冒険者養成校(トラベラー・スクール)②

「ということで、皆さん仲良くしましょうね~。あんまりいう事聞かない生徒さんは先生、さっきみたいにビリビリさせちゃうかも知れませんから、気を付けて下さいね~……えへへ♪」

(((えへへ♪じゃねえ……怖えよ)))


 教育的指導電気ショックにより、薄い煙を上げながら仲良く机に倒れ伏している二人を残し、つつがなく?自己紹介は終わる。

 何故この教師が特薦このクラスを担当するのかがわかった気がして……甘い声で可愛らしく生徒を叱るハルルカの姿を恐れながら生徒達は拍手を送った。


 ちなみにエンドはしばらく気絶スタンしていたのでエンド・シーウェンとして名前だけがハルルカから説明された。

 書類手続き等が面倒になる為、ユーリが無理やり彼を縁戚扱いにして、いかなる伝手を使ったのかフィーレルの国籍まで与えたらしい。

 ギルドの有名人ユーリと同じ苗字に疑問を持つ者はいたが、先程の光景を見ていてなお、この場で尋ねる勇気は誰も持てなかった。


 恐怖による人心掌握を果たしたハルルカの話はいっそう淀みなく和やかに続けられ、学内の施設の説明や、諸々の注意事項、ギルド敷地内にある寮での生活に関しての規則等が簡潔に読み上げられた後、最終的に本日の〆となる訓示に移る。 


「――最後に、皆さんに説明しておきますが、この学校では日々の授業に加え、定期的に行われる実習訓練が成績面で非常に大きな部分を占めています。内容は主に行動訓練から始まり、疑似迷宮の探査業務を経て、卒業試験として生徒のみで最低級の迷宮を踏破、資源を持ち帰って貰う事になります。その際に《神使》の方々とお付き合いもあるかと思いますが、けして失礼の無いように。そして重要なのが部隊チームの作成です。必ず三人以上を一組とした部隊を作成し、一か月後の実習訓練までに届を出すようにして下さい」

「……ち、ちょっと待っら!! 一人りゃダメなのかぇ!?」


 その言葉に麻痺からギリギリ復帰したエンドが机を叩いて抗議する。

 どこか口調は未だにおかしいが。


「試験っふぇのは、個人の優劣を決めぅもんじゃねぇんくぇ!? 人に足引っ張られて《冒険者トラベラー》になるぇないとか、たまったもんじゃねえぜる!」

「あのですねぇ……」

「ふ、ふふふぅ……あんら何も知らなぃのれ、本当に《冒険者》候補生なのか疑うわ。単独れの迷宮探査を許さえぅのは、上級ハイクラスと呼ばれれA級以上の選ばれぅ人間だけらのよ。それ以下の人間は安全上の理由で部隊チームを組むことを義務付けられてりゅ……らからこういった教育形式になってるんじゃないる。そんな事も知らねあんたなんてぇ、明らかに足引っ張るる側でしかなひでせう?」


 困った顔で説明をしようとするハルルカの言葉を遮るったのは前席のリィレン。

 こちらも未だ電撃のダメージに体が震えたままで会話文がぐちゃぐちゃだが、そんな状態で口を挟もうとするとは相当の意地っ張りだ。


「チッ……喧嘩の在庫、腐る程余れしてるみてぇらし……まとめて引き取ってやろーらぁ……?」

 

 エンドが青筋を立ててパキパキ拳を鳴らし、またも二人の怒りのボルテージが急上昇しようとした。


 バヂン――――!!


「いっ(うっ)……!!」


 それを許さじと弾けるのは、炸裂音を共なう細い稲光。

 言うまでも無くその発生源は笑顔の教師によって鳴らされた指先だ。


「あなたたちねぇ……い~い加減にしないとぉ、ビリビリしちゃうっていいましたよね~?」

「「……さーせん(すいません)」」


 卓上の教師の本気の笑みと、周囲のこれ以上問題を起こすなという無言の圧力プレッシャーに逆らうことは出来ず、二人は渋々座り直す。


 その様子に満足し、ハルルカはやっと威圧感を消して説明に戻った。


「ま、リィレンさんの言う通り、安全上の問題で単独での探索は厳しく制限されています……。《冒険者トラベラー規則四項十二条にも、『迷宮内で発生した重篤な傷病などの被害や生命の損失においても、本人は他者に対して一切の責任を求めることはできない』とある。平たく言えば全て自己責任と言う事ですね、覚えておいて下さい♪ では、最後に冒険者規則から抜粋して幾つか復唱していきますので、教本を出して唱和して下さいね~」

(教本って何だよ……持って来てねえぞ、んなの……まぁいっか。どうせそこら辺は興味ねえし)


 周囲の生徒達が教本らしきもの机に出し手をめくり始めるが、エンドの手元にそんなものは無い。着慣れない制服に悪戦苦闘した際に、ジェイザが何か言っていたのを聞き逃したのかも知れなかった。

 

(ま、いいだろ……前の席の奴のせいで疲れたし……寝るか)


 エンドはリィレンの影に隠れ、机にうつ伏せになってすっかりその場をやりすごす態勢になる。

 だが隣からちょんちょん肩を突いてそれを邪魔する人間がいた。

 

「何すんだよ……!」

「――――っ……! ごめんなさい」


 先程挨拶だけを交わした、左隣の丸顔の少女が喉を詰めたような悲鳴をこらえ、謝罪した。


 半分涙目で、エンドは小動物をいじめたような気分になり少し声音を和らげる。


「あ~……何か用事か? 俺、本なんか持って来てねえから寝たいんだけど?」


 するとおずおずと教本が少女の手から差し出される。


「あっ、あの……これどうぞ。もしかしたら教本無いのかなって……。私殆ど覚えてますから、良かったら使って下さい……」


 エンドは彼女をじっと見つめた。さらっとしたグレイヘアーを短く肩で切り揃えた、人形のように可愛らしい少女。

 長めに伸ばした前髪の間から不安そうな瞳が揺れている。


「……いや、いいよ。お前が困んだろ……」

「で、でも……これから色々助けあってゆく……お友達ですから」

「友達なぁ……どっちかって~と、競争相手じゃねえの? 全員が受かるとは限んねーし、もしかしたら、俺に優しくしたせいで、自分が試験に落っこちちまうかもしんね~ぞ?」


 優しい少女を利用する気にもなれず、エンドは彼女に軽く忠告をする。

 

「それはそうかも知れませんけど……でも、困ってる人を見捨てて冒険者トラベラーになっても、私は嬉しくありませんから。だから良かったらこれ、使って下さい」


 そう言ってはにかむと彼女はエンドの机に教本を差し出し、前を向いて他の生徒と一緒に規則を諳んじ始める。長々しい規則を本当に覚えているようだ。


「……変な奴」


 エンドはその姿をしばし眺めると、仕方なく教本を拡げ自分もそれに倣い始める。

 真新しいはずが、入学前に何度も読みこまれたのか少し癖の付いたそれからは、持ち主の物なのかふわりと甘い花のような香りが漂って来る。


(なんかいい匂いすんな……眠ぃ……。ふわぁ…………むにゃ)


 頬杖を突きながらそれをぼんやり眺めていると、周りの暗唱が頭をぐるぐると周り……やがてエンドの意識は穏やかな闇の中へ誘われた。

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