冒険者協会(トラベラーズ・ギルド)①

「へっえ~……!! ここが冒険者ギルドって奴か……儲かってんだなァ」


 デンッと眼前に聳える建物は、すぐさま少年の心を奪った。まるで神殿のように大規模な施設が、大勢の人々を飲み込んでは吐き出していく。


 エンドは今、塀で縁取られた巨大な敷地の外門を潜ろうとしているところだった。先には中央に間口を広げた一際大きい建築物を中心として、重厚なダークグレーで統一された建物群が形成されている。


(こんだけでけぇ所だったら、師匠クラスの人がごろごろいんのか……? ちょっとワクワクするような、怖いような……)


 急にソワソワし出し、顔を青くしたり輝かせたりして忙しく見回す彼だったが、高価たかそうな衣服に身を包む者はいても、師匠の様に凄味を感じる人間は見当たらない。


(ん~…………んのわりにゃ、思ったより感じるもんがねえな。こんなもんなのかな? いやいや、きっと強さを隠してんだ。実力者ばっかりってことか……武者震いして来たぜ! グフフッフフ……)


 拳を握り締め怪しげな笑みを浮かべる少年の顔は悪魔のようで、彼を避けて道の間に空間ができ、続々と警戒の目が注がれ出す。


(何あの子、怖っ……目付き悪~い)

(変な奴がいるぞ……何してんだ? 迷子か?)

「ちょっとアンタ!! 道の往来でニヤニヤ気持ち悪いわねアンタ、どきなさいってのッ!!」


 ――バキッッ……。

「ぐおっ……ぁあああああぁぁぁ!?」


 いつの間にか人だかりで道が塞がれているのを見かねてか、一人の少女が彼を直接注意けりたおした。綺麗なフォームの飛び蹴りが吸い込まれるように後頭部を叩き、エンドは顔面で石畳を削る。


(うぉ、凄え、蹴り倒した)

(直撃したぞ……大丈夫か? 医者呼んだ方がいいのか?)


 通行人が正義感溢れる?少女の行動に注目し成り行きを見守る中、少女は頭と顔面を押さえ地面にしゃがみこむ少年を鼻息荒く見下ろす。


「ふんっ!! どーこの田舎者なんだか……汚い格好して通行妨害してんじゃないの! 周りも見えてないワケ!?」

「~~っあぁ!!!? テメェ会うなり何なんだよっ! 喧嘩売ってんのか!?」


 振り返るエンドの瞳に入ったのは、想像以上に気が強そうな女の子だ。

 意志の強さを表すきつめの造作と、気性の激しさを表す様な燃える緋色の長髪ロングヘアと瞳。纏った民族衣装のような服まで赤で揃っている。

 頭頂部にある尖った三角耳や腰辺りから威嚇するように立ち上がるフサフサの尻尾など、どうやら純粋な人間種族ではない模様。

 体つきはすらっとして、背はエンドより頭半分ほど高い。


(うわ~、ボルガンみてえな奴……火でも吐きそ~な姿してやがる)


 思い出すのは兄弟同然に育った、師匠の赤い騎竜。直近で消し炭にされかけた事は記憶に新しく、思わずエンドはげんなりする。


 そんな意気消沈した彼の頭の上を少女の手の平が往復し、彼女はせせら笑うと畳みかけるようにけなしてきた。


ぃっさー。大方田舎から《冒険者トラベラー》になろうって意気込んで出て来たんでしょうけど……残念だったわねぇ、《冒険者養成校》は十六歳以上からしか受け入れてないの。家へ帰って後五年位したら出直して来ると丁度いいんじゃない? ま、それでも無理だろうけどね、おチビさん……じゃねぇ♪」

「ん言いたい放題上等じゃねえかッテメェ! ブッコロスゾコンニャロー!」

「あっはははははは……♪」


 唐突に吐かれた暴言に咄嗟に反応できず、遅れて言い返した時には既にもう遅い。彼女は笑いながら尻尾を揺らして小さくなっていく。


「んがーッ……、なんだぁあの女! 挨拶代わりに飛び蹴りとかアイツこそどこの野蛮人なんだよチクショウ! あんな奴、どっかで危ねえ目に遭ってても絶対助けてやんねえからなっ!!!!」

 

 エンドはギリリと歯を食いしばり、やり場の無い怒りを地面に向けて発散していたが、周囲の視線は一層冷ややかで、結局憮然とした面持ちを浮かべながらとっととそこから退散するしかなかった……。





 ――外門を潜ると人波は一直線に収束し、逆らわずに歩くとすぐに外開きの巨大な……ぱっと見エンドの身長の五倍位はありそうな扉の前に辿り着く。まるで巨人の棲み処のような威容についつい口を開けたまま固まってしまう。


(棲竜島の光天宮程じゃねーけど……立派なもんだ)


 かつて逗留した遠くの空の城を思い浮かべ、すぐに首をぶるんと振って打ち消した。今は思い出に浸っていてもしょうがないのだ。


(まずはこっからだ……絶対、助けるからな……シィ)


 決意が彼の大きな一歩を踏み出させたが……足裏が付かないでそのまま体ごとすっと浮き上る。

 正確には、何者かの手によって持ち上げられた。


「おっ……? ぐえっ、テメッ、何してんだよ!?」


 ぶらんと襟首をつかまれ宙づりにされたエンドは先程の非難もどこへやら、挨拶よろしく後ろに向けて蹴りを放つ。それは小気味いい音を出して何者かに止められ、解放された彼は距離を取って後ろを見上げる。


 そこには青い長髪のロングコートを纏う男が痺れたのか、腕を振って顔をしかめていた。

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