戦闘訓練③

「うし……やったらァ!!」

「まずは挨拶でしょ、とっとと並びなさいよ……」


 平行に並んで礼をするC、Dチーム。

 エンドは手の平を拳で打つと相手の少年を盗み見る。

 すると少年もそれを察知したのかまたもきつい視線で睨み返す。


(だから何だよ……テメェの敵意それは)


 視線を外したら負けと言うルールでもあるのか、二人は首をどんどん伸ばし瞳をぎらつかせた。


「二人とも……礼は終わってるんですけど? はいはい、後は拳で語って下さいね~」 

「びゃっ……!」

「…………ウ!」

 

 パチンと指を鳴らし、眼くらましの白光を二人の目の前に送るハルルカ。

 大きくぐらつき互いの頭をゴヂンと思い切りぶつけ、のたうち回る二人を無視してハルルカはさっさと進行する。

 

「では、コール君は私と手合わせで。負けても勝敗にはカウントしませんので遠慮なくかかって来て下さいね♪ では、よろしくお願いします」

「……マジでセンコー相手? 何か不公平だな……女だしメチャやりにくいんすけど。顔とかは狙わねえけど、ボコにしても泣かんで下さいよ? よろしく……」


 コールは長柄の槍を頭の上で振った後、腰を落とし距離を取る。

 対してハルルカは無手を後ろで組んだまま余裕のある笑みで待ち受ける。


 コールは構えた槍を胴に向けるが、それでもハルルカの姿勢に変化は見られない。


「先手は譲りますよ。どこからでもどうぞ」

「あ……? 構えはどうしたよ。生徒だからって舐めてんスか……?」

「あまり早く終わらせても不公平ですから。確かめてみたらいいと思いますよ?」

「チッ……」


 金髪の少年は舌打ちしながらも、やたらめったらには攻め込まない。

 円を描くようにハルルカの側面を経て、ジリジリ背後へと回り込むが、それでも……。


「動かねぇのかよ……」


 プライドを傷つけられたのか、顔を朱くしたコールは槍の柄に力を籠め……。 

 

(偽神器があんだ……当たっても傷は負わねえよなッ!)


 完全に真後ろから、右腕をその肩口へと唸らせた。

 

(イッた!!)


 確信めいた笑み。

 独楽のように吹き飛ばされて蹲る女性を想像したのか、それはすぐに引き締められる。やり過ぎてしまったかと思ったのだろう……。


 だが、その加減は必要なかった。

 それを彼に知らせたのは、真後ろから投げられた気負いのない声。


「こっちですよ」

(……!?)


 うなじを撫でるような優しいそれにコールはその場を後ろに飛びすさり、追いつかない思考を整理しようとして、額から汗が伝う。


「やるじゃない……! 本部併設校の教師は伊達じゃないのね。闘気は使ってないのよね? アレ」

「恐らく、《常在化》だな……ちょっとずりー気もするけど」


 ぶれたように動く桃色の残像をやっとで捉え、目を丸くするのは外から見ていたリィレン。今は仲が悪いことも忘れ、エンドは彼女に検証した動きの絡繰りを伝える。


「老化現象の抑制と同じように体に馴染んだ闘気は、反射や反応、体温や耐久力等、様々な部分で肉体の性能を向上させる。先生は雷の闘気を操るから、その辺りが関係してるんだろ」

「あぁ……闘気の習熟度が上がれば上がる程って奴? なるほどねぇ」


 もちろん、生中な熟練度ではそうはならない。恐らく彼女も《冒険者》として長い戦いを潜り抜けて来たのだろうと、エンドは推察した。闘気は奥が深いのだ。


(ただの馬鹿かと思ってたけど、そうでもないのかしら……?)


 突然詳しく語り出すエンドに気味の悪そうな目線を送った後、リィレンはすぐに戦いの成り行きへと顔を戻す。その先では、焦るコールが必死に彼女の動きを捉えようと長槍を振り回していた。


「クソッ、何でだよ、かすりもしねぇ……! 一体どーなってんだよ!!」


 神出鬼没な彼女の動きに全くついて行けず、滅多やたらに繰り返す攻撃は衣服や髪の端すら捉えられず空を切る。意外に修練を感じさせる長物を扱い慣れた隙の少ない動きも、ハルルカは完全に見切っているのか足取りに迷いはない。

 ワルツをリードするように、着かず離れず滑るような動きはもはや優雅ですらあった。


 そしていつの間にか彼女は疲弊したコールの目の前に立ち、胸に指を突き付けていた。


「どうしますか? 時間も有りますし、そろそろ降参してもらえると先生としては嬉しいですが」

「……ハァ、フゥー……わーったよ。参りました!」

「ごめんなさいね、でも全体的に動きは悪くありませんでしたよ。利き手逆側の対応が一歩遅れるのと、後は間合いが詰まる程上からの振り下ろしが多くなるのは止めた方がいいです。隙も多くなりますし……」


 槍を放り投げて諸手を上げた彼の肩を優しく叩きながら、ハルルカは簡単なアドバイスと共にその背中を押して、Cグループの元へと送り返す。


 生徒相手とはいえ、貫禄を見せつけ戻って来た教師をリィレンとエンドの拍手が出迎え、彼女は豊かな胸を弾ませるように腰に手を当ててウインクした。


「センセ、やるぅ♪」

「すごいでしょ? ビリビリさせるだけが能だと思っていたなら認識を改めて下さいな。特薦クラスの担任は伊達では無いのです!! あなた達もきちんと教師を敬うように! 喧嘩は禁止です!」

「「へへぇ~ぃ」」


 相変わらず教師の威厳というものには少し欠ける彼女だったが、もうビリビリされたくない二人はとりあえずこの場だけ揃って敬意を表し頭を下げる。

 そういう部分でいつも気が合う事を、まだ二人は気づいていない。

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