十二階段(スカ―レル)③

 訓練場の外部に併設された正方形の建物……操作室と銘打たれたそれにジェイザは一目散に飛び込んで行く。何より、あのままでは周囲も自分も無事である自信が持てなかった。


(障壁を張らないと……被害が敷地内で押さえきれるか分からない!!)


 訓練場はそれ自体が一つの特殊神器となっており、発動することで一定空間に障壁を貼り、内部で起きた衝撃を封じ込めることが出来る。その作動の為にジェイザは師の戦いの観戦を中座してまで、急ぎここまで足を向けたのだ。


 扉を開くと見える、部屋の中央の液晶画面スクリーンには、今ダンディマル達がいる訓練場の他にもいくつかが大写しにされていた。


(ハァ……どうしてこんな事に!)


 暗い操作室の明かりを付ける間も惜しみ、ジェイザが大汗をかきながら画面下に設置されている制御台コンソールに飛びつこうとした時、その前の椅子がくるりと回転した。


「やっほー☆ D訓練場の障壁でしょ? やってるよっ♪」

「――あなたはッ……!?」


 ポン――ポン――ピーン……。


 目の前で軽快に滑らせた指に応じて、制御台コンソールのライトが点滅し、どこからか発生した高音域の振動音が辺りを包む。


 だがジェイザの関心はそちらではなく前方の人物に向いたままだ。壁に背中をぶつける程飛びのき、声を震わせた。何故なら……。


 それは、ここにいるはずのないもう一人の《十二階段バケモノ》だったからだ――。


「……ユーリ・シーウェン!? 十二階段の第二段である、あなた様が何故こんなところにいらっしゃるんです……!」

「あれ、そんなにおかしい? まま、固い事言わないでさ……ちょっと面白そうなことやってるから、息抜きだよ息抜き。楽にしてい~よ~」

「は、はぁ……」


 ジェイザは直立させた体をわずかに弛緩させ、壁にもたせ掛ける。


 《冒険者協会トラベラーズ・ギルド》幹部の第二段。地位のみならず戦闘力でも、恐らくギルド内で三本の指に入るトップエリート。


 奇抜な配色のミニドレスに体を包み、飴の棒を口に生やし体を左右に楽し気に揺らす目の前の少女が一目見てそれだと判断できる人間はそういまい。

 彼とて冒険者資格を授与された際の式典で見かけていなければ、エンドと会った時のように摘まみ出そうとしただろう。彼女が浮かべるのはそれ位あどけなく感じられる天真爛漫な笑みだった。


「たまたまギルドに寄ったらさ、クレア関係だって報告が回って来たもんでさ……任務ギンちゃんに押し付けて来ちゃった。おかげでいいもの見れちゃったよ♪ そんな遠くから見てないで遠慮しないでこっちへ来たらいいのに……」


 画面内で繰り広げられる二人の技の応酬に目を光らせながら、ユーリはジェイザを手招きする。さりとて体が竦んで動かない。間近であんな戦いを見ていたから、尚更かもしれなかった。


 しかし彼女が受けていたというのは恐らく、契約外機密任務……ギルドの存続に関わるような重要な任務のはずだが、そんなものを軽々しく押し付けたなどと……。こんな彼女の奔放さが許されているのも、ひとえに彼女が代用の効かない力の持ち主であると周りが認識している証明である。

 そんな彼女と流石に仲良く並んで団欒だんらんしながら観戦する気にはなれない。


「い、いえ……済みませんが僕はこのままで……」

「そーお? まぁ好きにするといいけどさ。と言ってもそろそろ決まっちゃいそうだね……どう思う、ジェイザちゃん?」

「――――ッ、僕を知って……?」


 ユーリが伸ばした手を引っ込めたのを見て、ジェイザは冷や汗を拭いその場に座り込んだが……彼女に名前を呼ばれて心臓が縮む。


「ダン爺が褒めてたし、私だって将来有望な子位には目を光らせてるよん」

「有望……ですか」


 ジェイザその言葉は皮肉気な響きが滲んでいたが、ユーリはそれに気づかない様子で、画面に注目している。


「ダン爺の《闘神化》には生中な一撃じゃ通用しないよ……さぁ少年。どんな一撃を披露してくれるのかな?」


 画面の内では彼女が操作したことにより、クローズアップされた二人の姿が大写しにされ、それに伴い拾われた音声が室内に流れる。

 制御台に頬杖を突いたユーリは楽し気に二人の姿を目に収め、顔を輝かせていた。


『――どうやら、準備はいいみてぇだな! 原初のほむら・流星の尾・天をせいし無形の闇を衝き通せ! 《紅劫羅針炎こうごうらしんえん》!』


 左手を添えて突き出した手甲から六枚の羽根のような光が溢れ出し、それが勢い良く回転して一つのやじりを造る。


『護り支え・折れ砕けぬもの此れに有り・英雄の志、絶壁となりて万難を阻み給え! 《鋼剛地礼賛こうごうちらいさん》!』


 反対側では、無数の六角型の銀灰色の闘気の盾が、何重もの石壁のようにその行く手を阻む。


 圧倒的な闘気のせめぎ合いの中、お互いに睨み合う二人は、ふと表情を崩した。

 それはお互いを好敵手と認め合う、称賛の笑み。


『……フッ』

『へへっ……!』


 もう言葉は不要。

 前触れも無しにどちらからともなく、二人の激突は始まり、放たれた光に画面が白く焼き付く。


 ――――――――……。


 そして間もなく、勝敗は決した。

 それを見届け、ジェイザはユーリに頭を下げる。


「……後始末をしなければ……僕はこれで失礼します」

「うん……じゃあねぇ。ダン爺によろしく~」


 ユーリはひらひら手を振ると、背もたれに体を預け……退出するジェイザのコツコツと床を叩く足音に混じらせる様に密やかに呟く。


「破天荒なクレア……。どうして……なの?」


 それは今の無力と徒労感に憔悴したジェイザの背中には届く事は無く、柔らかく闇に吸い込まれ消えた。

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