急に人気に

【・シェラレラ視点】


「おはようございま……す?」


 家の都合で休んでいた私は、登校してすぐ教室内の雰囲気が変わっている事を感じ驚く。

 雰囲気と言うか、主に隣席の様子だが。


「おいエンド! 部隊チームの話考えてくれたかよ……後お前その戦闘技術どこで身に着けたのか教えろよ!」

「ちょっと割り込まないでよ、ほれエンド君、私の話聞いてくれるよね~お菓子もあるよ……ねーねー」

「首をつかむんじゃねェー!! ……でも菓子は貰う」


 なんと、今まで誰も近寄ろうとしなかったあのエンド少年に話しかける生徒が出始めている。


(大人気みたいですね……ふふ)


 私は邪魔しないようにそっと椅子を引いて腰掛けた。

 一方で、リィはどこか不貞腐れた様に頬杖を突き項垂れている。


(……何があったんでしょうか?)


 彼女に詳しい話を聞こうかとも思ったのだが、もう始業の時間も近い。

 私は昼休みを待って、何があったのかを聞いてみる事にした――。


 ――そしてチャイムが鳴る。


「リィ、あの、お昼一緒にどうですか?」

「ああ……そうね。うん、行こっか」


 少し無理気味の笑顔を浮かべながら、リィはちらっとエンド君の方を見て、釈然としないような顔をして立ち上がった。


 今も彼は人に囲まれて右往左往している。

 あの分なら今まで敬遠されたいた遅れをすぐに取り戻せるだろう。


(頑張って!)

「行くわよ、シェラ!」

「は、はぃ」


 心の中で彼にエールを送り、私は赤い尻尾を追いかけたのだった。


 ――そして食堂にて、いつも通りの喧騒に囲まれながら私はリィの話に付き合い始める。


「あんたが休んでる間に、クラス内でグループに分かれての戦闘訓練があってさ。それでちょろーっと活躍したわけよ、あのチビ。それで調子乗っちゃってさ……」

「へぇ~なるほど、なるほどです……」


 リィは二枚の皿に景気良く盛りつけた食事を次々に口に運びながら愚痴る。

 一応栄養バランスは考えられているのだろうが、それでもこの量は供給過剰に思えるのだけど……。


(ひょっとして亜人と私達では代謝が大きく違ったりするのかな?) 


 やけ食いなのか、普段通りの食欲と喜ぶべきか……そんな疑問が頭に浮かぶが、今は友人の悩みを優先すべきだ。隅に追いやって、真面目に集中して聞く事にする。


「あのケイジっているでしょ、廊下側の静かな子。あの子がぶわっと闇の闘気を出してルール違反の暴走してさ。それをアタシは止めようかどうか迷った訳。そしたらアイツさ、こんな風に手を突き出して、黙って見てろって感じでさ……先生もそれで納得しちゃって。闘気の量は三倍位差があったのに、結局アイツがケイジって子をぶん殴ってことを治めちゃったワケよ。ア、アタシだってあれ位きっとできるはずだよ……うん、多分……」


 少し興奮気味に話すリィに私の頬はわずかにほころぶ。いけない、気付かれないようにしないと……。

 やっかみにわずかな賞賛や憧れが混じったその様子は年相応でとても可愛らしい(口にすると怒られるので言わないが)。


「人は見かけによらないって、こんな事を言ったら失礼かもしれませんけど……でも身近にそんな実力者がいるなら、皆さんの気持ちも分かりますよ。私だって教えて貰いたいし……リィもそう思いません?」


 《冒険者トラベラー》を目指す者達は一様に向上心が強いだろうし、同年代の実力が高いものに教えを乞えば、刺激にもなるだろう。

 やはり身近にはっきりとした目標があると気合の入り様が違うのだ。


 それは十分に分かっているのか、リィはテーブルに突っ伏すとくしゃくしゃと綺麗な赤毛を乱した。いつもはピンと上に伸びた自慢の三角耳も今はぺたんとへたり込んでいる。撫でてみたい……そう思うが流石に自制する。


「う~……そりゃあわかるわよその気持ちは。でもさ。ちょっとムカつくじゃない? 力をひけらかさなかったアイツにも……それを見抜けなくて格下に見てた自分にも腹が立って。悔し~……アタシがこんな気持ちになるなんて」


 リィは眉をしかめながらはぐはぐと咀嚼のスピードを速めてゆく。


(複雑ですねぇ……)


 私はそんな彼女を見ながらフォークで指したウインナーをはむと口に押し込む。

 体術が少し苦手な為、私も今度エンド君に教わろうと思っていたのだけれど……これ以上リィをへこませると本格的に立ち直れなくなりそう。


(そうだ……!)


  私は親交を深める為にもまず、リィに教わろうと思い直す。


 《冒険者》の戦闘は体術と闘気術の複合だ……よって片方が不得手だとバランスが悪い。本来ならバランス良く学ぶべきなのだが……理由が合って私は走ったり跳んだりが得意ではない。きっとエンドのような達人に教わっても得るものは少ないに違いない……。

  

 ちなみに体術とは違い、闘気は、操るのに肉体の強度は関係ない。


 内に眠る意志の力とされている闘気を操作するには体内に巡るわずかな闘気を認識する事から始めなければならず、その感覚が理解できない者いくら体を鍛えようが一生を費やそうが覚えられないし、才能がある者は修練を始めるまでも無く無自覚にそれを利用していたりもする。


 私が闘気を習得したきっかけも、生来病弱だったため運動で体を鍛える事が難しかったからだ。幸運にも屋敷に逗留していた人物から指導を受けなければ、今も床に臥せる毎日を送っていたかも知れない。


 呼吸と瞑想の修練を続ける毎日は幼い子供には辛かったが、『――強く願う未来を思い浮かべ、努力を続けなさい』と、寄り添ってくれた師のおかげでやり通すことができ、闘気の知覚と操作が叶うようになって私の病弱な体質は劇的に改善した。

 よって今や人並み以上に動ける体を手に入れたはずなのだが、苦手意識もあり、運動神経の無さは今までに克服しきれていない。ある一連の動作を除いて。


 リィには失礼かもしれないけど――彼女と一緒に学ぶことで、少しずつその意識を拭い去っていければ……そんな意図を込めて私は彼女の手を両手で強く握る。


「お願いします、リィ、私に体術の手ほどきをして貰えませんか? 人に教えるのも修行になると聞きますから」

「……アタシが? アンタもエンドに聞いたらいいじゃない~」


 へにゃとテーブルにうつぶせている彼女に私は懸命にお願いする。


「もちろん、彼にも頼りますけど……でも彼だって私達ばかりの面倒を見てはいられないと思うんです。彼は生徒としてここに来ているんですから。あんまり彼にばっかり重荷を背負わせたら可哀想ですよ」

「そ……そうかな」

「それに……そんなことしたら、ハルルカ先生が寂しくなって、教師の威厳が~ってきっと泣いちゃいますよ。そう思いません?」


 するとリィレンは苦笑した。


「はは……かもねぇ。それかみんなまとめてビリビリされちゃうかも知れないわね……はぁ、わかった。まずは先生に教わってそれからね。アタシも教えられることがあったら教えるわ。アンタも何かアドバイスがあるなら遠慮なく言ってよね」


 軽く握った拳を差し出すリィ。私にはそれがどうしていいかわからない。


「……? ええと、こうですか?」


 そっとそれ上から握り締めてみたが、どうやら間違いだったようだ。

 リィは軽く噴き出して優しく笑う。


「ぷっ……違うの。こうやって拳を合わせるんだってば。一緒にがんばろってことよ」

「あ、ああ――そういう事なんですね! はいっ……協力して頑張りましょう!」


 軽く握った拳をこつんと合わせ、少し絆が深まったような気がして、お互いの口元がほころぶ。

 

 ――明日からの学校生活もきっと実りあるものになるだろう。


 そんな期待に私は胸を膨らませ、目元を緩めた。


 

 その一方でエンドは頭を悩ませていた。


「……落ち着かねえ」


 休憩時間ごとに他の生徒が集まってエンドに質問をぶつけて来る。

 恐らく一過性の人気なのだと思われるが、あまり人慣れしていないエンドはこの対応に想像以上に神経をすり減らすこととなった。


「てか、俺ばっかじゃなくて、ケイジだっけ……の方にも聞きに行けよお前らッ!」


 苛立ち紛れにバンバン机を叩くエンド。

 それに答えるように一人の少女が口を尖らせる。


「え~、だって彼怖いじゃん」


 緑の髪を三つ編みに纏めた女生徒ルーシー・レストン。

 模擬訓練でエンドが組もうと声を掛けたものの、それを一瞬でフッた生徒。

 今では積極的に部隊チームの誘いまで掛けて来ていて、彼女にとっては恥も外聞も関係ないようだ。


「そーそー、堅て―こと言わねーの。ま、でもあいつ美形だから、ちょいちょい言い寄られてるの見かけるぜ? 印象的な顔立ちしてるしな。はぁ、凡夫は辛いぜ……」


 そして手の平返し二人目のコール・エフォート少年。金と言うよりは小麦色に近い髪をバンドでまとめて後ろに流している。今日も腕や首など至る所に銀細工のアクセサリーが光っていた。


 ……コールは既に空席になったケイジの座席を眺め実感の籠るため息をつく。彼も顔立ちは悪くないが……いかんせんどことなく抜けた二枚目半と言った雰囲気のせいもあって、あまり女子がよりついて来ないのかも知れない。


 確かにコールの言う通り、ケイジ少年は美形だ。

 エンドと同じ黒ではあるが彼とは全く違う、良く手入れされた側面だけが長い美しい髪。冴え冴えとしたアイスブルーの鋭い瞳や、常にすっと伸びた背筋からは強い矜持と他を寄せ付けない気配が発せられ、触れると傷つく刃のように、逆に人目を惹きつける。

 ――虚しいことにどこからどう見ても美青年の彼がそれを望んでいるようには見えないが。


 あの一件の後、エンドが彼と話す事は特になかったが……何か背負うものがあるとだけ分かった彼のように、色んな人間が様々な思いを抱きながらここに来ていると知り、唐突にエンドはそれが知りたくなった。


「なあ、お前らは何でここに来たんだ? 《冒険者トラベラー》なんて危ない仕事らしいじゃんか。普通に働いた方がいいんじゃねえの?」


 エンドは二人にシンプルな質問をぶつけてみる。

 すると二人は顔を見合わせる。


「「金だろ(でしょ)」」


 同時に言って。


「「サイテーだな(ね)」」


 同時に軽蔑ディスった。


「うるせーな。俺ぁ実家が装飾用品店だからいいんだよ! 全国展開に命かけてんだ! あ、ちなみに今身に着けてんの全部うちの商品だから。気に入った奴があったら一割引きで卸してやるからエフォート装飾品店をどうぞよろしく」

「お生憎様だけど、うちも実家が運輸業やってるよのね。有名になったら箔が付くじゃない? せっかくだから夢はでっかく持たないとって事で……フィーレル国内どこでも三日で届けるレストン運輸商会をどうか御贔屓に」

「げっ、お前んとこ世話になってるわ。結構デカいとこのお嬢様だったんだな……あれ以上拡大するのかよ」

「おっと失礼。日頃のご愛顧感謝いたしますぅ……国内なんてしょぼいこと言ってないで夢は世界よ、世界」

「ぐっ……」


 意外な所で見つかった共通点。

 ニタリと営業スマイルを浮かべながら揉み手をするルーシーの方が一枚上手といったところか。

 コールはその圧にタジタジだ。


 そしてルーシーは向き直って胸を張る。


「ま、サイテーとは言いつつ、私達は皆お金が大好きなのよ。将来良い暮らしがしたいってそれだけかな。きっとそんな大層な志抱いてる人ばっかりじゃないよ。現実を見なきゃ」

「金かー……」


 自分達の生活を守る……それも確かに真っ当な目的の一つであるし、それをかつてエンドもエイミアに向かって肯定した。


 有名になって名声を得たい者もいるだろう。

 叶えたい夢の足掛かりとして、あるいは強き者と競いたい、危険を楽しみたい……そんな者達もいるかも知れない。

 それは個人の自由だ。何が正しいという訳でもない。


(それぞれの理由があるんだよな。色んな奴がいておもしれえや、ここは……来れて良かったかも知れねぇ)


 目の前で商売談義を繰り広げる二人を見て、エンドは楽しそうに口の端を上げこっそり席を立つ。


(ま……一番良いのはただで美味い飯が食える事だけどな! 俺も自分の好きにやらせてもらうぜ!)

「あ、エンド、どこ行くんだよ!」

「飯に決まってんだろ! ヒャッホー!」

「もー! 話終わって無いよ~!」


 木霊する二人の声を残して、エンドは一目散に食堂へと走り出した。

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