貴族と亜人②

「――かつて、大地には魔力が溢れており、人々の多くが魔力を使った生活を営んでいたと言います。大地の至る所には《黒硝》が存在し、より魔力が強く凝縮されて突然変異した《神器核》と呼ばれるものまでがあちこちで発掘され、それらの魔力を抽出して稼働させた《神器》により、人々は飢えとも争いとも無縁な豊かな暮らし享受したのだと……。ですが、人々はその力に頼り過ぎ、愚かな事に大地に漂う魔力が減り始めてからも、その豊かな生活から抜け出すことは叶いませんでした。結局、大地から魔力はついに一かけらとも生み出されなくなり、やがて生まれる人や動物などからも、魔力を宿した者はいなくなってしまったと、語り継がれています――」


 ――授業中である。


 ハルルカが歴史学の授業が進むのをぼんやりと聞き流しながら、エンドは目の前のリィレンの背中を見つめている。

 なんとなくその背中は小さく感じられ、エンドは張り合いの無さにため息を漏らす。


 あの食堂での一件以来、彼女がシェラレラと行動を共にする事は無く、学内でのほぼほぼの時間を一人で過ごしているようだった。

 エンドとの言い争いもこの所全く鳴りを潜めている。


 話しかける人間がいても何かと理由をつけて拒絶する事が多く、それが余計周りから人を遠ざけてしまっている。


 シェラレラも、あれ表情が浮かない。


 食事時のみならず、あのロスフェルドとか言う男に頻繁に付き纏われているようで、作り笑いを浮かべるばかりの彼女はエンドからはとても苦しそうに見えた。


(とはいえ、外野が口を出すのもなぁ……)

「――! エンド君、聞いてますか?」

「はぇ? あ、聞いてる聞いてる」


 ハルルカの厳しい眼がこちらを捉えていて、エンドはつい生返事を返してしまう。


「では答えよ。フィーレル初代国王の名前は?」

「え~とあれだよ……あれ。ヘノヘノ・モササケンケン?」

「誰ですかそれっ!? ……授業は真面目に受けなさい! 答えは、ロードレッド・サルブ・フィーレルです。子供でも知っていますよ……全く。今度話を聞いていなかったら髪の毛がモコモコになるまで雷で痺れさせますからね!」

「うぇ~い」


 それは嫌だ!

 エンドは教師に頭を下げながら、慌てて黒板に書かれた文字を書き写す。

 彼はフィーレルに来て日が浅く、この国について良く知らないのは無理も無いのだが、書類上はフィーレル国民ということになっているのでそんな言い訳は許されない。

 そんな感じで表面上は何事も無く授業は続けられ、本日も終業の鐘は鳴る。


 恐れられつつ慕われている教師が退出する中、エンドまでもが元気を失くしたようにぺたんと机に貼りついた。

 興味ない事は覚えられないエンドからすれば座学は鬼門であった。


 早々に荷物をまとめ退出するリィレンや、それを引き留めようとするかのような仕草をしつつ、結局話しかけられないシェラレラを見送るエンドの目の前の座席に、本来の主では無い人間が反対向きに座り込んで顔を合わせて来た。

 商会の娘ルーシーだった。

 

「エンドく~ん。元気ないとこ悪いんだけど、そろそろ部隊チーム決めちゃわないとさぁ~……ほらほらアタシたちわざわざ一枠開けて待ってるんだけど……?」

「そうだぜぇエンドぉ~。俺達の努力を無にしてくれんなよぉ……頼むぜぇ。ほれ、この指輪一個やるから」

「俺肌にあんまり色々つけんの好きじゃねぇ」

「じゃあ首のそれは何なんだよ……ってかよく見ると王室御用達のルーニー・マクメールズじゃねえのかよ? ちょっと見せてくれよ」

「やめろって、外せねえんだから」


 マニアックなコールの手を払うと、エンドは面倒そうに顔を背けた。

 粘り強い二人の部隊勧誘は続けられていたが、エンドは何となく首を縦に振る気にはなれなかった。

 シェラレラとリィレンが早々に教室を出たことを確認して、エンドはルーシーに尋ねる。


「なぁ、シェラと、あの狼女ってもう誰かと組んでんの?」


 何かと顔の広そうな二人に状況を聞いてみる。

 教室は十二人で三チームになる……この位の人数なら恐らく把握しているのでは無いだろうか。


 すると、ルーシーはギラリと目を光らせてとニヤリと囁く。


「ほう、気になってると……。意外ね……本命はどっちなの?」

「……そんなんじゃねえよ。でも、知ってんだったら教えてくれねえ?」


 エンドの真面目な顔に、ルーシーもそれ以上は茶々を入れずに素直に話した。


「……仕方ないなぁ。えーとね、シェラちゃんの方はまだ一人みたいだけど、リィレンさんはもうラング君の所に入っちゃったみたいね。てっきりあの二人は一緒に組むと私も思ってたんだけど、何かあったの……?」

「あ、俺知ってるぜ、シェラレラって実はすんげえいい家の出でさ、何か食堂でそれをばらした奴がいて、リィレンとそいつ……亜人差別主義のヤローがどっちがシェラレラの友達に傍にいるかふさわしいかで、揉めたらしいじゃん? でも結局相手は貴族だから何も出来ずにごめんなさ~いって泣いて帰らされたって。全く、今時時代錯誤なこった……俺がその場にいたら慰めてやったのに」

「うわ、その発言はちょっと引くわ」

「な、何でだよ!? 可哀想だと思っただけだぞおい……」

「あ、俺も」

「お前は情報提供者に気遣いをしてくれよ……」

 

 打ちひしがれるコールを切り捨て、ルーシーはぎゅっと眉をしかめる。

  

「時代錯誤って言うのは同意だけどさ……本当あんまいい気分しないっていうか、ちょっと怖いな。あたし平民の出だから普通の学校しか通ったこと無いもん。特薦ってことでなんか妬まれて嫌がらせとかされても、どうにもできないのかな……?」

「さあなぁ……貴族も全員が全員そんな奴じゃねえだろ。けどま、関わらねえほうが良いのかもな。下手に睨まれてあること無い事教員に吹き込まれて退学とかさ、笑えもしねぇ。……危うきには寄るべからず。俺らは俺らで楽しくやりゃいいじゃんよ? な、エンド?」

「ん~……」


 エンドは生返事を返す。


 正直言って気に食わない……それはある。

 だが彼は当事者でも無く、外部からここに来た人間で、この国に思い入れがあるわけでもない。

 だから勢いだけであの場に介入するのも少し違う気がして成り行きを見守ることにしたのだが……時間に任せていても解決する兆しが見えないなら、やろうと思ったことはすべきだ。

 

(シェラには借りも未だ返してねーしな……)


 また明日にでも話しかけてみようと思い立ち、ルーシーたちに礼を言うと彼女達は連れ立って席を立つ。この二人も何だかんだで仲が良いようだ。


「もう期限まで一週間位だしさ、その気があるなら三日前までに言ってよね。じゃないとケイジ君誘っちゃおうかなって感じだし。じゃあね~」

(あいつも決まってねえのか……どうでもいいけど)


 楽しそうにどこに行くか話し合う二人を少し羨ましい目で見ながらエンドは目を閉じた。

 

 あれからジェイザと何度か会ったが、ユーリから進展があったという話は伝えられていない。


 エンドのせいでユーリに連れ回されることが多くなり辟易しているようだ。

 ジェイザも《冒険者トラベラー》として腕利きらしいから、その内、色々話を聞いてみるのもいいだろうと思う……本人は嫌な顔をするだろうけど。

 

 エンドの目的は言わずもがな妹を助け出す為に必要な神器を手に入れる事だが、その過程……この一年の間をどう過ごすかが自分に全て委ねられている。

 今までは師の言葉を信じて言う通りに自らを鍛えるだけで良かった。

 だが、ここに来て初めて、自分の意志で道筋を選ぶ機会が出来ているのは、新鮮な気分だ。


部隊チーム……仲間、か。目的を共にして前に進めるような奴らと組めたらいいな……つっても俺の願いなんて他人から見たらひどく自分勝手なもんだし、それを受け入れてくれて一緒に背中を支えられるような奴らなんて、そんな簡単に見つかる訳ねぇよなぁ)


 『出会いは運命』、なんて夢想家ロマンチストでもあるまいし言うつもりは無いが、運が左右する要素はかなり大きい。この辺りは成り行きに任せるしかない。


(ま、でも……悪運だけはツエーから、最終的にどーにかなんだろ)


 これまでの自分の人生を省みて、その自信はある……少なくとも努力する余地が残されているだけマシだ。

 大事な妹もいるし、自分を鍛え上げてくれた尊敬できる師もいる。

 相棒たる竜だって今何処かの空を舞っている。

 この街に来てからだって、色々な面白い奴らと出会っている。

 ならば、そんなに自分の運命を悲観する必要もない。


「っしゃ、なるようになんだろうし、やりてぇようにやってやるさ! 悩んでてもしょうがねえし、鍛錬鍛錬!」


 そんな風に気合を入れて背伸びした後、エンドは日課の鍛錬をすべく教室を飛び出したのだった。

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