シェラの思い②
氷のようにベンチに座ったまま固まり目を見開くシェラレラに、エンドはそのまま自分の言いたいことを言い始める。
どうしようもなく苛々して。
「もっかい言うけど、大っ嫌いなんだよ、そうやってウジウジして、自分ばっかりが辛そうにしてる奴。たった一度失敗した位でこの世の終わりみたいに……そんなんで何かが変えられる訳ねえだろ。立ち止まって泣いて、そんで憐れんだ誰かが手を差し伸べてくれたら、それで満足なのか? それで変われたと本当に、思えるのか? そんな奴が勝手に周りのせいにしてんじゃねぇ!」
「…………」
厳しい言葉に肩を揺らすが、それでも顔を上げようとはしないシェラレラ。
そんな彼女にエンドはさらに追い打ちをかけた。
「どうせ嘘っぱちだったんだろ……お前の決意なんて。はは……意思の無い人形か。今のお前にピッタリじゃねえか……そうやって人に道筋決めて貰えないと動けもしねぇ。なら言ってやる……今すぐ辞めちまえ。そして誰かに手を引っ張られて、目を閉じて死んだみたいにしてりゃいい、一生な」
ぐっと彼女は拳を握り締めた……でもそれだけではまだ、足りない。
たとえどれだけ嫌われようが、言うべきことを言わなくてはならない。
だからエンドは、彼女をなじる様に、一言を添えた。
「それがお前の望みなんだろ、引っ篭もりのお姫様?」
「――あなたに何がわかるんですかッ!!」
思いが突然に暴発したのか、シェラレラが軋んだ声を震わせた。
「私だって、貴族に生まれたくて生まれた訳じゃ無いです! 誰とでも分け隔てなく手を取り合って、笑い合えたならどんなに良かったか! でも、そう生まれたんだから……どうしようもないじゃないですか!! あなたにはわかりますか? 使用人に一言嫌いと言っただけで、その人は翌日から仕事を失った……私が歩くだけで、人が道を譲るんです。そんな力が私にあるはずもないのに!! 責任が……重いんです、苦しいんです! 軽はずみなことをしたら、意図せずに誰かの幸せを奪ってしまうことすら有り得るかも知れない! だから……私は……っ?」
パン――!
軽い衝撃にシェラレラは驚いてぐっと涙をのみ込む。
唐突にエンドが彼女の頬をはたいたのだ。
「えっ……!?」
「俺は今お前を殴ったけど、お前に俺を殺せるか? この学校を退学にできるか?」
「……何でそんな事をしないといけないんですか」
シェラレラは軽い衝撃にじわりと赤くなった頬をさすりながらエンドをぐっと睨みつける……駄々をこねる子供のような表情で。
それを見て何故かエンドは、おかしそうに笑った。
「だろ? お前はそんな事をしねえよ。何で俺でも分かる事が自分でも分かってねぇ」
「え……?」
「お前は、シェラレラは人を傷つけるような人間じゃねえなんて、誰にでもわかる。それを何でお前自身が信じられねえんだって言ってんだよ」
「……」
「そんなのはクラスの皆がわかってる。先生も、ルーシーもコールも、俺もリィレンも他の皆も。なのにお前だけが自分を信じられずにいる。どうしてだ?」
「でも、立場が、周りがそれを……」
エンドは目を逸らす彼女の肩を強引に掴んで言う。
「違う!! 流されんな……騙されんな! そんなやつらは言ってやれ! 『私はそんなこと望んでない!』って! そろそろ自分をちゃんと見て、でっけー声を出せよ! お前のやりたい事はなんだ! 何の為にここに来た!」
「……わ、私……は」
シェラレラの口がぱくぱくと開き言葉を紡ごうとするが、どうしてもその先が出てこない。長い人生の間に習性のように染みついた恐怖が、未だ彼女の体を縛っているかのように……。
(大丈夫だ……こいつはちゃんと言えるはずなんだ。だって俺にああやって手を差し伸べてくれたんだから)
だがエンドは、じっと辛抱強くそれを待つ。
何故なら彼女にはちゃんとその勇気があると、そう信じたから。
やがて彼女は震える唇から、振り絞る様にしてそれを吐き出す。
「私は……私はっ! 今度こそちゃんと、同じ様に食卓を囲んでいる人々を差別するなんて間違ってるって……それでごめんなさいって、もう一度友達になって欲しいってリィに言いたいっ!」
エンドの思いと熱は、手と視線を介してちゃんと彼女へと伝わり、涙と一緒にこぼれだす。
今まで一番大きな声だった。
「っしゃ! それが聞きたかった!」
そしてエンドは安心したようにニカッと笑い、己の横っ面をぶん殴る……!
「――うぇえっ!? 何するんですか?」
ガゴンと中々に凄絶な音がしてよろけたエンドをシェラレラは気遣うが、それを制し、構うなと遠ざけながら地面でのたうち回る。
「痛っでえっ、やり過ぎたぁっ!! な、殴っちまった落とし前だよ……こんぐらいしねえと効きやしねえもん。……ごめんな、お前も一回くらいぶん殴っていいぜ?」
赤く腫れた頬を差し出すエンドをシェラレラはかぶりを振る。
「……しませんよ。でもどうして、そこまでして、私なんかを……」
「初めて会った時、親切にしてくれただろ? 借りたもんを、ちゃんと返す前にお前が居なくなっちまったら困るからな。だから辞めるなんて、簡単に言うなよ……、シェラレラ・ルーミス」
「それだけの為に……ありがとう、エンド君」
彼なりの贖罪に目を細め、シェラレラは涙を拭いながらエンドに手を貸して引き起こす。
「へへっ、これで俺達友達って事でいいよな?」
「わ、私は最初からちゃんとお友達だと思ってましたよ? ヒドイです、エンド君は……」
「えっ、そうか?」
「そうです!」
怒った顔を少しだけ見せた後、シェラレラは耐えきれなくなったようにくすくすと笑いだす。
そして釣られたようにエンドも笑みを見せるが、唐突に何かを思いついたかのように彼はニヤッと笑みの形を変える。
嫌な予感に後ずさろうとする彼女のその手をエンドはぐっと引く。
「よっしゃ、それじゃさっさと行くぞ! あの眼鏡をガツンとやって、今すぐリィレンと仲直りだ!」
「え、今すぐですか? こ、心の準備が……」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。こーいうのはノリが大事なんだよ……昼休みが終わっちまうまえにそら、行っくぞぉっ!」
「え? ええ? ちょ、ちょっとっ……わっきゃぁーっ!?」
シェラレラを体ごと浮かせながら……エンドは周りの人間が驚きの声を上げるほどの速度で食堂へと爆走し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます