貴族と亜人

「フゥ~……ったく、あいつらに付き合ってて飯の時間が削れちまった。急いで食おう」


 エンドは息を荒げながら食堂に姿を現わした。

 部隊加入をエンドに迫る二人のクラスメイトと話した後飛んで来たのだ。


「さってと、今日も今日とて肉だ肉ゥ~♪ んぉ、シェラと……リィレンかよ。アイツら仲いいな……」


 シェラとは久しぶりに話したいが、リィレンとは会うなり喧嘩に発展しそうで怖い。

 そんな事を考えながら、いつも通り皿に身長を越えるほど盛り付けていると、彼女らの元に歩み寄る一団を目撃する。よくよくタイを見ると、特薦クラスの黒字に黄色のラインが入ったものとは違い、赤いラインが入っている。


「何だ、アイツら……?」

「あの、君、崩れるよ……?」

「ああ、悪い。今食うから……はぐ、むぐ」

「「「ココで食うなよっ!?」」」

「かてーこと気にすんなって……」


 周りからの総突っ込みをスルーしていきなり手掴みで食べ始めながら、エンドは会話が聞こえるように近づいてゆく。


 言い争いにすら発展してはいないが、どうも穏やかでない雰囲気だ。

 一団の中から一人の男が前に出て、優雅に一礼した。

 

「お久しぶりです、シェラレラ様」


 背の高い金髪を波打たせた眼鏡の男だった。

 秀麗だが、どこか冷たい眼差しは、無理に貼りつけたような笑みで弧を描いている。

 シェラレラがビクリと背中を竦め、血色を失って振り返る。


「あなたは……ロスフェルドさん、でした? あ、あの……食事中ですのでまた後ではいけませんか?」


 彼女がこうまでして人を遠ざけようとするのは珍しい気がして、エンドは首を傾げる。

 だがその拒絶を意に介さず、男は強引に一歩進み出て臣下のように跪き、周りがざわめいた。

 

「覚えて頂いていて真に光栄です。伯爵貴族オルバート家の長子、ロスフェルド・ジュマ・オルバートと申します。そして後ろに控える彼らもいずれも有力な貴族の子弟達です。いかがでしょう、よろしければ貴族家の一員同士、友好を深めるために共に食事を頂く機会を頂けませんか?」

「い、今は止めて下さい……! ここは学校で……私はただの一生徒なんです。そ、そんな風にされても困るだけで……」


 シェラレラはその様子に、ひどく怯えた顔をする。

 もちろんそんな様子を見てリィレンが黙っているはずが無かった。


 バン、と机を叩いて立ち上がり、ロスフェルドと名乗った男の行動に避難の眼差しを送る。


「ちょっと、あなた……いくら彼女の知り合いで付き合いがあると言っても先約があるんだから。今は私と話してるの。遠慮してくれない?」

「君が……? フッフッ……おっと失礼」

「……何がおかしいのよ」


 貴族の男の嫌な笑い方に、リィレンは柳眉を吊り上げる。

 だがそれに対する答えは彼女の表情を凍り付かせた。


「いやいや……随分と流暢に人語を喋るケダモノがいるものだと感心したまでの事」

「――――!!」


 ガラァン――!!


 けたたましい音と共にリィレンは椅子を蹴倒して立ち上がる。

 激しい怒りに目は大きく見開かれ、口元からが長い犬歯が覗く。


 亜人差別主義――。

 

 古くから亜人はその見た目からか魔物が憑りついたなどと言われ、迫害されて来た歴史があった。

 今でこそ、公的に市民権を得て国内に自由に定住する事ができるようになったが、それまでは奴隷や愛玩動物ペットのように扱われ、金銭で売買されていた事すら有ったのだ。


 それが現在こうして、多くの都市で不自由なく暮らせるようになったのは、その状況を必死に変えようと活動して来た彼らの祖先達と、苦しむ亜人達を国の同胞として救おうと立ち上がった心ある人々の努力の賜物だ。


 それらをすべて否定する言葉に、堪らずリィレンは立ち上がり掴みかかろうとした。だがそれをすんでの所でシェラレラが腰にしがみ付くように止め、転がった椅子がけたたましく鳴り更に食堂内の人目が集中する。

 

「リィ……待って! お願いだから怒りを治めて!」

「うるさいっ――!! ふざけるなぁッ! こいつは一族の誇りを穢した! ただでは置かないッ!」


 だがそんな剣幕にもロスフェルドは全く臆さず、余裕のある表情で周りを見渡した。


「……ハハハ、亜人風情が何をどう許さないと言うんです? いやぁ、皆さんもお笑い草だとは思いませんか? もしアナタが私に指一本でも触れれば、数日後にはあなたの一族へ捕縛令を下すでしょう。優秀な貴族の子弟を蛮族が害そうとした……フィーレルの国を侮辱したという罪でね。命までは取られないかも知れませんが、少なくともこの付近の街から亜人は徹底的に排斥されるでしょう」

「私達だってフィーレルの国民だ! 市民権だってある!」

「そんなもの、あなたがたを効率よく支配下に置く為の首輪に過ぎませんよ。いわば我々のお情けであなた方に人間らしい暮らしを真似させて上げているというところですね。ところで、気付いていないのですか?」

「何を言っている……?」


 リィレンが目をすぼめたのを、ロスフェルドは肯定と取り喉を鳴らす。


「あなたの隣にいる御方は、三大公爵家の一員であらせられるシェラレラ・エル・コーカザリア様……この国でも五本の指に入る程位の高い貴族なのです。本来あなた等逆立ちしても同席する事の叶わない尊い御方。そのことを今まで咎めずにいたのですから、全く、我々に感謝して跪く位の礼は取って貰いたいものです……クク、ハッハッハ」

「「ハハハハハハ……!!」」

「……嘘でしょ!? 名前を……偽ってたの……?」


 取巻きからも嘲弄の笑いが上がり、リィレン目を大きく見開いた後、俯いたシェラレラを一瞥して血が出そうなほどに歯を食いしばった。


「さあどうしますか? どうぞ、私を殴るというならやってみればよいでしょう。この街に住むあなたと同じ大勢の亜人を路頭に追いやりたいのならばね……!」


 ロスフェルドは楽しそうに手を拡げ、リィレンを見下す。

 その言葉に、リィレンは震えると、自分の思いを殺すように指を強く噛んだ……指先を血が伝い、袖を汚す。

 

「リィ……」

「……私はね、小さい頃からお伽話みたいに聞かされてた。勇敢な私達の祖先がどれ程の血を流した上に、平和に生きる権利を勝ち取ったか……。大勢の人が心を砕いて、時には悔しい思いをしながら必死に頭を下げて、作り上げたものがどれだけ大事か。私の命なんか、何百個あったって足りない位価値のあるものなんだ、それは……わかってるんだ……」


 そのまま怒りを抑えリィレン、スッと冷めた目をしてロスフェルド見据える。

 そして優雅に腰を折り、頭まで下げて見せた。


「……失礼しました。高貴なる貴族の方々にこの席はお譲りいたします。非礼をどうかお許しくださいませ……これでいいんでしょ?」

「ええ、ええ。それで良いのです……。もう行っていいですよ。寛大な我々に感謝する事ですね」


 ロスフェルドは、まるで犬にするかのように手を払い、再びリィレンは拳を握り締めたが、ぎゅっと目を瞑って背中を向ける。


「リィ……!」

「触んないで……! どうせアンタも……内心ではアタシを友達だなんて思ってなかったんでしょ? もういい。アタシ達は、住む世界が決定的に違うんだから……」

「あ……」

「さよなら……」

 

 リィレンは伸ばされた手をすり抜けて、そのまま走り去った。


 呆然自失としているシェラレラ。

 その背中をロスフェルドは優し気な手つきで押し、椅子に座らせる。


「さあ、シェラレラ様こちらへ。所詮下賤な者と我らは相容れぬ定め。あのようなものは放っておいて、我らは貴族らしく国の将来について有益な語らいをいたしましょう。全く、《神使オラクル》の方々も見る目が無い……我々を差し置いてどこの馬の骨かもわからぬ人間を推薦するなど……。聞けば他の国の者なども呼んでいるらしいでは無いですか。その中で公爵家の一員たるあなたこそが我ら貴族の立場を示す唯一の……」

「…………」


 ぼんやりとしたままシェラレラはそのまま、動かずにずっと俯いていた。


(つまんねーもん見ちまったや。飯が不味くなった……)


 エンドは手に持ったままいつの間にか空になった自分の皿を見て、チッと舌打ちすると、皿を返しそのまま食堂を後にしていった。

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