夢の施設

 ピョン……ピョン……ピョン……ピョン。


 鳥だ……鳥の丸焼きが華やかなメロディーと共に周りを乱舞している。

 こんがりと焦げ目の付いたそれらが、エンドの周囲を二重三重に取り囲み、さあ食え、やれ食えと次々と懐に飛び込んで来る。

 そう、パーティーだこれはきっと。そうに違いない。


 奥を見ると、それを焼いている何故か料理人シェフ姿のドゥイーとエイミアがにこやかに手を振る。


『良く来たな、エンド君! 今日は丸焼き鳥パーティーだ!!!!』

『エンド君、コリコリ鳥だよ! チーズもあるよ! もちもちでじゅわじゅわでとろとろのチーズが、君に食べられるのを待ってるから! ほら~、どうぞ召し上がれ……』


 鍋でとろとろに煮込まれたチーズが、鳥の丸焼きを包むようにとろりと掛けられ、湯気を立てる。皿に乗せられたそれがエイミアの手によりエンドの前に置かれ、エンドはたまらず手を伸ばす。


(ああ……トリ、チーズ、トリ、チーズ……最高だ。よだれが止まらねぇ)


 湯気を立て、ホカホカで熱々のそれが目の前に迫り……エンドは手を震わせながら、大口を開け……それに歯を突き立て――。


「――――ンドくん……。エンドくん、起きて下さい……!」


 ガチン、と歯を噛み合わせた所で目が覚めた。


「ひゃっ!?」

「んが……あ? あぁ……、夢かよッちくしょー! んだよ……せっかくコリコリ鳥の丸焼きにかぶりつく所だったのに……」


 完膚なきまでに、夢だった。

 優しく揺さぶられていたエンドは背筋を仰け反らせ、大欠伸する。パーティー会場の幻影は消え去り、辺りは無垢の白壁が包んでいる。開いた窓から食事時なのか何ともいい匂いが流れて来ていて、それによって夢が大幅に改竄されたのだろう。


 ぐぅと鳴る腹を抑え、泣きそうになりながらエンドは多少引き気味の少女を目を向けた。


「どこだっけここ? ……んでお前、誰だっけ?」

「自己紹介は聞いてくれていなかったみたいですね……シェラレラです、シェラレラ・ルーミス。隣の席に座ってます。あっちの」

「そだったっけ? あ~何かそんなことがあったような気がする……」


 記憶を遡るとまず浮かぶのは、赤髪の女リィレンにボロクソにけなされた事と、教師ハルルカに電気ショックを喰らって悶絶したことで、胸が悪くなった。

 いきなり不機嫌になったエンドにおずおずとシェラレラは切り出す。


「あの……、お貸しした教本を返して貰ってもいいですか?」

「あ、あぁ……コレね」


 ようやく腕の下にあったそれと、何故少女が立ちっぱなしで待っていたのかに思い当たり、エンドは頭を搔く。


「や~悪ぃ。結局寝ちまったからあんま見なかったけど……感謝しとくよ」

「ふふ、どういたしまして……」


 穏やかに笑うシェラレラという少女は教本を受け取ると、鞄の中に仕舞う。いつの間にか周りの人間も捌けており、教室にはもう彼らの姿しか無い。

 となるとここに用はない……今エンドは猛烈に腹を減らしていた。


「なっ、なんかタダで飯が食えるって聞いたんだけど、その夢の施設はどこにあるんだ?」


 ジェイザの説明を都合のいい部分だけはっきり覚えていたエンドは、顔を輝かせてシェラレラに詰め寄る。

 

「えっ!? ただでご飯が食べられる施設??? ……あ~、寮食堂の事ですね?」


 ふむと首を傾げた後、胸の前で手を合わせた少女。

 

「道順をお伝えしても良いですけど……そうだ、少し複雑ですし、せっかくですからご案内しちゃいます」

「いいのか? なんか世話になりっぱなしだな?」

「いえいえ、丁度私もお腹が空いて来たところでしたし……ご一緒してもいいですか? きゃっ!」

「とっとと行こうぜ! コリコリ鳥が俺を待ってんだ!」

「はあ、コリコリ……? コリコリ……そんな珍しい食材があるかどうかはわかりませんけど……」


 背中を叩かれ叫び声を上げた少女は、聞いた事のない珍種の鳥の名前から姿を想像するがうまくいかないようで……。

 至極微妙な顔をしながらうららかな日差しが差す廊下に向けて歩き出した。





 そこはエンドにとってはまさしく楽園に他ならなかった。


 白を基調とした瀟洒な椅子机が立ち並ぶ奥の一画は溢れんばかりの料理で埋め尽くされている。

 

 大量の肉、魚、野菜、デザートまでが所狭しと置かれ、全てが輝きながら待ちわびているように見え……エンドはそこに突っ込もうとした。


メシ~っ!!」

「あわわ待って下さいっ! ちゃんと列に並ばないと怒られますよ?」

「あ~、そういう決まりなのな……すまん」


 シェラレラに腕を引かれ、エンドは残念そうに生唾を飲み込むと、迷惑がる生徒達の後ろに並び直す。


 ――すぐさま手の届く所に食べ物があるのに。


 歯がゆい気分で未練がましく見つめるエンドに、シェラレラはあれこれと世話を焼く。


「ほら、あそこにトングがありますからあれでお皿に盛って下さい。取り過ぎは駄目らしいですよ、他の人の分もちゃんと残しておかなきゃ。あ、お肉ばっかりとか……野菜もちゃんと摂らないと栄養が偏りますよ?」

「うっせーな……俺は夢のせいで口が鳥しか受け付けねぇんだよ! 後チーズ! ああでも、こんだけあると流石に目移りすんな……なんなんだこの天国は」


 前が捌け、順番が来たエンドは幸せそうに悩みながら、手当たり次第に料理を上に積み上げてゆく。


 瞬く間に顔の高さを越えそうになるそれにシェラレラは苦笑い。

 一方の彼女は一つの皿で重なり合わない様に品良く取り分けている為、差が一層目立つ。


「後でお代わりしに来てもいいんですよ?」

「マジか! そう言うことは早く言ってくれよ! んじゃ第一陣はこれで終わりだな!」

(あれ以上食べるの!? ……あの小っちゃい体にどうやったら入るんだろう)


 意気揚々と引き上げていく彼の背中を追いかけ、シェラレラはトテトテと座席に向かう。

 丁度端の方が数席空いていたので、二人して座り食事を始めた。


「……美味え! 何だこりゃ……美味すぎて死ぬ。ウオオ……これがタダなんてこの国は一体どうなってんだ!!」

「ほぁぁ……詰まらせないように気を付けて下さいね」


 大袈裟な感想を言いながら食事を頬張るエンドの姿にシェラレラは軽くショックを受けたのか、しばらくフォークにハムを指したまま呆けた。


 瞬く間にあれだけあった食事のかさが減ってゆき、すぐにスプーンがチンと底を叩いた。


「よっしゃ、次だ! 行って来る」

「は、はぁ……行ってらっしゃい」


 戦いに臨むかのようなギラついた顔つきで、すぐさま列の最後尾に並びだす黒髪の少年。


(何だか、色々凄そうな人と知り合いになっちゃった……はむ)


 シェラレラはしばし呆気に取られた後、慌ててそのはしたなく開いた口に右手のハムを押し込む。

 しばし一人になり、少し落ち着いたようで静かに食事を続けるシェラレラ。

 だがそれも長くは続かなかった。


 視線を固定した白テーブルの上にスッと影が落ち、耳に声が届いた為顔を上げる。

 

「お疲れ様。ね、ここ空いてる?」

「え、あ……はい、空いてま、す」


 クラスメイトの中でひときわ目立つ容姿をしたリィレンが対面に座った為、シェラレラはまた食事の手を止めて口を開けてしまう。


(わぁ~、本当に綺麗な人……)


 大人びた少し険のある顔立ちを周りまで華やかに彩りそうな朱色の髪が包む。

 すらっとしなやかな体型、敷き詰めた雪のように白い肌……そしてとりわけ強い印象を放つのはその瞳で、紅玉のように強い輝きを持つそれは、一度覗き込むと意識ごと吸い込まれてしまいそうな、強い誘引力を備えていた。


 身体に備えられた獣耳と尾っぽも、何ら彼女の美しさを損うことはなく、むしろとてもチャーミングである。


「お~いアンタ……ちょっと大丈夫なの? 生きてる~?」


 手で視界を遮られてようやく意識を引き戻されたのか、シェラレラは頬を赤らめてうなずく。


「はっ……はいすみません! ちょっとだけトリップしてました! な、何でしたっけ?」

「何もないわよ、おかしな子ね。同じ教室でしょ? ちょっと食事がてら話で持って思っただけ。部隊チームのこととかもあるし、早めにコンタクト取って行った方がいいと思ったの。でもさ、もー最悪の初顔合わせだったわよ……あのエンドとかいう奴! アイツのせいであたしまで危険人物扱いよ……」

「は、はは……そそそそーなんですね。大変ですねぇ……あはは」


 苛立ち紛れに大盛りのパスタを頂上から崩し、眉間にしわを寄せながらどんどん吸い込んで行くリィレン。

 彼女もまた尋常では無く盛っていた。


(ト、《冒険者トラベラー》になる為には沢山食べないといけない決まりとか無かったよね? いや、そうじゃなくて……ど、どうしたらいいかな、これ)


 体型維持の秘訣とか女性として色々気にすることはあるが、それよりも差し迫る問題にシェラレラは笑顔の裏で必死に頭を回転させる。


「アンタが教本貸してあげたのにアイツ悠長に眠りこけちゃってたみたいじゃない……? 放っといた方が良いわよ、あんなの。どーせ相手するだけ馬鹿見るだけなんだから! ……あ~思い出すだけで腹立って来る! ドチビ! 馬鹿栗っ!」

(その栗の人、もうすぐここに戻って来るんですけど……どうしよどうしよ、どうしたらいいの!? いきなり逃げ出したりしたら不自然だろうし……)


 このまま二人を引き合わせれば、教室でのいがみ合いの再現が起こることは必至。

 みるみるパスタを片付けてゆく彼女にシェラレラは青ざめ、目線をあちこち忙しなく巡らせる。

 その落ち着かない様子を対面の少女は気にして麺を啜る手を止め、怪訝そうにシェラレラに尋ねる。


「アンタどーしたの? なんか顔色も悪いし……熱でもある? 医務室でも連れてってあげよっか?」

「ち、違うんですぅ……。……はっ!」


 彼女の頭に名案(迷案)が浮かんだ。ここで彼女と共に医務室まで行けば、少なくともエンドと鉢合わせして教室で起こった喧嘩を再現する事は防げる……かも知れない!


 ――それしかない! それしか……!


 目をぐるぐると忙しなく動かしながら心苦しくも思い詰めたシェラレラはお腹を抑えた。


(なんか本当に痛くなって来たかも……動悸もする、めまいもする……気がする!)


 シェラレラは冷や汗を浮かべ、弱々しい笑みを浮かべた。


「あ、はは……ちょっとだけお腹が、痛いかなぁ……なんて思ったり? ふらふらする、ような?」

「なんか今一はっきりしない感じだけど……ま、いっか。ほら、肩貸しなさいな? おんぶの方がいい?」


 優しく世話を焼いてくれるリィレンの肩を借りてシェラレラは立ち上がり、双方に謝罪の念を送り、緊急離脱を開始する。


(うぅ~……エンド君ごめんなさい!)


 そして医務室への一歩を踏み出そうとした時……無情にも時はその決断を嘲笑った。

 

「おい、どうしたんだよ! なんかあったのか!?」


 こちらに向かって来たのは活発な少年の声と、揺れるてんこ盛りの食材。思わずシェラレラの顔から血の気が引く。しかも……。


 グラァッ……。


「へっ……!?」


 その塔は危うくも保たれていた均衡をゆっくりと崩しながらこちらに向かう。

 そして――。


「ちょっ馬鹿! コッチ来るんじゃない!! やぁぁぁぁぁぁ――っ!」

(神様っ……偽証は罪だと申しますが……これは余りにも! お助け下さ――ぃっ!)


 祈り空しく……大量の食材の雨がドバサァッと、リィレンと背中に負ぶさっていたシェラレラの頭から爆撃のように降り注いだ……。

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