十二階段(スカ―レル)①
「んだよここ? てっきり俺ぁ長ったらしい話でも始まるかと思ってたんだけど……?」
目前の剥き出しの大地を見渡し呟くエンド。ギルド内でしばらく待たされた後、ジェイザに連れられ通されたのは敷地屋外の整地された一角だった。会話をするには少しばかり不適当に思える。
「――ジェイザ、お前の話どうり面白い少年だな。時間を割いて見に来た甲斐があった。ここはギルドに併設された、《
疑問に応えたのは、中央に立ち待ち受けていた壮年の屈強そうな大男。彼は吸っていた葉巻の火を消すと、二人の元にゆっくりと歩んで来る。
白髪交じりの髪と髭は丁寧に整えられ紳士然としているが、スリーピースのスーツの下は一目で相当に鍛え込まれているのが分かる体付き……明らかに武闘派だ。
「……あんた誰? この優男が言ってた《
「こ、こら……言葉遣いをわきまえろ! この御方は……」
「構わんさ。フフ……何とも大胆不敵な少年だ、気に入った。私は《
「エンド。師匠にはエンド・フィードリヨンって名乗れって言われたけど断った。元の名は捨てたから……ただの、エンドだよ」
エンドは少し迷う素振りを見せた後、口をへの字に曲げ答えた。
男の話によれば、彼は冒険者ギルド総帥、ではなく……それを補佐する副総帥、でもなく……その下にある幹部連と呼ばれる組織の十二人の一人ということらしい。
「どこから来た?」
「空の上からさ。何だよ、一番偉い人に会わしてくれんじゃねえのか?」
からかっているのか本当なのか、判別しにくい態度にダンディマルという男は眉を顰める。普通の
「馬鹿者ッ、恐ろしいことを言うな! 総帥達は不在だったと説明したし、そも一介の冒険者が容易く呼び出せるような方のはずが無いだろう! ダンディマル師匠と話す機会を得られただけ幸運だと思え、全く! ほら、時間を取って下さった礼を言え!」
「っ止めろ、俺の頭に触んな!」
ジェイザは顔に緊張を滲ませエンドを一喝し、抵抗する頭をぐいぐいと押し込む。その姿に兄弟めいた微笑ましさを感じたのか、ダンディマルは声を上げて笑う。
「ハッハッハ、エンド少年よ、仮に総帥達がいらっしゃったとしても……君が面会できる確率は限りなく零に近かっただろう。ジェイザが私の直接の弟子で無く、そしてあれが無ければそのまま門前払いしていた所だ」
彼の視線の先あるのは、布に包まれた先程の書簡と紙片の一部だ。
「しかしジェイザよ、少し早計だったのではないか? 教会に後で追及されると厄介なことになる事はわかっていただろう。事情は知らないが無理やりに筒を開封してしまうとはな……」
「は、申し訳ありません……」
師の厳しい言葉に、ジェイドは自分を恥じるように俯き、それをエンドは茶化した。
「おいおい、何しおらしくなっちゃってんだ優男。誰でも失敗はあるってな! あっはっはー!」
「黙っていれば……あれをその場で力技で開封してしまったのは君だろうが! 全く、凝鉄製の筒を素手でぶち折るなんて非常識な……馬鹿力にも程があるぞ!!」
言い争う二人の姿を見守っていたダンディマルはわずかに息を吐き出した後、鋭い目でエンドを見た。
思わず居住まいを正すジェイザに舌を出すと、エンドもそれに目線を合わす。
ギルド幹部の男は、まるで壁のように少年の真向かいに立ち塞がった。今から伝える彼の言葉が、ギルドを代表してのものであると言うかのように。
「エンドよ……。あのようなものを持ち出して来たのだ。何か事情があるのは分かる。だが、もしあれがインクレア本人の物だとしても君を直ちに《
「……俺がこの国の人間じゃねえからか?」
「フ、そんなものはどうとでもなる……。だがな、《
黙り込んだエンドを見ながら、ダンディマルは続ける。
「それを持ち合わせない者が仮にどうにかして《
広い訓練場の奥から外へと追いやる様に冷たい風が吹き抜け、エンドの体を撫でる。
「君の人生はまだ長い。ジェイザの言う通り三年間、経験を積み万全の状態でまたここに来たまえ……成長した姿を見られる事を楽しみにしている……」
一言一言にギルドを預かる者の重みを乗せた話を終え、ダンディマルはエンドの脇をすり抜け、訓練場から去ってゆく。
ざらついた足音がゆっくりと遠ざかる。
一歩……二歩……三歩――。
「――待てよオッサン!!!!!!」
だが、その足を撃つかのように轟かせた巨大な怒声が止めた。
「オ、オイッ、無礼な……!」
「うるせぇ!!」
止めようとしたジェイザを無理やり振り払うと、不遜な態度に冷たく目を眇めたダンディマルにも怯まず、エンドは地面を強く踏みしだく……!
「さんざ御託を並べてくれたみてえだが、一向に分からねえな。列に大人しく並んでろ? ハン……馬鹿にしてんなよ! それじゃあ何も変われねえだろ! 俺にとって《
エンドは自分の心臓を拳で叩いた後、そのまま思い切り振り被った指を、ダンディマル目掛け突きつけた。
「俺と……勝負しろオッサン!! 要は使える人間だってことを示せばいいんだろうが! 俺がオッサンを倒して、その《十二階段》の一席、ぶんどってやらぁ――!!!!」
「な……何を言いだすんだ君は!」
余りに無礼千万な言葉にジェイザは驚きのあまり背を仰け反らせ、普段は見られない師匠の大雷が落ちることを怖れて耳を塞ぎ地面に縮こまる……だが。
(――――……??)
パチ……パチ……パチ……パチ。
その予想はささやかな拍手に裏切られた。静かな場内に響くそれを妙に思う彼の目に映るのは、師が静かに笑う姿。
「……フフフフフ……素晴らしい。近年、《冒険者》の教育制度が確立されてから、君の様な型破りなものはめったに見られなくなった。まさに君の言う通りだ。知らず知らずの内に常識と言う型に嵌められ、多くの者がそこから抜け出せない。そんな中、君のような気概を持つ者に出会えた事は素直に嬉しく思う……だが」
ダンディマルはこれまでと表情を一変させ、闘気を一気に解放した。
足元から立ち上がる金色の波動が小石や土くれを円状に吹き飛ばし、姿勢を保つ事すら厳しい圧力が二人を襲う……!
「言葉や思いだけで何かが為せるというのなら、そんな者は神にも等しい。重い言葉を吐くのは結構だが、君はそれに足る力を持ち合わせているのか? これを見てなお私の前に立ちはだかる勇気はあるか?」
ジェイザですらダンディマルがここまで闘気を解放した姿は見たことが無い。傍で立っているだけでも背中が粟立つ威圧感。まるで……自分を包む空気が端から石化するかのような圧迫感を感じ、知らず知らずのうち足が下がり出す。
しかし、傍らにいるエンドは、それを見てなお前に進む。
「き、君は……怖くないのか?」
「何言ってんだよ、優男。俺にとって恐いのは、この足が止まって前に進めなくなることだけだ。目の前の壁が鉄だろうが、
少年の体から揺らめく炎のような闘気が昇り、ジェイザは手で顔を覆う。
具現化する程の密度の闘気……このような境地に至らしめる修練をその若さで積める想いの強さと、肉体の頑強さはもはや才能という言葉すら生温い。ただただ異常さを際立たせるばかりだ。
そして彼は反射する炎光をその目に宿し、爆発する様に飛び出す――!
「ここに来たんだよっ!!」
(うああっ……!!)
迫りくる衝撃波によろけた後、闘技場の中心に顔を向けるジェイザ。
そこでは振り上げたエンドの右足とダンディマルの太い両腕が互いの闘気を隔てせめぎ合っていた。
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