチビジジイ?」
人混みをもごもごとかき分けるように現れた小さな人影。
それを目にした瞬間、ロスフェルドや取巻き達はびくっと身を竦ませた。
「ふぁっ!? あ、あなたは……が、学長!?」
小さなエンドの胸位までしか身長の無い謎の老人が、ひょこひょこと二人の間に進み寄った。
「学長ってゆーと、あんたがこの学校で一番偉い奴か?」
「無礼にも程があるぞ……! この方は……《
ロスフェルドが驚く中、老人は気を悪くした様子も無く二人に話しかける。
「いかにも……! 話は聞いたぞい……。ロスフェルドは貴族の誇りを、エンドは仲間を傷つけられ、お互い退くに退けんと言う所なのじゃろう? ならば丁度よい舞台がある。我らが責任をもって公平な立会いを約束しよう……どうじゃ、受けて見んか?」
「面白そうじゃねぇか……俺はいいぜ?」
「ふん……いいでしょう。ろくに教育も受けていないようなこんな輩に私達が負けるなど有り得ない」
顔を見合わせた二人が敵愾心に燃える瞳で見つめ合うのを満足げに見やると、学長は手を拡げ宣言した。
「ならば、本日はこれまで! 詳細は追って後日各担任から伝えさせよう。それまで楽しみに待っておると良い……そろそろ鐘も鳴る頃じゃ、各自解散せよ!」
「首を洗って待ってやがれ、このタレ眼鏡!」
「……ふん、貴様の様な下品な者とは言葉を交わすのも汚らわしい! 大勢の前で這いつくばらせてやるから楽しみにしていろ……!」
二人はお互い一歩も引かず睨み合った後予鈴が鳴ると同時に視線を切り、それぞれ教室へ戻る生徒達に紛れて去ってゆく。
そして緊張が解けた食堂内には徐々に慌ただしさが戻っていった。
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