十二階段(スカ―レル)②

 余波だけでも足が浮きそうな衝撃が立て続き起こる中、ダンディマルが唸る。


「信じ難いな、その闘気は……! その年で君は何を見て、何を思いここまで来た!?」

「うっせえ! 人の事情に突っ込んでる暇が有ったら、派手な攻撃の一つでも出してみろや!」


 繰り出された攻撃を防ぎ吹き飛ばされそうになる度、地面を手足で削り火花を散らせ踏みとどまり、反撃を繰り返す。エンドにとっては目の前にいる男が唯一の道標なのだ。死力を尽くしてこの男を越えなければこの先の道は見えてこない。

 

 長い修行の末に得た力をぶつける為の壁が今ここにある。それに辿り着けたことを喜びへと変え、エンドは拳を振るう。

 周囲の闘気はもはや、火炎そのものとなって相対者に襲い掛かった。


 ――各闘気には《特性》というものがある。

 修練がある一定の段階を越えた時点で自身に合った属性を帯びるが、突き詰めるとより各々の闘気属性に応じた特徴を表すようになってゆく。


 つまり今のエンドの拳は《燃える》のだ。

 

「素晴らしい力だ! だが、その《火》の闘気だけでは我が《土》の闘気の防御を破るにはあたわぬ!」


 エンドの火災にも似た連撃を捌くダンディマルの腕もまた、圧縮された土砂で覆われつつある。全ての技を防がれた直後、ダンディマルの反撃がクリーンヒットし、エンドが大きく吹き飛ばされた。


 ダンディマルが口にしているのは闘気術の基本……各々が持つ属性の特性と相性。


 《火》の闘気は攻撃性能に優れ、《水》の闘気に不利。

 《水》の闘気は比較的万能で、《土》の闘気に不利。

 《土》の闘気は防御性能に優れ、《風》の闘気に不利。

 《風》の闘気は速度に優れ、《火》の闘気に不利。


 一般的にはこのように解釈されている。なお、稀にこれ以外の属性の闘気を発現する者存在するようで《火》から派生する《雷》、《水》から派生する《氷》などいくつかが確認されているが、彼らは闘気術を扱える者の中でも更に希少とされている。


 拮抗した実力下で防御に徹した《土》属性の闘気使いを破るのは弱点の《風》でなければ困難。だがそれを一笑に付し、エンドは爛々と目を輝かせて突進する。


「ハハッ! 寝言ほざいてんじゃねえよオッサン! 闘気ってのは使い方によるだろがっ!!」


 手数で勝負する様に見えるエンドに対しダンディマルは相手の隙を突いてのカウンターに終始。何故ならエンドの攻撃が有効打となっていないからだ。


 針に糸を通すタイミングでの的確な反撃にエンドは幾度も弾かれるが、怯む様子はなく……すぐに態勢を立て直しては更に苛烈に攻撃を繰り返す。


「どららららららぁっ……!」

「無謀かつ、無駄だ……」


 老紳士はそれを露ほども漏らさず捌きながら、不動の態勢でそこに佇み続ける。

 その姿、まるで巨山。

 焦りも驕りも見せず、ただ進撃を阻む冷徹な迎撃装置がそこにはあった。


「同じ攻撃がそうそう通用すると思わない方がいい! 君にはまだこの舞台は早過ぎたのではないかな!? オオッ!」


 ドズッ……!

 

 単調な攻めは全て受けきられ、咆哮と共に繰り出された右ストレートが脇腹に喰い込み小さな体を上空に突き上げ、エンドの体が軋む。


(このオッサン、強え……!)


 背中から衝突し、小さな体が二度地面を叩いた。手ごたえがあったのか、ダンディマルもわずかに構えを緩める。


 しかし、それは尚早だった。


「ぐっ……」


 直後にダンディマルの膝も揺らぐ。

 そして一方のエンドは、仰向けに吹き飛んだ体を反動を付けて起こし、口の端に垂れた血を弾くように指で払う。

 

 笑っていた。


「ヘッ、どうだよオッサン。効いただろ。ガキだと思って気ぃ抜くと噛みつくぜ俺ァ……」


 その表情が狙い通りだと言外に告げており、ダンディマルの眉間が険しくなる。


「何を……。いや、君も使うのか、《七手シチシュ》を……。全くどこまでも常識を越えて来るな、エンドよ」

「そういうこった。オッサンは《カサネ》をうまく継ぎ合わせていたみたいだからよ……その継ぎ目をぶっ壊して弱いとこを突かせてもらった」


 ただそれを纏うだけでも才と膨大な修練を要する闘気術。しかしその用法はそれにとどまらない。

 才ある人々を束ねる《流派》と、それぞれの門人が人生を懸けて磨き上げた集積たる《奥儀》がそれには存在する。


「《闘儀七手トウギシチシュカサネ》……って事は、オッサンは《重衛ジュウエ流》か? 闘気の層を何層にも分割し鎧みたいに何カ所にも分け、割れた部分は破棄して張り直すか。意外と器用なことすんよな。年の功って奴か……へへ」

「いかにも。……そこまで見切られていたとはな。成程、私が再度重を貼り直すまでのわずかな時間を見切り、瞬間的に集めた闘気を高速かつ連続で当て込んだのか……《ナガレ》の応用かね?」

「ご名答……ああ、ちなみに俺は師匠はいるけど流派の門人じゃねえから、我流って事になんのかな?」


 首を捻るエンドにダンディマルは一旦闘気を消し、エンドの目を見て語りかけた。


「あの交錯の中でそんな事ができるのならもう遠慮はすまい……しかし、先に断わっておくが、君が私を打倒すことが仮に出来たとして、君が《十二階段スカ―レル》の一人に抜擢される事は無い。どころか、《冒険者トラベラー》として認められることは無いだろう。私の権限で君を推挙したとしてもそれが通ることは無いと断言できる。それでもこれ以上、やるのか?」


 いわばこれはダンディマルなりの誠意だ。この戦いに勝ったところでエンドに得る所は無いと諭している。

 

「……かも知れねえな」


 エンドも一旦闘気を解き、溜息交じりに目を閉じる。


「戦って得られるもんなんて、失うものよりずっと少ない。そう師匠も言ってたし……国のあいつ等が俺達を利用したことで得られた物なんか、あったのかって考えた事もある……。でも、その何かがきっと、どうしても譲れないもんだったんだ。そして俺にも今、何と戦ってでも取り戻さなきゃなんねえものがあるから……」


 ――あの、誰よりも優しい妹の笑顔を取り戻す……そんな自分勝手でちっぽけな欲望エゴの為に。

 エンドは真直ぐに拳を突き出し、ダンディマルと戦う意思を示す……!


「時間がねえんだ! あんたをぶっ倒して足りねえなら、その上の奴をぶっ潰す! 足りなきゃその上だ……そうしていきゃ、いつか目的に辿り着く! 悪りーけど、階段らしく……俺の踏み台になって貰うぜ!」

「ならば、もう何も言わん。全力で持って排除するだけだ……だが、せめて」


 ダンディマルは闘気を一気に解放した後、極限まで凝縮する。


「後悔すら微塵も抱かぬよう……《十二階段スカ―レル》のその実力、存分にその身で思い知るがいい……! ウ、オオオオオ――ッ!!」


 紳士然としたいつもの彼の姿からは思いもよらない獣じみた雄叫び。徐々にピシピシと音を立て、体を覆う闘気は金属質の物体へと変化してゆく。

 

 そして一方少年も、啖呵を切っただけでは済まなかった。静かに張り詰めたような表情で右腕を前にかざし、それを支えるように左腕を添える。

 すると、ぽぽっと足元に赤い火花が灯り……瞬時にそれは炎の渦と化してエンドの真後ろに立ち上がる。

 日差しの中でも眩しい程の火柱の頂点が大きく伸びあがった後竜の咢となり、少年の姿を一息に包み込んだ。


 暴々ボウボウと燃える業火は、やがて腕を中心に渦を巻いて収束。絡み合うそれは煌めく見事な紅色の手甲をその右手に顕す。


 髪を炎気に揺らめかせた少年と、鋼鎧でその体を覆った老紳士はお互いに歓迎の笑みを見せる。


「……それがエンド、君の《闘刃》と言う訳か……だが、それでは私の《闘神化》には一歩及ぶまい。残念だが……」


 極限まで磨き上げた闘気を軋ませながら、ダンディマルは一歩を踏み出す。片や全身、片や体の一部分のみの変化……差は歴然。


 重圧を前にしてエンドの体は竦んだように動かない。


「一瞬で終わらせるッ……!」


 そこへ隕石のように衝撃波を纏うダンディマルが迫った。

 エンドの体をその場に縫い留めながら繰り出される剛腕が、少年の体を叩き潰す!


 ォ―――――ッ……。 


 もしこの場に他の誰かがいればそれを音として捉えられたかどうか。無音の崩壊現象が地面を削り取り、青い空に白煙を噴き上げて訓練場を覆い隠す……。


 …………。


 そのまま数秒を経た後、まず姿を現わしたのは男の広い背中と、そして一言。


「……何故」 


 取り払われた砂影の中、少年の膝は折れず、拮抗した二つの影が未だそこにある。

 全体重と闘気を乗せたダンディマルの拳を、その細腕で受け止めたまま静止した少年。


 彼は告げながら、男の体を押し返していく。


「《闘刃》じゃねえ……」

「……!?」

「こいつが俺の《闘神化》だ!! 名は、万灼ヨロズヤク龍帝リュウノミカド!!」


 その叫びと共に、猛ける炎気は勢いを増し、ダンディマルの拳を完全に跳ね除けた。大きく吹き飛ばされたダンディマルは、足で地面を削りながら踏みとどまり、呟きを漏らす。顔面まで硬質の仮面に覆われたその表情は伺い知れない。


「よもや……とは言うまいな。ならば、私も礼を尽くそう。我が身に宿りし《闘神》……貫絶ヌカサズノ鋼将コウショウを持ち、侵す者全てを、絶つ」


 仮面の奥の瞳がぎらつく光を帯びたのを見て、エンドは歯を剥き出しにして大笑する。


「いいじゃねェの……あんたは盾、俺は矛。ならやる事は一つだよな……ちまちま削り合わねぇで一撃で決めようぜ。硬さに自信があるってんなら受けられんだろ? なぁ」

「フ……急いでいるのだろう?」


 だが老練の闘士はなおも冷静にエンドの弱点を指摘した。


「君の腕から細く上がるその煙は……恐らく《闘神化》に体が追い付いていない事を示している。未成熟な肉体に合わせ、腕の一本に膨大な闘気を収束させる君の闘神化は数分も経たないうちにその腕を焼き焦がし、炭へと変えるだろう……」

「へへ、バレたか……オッサンの言う通り、こいつはまだ完成とは言えねぇ。だがまあ、やる事は変わらねぇよ。俺は今からこの一撃を持ってオッサンを仕留めにかかる。受けるも避けるも、あんた次第さ……。どうするよ……?」


 拳は人を語る……よってエンドは答えを聞くまでも無く予想していた。そして鋼鉄の意志を持つダンディマルも曲がることなくこう答える。


「私にも立場がある……だがここで一人の少年の試しにすら成れぬ者が、何を持ってギルドの大幹部とほざこうか! もちろん受けて立ち、完膚なきまでに封じ込めて見せよう! 来るがよい――ッ!」


 金と赤の闘気が、御互いの譲らない意思と同化し、中央で隔て合い大きくぶつかり合う。

 それは激突の一幕を彩る演出として華やかに訓練場を彩り始めた――。

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