戦闘訓練④

 模擬戦闘訓練Cグループ対Dグループ二試合目。


 う~んと伸びをして気持ちよさそうにフワフワの尻尾を振るのは、赤髪の狼少女リィレンだ。


「んしっ、やるか……!」

 

 彼女はザッと靴を鳴らし振り向くと、同チームにもかかわらずエンドに指を突き付けて来た。


「相手がアンタじゃないのが残念だけど、そこでアタシがどれだけ強いかその目に焼き付けて震えなさい! いちいち突っかかって来る気がしない程圧倒的な勝利を見せつけてやるわ……」

「ケッ……負けろ負けろ派手に負けろ~」


 そんな大口ビッグマウスな彼女に対し、触手の如く指をくねらせ呪いをかけるエンド。子供じみた仕草に呆れ、隣のハルルカがエンドに忠告する。

 

「余裕ですね~……リィレンさんとエンド君どちらも負ければこのグループは敗退ですよ? 普段素行の良くないあなた達の評価がどんどん下がっちゃいますけど……。それに君は自分の相手も警戒した方がいいと思いますけどね~」

「アイツ? 何かあんの?」


 人を近づけさせない雰囲気を放ち、静かに観戦を続ける黒髪の少年。

 何となく彼に対抗意識を燃やすエンドは聞くのも嫌そうな顔をしたが、気にせずハルルカは続けた。


「……教師としてあまり不公平な真似をしたくないので多くは語れませんけど。東真という国は知っています?」

「トージンって、何か未だに戦が絶えねえとこだろ? 東側にある」

「ええ、そうですね……フィーレルの存在する大ガローテ大陸の東側を国土に持つ大国……」


 ハルルカはその辺の小石を使って地面に図を書き始める。


 四角い大きな菱形と、それを囲うように小さな丸を幾つか描く。

 菱形の上に《大ガローテ》と書き、その大陸の中心に円を、そして四方をおおよそ均等に区切る。

 ところどころ線がふにゃふにゃしており、絵心は無さそうな図に、エンドは笑いそうになる口を手で押さえた。

 

「む? 何か言いたい事でも?」

「何でもありません」


 珍しく敬語のエンドをジロリと威圧した後、ハルルカは図の中心に指をあてた。


「……この真ん中の円がフィーレル、そしてこの東側の部分が東真国という国に当たるのです。その他にも北、西、南をまとめる大国を合わせて、《五裕国》と呼ばれていますが、彼はそちらの出身です」

「それがどうかしたのか? 同じ人間だし、大して変わんねぇだろ?」


 ハルルカはそのエンドの言葉を聞いて、にっこりと笑う。


「君が生まれなどで人を差別する事のない人間で良かった。でもね、それとは別に、やはり人は長い期間をかけて積み上げて来た物を容易に捨て去ったりは出来ないものなのです。文化や言語、思想に至るまで……それは時に命より重いものとして人々を縛ってしまう。とりわけ東真国は、北部を雲断山脈、南部を荒蛇瀑流という激流に挟まれ内と外を隔てられていた為、今日に至るまで、他国と交流を持ったことは無いと聞いています」


 彼女はガジガジと小石でその国の周りを深く覆い、そしてそれを水平に区切る。


「どうもあちらの方々は私達が魔法から脱却するもっとずっと以前から、独自の文化で持って国家を運営しているようで、今現在二つの領土に分かれているとの事です。北の北闇ホクアンと南の南明ナンメイ。どちらが主導権を握るかで、絶えず争いは続いているのだとか。彼はその北闇ホクアンの出身だと、来歴書には記載されていました。持つ技術も精神も私達とは違う……そう考える方が自然でしょうね」

「ふ~ん……色んなところから人を集めてるもんだな、《冒険者協会トラベラーズ・ギルド》ってのは……成程なぁ――」


 エンドは興味が無さそうにして、始まった試合の観察に戻りながら告げる。


 なんとなくケイジがクラスメイトと距離を置いている理由や、ハルルカの心配がわかった気がする。教師としてケイジの理解者を早く作ってやりたいのだろうが、エンドがそれに従う義理は無い。


「ま、大丈夫だろ。アイツだって、何かをする為にここに来たんだろうし……案外一人じゃ何も出来ねえって焦ってんじゃねえの? ケケケ」

「あら、そんな風に思っていて、手を差し伸べてあげないんですか?」

「先生だってわかってんだろ、誰だって自分から動かないといけない時があるって。どうしようもねえ時以外は、黙って見ててやるのも優しさだろ? おっと、俺のは単にあいつが気に入らんだけだけどさ」

「君らしいですね……」


 意地っ張りな少年を仕方無さそうに見つめた後、ハルルカは釘をさす。


「私の見立てでは、彼も君と同じ位強いように感じます。くれぐれも慢心はしないようにね?」

「何して来るか分かんねえって? でも、そんなの当たり前だろ、戦うならいつでも。同じ相手と同じ状況下でやり合うなんてことは殆どねえんだから。いざ戦うとなったら、全力を出し尽くすだけだし……油断なんかねえから、心配いらねえよ?」


 細身の片手剣を用い宣言通り相手を圧倒してするリィレンを、実際に戦いが始まってからはエンドは悔しがることも無く淡々と見つめている。

 動きを反芻し、頭の中で対応を最適化する事を繰り返すその眼差しは無機質で、真剣というより、どこか呼吸するように自然で作業的だった。


 いつの間にかじっとりと汗ばむ掌を風に当て、ハルルカは自分を諫めるような苦笑を見せた。

 

「そうですか……覚悟はちゃんとあるみたいですね。なら先生も何も言いません……ただ、自分の力ばかりを頼みしてはいけませんよ?」

「それも、一応はわかってるつもり……。こんぐらいにしとこうぜ、そろそろ終わっちまうからさ」


 安心した様でどこか寂しそうな息を吐くハルルカに目線で決着を知らると、エンドは曲げた膝を伸ばし立ち上がる。

 

 ブザーの音。中央に進み出たハルルカが試合の勝敗を告げ、満面の笑みで尻尾を左右に揺らすリィレンが戻る。


「むふん♪ 圧勝だったでしょうが……ま、相手の子がちょっと可哀想だったけどね。どうよ、アタシとの力の差を思い知ったんじゃない? ってちょっとアンタ……」

「……動きは悪くねぇけど、ちょっと単調で攻めのパターンが少なくねえか? それと下がりで軸足を残し過ぎるクセは止めとけ。刈られちまうと足が止まるし……後何か、色々大雑把なんだよな。お前、剣専門じゃねえんじゃねえか?」

「な……!?」


 自慢げなリィレンがギクリ固まったのを良いことにエンドはスタスタと口笛拭きながら通り過ぎてゆく。


「な……何よ気持ち悪いわね! 何なのよ……アイツは!」

「まぁまぁ、次を始めますからリィレンさん落ち着いて……」


 指摘が概ね間違っていない為、ハルルカは何も言えない。

 憤懣やる方無しと地団駄を踏み、白い肌を髪と同じく真っ赤に染めながらリィレンは叫んだ。


「よ、余計なお世話よっ! あ~も~ムッカつく~っ! あんたなんか負けちゃえ! 完膚なきまでに叩きのめされろっ! 死んで来ーいっ!!」

(相変わらず、うるっせー……んであっちは、る気満々ってか)


 声援がわりの罵倒から小指で耳を守り、エンドは大将戦へと進み出る。

 ずっと前から油断ならない視線で見つめている彼の前へと。


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