戦闘訓練②
「それでは皆さん、しっかり偽神器を身に着けましたか? ではAグループとBグループから順に先鋒、次鋒、大将を決めて一対一での組手を始めます。闘気は使用不可としますが。得意な武器がある場合はこちらに模造品が用意されていますので、それから各自選んでください。審判は私がします」
今各生徒の体には胴体部にプロテクターが巻かれている。
これは
生徒達は各々が得意な獲物を選ぶ中、素手主体の為武器を必要としないエンドはハルルカに挙手して尋ねた。
「あのセンセー! 偽神器って俺知らないんだけど、何なのさ?」
「知らない事には少し驚きましたが、そうやって分からない事をきちんと人に聞く態度は感心します、いいことですよ」
ハルルカは教師冥利に尽きるのか少し鼻を高くして語り出す。
「偽神器とは、迷宮探索で得られた神器を人々が解析し、それを複製・研究して開発した道具です。神器より大幅に出力は劣りますが、物によっては量産することも可能。とはいえ、駆動エネルギーは魔力由来の為公共機関はともかく、個人で使用されている事は殆どありません。私達がこれを利用できるのは《冒険者ギルド》に所属している為、教会の神使の方々と強い繋がりがあり、優先的にその力を借りることが出来るからこそなのです。くれぐれも大事に使うようにして下さいね?」
「何で魔力だと個人使用できねーの? ってか魔力って?」
「え~と……まぁ、そこも簡単に説明しておきますか」
ハルルカは誉めた手前なので仕方なく、少し困った顔で魔力についての説明を始めた。
魔力とは何か……その研究が進み始めたのは人々が魔力を扱うようになって随分時がたった後のことだったと言う。
限定的ではあるが、思念により、この世の中の事象を自由に操作できる奇跡の御業。だがその正体を知った時、この世界からその術はすでに失われようとしていた。
「殆どの人が魔法を使って何不自由なく暮らしていたような、そんな時代もあったと書物などにも残されています」
「でも、俺らは今はそんなの使えねぇよな? 使えんのはその、《
「ええ、そうですね。でもその力はある日一斉に人々から奪われたわけではありません。薪をくべるものが居なくなった焚火のように、ゆるやかに少しずつ力は失われていったらしいのです……」
一説としてはこの世界そのものの構成力が、その魔力であるのだと言われている。
古代人の平均寿命は現代人と比べ、三、四割は短かった……生活環境などの違いはあれど、その大きな要因は魔法を使う事により、自身の存在としての力を過剰に消費させてしまっていた。
それは無限の力では無く、全ての存在と引き換えの力と人々が知った時は、もうすでに世界は力を失いつつあったのだ。
「昔はこの世界の至る所で、魔力の結晶である《黒硝》や、より純粋な魔力の塊である《神器核》が見つかっていたらしいのですが、今ではほぼ見られなくなりました。古代の人々は選択を迫られたのです。魔力から完全に脱却する生活を始めるか、それとも滅びまでのわずかな時間を謳歌するのか……」
エンドは詩人のように語るハルルカの話に聞き入っていた。気づけば他の生徒も静かにそれに耳を傾けている。
「結局は、人々はその折衷案としてゆっくりと魔力の依存から離れる方法を取りました。もはや生活と完全に結びついた魔法の力を全て切り離すことは不可能だったからです。そしてゆっくりと衰退の道を辿るかに思えた人類ですが、現代までの二つの発見が、再びそれに歯止めを掛けました。世界各地で突然変異のように現れ始めた《
「へぇ~……」
しばらく世俗から離れた生活を送っていたエンドが驚くのを見て、少し得意そうにハルルカはウインクする。
「そして、《神器》というのは、《神器核》中心に構成された、魔力増幅と魔法実行の機能を兼ね備えた高度な装置の事なのですね。《偽神器》はそれを模したもの事で、核には迷宮から産出される《黒硝》という物質を加工した《
「まー、良く分からん力が使えるようになる不思議な装置ってとこか?」
「至極大雑把に言えばね。これから触れる機会も多くなっていくでしょうから、ちゃんと覚えておいて下さい。では時間も少し押してますので、サクサク始めましょう~」
「説明あざっした……」
エンドはハルルカに頭を下げながらある事を思い返す。
師であるインクレアがシィの力を封印する際に使っていた術、あれが魔法……。ようやく神使という存在の凄さが実感できて、エンドは何度も頷く。
(つくづくバケモンだったんだなぁ、ウチの師匠は。《冒険者》としても《
嫉妬を隠せずくしゃっと髪をかき混ぜるエンド。彼とて闘気の扱いだけなら人並以上に長けている自信はあるが、もし《
(って、無い物ねだりしても仕方ねえや! 俺は俺のやり方でやるしかねえ!)
贅沢な悩みを捨て、ぐっと決意を飲み込むエンドの前で、ハルルカにより戦闘訓練開始の号令がかかる。
第一試合、まず先鋒として相対するのは初日一番初めに挨拶をしていた、物腰の柔らかそうなラング少年と、小柄ですばしっこそうなエルという女子だ。
「ではA、Bグループ先鋒同士、前に出て一礼。それでは……始め!」
「手加減はいらないぞーっ!」「あぁ、よ、よろしく」
手刀で火蓋が切られ、困ったような顔のラングに先手でエルが突っかかった。
彼女が身に着けた二本の
「わっ、とと……」
対するラングはシンプルな直刃の長剣で受けに回る。
様子見の軽い攻防がしばらく続き、互いに慣れて来ると攻防の速度はぐんと上がり始める。
やや高身長のラングに対して背の小さいエルは下方からの腹部や足を狙った攻撃を執拗に繰り返す。喉や胸は狙いにくく、流石にクラスメイト同士という遠慮もあるのであえて外しているように見える。
「にゃはー、それそれっ!」
「ぐっ……」
楽しそうに声を上げるエルの、素早い連続突きからおろそかになった足元狙いの水面蹴りが彼を襲う。足首を刈られた、ラングの顔が歪むがまだブザーは鳴らない。
猫のような身軽さを発揮し、左右に大きく動き回るエルにラングは目を白黒させ、反撃にも力が無い。
「……くそっ!」
手足や剣のリーチを生かして距離を取るべく大振りを繰り返し、少しずつ後退するもそう簡単に間合いは切れない。焦って腹部のガードが空いた所にジャンプして飛び込んだエルの刺突が炸裂した。
「ごふっ……!」
ビー、ビー、ビー……――!
「そこまで!! 勝者Bグループ先鋒エル。では両者、礼!」
「ま、参りました」
「よっしゃー! 勝ちー! 痛かった? 大丈夫か?」
「いや、そんなに……ただ衝撃が伝わってちょっと気持ち悪い」
諸手を上げて喜んだ後気付かうエルにラングは弱々しい笑みを見せ腹を押さえている。衝撃は消せても振動はある程度伝わったらしい。
「ふ~ん……やっぱ皆それなりに何かしらやってるわよね。ま、でもアタシの敵じゃないかな。先生はいいとして、アンタは足引っ張んないでよ?」
しゃがんでぼんやり観戦していたのエンドの上から同じチームにされたリィレンの嫌そうな声がした。いちいちカチンとさせる少女に、エンドは冷めた顔で見返す。
「そーいう事言う奴は負けるって相場が決まってんだよな~。精々どっかで油断して吠え面掻かんよう気を付けな」
ちなみにC、Dチームの試合では、ハルルカが先鋒として出場するが、もちろん公平を期すため個人としての勝敗は引き分けで固定だ。部隊としての勝敗は次鋒リィレンと大将エンドに委ねられる。つまりどちらかが負ければもう勝ちはない。
「偉そうに……アンタはアンタで気を付けた方がいいんじゃない? アイツ多分、大分強そうだけど……怖いなら相手代わってあげようか?」
リィレンが意地悪そうに口を曲げて差すのは、氷色の瞳をした黒髪の少年。初日に睨み返された為あまり関わりたくは無い相手だった。
体付きは線が細くすらっとした印象を受けるが、決して弱々しくは無い。むしろ抜身の刃のような凝縮された鋭さを感じさせる。
確かに雰囲気がある少年だが、エンドは臆さずリィレンに言い返す。
「そりゃこんな仕事を望む位だからどいつも腕に自信はあんだろうけどさ……負けねーよ、俺はな」
「む……じゃあいいわよ、別に……」
落ち着いたエンドの表情に戦いに対する何らかの覚悟を見たか、リィレンはそのまま口ごもる。目の前で試合は続き、結局はラング少年率いるAチームの方が勝利が決まった。
次はようやくエンドたちの出番だ。
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