冒険者協会(トラベラーズ・ギルド)②
「随分と重い蹴りだ、とても子供とは思えないな……」
「あぁ!?」
それは今のエンドにとって禁句だった――たちまち額に青筋が浮かび、男が高身長の見るから爽やかな美青年だった為、怒りは更に加速。
「ざっけんなァ! どいつもこいつも俺を見るなりチビだのガキだの失礼なこと言いやがって! 俺はもう十六越えて成人してんだよ! 背丈と人の年齢紐づける暴挙は俺にとっての人権侵害だと知れッ!」
「いや……すまない。そこまで怒るとは……」
青年が両手で害意が無い事を示しエンドを落ち着かせようする中、またの騒ぎに周囲の人間のひそひそ声が交わされる。
(おい、見ろよ……あのチビ今度はジェイザさんとやり合ってるぜ)
(うぉ~、《蒼流の貴公子》ジェイザかよ……若くして《
(生ジェイザ……眼福だわぁ♡)
瞬く間に周囲に人垣ができる程の実力者相手に、エンドは臆さず睨みつける。そんな彼に青年は努めて穏やかに尋ねた。
「その若さでかなりの腕前だと見受けるが……少年、何か身分証明のようなものは……?」
「あぁ!? そんなにチビが珍しいかよ……いちいちカチンとさせやがる! んなもんねー! こちとら《
「……何を言ってるか良く分からないな。フィーレルの国民であれば国から発行された国民証明を持っているはずだし、他国民であっても仮の滞在証があるはずだろう? ちなみにこの国では、《
「はぁ――!? マジで言ってんのか……んなの知らねえって!! その身分証明とか言うのはどうすりゃ取れんだよ……」
「略式の滞在証を国家から発行して貰い、三年間罪科などを負うこと無く、所定の金額を国に収めれば晴れて国民として認められる。それまで待つんだな」
困り顔で口の端を下げる青年ジェイザの説明を受け入れられず、エンドは更に食って掛かる。
「三年も待てるかっ! くそ、頼むよ……腕に自信はあるんだって! 《
「僕に言われても困るが。もちろん君の言う通り 《
「オラ……ってなんだよ、それ」
「簡単に説明すると、《
青年の説明によると、彼らは身に宿る奇跡の力を持って、異界への扉をつないだり、未来の事象を予測したりと様々な事ができるらしく、中には、人材の才覚の有無を判別できるような人間もいるのだとか。
「才ある人物が野に埋もれるのを防ぐ為、彼らは《
「おぉ、それ! そういうのだよ俺が求めてんのは! ……んでもどうすりゃそのスイセンショーとかいうのは貰えんだ?」
これを聞いたジェイザは頭を抱えた。
「はぁ……話を聞いていなかったのか? 努力次第でどうにか出来るものじゃないんだ……《
呆然と佇むエンド。
ジェイザは少年がやっと諦めてくれたのだと悟ったのか、その肩を押した。
「さあ、わかったらこんな所で時間を潰すことも無いだろう。なに、たった三年さ……君が強いのはあの蹴りでも十分に分かったが、三年あればもっと強くなれる。そうだ、特別にこれを渡しておくから、困ったことがあったら何でも相談してくれ……君には期待しているよ」
ジェイザは髪をかき上げ、懐から取り出した名刺を差し出すが、エンドは震えて固まったままだ。訝しげに眉を寄せたジェイザがその顔を覗き込もうとした時、口から絶叫が迸る。
「ああ――ッ!! ある! あんぞそれ! 黒と白のヤツ!」
「はァ――!? 君何を言って……?」
目の前でゴソゴソと鞄の中を漁り出し、エンドは挙句の果てに底を持って全てを地面にぶちまけた。
「これじゃねえ、これもッ……っこ、これ! なぁコレだろ! あんたの言ってたスーセンショーとかってのは!!」
少年は埃や紙くずを振り払って、それを目の前にかざす。
確かにその筒は黒い……が、ジェイザはそれを一笑に付す。
「貸して見たまえ……どうせただの紙筒だろう? ありえない……」
ジェイザがそれを受け取ったのはほとんど少年を納得させるための体裁の為だったのだろうが、次の瞬間彼の顔は腕に訪れた感触に歪む。
異様に重く感じられるそれは、明らかに紙細工の質感では無い。そして、エンドが握っていた中心部分から現れた、蝋の封印は……。
白の神手十字……先端の一つ一つが分岐し、神の四つ腕を表すという《
「こ、れはッ――!」
ジェイザの額にブワッと冷や汗が浮かびだし、彼はその白蝋の表面を指で擦る。もしこれが普通の蝋であったなら簡単に傷がつくはずだが……明らかにそんな質感では無い。
(こ、こんな荒唐無稽な……子供が掘った落とし穴から金塊でも出てくるような話だぞ。だが、僕にはこれ以上……判断できる知識を持ち合わせてはいない。どうする……)
「おい、優男、どーなんだよそれ。お~い」
催促するエンドの声も耳に入らずしばし経ち尽くし……結局青年は生唾を飲み込みむと彼を見据えて尋ねた。
「これが本物かどうかは僕にはわからない……万が一聖蝋であるならば。専門の
ジェイザは緊張に押し固められた表情で筒を返すと、彼を冒険者ギルド内部に誘おうと手で指し示す。
だが……。
「あん? 馬鹿なこと言うなよ。中身確かめてえんだろ? こんなもんこうして……」
――バキッ!!!!!!
「ヌァーッ!!!!????」
今度はジェイザが声を振り絞る番だった! あろう事か少年は目の前で筒に膝蹴りをかまし叩き折ったのだ。
「きききき君ッ! それがどれだけ希少で文化的価値があるものか分かっているのか!? もし本物であったなら不敬罪で教会に神敵認定されても仕方ない程だぞッ!」
「知らねえよそんなの。俺はせっかちなんだからさ……ほらみろ、何か出て来たぜ、ハッハァ」
少年は自慢げにそれを抜き取り、ジェイザの目の前に晒す。
「見さらせ、これがそのス……何とかって奴だ! 目ん玉ひっつけてよく見やがれ!」
眼玉をひっつけてしまっては痛いだけで何も見えないだろとか、いくらでも突っ込みどころの存在する彼の言葉も聞かず、ジェイザは緊張で震える体を抑えながらゆっくりと顔を近づけ、目を見張った。
「どうだ、これで納得したかよ、これで俺がそのオララ……オラクラ……オクラ? に認められた人間だってわーったか! 分かったら俺を早く《
だが自慢げにそれを突き出す少年に、ジェイザは告げた。
「……どうやら君は随分母親に愛されているようだな」
「は? 意味わかんねえ」
「それを裏返してみ給え」
「あん……?」
少年は手元の紙をピラッと内側に返し、『ブッフォ――ッ!!!!』ッと盛大に吹き出す!
『今日のお弁当は手作りだから傷まない内に早めに食べてね♡ 下は寒いから野宿したりしてお腹冷やさないようにするのよ、頑張って♡ 愛する我が息子へ
内容を見た青年は腹を抱えて笑い出していた。
「ッハハハハハ、ふたを開けて見れば息子への愛の籠った手紙とは! ほっとしたよ全く……いやぁ良い親御さんがいて良かったじゃないか。さあ、心配させないように早く家に帰ってやるといい」
「親じゃねえ、ただの師匠だ! チックショー、恥かかせやがってあの怪力女め、家事絶滅系のクセして、弁当つったってボルガンの火で焼いただけの肉だったじゃねーかッ! こんなもの、こんなものッ!」
やはりそんなはずは無かった……内心で胸を撫で下ろしたジェイザは憤るエンドの姿を暖かく眺める。
そんな彼の足元に一枚の紙片が滑り落ちた……。
(母親の名前か……Inkrea・F。ん? 何か引っかかる……。インクレア・F……インクレア……!?)
どうやら署名が記されていた様だが……それをちらりと見たジェイザの表情は先程の驚愕を越え、驚倒しながら足元の紙面を拾い上げる。
「インクレア・F!? もしかしてインクレア・フィードリヨン女史のことか!?」
「……何だよ、師匠がどうかしたか? んなことより、俺はどうしたらいいんだよクソ師匠め! ギルドに行きゃどうとでもなるって言ってたのに……んがぁ~!」
(し、師匠だとぉ!? ……駄目だ、これ以上は僕の手に余る……!)
事も無げに言う少年に嘘をついている雰囲気は無く、半笑いのジェイザは結局選択を放棄した……几帳面な彼にはこの少年の言う事が真実だった時の可能性を切り捨てる事ができなかったが為に。
「仕方ない……少し場所を変えよう、着いて来てくれ」
「あ、おいッ……何だよ!? もしかして《
「それは……君の言うことが本当ならば、君次第だ。黙ってついて来い」
「チッ、しゃあねえな……わーったよ」
かくして、不満を露わにしながらもエンドは大人しく青年に従いギルドの門を潜る。
(インクレアがどうとか言ってなかったか?)
(まっさか……もう五年以上も姿をここに現してないって話じゃない。聞き間違えよ)
(《
(噂だと、とある迷宮に挑戦して帰ってこなかったとか、他国の王族に引き抜かれて、姿を変えて仕えてるとか……)
とりのこされた人々の無責任な噂が辺りを飛び交うが、それらもあっと言う間に人の流れに飲み込まれて霧散し、景色はすぐに普段通りへと戻って行く。
――くすくす♪
誰にも気づかれないような密やかな笑みをその場に残して。
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